▼ こんな二人
〜クレッド〜
騎士団訓練所での指導が終わり、更衣室で着替えている時だった。
後ろにある棚を挟んだスペースから、団員たちの話し声が聞こえてきた。
「なぁ、お前どんぐらいの頻度でやってる?」
「は? 何の話だよ」
「わかんだろ、アレだよ」
「あー……週2ぐらいかな」
「え! 少ねえな、まだ付き合って数ヶ月だろ? うちなんて一年経つけど週4はしてるぜ」
「お前やりすぎだろ、相手うざがってんじゃねえか。一回じゃ終わらなそうだし」
「終わるわけねえだろ。…でもそーなんだよなぁ。実は最近もっと減らしてくれって言われて。体がもたないからってよ。俺もそんときは反省するんだけど、結局また迫っちゃってーー」
…………こいつらは勤務中に何の話をしているんだ?
周りの騎士達は気にせず会話してたり、身支度を整えているが。
なぜだろう、団長の俺にはそのくだらない話題が、やけに耳に響いていた。
他人の話など関係ないとはいえ、ふと兄のことを考える。俺にも身に覚えのあることだったからだ。
「そうか……もしうざがられていたら、俺はどうすれば……」
内容は違うが『少なめにして』と言われた経験のある俺は、つい深刻に考えこみ、懸念を口に出してしまった。
すると棚の裏から急に出てきた騎士達と、ばったり目が合う。
「えっ、団長……! お疲れ様です! も、申し訳ありません、不埒な話をしてしまい」
「すみません団長! ……あの、団長ならば、うざがられるなんて事ないと思いますのでーー」
「馬鹿お前! 失礼だぞッ」
制服姿の二人の騎士は背筋を正し頭を下げると、そそくさと立ち去って行った。
俺の呟きが完全に聞こえていたらしい。
別にどうでもいいが、まだ心の中は妙な気持ちが渦巻いている。
兄貴とは仕事柄週3日ほどしか会えない為、その時になると俺は思うがままに求めてしまうのだ。
本当は、どう思っているのだろう。
もしかしたら、少し自重してみるべきなのかもしれない。
いつしか面倒がられたり、飽きられたりしてしまったら、俺はもう、生きていけないーー。
〜セラウェ〜
今日は待ちに待った弟の部屋での、お泊まり日だ。
二日前に会ったばかりとはいえ、大好きな奴だから、ほんとは毎日一緒にいたい。
……でもその夜、変なことが起きた。
「じゃ、寝よっか。兄貴」
「うん。あ、俺左側」
「いいよ、おいで」
部屋の明かりを落とし、ベッドに入ったクレッドの腕枕に頭を預ける。
ぬくぬくして気持ちいい…。
このポジションは俺の特別な場所なのだ。
横向きになって一瞬じっと見つめ合う。
俺はドキドキしながら目を閉じた。すると弟の柔らかい唇がちゅっと優しく触れた。
「……クレッド」
「兄貴……」
二度三度、とろけるようなキスをしてーーそのまま奴は、俺を腕の中に閉じ込めたままーー
なぜか寝やがった。
???
頭の中が混乱する。え? え?
今日、しないのか?
二日ぶりなのに。
恨めしく思いながら、俺も目をつむる。
だって、いつも当然のように求められてきた。
でも同じ男だから分かるんだ。そういう気分じゃないときもあるよな…。
俺はいつのまに傲慢な思考に陥っていたんだ。直さないと。
◇
しかし数日後の週末。
今度は一緒に、熱い夜を過ごせるよな?
そんなふうに密かに期待していた自分を、またこいつは裏切りやがった。
なんと、どういうわけか、しっかり手を繋いだまま朝を迎える。
こんなの初めてだ。初々しい感じで逆にどきどきしっぱなしで、全然眠れなかったんだが。
「……おはよう。クレッド」
「おはよう、兄貴」
むすっとしながら起き上がった俺の頬に、同じくベッドに座ったクレッドが口づけしてくる。
なんだよ。どういうつもりなんだ、こいつ。
俺だけなのか? こんなに求めちゃってるの…!
「兄貴、寝れた?」
「……あんまり寝てない」
「俺も。……なんか寝つけなかったよ」
「ふぅん……」
気のない返事をした俺の顔を、奴が覗きこんできた。
弟は普段起きてるか寝てるか分からないほど静かに眠るため、昨日はすぐ寝たのかと思った。
でも確かに、よく見るとうっすら目に隈があり、まだ眠そうな顔に見えた。
「なんで眠れなかったんだ? 大丈夫かよ、お前。……具合悪い?」
もしかして、仕事で何かあって元気がないのか?
