俺の呪いをといてくれ | ナノ


▼ 58 誰なんだよ

数週間に渡る遠征が終わり、なんだかんだ無事にリメリア教会聖騎士団の本拠地へと帰ることができた。
団長としての業務が忙しいのか、最近俺は弟との時間が取れないでいた。
俺も一応男だから、欲求不満とかそういうのがないわけでもない。そんな低俗なこと、間違ってもクレッドには言えないが。

けれど今、そんな悶々とした状態の俺が、信じられない場面に遭遇していた。
場所は騎士団本部の建物内だ。大きな窓から日の光が差し込む長い廊下で、二人の男女が会話している。
一人は俺の弟で、もう一人は金髪ロングヘアのとてつもない美人だった。

(えっ、うそ……)

廊下の角を曲がると二人の姿が目に入り、一瞬唖然とした俺はすぐさま立ち止まって、再び角に隠れた。
いや、なんで俺コソコソしてるんだ。そう思ったのだが、とてもじゃないが平常心で素通り出来ない。

(この教会、女人禁制のはずだが……)

疑心暗鬼になりながら、心の中で呟く。
そうだ。教会に所属することになってから、女性の姿は一人も見たことがなかった。
それなのに、今弟と楽しそうに話しているのは、一体誰なんだーー。

もう一度陰からこっそりと二人の様子を覗く。
女性は背が高く、目鼻立ちがすっきりとした儚げな美女に見える。白い肌に長めの白装束で肩からストールをかけている。
一見して、端正な顔立ちの弟とすごくお似合いの雰囲気……

(な、なにこの複雑な気持ち……すげえイライラする……)

二人ともマジで楽しそうに喋っている。いつもはあまり表情を変えないクレッドが、口を開けて笑っている。
おい、俺の前でもそんな屈託のない笑顔あまり見せないじゃないか。どういう事だよ。

駄目だ。よからぬ事を考えてしまいそうになる。
弟が女性と楽しそうにしているだけなのに、どうして俺はこんなにも動揺しているんだ。この心の狭さ、自分でも笑えないぞ。

「おい兄ちゃん。何してんだ、そんなとこで」

後ろから突然声をかけられ、心臓が跳ね上がった。バッと振り返ると、赤髪の黒魔術師が怪訝そうな顔で立っていた。
げ、面倒くさい奴に見つかった。こいつ年下のくせに俺より貫禄あるし、その上馴れ馴れしいんだよな。

「え、何が。何もしてないけど別に」
「いやなんか隠れてあっちの様子を伺ってただろ、あんた」

棒読みで答えたせいで怪しまれたのか、イスティフは俺の肩を押しのけ、廊下の曲がり角から顔を出して確認した。
やべえ、俺がこっそり二人を見ていたことがバレてしまう。

「……ああ。あの二人が気になるのか?」

黒魔術師が意味有りげに目を細めて尋ねてきた。直球的なその問いに心臓がどきりとする。

「べ、別に気になるってほどでもないけど。……あの女の人、凄い美人だよなあ」

何故かそう言った瞬間、胸がちくりと痛んだ。どうしたんだ一体。俺だってもともと美人好きだろ。
するとイスティフがにやっと嫌らしい笑みを見せた。

「……確かに、美人だな。まあ俺のタイプじゃねえけど。なんだ、セラウェ。ああいうの好み?」
「は? 別に、そんな事どうだっていいだろ」

つい素っ気ない態度で返事をしてしまうも、この若い黒魔術師は依然として薄ら笑いを浮かべている。何が面白いんだよこいつ。

「まあこんな仕事してると、女と遊んでる暇ないもんなあ。なあ、あんたは彼女とかいないの?」
「えっ……いないけど」

急にぶっこんできたな。彼女はいないけど弟がいるんだよなあ。なんて意味不明なこと絶対言えねえ。

「じゃあ俺が今度何人か紹介してやろうか? 女の知り合い多いから。どんなタイプが好きなんだよ」
「好きなタイプかあ……綺麗系のお堅い職ーー」

ってなに俺普通に答えてんだよ馬鹿か。あやうく自ら性癖を暴露するところだった。

「いや俺間に合ってるから大丈夫。気にしないでくれ」
「ええ? 本当かよ。間に合ってなさそうに見えるけどな」

うるせえなこいつ、ガキのくせにすげえ上から目線じゃないか。
睨みつけてるとイスティフは再び向こうの廊下側に目線をやった。

「なあ兄ちゃん。あの二人、結構仲良いみたいだぜ? 俺よく二人が一緒にいるの見かけるし」
「えっまじで……? 俺初めてみたんだけど。……あの人、誰なんだ?」

きっと俺の目が泳いでいることが、この男にもバレていただろう。でも異常に気になっていた。あの女性が弟とどういう関係なのか。
気がつくと、俺はイスティフに詰め寄る形で迫っていた。

