▼ 92 秘密の触れ合い ※ -家族編7 クレッド視点-
久しぶりに実家で家族揃っての夕食を終え、俺は兄貴と共に親父の酒に付き合わされていた。年の離れた兄シグリットは、この夜旧友と酒場へ行くと言い残し、すでに家を後にした。
居間のテーブルを三人で囲み、グラスに蒸留酒を注ぎ上機嫌な父の話に、適当に相槌を打つ。勿論俺の注意は常に、隣で酒をちびちびと飲んでいる兄に向けられている。
頼むから飲み過ぎないで欲しい。夜一緒に過ごそうという俺との約束を、もう忘れたのか? 強い眼差しで訴えると、兄貴は何故か顔を赤らめてさっと目を逸らした。
「おい、クレッド。ちゃんと飲んでるか? お前は全然顔に出ないから、つまらないんだよな。だろ、セラウェ」
「……え。まあな。俺はこいつが羨ましいけど。親父は強そうに見えて結構弱いよな、はは」
「弱そうに見えて実際に弱いお前に言われたくないんだが」
「なんだと? やる気か、親父!」
酒の回った親子がくだらない言い争いをしている。俺は心配になり、兄が手に握っていたグラスを奪い自分で飲み干した。唖然とする兄を冷静に見つめ、駄目押しに口を開く。
「もう止めとけ、兄貴。この前みたいになりたいのか」
「な、なんだよ。まだちょっとしか飲んでないぞ」
「この前? 何があったんだ、お前達」
耳聡い父が口を挟んでくるのを恐れ、適当に話題を変える。結局それからしばらくは久々の親孝行として父の酒に付き合い、一時間程経った後で俺達は解放された。
すでに静まり返った家の廊下を、兄の手を引いて歩く。子供時代と内装もほぼ変わらない屋敷に二人でいると、昔に戻ったようで懐かしくもあり、不思議な気分だ。それと同時に、胸の中はずっとどうしようもない程の幸福感で満ち溢れていた。
ふと立ち止まり振り向くと、ぼうっとした顔の兄がいた。チラチラと俺の口元に目をやっては、恥ずかしそうに視線を逸らす。
おそらく風呂場での出来事を思い出しているのだろう。俺ははやる気持ちを抑え、顔を覗き込んだ。
「……兄貴、俺の部屋でいい?」
「えっ。い、いやそれはまずいだろ」
そう言われるとは思ったが、俺の意志は固まっていた。残念な事に思い出深い兄の部屋はもう無くなってしまったが、夜は俺のみが二階を占領している。上の兄も朝まで帰らないことだし、二人きりで過ごすにはうってつけの場所だ。
ぶつぶつ言っている兄を強引に連れ去り、無事に自室へと押し込めた。
大人でも十分な広さの部屋は、子供の頃とは少し様相が異なる。所々新しくなった家具に加えて、大きなベッドと寛げる淡色のソファが配置され、無駄を省いた居心地の良い空間となっている。
「俺お前の部屋に入ったの、十二年ぶりだよ」
兄貴がぽつりと呟いた。だが危惧していたような暗い表情ではなく、どこか感慨深げな様子で安心する。
俺は部屋の中を眺めていた兄の手を引き、自分の胸へと引き寄せた。本当は片時も手離したくない温もりを大事に確かめていると、顔を見上げられた。何やら真剣な面持ちだ。
「クレッド、俺まだお前に話してないことがあってさ……」
「……えっ何?」
急に嫌な予感がした。昔のトラウマが蘇ってきたわけではないが、兄は時々突拍子もない事を言い出す。
注意深く目を見つめると、予想とは違うことを告げられた。
「昨日の魔術師のガキいただろ、アルメア。あいつ、炎の魔女タルヤの親戚か何かかもしれないんだ」
思いもよらぬ発言に混乱を抑え、落ち着いて詳しく話を聞き出した。昨日兄はあの魔術師の装飾品に、俺の呪いの刻印と同じものを見たという。何故その事を早く言わないんだと、俺は見抜けなかった自分の落ち度を棚に上げ、思わず兄を責めた。
すると反対に「お前が風呂で変なこと始めるからだろっ」と怒られてしまった。どちらかと言えば積極的にしてくれたのは兄のほうだと思ったが、そんな野暮な事をこの俺が言うわけがない。
可愛らしくむくれている兄をなだめ、黒髪をそっと撫でた。