そうかもしれない。
俺は自分のことばかりで恥ずかしくなって、すぐにクレッドが心配になった。
クレッドはゆっくり首をふって、がくりと肩を落とした。
そのまま頭を数秒うつむかせた後、腕を伸ばして俺を抱き寄せた。
肩に奴の額がのっている。やっぱ疲れてるのか…そう思ったのだが。
「……元気は有り余ってる。兄貴」
弟にぽつりと呟かれた言葉に、俺はすぐムッとした。
じゃあなんでだよッ。
自分勝手にも、連日相手にしてもらえないイラつきがどんどん増していく。
でも、なんて言えばいいか分からない。
いや別に、こいつだけが誘わなきゃいけない義務なんてないんだ。
男のくせに受け身な俺は、いつも頼りがいのある弟に甘えっぱなしなんだと、思い知らされる。
……よし。いまこそ、勇気出さなければ。
「じゃあなんですぐ寝ちゃうんだよっ」
俺はやっぱりバカなんだろう。
どうして責める言い方になるんだ。今決意したばっかりだぞ。
クレッドが驚いたふうに顔を上げた。
真っ直ぐな蒼い瞳と目が合い、何か言おうと必死で考える。
「だって、お前にいつも触ってもらってたから、いきなりなくなるとおかしいなって思うだろ……」
少し変な言い方になってしまったが、これじゃ駄目だ。
まばたきをして戸惑う様子のクレッドに、そっと身を寄せた。
「俺、今日はお前としたいな。いい?」
肩に頭を預けて、はっきり誘ってみた。
思いきったせいか、たぶん顔面真っ赤なので目を合わせられない。
すると顎に指先が添えられる。
ついっと上向かせられ、優しいキスをされた。数秒くっつけて、温かい熱とともに離される。
「ん…………いいってこと?」
ぽわっとしながらも先走る自分を抑えられず、顔をあげて尋ねる。
クレッドが目元を赤くして、熱っぽい視線でうなずいた。
俺は嬉しくて奴に抱きつこうと腰を上げる。けどその前に、がばりと上から抱き締められた。
「兄貴……俺もしたいっ……ずっとしたかった……!」
なんだか切羽詰まった声で答えられ、少し気になったが、誘いのOKをもらうことがこんなに嬉しいとは。
やばい、ほんの些細なことかもしれないが、言ってみて良かったーー
あれ?
ずっと……ってどういうこと?
怪訝に思い見やると、奴ははぁーっとさっきよりも大きく肩を落とす。
「……俺、やっぱり駄目だ。我慢なんて出来ない。頑張ろうって思ったのに、数日しかもたない。ごめん、俺バカだ、兄貴」
矢継ぎ早に懺悔され、頭が混乱する。
「我慢ってなんだよ? まさかお前、俺のこと試してたのか?」
「……え? 違うよ、自分を試してたんだ。……求めすぎたら、いつか飽きられるかもって……。その、偶然そういう話を聞いて……」
クレッドはあくまで真剣な様子で白状した。
ちょっと待て。誰に聞いたのか知らないが、つまりこいつ、またひとりで変に考えて行動してたのか。
「もう、なんだよ、俺お前に飽きられたのかもって、悶々としちゃってただろーがっ」
俺が切れ気味に言うと、弟は晴天の霹靂といった顔つきで振り向いた。
「俺が兄貴に飽きる、だと……? そんなの、世界が突然終わるよりあり得ないぞ。馬鹿なこと言わないでくれ、兄貴」
「……本当かよ?」
「ああ。本当だ。絶対ない」
また腕の中に閉じ込められて俺は安心した。
「じゃあ、もう一人で変な行動すんなよ。……あ、いや、気分とかもあるし絶対とかじゃなくて……その、俺も……頑張って自分から誘うからさ」
妙に照れくさくなりながら告げると、弟の瞳が感激したように潤みだす。
「……兄貴っ! うれしい、俺……分かった。兄貴も好きな時に誘ってくれ。俺はいつでも待ってるから」
真っ直ぐなクレッドの宣言に少し笑いそうになったが、頷くと二人の安心した微笑みがこぼれる。
ああ、何やってんだろ俺たち。
似てるような似てないような、変な二人だよな。まあ兄弟だから、こんな感じでいつも進んでいくのだ。
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