俺の呪いをといてくれ | ナノ


▼ 74 食べてみたい -兄弟の日常-

ある日突然、弟から「俺も兄貴の料理が食べたい」という驚愕のお願いをされた。
理由を探ってみると、何やら俺が師匠の家で炊事をしていた事実が、やけに弟の癪に障ったらしかった。

そんなわけで俺は今、クレッドの部屋に備え付けられた台所で、何故か奴の好物ビーフシチューを作っている。
俺は弟が、肉全般と煮込み系の料理が好きだということを、昔から知っているのだ。

「おっ、すげえトロトロしてきた。もうすぐ出来るな」
「本当か? 楽しみだ」
「あー俺天才かも。超美味そう」
「絶対に美味いに決まってる。兄貴が作ったんだから」

鍋をぐるぐるかき混ぜる俺の真正面で、カウンターを挟んで腕組みする長身の男が、俺の挙動に逐一反応してくる。
それももう小一時間ずうっとだ。正直すごくやりづらかった。つうか邪魔だった。

「なんでお前ずっとそこで俺を観察するわけ? すごい威圧感感じるんだけど」
「えっ。だって兄貴が料理作ってる貴重な場面だろ。一瞬も見逃さないだろ普通」

腹が減ってるのか、何故か弟が興奮気味にまくし立てた。俺の料理なんて、そんなに貴重でもないだろ別に。

「何言ってんだよ。いつでも作ってやるよ、そんなの。あ、クレッドなんか皿出して」
「えっ本当か? いつでも? 何でも?」

……こいつ、いつもさり気なく要求を増やしてくるんだよな。その手には乗らねえぞ。
俺が適当に返事すると、弟が台所に入ってきて食器類を用意してくれた。

「はい召し上がれ」
「ありがとう兄貴。頂きます」

二人でテーブルについて向かい合い、料理を口にし始めた。作ったことのあるメニューとは言え、やっぱり弟に食べてもらうのは初めてだからドキドキする。

先にクレッドの反応を緊張の面持ちで見ていた。すると綺麗な動作で料理を口に運んだ弟が、みるみるうちに嬉しそうな顔になった。

「兄貴、すごく美味い。このビーフシチュー、最高だ!!」
「えっそう? ……照れるなあ。そんなに美味しい?」

俺も食べてみたが、確かに結構うまい。ちらっと弟を見ると、子供みたいに満足そうに頬張っている。なんだよ、可愛いとこあるんだなぁこいつ。普段いつ食事してんのか謎だけど。

「なあ、俺いつもはオズが料理作ってるから自分でやんないんだけどさ。お前はすんの?」
「いや、俺は料理はしない。調理もそうだが、自分で作ったものには興味がないんだ」

平然と述べられ面食らう。こいつは興味のあるものと無いものに、凄くはっきりとした境界線があるんだよな。時々妙なポリシー持ってるし。

「でも兄貴の作ったものには凄く興味がある。何でも食べてみたい」

にこりと魅了的な笑顔で告げられ、俺も柄にもなく照れてしまう。本当にこいつ、俺が作ったものなら多少失敗しても全部食べてくれそうだな。

「なあなあ、俺もお前の作ったもの食べたい。サンドイッチでもいいから今度作ってくれねえ?」

料理はしないとはっきり告げられたが、ダメもとでも無性に頼みたくなった。
案の定クレッドがスプーンを止めて、ちょっと考えた様子になっている。

「分かった。たぶん出来ると思う。じゃあ今度持ってくから」
「へ? いや目の前で作ってくれよ。見たいんだけど」
「……は? い、嫌だ、そんなの。恥ずかしいだろ」

俺は弟の返答に目を丸くした。
はあ? さっき俺の調理姿ずーっと見てたの誰だよ。つうかそんな本気で顔赤くして、怪しすぎる。

「嫌だじゃないだろ、俺は絶対見るぞ。お前の貴重な姿を」
「駄目だッ、見るな!」
「何ムキになってんだよ。簡単なサンドイッチだろ。……もしかして、失敗するのが怖いのか? じゃあ俺が教えてやるから」

俺が珍しく笑みを見せると、弟は悔しそうに黙り込んだ。もしや図星だったのかな? 可愛い顔しやがって。
ああ、こいつの作ってるとこ見るの楽しみだ。どんなものが出来上がるんだろう……