「話は分かった、兄貴。……あいつは危険人物とみて間違いないな。いいか、何か接触があれば、すぐに俺に言え」
意識的に厳しい口調で告げる。内心腹のむかつきは収まらないでいた。呪いを施した魔女の血縁だと? 狙われるとすれば俺の方だ。だがそんな事より俺の気がかりは常に、目の前にいる兄だけなのだ。
「でも俺は、お前のほうが心配だ。だってアルメアは、お前に興味を示したみたいだった。何かあったら俺にも教えてくれ」
兄貴は悔しそうに顔を歪ませた。こんな顔を自分がさせているのだと思うと胸が痛む。けれどその気持ちに、強く心が揺り動かされる。
「ああ。すぐに教えるから、心配しないで」
抱き寄せて背中を撫でる。兄の優しさに触れたばかりだというのに、話の流れから魔術師の屋敷での出来事を思い出し、若干の苛つきが沸いて出た。
理由は勿論兄の唖然とする行動の数々だ。あんな風に他の男に触れさせるなど、微塵も許容できる事ではない。思えば昔から隙だらけの兄に対しては、散々頭を悩ませてきた。少しは自覚して欲しいと思う、今はもう完全に俺のものになってくれたんだからーー
「クレッド、座らないか……?」
自分勝手な考えを独り募らせていると、そんな事は露知らずといった兄が、恥じらいを含んだ表情で俺の服を掴んできた。俺は思考を停止して即座に兄の手を掴み、共にベッドに腰を下ろした。
すぐに押し倒すような真似はせず、まずは腕の中に包み、そっと唇を重ね合わせる。焦らずに少しずつ味わうと、兄の小さな吐息が漏れ出す。そのまま互いの肌を重ね合わせ、ゆっくりと体を開かせることにした。
◆
感動と幸福が襲う中、時折口付けを施していく。それに応えるように背中に回される手に、例え様のない安堵が胸にじわりと広がる。頬に触れキスを落とすと、兄の深緑の瞳が何か言いたげな眼差しを送っていた。
「……うぁ、あ……クレッド、あんまり、ベッド……音出すな……」
想定外の指摘に、ぴたりと腰の動きを止めた。さっきから声を我慢している様子の兄だったが、色めく声は部屋中に響いている。だがその事よりも、僅かなベッドの軋む音を気にしていたとは。
ーーああ、やっぱり可愛い。
でも指摘して声を抑えられたら嫌なので、黙っていることにした。にやけそうになる表情を堪え、前屈みになる。
「大丈夫だ。このぐらいなら響かないから。……でも兄貴が気になるなら、違う風にしようか?」
微笑みを向けると、何故か兄は目を見開いて一瞬怯えた顔をした。俺が何をすると思っているのだろう。心の中で苦笑し一旦自身を引き抜くと、体を抱きかかえ、優しく反転させた。
ベッドの上にうつ伏せになるように寝かせ、すぐに覆いかぶさる。勿論体重はかけないが、両手をついて動きを封じ込めた。
「な、何やってんだよッ馬鹿かお前ッ」
「静かにしろ兄貴、外に聞こえるぞ」
「でも、やだ……見るなぁ……」
「俺に見られるの嫌? けど兄貴の体、すごく綺麗だ……」
優しい口調で告げると、黙って顔を背けられてしまった。兄はいつも身を晒すことを過剰に気にしている。俺はすでに全て目にし、知り尽くしたというのに。
恥じらう場面が可愛くて仕方がない。だからわざと恥ずかしい格好をさせたいと常々思うのだが、嫌われたくはないので、その気持ちはまだ抑えることにした。
「そう、そのまま力抜いて、兄貴……」
耳の後ろで囁き、肩から背にかけてそっと撫でる。おそらくこの体勢は一番負担が少ない。音もあまり立てることなく、兄は完全に受け身になれるだろう。
往生際が悪くもぞもぞと動こうとする兄の腰を抑え、再び自身を徐々に挿し入れた。温かさに包まれ、その瞬間は何度訪れても、あまりの気持ちよさに理性を失いかけてしまう。
ぴくぴくと震える背中を指先でなぞり、腰を前後させて反応を確かめた。
「んぁあ……ま、って……」
「大丈夫、ゆっくりするから」
俺は兄貴の背中が好きだ。真ん中の線がはっきりと浮き出て、細いのに肉付きは十分で艶かしい。後背位では白い柔肌が波打つように仰け反り、すでに高まった興奮をさらに加速させる。
