▼ ロイザの疑問
周辺の森での狩猟から帰り、騎士団領内を歩いていた。
廊下の窓辺に寄りかかった赤髪の男が、俺に気付き顔を上げる。
奴は確か黒魔術師の、イス……なんちゃらだ。
とくに重要でない人間の名は、すんなり頭に入らない。
「おっ。あんたセラウェの使役獣の……つうかそんな全身から血滴らせて、床びちゃびちゃじゃねえか。ちゃんと掃除しとけよ」
「掃除なら俺の主が何とかしてくれる。お前はこんなところで何をぼうっとしている? 暇なら俺が相手してやってもいいが」
立ち止まり、腕組みをして言い放つ。
魔術師は一瞬目を見張ったが、すぐに口元を怪しく歪ませた。
「ふんふん。……あー、あんたかぁ……まあ無表情で何考えてんのか分かんなそうだけど、そこがミステリアスで格好いい〜っつって受ける可能性はあるな。顔もガタイも申し分ねえし…」
爪先から頭のてっぺんまで眺め、俺をじろじろと物色している。
言ってることは理解不能だが、俺の申し出に対し、意外にも好感触のようだ。
久々に生身の人間との戦闘の機会を得られるかもしれないーー
「なぁちょっとお願いがあんだけどさ、一緒に合コン来てくんねえ? 同僚のよしみとしてさ、頼むよにーちゃん!」
魔術師が馴れ馴れしい笑みを浮かべながら、俺の前で手を合わせる。
……どういうことだ。奴の意図がさっぱり分からない。
「合コンってなんだ。そこへ行けばお前と闘えるのか」
「え、あーまぁある意味戦えるな。俺だけじゃねえ、色んな男共を相手に標的を持ち帰るのが目的みたいなもんだからな、あの熾烈なアリーナは…」
「ほう。そんな面白そうな場があるとは……俺はなぜ今まで知らなかったんだ」
「はは、もう乗り気そうな面してんじゃねえか。頼もしいぜ。じゃあ参加ってことでーー」
しかし俺は、にまっと笑いかける魔術師を冷静に捉えた。
そもそもこの男を信用していないし、これは罠の可能性もある。それはそれで一興ではあるのだが。
「待て。主の許可を取らねばならん。返事はそれからだ」
「は? いいよセラウェに聞かなくて! なんだあんた、子供じゃねえんだから自分のやりたい事ぐらい一人で決められねえのか?」
奴は急に焦ったように俺に迫ってきた。ますます怪しい。
だが並行して俺の心も踊り始める。
それほど合コンとは人に教えたくなくなるほど、魅力的な狩りの場なのだろうか。
「俺とセラウェは一心同体なんでな。何をするにも伺いを立てるのは当然のことだ」
「いやあんた普段好き勝手にふらふらしてんだろ。問題行動有名だぞ」
しかめっ面をする男の指摘を無視し、早速俺は主のもとへ向かうため、その場を去ることにした。
◆
領内にある仮住まいに帰ると、俺はすぐさま玄関先で絶叫するオズによって、風呂に入れられた。
セラウェの気配は珍しく二階の研究部屋にある。
はやる気持ちを抑え、身綺麗になった俺はすぐに上階へと上った。
「おー、ロイザ。お帰り〜。……ん? お前ちゃんと風呂入ったんだな、偉い偉い。……ってまてよ、てことは今日も暴れて血みどろになったんだろ! まったくお前はーー」
気の抜けた笑顔を晒したり、眉を吊り上げて怒ったりと、忙しい奴だ。
俺は研究机に向かう主の前に立った。
「おいセラウェ。合コンに行きたいんだが」
単刀直入に申し出る俺の顔を、最大限に目を開いた主が見つめる。
そのまま十秒ほど動かなくなり、普段動じない幻獣の俺でも、さすがに心配しそうになった。
「いきなり何言い出すんだ、お前。ほ、本気なのか? つーかそういう事に興味あったのか…?」
「ふっ。むしろ関心がないほうが男としてどうかと思うが? ああ、そうだ。俺一人で行かせたくないのならば、お前を連れて行ってやってもいいぞ」
交渉の真似事は嫌いだが、主に対しては譲歩する素振りを見せる必要がある。
何故なら主導権はこいつにあるからだ。ちなみに俺はその事に不満はない。
しかし俺の言葉で、セラウェは耳まで紅潮し、怒りを爆発させた。
「バカ言ってんじゃねえ、俺がんなイカガワシイ場所行くわけねえだろ!」
