▼ 85 物足りない ※ -休暇編終-
その夜の弟は宣言通り、もの凄く優しかった。俺の上に覆いかぶさり、魅了的な言葉と笑みで翻弄し、身体を開かせて自身をねじ込む……そこまでは覚えのある流れだったのだが、その後はちょっと違った。
「……ああぁっ……は、ぁ……」
俺の脇に手をついて、出来るだけゆっくりとした動作で腰を動かしてくる。俺は浅く息づくクレッドを見つめながら、もどかしい快感に全身をびくびくと打ち震わせていた。
「兄貴、大丈夫? 苦しくない……?」
壁際の窓から差す月明かりに照らされ、弟の白い肌が蜂蜜色に浮かび上がる。汗ばんだ胸板が艶かしく揺れ、思わず息をのんだ。
時折体を気遣う問いがなされ、俺は顔を頷かせる。すると弟の安心した笑みが返ってくる。
「んあぁ……な、んでお前……そんな、ゆっくり、するんだ……」
いつもはガンガン打ち付けてくるのに。過剰なまでの緩やかな動作に、俺は逆に耐えられなくなっていた。
けれどそんな思いも露知らず、弟は愛おしむように指先で頬をなぞってくる。
「だって、優しくするって……言っただろ?」
確かにそうだけど、こんなに焦れったくしなくてもいいんじゃないか。やや疑問の目を向けると、クレッドは少し考える素振りを見せた。
「分かった。じゃあ、もうちょっと速くする?」
にこっと爽やかに尋ねられ、固まってしまう。うん、そうしてくれ。なんて恥ずかしいこと言えると思ってんのか。
目を逸らして無言になった俺の心を読んだのか、クレッドは徐々に動きを速めてきた。
「あぁ……んぁあ……ま、って……っ」
動作に合わせ、弟の息も上がっている。俺はいつの間にか下で揺さぶられ、より大きな刺激を受け始めた。
奥に入ったものがくちゅくちゅと濡れた音を出している。同時に、弟の硬い腹筋に押し付けられた性器が擦れていく。
「うぁ、あぁ、ん、あっ」
「……気持ち良さそうだ、兄貴……」
うっとりと呟いた後、クレッドはにやりと表情を変えて、さらに自身を深い所へ打ち当ててきた。
俺は突然の激しい勢いに耐えながら、弟の首に腕を回した。
「……あ、んぁ……クレッドっ……駄目、だっ」
目で訴えると、弟はすぐに前屈みになり、もっと身体を密着させてくる。
絶え間ない喘ぎのせいで開いてしまった俺の口を捕まえるように、クレッドの唇が押し付けられた。
「んぅっ……む……っ、んふ、あ……」
中を圧迫する弟の熱いモノが、もっと奥を突くにつれて、口付けも激しくなる。
至るところが同時に強い刺激を受け、擦り合わせた腰が大きく跳ね上がってしまう。
「はぁ、んあっ、いくっ、も……出るッ」
ぎゅっと回す手に力を入れると、クレッドも激しい息をつきながら、俺の耳に口を寄せた。
「……兄貴、俺も……イ、く……っ」
掠れた声で囁かれ、さらに快感が全身を駆け上がっていく。吸い付く肌にしがみついて、ただ弟を受け止めようと必死になった。
「やだ、ああ、んぁっ、……んんんッーー」
互いに与え合った幸福感の中で果てた後、弟はすんなりと俺の体を離し、丁寧に中のものを掻き出してくれた。
指先の感触にさえ敏感に反応してしまう俺だったが、なんとか耐えきり、事を終えた。
「おやすみ、兄貴」
ほっぺたにキスを落とされ、あまり言われたことのない言葉を告げられる。
だってこいつと居る時、俺が眠りに落ちるのは、いつも意識がいつの間にか途切れている頃だったから。
「おやすみ。クレッド」
優しく返事をして、微笑みを向ける。枕に頭を乗せ、肩との隙間に奴の腕が差し入れられる。横向きでさっさと目を閉じている弟を見ながら、俺も眠ろうとした。
えっ。……ぜ、全然眠れない。
一回だけで終わりなんて、今まで無かった。まさか俺は、物足りないとでも思っているのか。
そんな馬鹿な。いつもは早く解放してくれと心の中で叫んでいるというのに。
俺はいつからこんな淫乱に成り下がったんだーー。
(こいつ、自分だけスッキリした顔で寝てやがる……)
すでに寝息を立てている弟の隣で、体をもぞもぞと動かす。どうにかして疼きをやり過ごし、眠ろうと努めたのだが……やっぱ無理だ。