さっきは観察されて邪魔だったのに、今は弟の気持ちがよく分かる俺だった。



※※※



俺が初めて弟の好物ビーフシチューを振る舞ってから、約一週間後。弟から突然「準備が出来た」と言われ、奴の部屋を訪れた。

いつものように俺を熱いキスで出迎えたクレッドは、その後すぐに俺を台所へ招き、なんと奴特製のサンドイッチを作り始めたのである。

「うわ、なんか凄い材料だな。高そうな肉……お前もしやローストビーフサンド作るのか?」
「ああ、そうだ。知り合いの精肉屋から取り寄せた。味は保証するぞ」

そんな知り合いがいたのは初耳だった。本当に謎の多い男だな。
スパイスやソースの調味料に、見たことない種類のパン、そして新鮮そうな野菜と分厚い肉。
俺のちょっとした要求に対し本気で応えようとしている弟が、なんか愛しく感じた。

すでに真剣な顔で作り始める弟を、俺は興味津々に眺めていた。

「なんか料理してるお前、可愛いな」
「……えっ。な、なんで今そういう事言うんだ。手元が狂うだろ」

自然に出てしまった俺の言葉に対し、クレッドは顔を赤らめて恥ずかしそうにした。一転して手が止まり、慌てた様子になった弟を見て、これは口出すと邪魔かもしれないと反省する。

でもこの前のこいつじゃないが、口出したくなるのが分かってきた。何となく構ってもらいたくなるんだよな。

「わあ美味しそう。お前すげえじゃん」
「そうか……? それほどでもないけど」

弟がパンにソースを塗り塗りし、照れながら笑顔を見せた。凄い貴重な場面に遭遇していると思い、何故か俺は興奮してきた。

……ん? でも待てよ。なんか初めてと言う割には、すごく慣れた手つきで作ってないか。
もっとあたふたする弟が見れるの楽しみにしてたんだけど。
若干訝しみながらも、俺は弟特製サンドを心待ちにしていた。

「出来たぞ、兄貴。さあ食べてくれ」
「おっ、ありがとう。いただきまーす」

弟が作っている間に用意したコーヒーと共に、初めての弟の手作りの食べ物を口に入れた。
その瞬間、俺の心も腹も、みるみるうちに満たされていった。

「美味い……! 超美味いよこれ、すげークレッド!」
「本当に? 良かった……」
「マジだよ。色んなスパイスが効いてて、初めて食べる味がする。お前も食ってみろっ」
「いや俺はもう知ってるから」
「……え?」

俺が驚きの顔で弟を見ると、奴はすぐにしまった、という表情をした。
やっぱりか! 俺の思った通りだ!

「お前初めて作ったんじゃないのか? 俺はお前の初めてのサンドが食べたかったのにっ」

何故か異常な興奮状態で、俺は弟を責め立てた。するとクレッドは完全に焦った顔を向けながら、俺の勢いを制止しようとした。

「お、落ち着けよ兄貴。確かに初めてじゃないけど、味は悪くないだろ? だって、美味しいもの食べてほしくて、俺練習したんだ。本読みながら」

クレッドが気恥ずかしそうに告白した。
わざわざ練習したのか? 俺のために? なんて可愛いことしてんだ、この弟は。

「そうだったのか……? ごめん、責めたりして。本読んで、そんな準備してくれてたのか」
「ああ。失敗したくないからな。初めて兄貴に食べてもらう俺の手作りだから。……まあただのサンドイッチだけど」

それを聞いた瞬間、俺はすぐに椅子から立ち上がった。急な挙動にびっくりした様子の弟だったが、俺は衝動的に奴を抱き締めた。

「ありがとな、クレッド。俺、嬉しい。すげえ美味いよ、お前の料理」
「……良かった。兄貴が喜んでくれて」

ぎゅうっと抱きしめて、感謝の気持ちと愛しい気持ちを表そうとする。
こいつはやっぱり、色々と俺の想像以上の男なのかもしれない。

「じゃあ兄貴、今度は俺、兄貴が作ったケーキが食べたい。よろしく頼む」
「……は? ケーキ?」

突然放たれたリクエストに呆気に取られていると、弟はにっこりと笑って頷いた。
おい、なんで交互に作るみたいな流れになってんだ。サンドとケーキじゃまるで難易度違うだろうが。

「馬鹿かお前、んな面倒くせーもん作れるか!」
「え、ケーキって面倒くさいのか? 知らなかった」
「すげえ大変だよっ、何も知らないんだなお前っ」

強い調子で言うと、途端にクレッドが落胆の表情を浮かべた。
……う、なんか知らないけど急に可哀想になってきた。

「じゃ、じゃあお前の誕生日にでも作ってやるから。……それでいいだろ?」
「本当か!? 嬉しい、兄貴……!」

子供みたいにはしゃぎだす弟を見て、俺は小さな溜息をついた。
俺もこいつの嬉しそうな顔に弱いのかもしれない。食べたいって言われると、多少面倒でもつい作ってやりたくなってくる。

何のケーキにしようかな、などと自分に不似合いな考えを、俺はすでに頭の中で巡らせていた。



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