尻を撫でて揉むように掴むと、止めろっという反抗の声が聞こえた。
「兄貴のお尻、かわいい」
抵抗する言葉をさらに聞きたくなり、わざと羞恥を煽るような台詞を囁く。兄は呆れたのか諦めたのか、枕に顔を埋めて耐えているようだった。
「ん……んぁ、……んんっ……」
動作に合わせて両脚が段々開いていく。少し広げたほうが気持ちいいのだろう、分かってはいるが太ももを膝で挟んで固定し、動けないようにする。身をよじって抗おうとする姿が愛しくて、さらに意地悪をしたくなる。
ベッドについた俺の手を握り、喘ぎを漏らしている。あまり自分の気持ちを話さない兄は、時折こうやって伝えようとしてくる。最初はうまく受け取れず怒らせてしまうことが多かったが、今は大体判別できていると思う。
「もっとする? いっぱい、していい?」
腰を入れてのしかかり、耳元で尋ねる。すると手をぎゅっと掴まれただけでなく、信じられないことに返事が返ってきた。
「……もっとして……クレッド……」
か細い声だが聞き逃しはしない。普段、兄の嫌がる体勢でそんな言葉は聞いたことがなかった。一気に興奮が上り詰め、俺はさらに中を深く抉るように動いた。
「んんッ、んーーッ」
突然の激しい動きに、兄貴は完全に枕に顔を沈め声を漏らさないようにしていた。打ち付ける動作につられ、意図せず自らの腰をシーツに擦りつけている。俺のせいなのだが、その姿がなんとも妖艶で、つい口を出したくなる。
「兄貴、こうすると、前も気持ち良いだろ?」
「ん、ん、だめ、出る、まって」
「出そう?」
「だめだっ、やっぱり、もう起きるっ」
体を無理やり起こそうとする兄に体重をかけ押さえつけた。ベッドの上に出してしまうのは確かにまずい。後で綺麗にしたとしても、ここは実家で人が入る可能性がある。けれど兄と繋がっている時の幸福感と快感の中では、正常な判断が出来ない。
汚してくれていい、激しく腰を打ち付けながらそう考えていると、ぴたりとくっついた体から怒りの声が聞こえてきた。
「バカッもう嫌だお前っ、退けってばっ!」
喘ぎながらも兄が本気で怒っている。台詞の冷たさに焦った俺はすぐに動きを止めて、兄の体を抱き起こした。引き抜くことはせず、ベッドに座る俺の上で抱えるように、後ろから腕を回しがっちりと支えた。
優しく肩に口付けて、そのまま首筋に這わせていく。
「ごめん、兄貴。もうしないから。……大丈夫?」
控えめに尋ねて許しを乞うと、まだ細かく体を震わせている兄から、予想外の言葉が放たれた。
「……あ、あ、もう、イ、く……触って、クレッド」
腰を少しだけくねらせて、背中をオレの胸にすり寄せてくる。ほんの一瞬前まで怒っていたのに、甘い声で懇願され目眩がした。
兄の性器を手で握り、優しく上下に擦った。さっきよりもはっきりした喘ぎがすぐ近くから聞こえてくる。
気持ち良さそうに自然と腰を動かす兄を見て、俺も徐々に下から揺らし始めた。
「このほうがいい?」
「んあぁ……だめ、やだ……っ」
これも駄目なのか? 兄の言葉に翻弄されつつ、疑問を口に出さずに様子を窺う。すると口を僅かに開けて浅く息づく兄が、顔を半分後ろに向けてきた。自然に唇を重ねようとすると、肩を手で抑えられた。
「待って……向き合って、したい……」
目をじっと見つめて告げられ、久しぶりにその言葉を聞けたという喜び以上に、驚きが襲った。
俺は、兄の言う事ならば何でも叶えてあげたい。肌を重ねている時は自分の欲望に負けて反感を買うことが多いのだが、それでも兄に望まれれば喜んで聞いている。勿論今日だってそうだ。
すぐに自身を引き抜き、何度めか分からない体位の変更を行った。あぐらをかいた上に座ってもらい、片腕はがっちりと腰に回し、手は再び兄の性器に触れさせた。愛撫を続けながら、変化する表情を間近で眺める。
「これ、もっと好き? 兄貴」