しばらくして諦めた俺は、シャワーを浴びることにした。
幸い酒は抜けてきてるし、この火照った体を、早く水で静めたほうがいいと思ったのだ。
ベッドを抜け出し、こっそりと奥のほうにある風呂場へ向かった。
広い浴室には大きなバスタブの他に、ガラス張りのシャワー室があった。俺はそこに入り、ぬるめのお湯を出した。
髪を洗った後、石鹸を泡立てて体に塗りつける。
尻に手を這わせると、ふとさっきまでの情事を思い出した。
弟の指が何本も入り込み中をほぐされて、その後はいつもの様に弟の硬くなったモノを受け入れ……淫らな腰つきで前後に出し入れされてーー
(お、俺は何を……考えて……)
余計に体を疼かせてどうするんだ。
そう思いながら、自分の指をそろそろと後ろに伸ばした。ただ泡をつけて洗っているだけなのに、体が思い出してしまう。
中に入っていたものがまだ忘れられない。出されたものが僅かに残っている気がする。
「んん……」
指を中心に這わせてみた。……いや、まさか、自分でそんな事は出来ない。したことも無いし、絶対に無理だ。
冷静に踏みとどまった俺は、すでに勃っている自分のをぼんやりと見つめた。
ああ、くそ。俺男だから、こうなったものはしょうがない。
「はあ、はあ……」
幸い少しぐらい息づかせていても、シャワーの音で外には漏れない。さっさと抜いてから出よう。そう決心し、自身を握った。
壁に片手をついて寄りかかる。足を少し開いて、最初は上下にゆっくりと扱き始めた。
「んぁ……は、ぁ……うあ……」
久しぶりに行う自慰の最中にも、奴の指の動きとか、滑らかな手とか、どうしても思い出してしまう。この刺激だけじゃ足りない。
あいつが近くにいるのに、俺は一人で何をやってるんだ。
「……っ、んっ、……あぁ、……クレッド……」
何を思ったか弟の名前をこぼしてしまった。湿った空気中に言葉が跳ね返り、どうしようもない羞恥が襲う。小さな喘ぎを漏らしながら、俺はさらに強めに擦っていった。
もう少しで達しそうだ、快感に一人身悶えていると、ガチャっと扉が開く音が聞こえた。
ーーえっ嘘。まさかあいつ起きたのか?
すぐさま手が止まり硬直する。耳の奥で鼓動がうるさく鳴る中、辺りにはシャワーの音だけが響いていた。
ガラス扉が開かれ、恐る恐る顔だけ振り向かせると、眠そうな顔をした弟が立っていた。
「……兄貴、なんで風呂入ってるんだ。まだ酒残ってるだろ、危ないぞ」
少し眉間に皺を寄せて尋ねてくる弟から、体を隠そうとする。
なんで今こいつ入ってくるんだよ、もう少しだったのに……。恨みがましく思いつつ表情だけは平静を装う。
「だ、大丈夫だ。早くあっち行けよ、もうすぐ出るから」
慌てた答え方を不審がられたのか、クレッドは何故か濡れた俺の肩を掴み、強引に振り向かせてきた。馬鹿かこいつ自分も濡れるぞ、普通に薄めのシャツと下着姿なのに。
唖然とする俺の前で、奴はすぐに服を脱ぎ始めた。裸になり無理やりせまいシャワー室へと入ってくる。
「ちょ、なんでお前も入ってくんだよ、いいから出ろって……っ」
「嫌だ。俺も一緒に入りたい」
子供のように主張すると、俺をすぐ後ろのガラスに押し付けてきた。
濡れた瞳に見下されドキリとする。じりじりと体を迫らせ肌がくっつけられ、俺は咄嗟に逃れようとした。
「んあ、あ、やめろ」
「……兄貴、もしかして、ここ……一人でしてた?」
口調は優しいけれど、ぐっと威圧的に腰を合わせてくる。一瞬固まった俺はすぐに目を逸した。
「し、してないっ」
「本当に? でももう勃ってる……。すごくやらしい」
卑猥なのはお前だろッ。心の中で叫び無言で睨みつけると、反対に艷やかな笑みが向けられた。
「寂しいな。俺がいるのに、どうして起こしてくれなかったんだ?」
「……お前、先に寝ちゃっただろ!」
つい過剰に反応し、反抗的な文句になってしまう。これじゃさらに怪しい。
「じゃあやっぱり、一人でしてたのか。それはそれで興奮するな……」
ニヤリと嫌らしい口調で見下される。こいつ、やっぱりカマかけたのか?