「何故男達の狩猟の場がいかがわしいんだ。お前何を考えている、さては合コンというものを全く理解してないな? ならば俺が丁寧に教えて…」
「うるせえお前より分かってるわッ、とにかくダメッ! お前も行っちゃ駄目だからな! つうかなんだ狩猟の場って、それらしいこと言いやがってーー」
怒るセラウェがぶつぶつ言いつつ、ぴたりと動きを止めた。
じろっと睨まれ、この頼み事は失敗に終わったと俺は肩をすくめる。
「分かったぞ。お前誰かにけしかけられたんだろ。食欲と戦闘欲以外ないお前がおかしいもん。誰だよ、吐けロイザ」
「赤髪の黒魔術師だ。さっき偶然会った」
あっさりと告げた俺に主は驚きの目を向けたが、しばらくして納得のため息をついた。
「あのヤロー、俺の使役獣に何もちかけてんだ。男女のパーティーが惨劇に変わったらどうすんだよ。俺責任取れねえぞ」
「だからお前も誘っただろう。それでも駄目なのか、セラウェ」
自分にしてはしつこく食い下がると、主は急に瞳を揺らし、なぜか恥ずかしそうに目をそらした。
触れあっていなくとも、心臓の音がどくどくと伝わってくる。
「そういうのは、行かねえんだよ、こい、恋人がいる奴はっ」
一瞬時が止まる。
きっと俺の目は人型なのに丸くなってることだろう。
「恋人…? お前の弟のことか。なぜ今あいつの話になる」
「……はあ。やっぱ思った通り、お前全然分かってねえな。いいか、ちゃんと教えてやる。合コンってのはな、恋人を見つけることを目的にした男女がわいわい楽しそうにお喋りしたりお酒飲んだり、時にはイ、イチャイチャしちゃったりする場所なんだぞっ!」
はあはあ忙しなく息をつく主が、丁寧に教えてくれた。
まさに目から鱗だ。
「そうか……どうやら俺は大きな勘違いをしていたらしい。つまり、目的の異性を取り合う場なのだな」
「ああそうだよ。やっと分かったか。お前そんなことに興味あんのか?」
「ない」
「そうだろ。あーよかった。じゃあこの話はこれで終わりだな。……もうつかれた、この野郎」
ふらふらと気力を使い果たしたセラウェは椅子から立ち上がり、近くのソファへと腰を下ろした。
俺は後を追い、腕組みをして主を見下ろす。
もう少し尋ねたいことがあったのだ。
「セラウェ。恋人がいたら、参加することも出来ないのか」
「そーだよ。相手が知ったら悲しむだろ。つうか好きだったらそんな事考えねえよ、普通…」
主は決まりが悪そうに視線をどこかへやったままだ。
俺と話したい話題ではないのだということは、獣でも分かる。
だが俺の興味は少し違う場所に向いていた。主の思考だ。
「ほう。……だが、もしその場に、より良い相手がいたらどうするんだ?」
「……何気にすごいことぶっこんでくんな、お前」
「狩りの基本は常にさらなる大型を求め仕留めていくことだからな。この目で確かめん限りはーー」
「うっせー恋愛は狩りじゃねー! あいつより良い奴なんかいるわけねえんだよ、ちょっと黙ってろお前ッ!」
顔を真っ赤にして唸りながら頭をかかえ始める。
言われた通り俺はしばらく、口を閉ざしたままセラウェのつむじを見つめていた。
「もういいか?」
「いや、まだだ。もう変な質問すんなよ。恥ずかしいから。俺すげえ恥ずかしいこと言ったから今」
「気にするな。俺以外誰も聞いていない。……お前の弟は聞けなくて残念だったな。まぁどうでもいいが」
親切に笑みを浮かべて言ってやると、主の瞳がげんなりと細められる。
「はぁ……俺、自分の使役獣と何の話してんだろ……バカすぎるっ。気が緩んじゃってんのかなぁ」
「それがお前だろう。俺の前で取り繕う必要はないぞ、セラウェ」
「おい失礼だぞてめー。お前は少しは取り繕うことを学べよ。色々と正直過ぎんだよ。だから主の俺がいつも必死に尻拭いしてやってーー」
長くなりそうなので隣に腰を下ろした。
背もたれに手をかけ、セラウェの小言を聞くこと十数分。
ようやく気が済んだようだと思いながら、俺はわざとらしく、幻獣らしからぬあくびをして見せた。
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