指で擦り上げながら、下からも揺らしていく。眉を寄せて俺が与える刺激を一身に受け入れている。頬は紅く染め上がり、額には薄っすらと汗が滲んでいる。
「好き……クレッド……」
薄目のまま色っぽく開かれた口から、甘美な言葉が発せられ、その姿に完全に魅せられる。
「俺も好きだ、兄貴、一番好き……」
異なる文脈だと分かっていても、つい過剰に答えてしまう。けれど兄の体はその台詞に反応したようだった。
硬いまま先がやらしく濡れた性器を指で扱き続け、腰をさらに大きく揺さぶっていく。
表情と細かな反応から限界が近づいているのは気付いたが、兄は俺の想像と異なる動きをした。
「ああ、んぁ、……はぁっ、声、出る……っ」
切なそうに呟き、俺の肩に置いていた腕を首に回した。顔をぐっと引き寄せられ、熱い口付けをされる。
完全に不意を突かれ戸惑ったが、湧き上がる途方もない喜びに浮かれそうになるのを堪え、兄の一心不乱なキスに応えようとした。
「んっ、んっ、ンンッ」
声を抑える為にきつく口を塞がれ、キスが激しさを増すにつれ俺の興奮もさらに上昇し、もっと強く腰を突き上げた。すると兄は苦しくなったのか、急に口を離した。
「クレッド、ああっ、もう駄目だッ」
つらそうな顔で眉を寄せて必死に訴えてくる。気がつくと兄は自分から腰を振り、動きが止められなくなっているかの様に見えた。
その甘やかな声と艶かしい腰つきに、俺自身も余裕が消え失せていき、危機を感じてしまう。意識を逸らそうと呼吸を合わせながら揺さぶり続け、時折喘ぎのせいで開かれた兄の口を強く塞いだ。
「兄貴、気持ちいい? もうイク?」
「……あ、あっ、もう出る、いくっ、ん、んぁぁっ!」
それは突然やってきた。兄が大きく仰け反った瞬間、中が異常なまでに、急激に締め付けられた。
ぎりぎりまで引き抜いたそれが、ちょうど奥まで全て包まれた時にぎゅうっと強い収縮を感じ、予期せぬ刺激をもたらされた。
「……ま、まって兄貴、……あぁッ」
俺は我慢できず腰を何度も痙攣させ、意図せず果てる瞬間を迎えてしまった。
まだそのつもりはなかったのに、突然のことに唖然としながら、兄の中に吐き出してしまったことを知る。
「……ッは、……あ、はぁッ」
頭をもたげたまま、激しく息をつく。手のひらには白い精液が纏わりつき、べったりとしていた。
ぼんやりと見つめながら、自分のことに意識が奪われ、兄の吐精をきちんと感じられなかったことを悔やんだ。
同時に柄にもなく恥ずかしさが募り、肩の上に額を当てて顔をうつむかせた。
俺は一体どうしてしまったんだ? 今日の自分は兄に翻弄されっぱなしだ。
考えをまとめようと努めながらしばらく休んでいると、兄の体がぴたりとくっつけられた。
「……クレッド、お前も、一緒だった?」
嬉しそうな声音に思わず顔を上げる。優しい瞳に見つめられ、更に体に熱が広がるのを感じた。小さく頷くと、にこりと微笑みを向けられた。
「なんか嬉しい、俺……」
柔らかな笑みで告げられ、俺はさらに言葉に詰まってしまう。
兄は以前とは変わった気がする。俺の気持ちを受け入れてくれるようになってから、最近はさらに驚くべきことに、時折俺の心を揺さぶるような仕草や言葉を告げるようになった。
「だって、兄貴のせいだ。かわいくって、気持ちよくって、俺はどうすればいい……?」
じっと瞳を見つめ、熱に浮かされたまま情けない言い訳をこぼす。
すると兄は大きく目を見開いた。顔がみるみるうちに真っ赤になって、また急に黙り込んでしまう。
いつもと同じ様子に少しほっとするものの、まだ胸の高鳴りはおさまらない。
ああもう、好きで好きでたまらない。
行き場がないほど強い思いが溢れ出そうになってくる。
おそらく今、二人共照れあっているおかしな状況に見えるかもしれない。けれど兄はすぐに俺の頬を撫でて、そこに唇を寄せてくれた。
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