腹立たしさから黙っていると、至近距離まで顔を寄せられた。
「本当は、兄貴のかわいい声が……聞こえたんだ」
色めく声色で囁かれ、顔がカッと熱くなるのを感じた。くそ、もう我慢出来ない、このムカつく弟ーー
体をよじり必死に腕の中から逃げようとするも、しっかり挟まれて抜け出せなくなる。
「おい、ひどいぞお前、もう離せよッ」
「駄目だ。離れたくない。俺も、一緒に……」
なんで言うこと聞かないんだよ。でも知ってるぞ。こうなったら、こいつは絶対しつこいんだ。
「ほら、体洗ってあげるから」
「もう洗ったからいいって…………ん、んあぁっ、やめ、……いいっつってんだろッ」
抵抗も虚しく体をすぐに反転させられ、両手をガラスにつけた。泡のついた手がみるみるうちに体中を這い回り、漏れる喘ぎに抑えが効かなくなる。
さっきは一人でしながら弟による快感を求めていたというのに、途端に羞恥のほうが勝ってしまう。
そんな俺にクレッドは、もっと聞きたくない言葉を浴びせてくる。
「後ろは、自分で……してないのか?」
俺はどうやったらこの変態男の口を塞げられるのだろうと考えるのだが、すでに無駄かもしれない。
「ばっ馬鹿かお前、するわけないだろっっ」
「……そんなに慌てられると、怪しいな」
だって本当にしてないし。寸前で踏み止まったからな。
無視していると、今度は自身を俺の尻にぐりぐりと押し付けてきた。また硬さを持ったそれが、泡のついた中心を探ってくる。
「は、あっ……やめ……っ」
体が反射的にビクビクと仰け反る。クレッドは俺の尻を両手で掴み、足の間に膝を割り込ませ、さらに広げさせた。
充てがわれた弟のモノが、有無を言わさず中に侵入してくる。
「なんで、いきなりっ、……やだ、ぁッ」
「大丈夫だ……ほら、まだ全然……柔らかい」
言いながら、泡のせいで感触がぬるぬるしている性器を前後に動かしている。内側をいっぱいにして満遍なく刺激され、我慢できずに声を上げてしまう。
「……んあっ、はぁっ……あ、んんっ」
「気持ちいい? ……もっと、速くがいい?」
さっきも同じことを言われた。でもやっぱりまだそんな事言うの恥ずかしい。
女々しく考えながら、腰を持っている弟の手を掴んだ。上からぎゅっと握り、微かな意思表示をする。
こんなんで察してくれればいいが……
するとクレッドは俺の手を握り返して、背中に胸板をぴたりとくっつけてきた。
「かわいい……兄貴……」
耳の後ろで吐息混じりに告げられ、一気に熱が高まっていく。勢いを増したそれが二人の呼吸を速めて、触れ合うところ全てに快感が駆け巡る。
「前も、してあげる」
勃ち上がり腹にくっついていた自分のを弟の手に包まれ、ゆっくりと上下に扱かれる。
一人でするのと全然違う。もう俺の体は変わってしまったのかーー
冷静に考える暇もなく、ただ喘ぎを漏らし、腰を前後に揺らしていく。
「んあぁ、クレッド……っ」
「……良い? 兄貴……」
「あ、あぁっ、ん、んぁ、……気持ち、い……っ」
素直に答えると、もっと快感が強まってしまう気がした。けれど一度こうなってしまえば抑えられるはずもなく、無意識に弟を求めてしまう。
俺が心の奥底で自分の変化に戸惑っていても、弟はいつものように俺を翻弄してくる。
「だめ……だ、また、出る……!」
断続的な手の動きに耐えられず、腰を何度も痙攣させ、思い切り吐き出してしまった。
ガラスの壁に飛んだ白い液がだらりと垂れ落ち、放心状態でそれを見つめる。
「……ああ、兄貴……まだ、足りないよな?」
濡れた髪を撫でられ、艶っぽく問われる。吐精して休む間もなく腰を引き寄せられ、さらに激しく貫かれた。
やがて果てた後にぐったりと体を預ける俺を抱きとめて、クレッドは顔を後ろに向かせ、口づけを与えてきた。
「……ん、んん……っはぁ、はぁ……」
丹念に舌を絡ませられ、全身が熱でとけてしまいそうな感覚に陥る。
ああ。やっぱり俺はもう、こいつ無しでは、身も心も満たされなくなってしまったのだろうか。
「……兄貴、もうベッドに戻ろう?」
後ろからぎゅっと抱きしめられ、まだ劣情を窺わせる声が届く。俺は身体を休ませながら、小さく頷いた。
これまで強く感じてこなかった渇望が、これから徐々に俺の中で大きくなっていくのかもしれない。
でもそうなったとしても、弟はたぶん全力で受け止めてくれそうな気がした。
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