「なあ、教えてくれよ」
「あいつはな……」

黒魔術師がそう呟いた瞬間、廊下の曲がり角から突然長身の男が現れた。
俺はそいつの顔を見てとっさに「うわッ」と驚愕の声を上げてしまう。

「こんな所で何してるんだ」

ちょっと怒りの混じった声で言い放った男が、イスティフの後ろで不機嫌そうな面持ちで立っている。

「……ハイデル。なんだよ、驚かすなよ」

振り返った黒魔術師がわざとらしく頭を掻きながら言った。
おいおい、なんで今噂していたクレッドがちょうどこっちに来るんだよ。心臓バクバクなんだけど。

「どうしたんだ、兄貴。随分暇そうだな」
「えっ全然そんなことないけど」

嫌味っぽく言う弟に苛つく前に、取り繕うほうが先だった。
じとっとした目で睨まれ、非常に落ち着かない。

「ええっと、じゃあ俺もう行くわ。あ、そうだ。兄ちゃん、女紹介して欲しかったらいつでも言えよ」

…………は?

何最後にとんでもねえこと言い放って、そそくさと退散しようとしてんだ?
廊下に残された俺達の間に、しんとした空気が流れた。や、ヤバすぎる。

「……女ってなんだ? 何話してたんだ」
「な、なんでもないけど。あいつの冗談に決まってんだろ、ははは」

不自然に抑揚のない声で返事する。
けれどクレッドがそんな言い訳に納得するはずもなく、目をそらした俺の顎をいきなり掴んできた。

「冗談でそんな話になるのか?」

真剣な顔を向けられてどきっとしてしまう。
こいつは今の話で嫉妬してんのか? なんで素直に表に出せるんだろう。ちょっと羨ましいんだけど。
俺は気になってても、いつもはっきり聞けないのに。

「本当にただの冗談だよ。……だって俺には、お前がいるだろ」

なに恥ずかしいこと言ってるんだ、俺は。
居たたまれなくなり再び視線を外すが、クレッドはいきなり俺の背中に腕を回してきた。胸に引き寄せられ体が硬直する。
おい誰かに見られたらどうすんだ馬鹿か。

「……本当か? 兄貴」
「ああ、本当だよ」

小声で問われ、どこか弟の不安げな様子が伝わってくる。
また俺はさきに自分が安心してから勇気が出てくるんだ。しょうもない男だとつくづく呆れる。
でもやっぱり気になるものは気になる。

「なあ、お前は? さっきの女の人、誰だよ?」

ああ。思い出しただけでまた胸がズキズキしてきた。
だってまじでお似合いに見えたんだよな。俺が勝ってるとこなんて無いだろ、って無駄なことを考えてしまうほど。
けどクレッドの反応はちょっとおかしかった。

「女……? 何の話だ」
「えっ。だってさっき二人で話してただろ。すごい綺麗な、背の高い女の人と」

なんだこの嫉妬感丸出しの恥ずかしい台詞。もう嫌すぎる。
顔を上げると、弟は目を大きく見開いて固まっていた。
え、やっぱ知られたくないことだったのかと途端に不安が襲ってくる。

「ああ、あいつは……違う」

普段冷静な弟には珍しく動揺した感じだった。あいつ、って……随分親し気な仲みたいじゃないか。

「仲良いんだろ? イスティフが言ってたぞ。なんで俺に何も言ってくれなかったんだよ」
「ちょっと待て、兄貴」
「なあ、なんで?」

なんか問い詰めだしたら止まらなくなってきた。
気がつくと、俺は弟の制服を両手で掴み白状させようとしていた。
だがクレッドは混乱したような、半分呆然とした様子で俺の顔を見ていた。

「あ、兄貴……俺が女と仲良く話してるの、嫌なのか?」
「は? なんだその聞き方、やっぱり仲良いのか? 誰だよ、教えろよっ」

すると弟の顔が何故か急に赤く染まりだした。恥ずかしそうに蒼目が若干潤んで、俺をじっと見つめている。なんだその顔、ふざけんなよ。

「なあ兄貴、嫌なのか? 教えてくれ」
「……うるせえなっ、そうだよ、嫌で悪いか!」

どうして俺は全く可愛げもなく逆ギレしてしまうんだろう。でも何故か無性に腹が立って仕方がない。

「駄目だ……信じられない」

クレッドはぽつりと呟いて、いきなり俺をぎゅっと抱きしめてきた。そしてそのまま顔を近づけたかと思うと、唇を合わせてきた。
おいちょっと、ここ廊下だぞ。頭湧いてんのかこいつ。

「んんっ……んむっ」

強く口づけされ息苦しさがつのる。
突然与えられたキスに戸惑いながらも、ついいつもの癖で受け入れてしまう。
やがて口を解放され、はあはあと苦しげに息を吐いた。

「ああ、かわいい……もう無理だ俺……」

弟にうっとりした顔で告げられ意味が分からない。この流れはなんなんだ。
混乱していると弟は再び目線を合わせてきた。なぜか目元が優しく、微笑んでいるみたいだった。

「焼きもち、焼いてくれたのか? 嬉しいな」
「……ち、ちが……っ」
「違うのか? でもさっき、ちょっとムキになってたよな」

にこにこと言われ、言葉に詰まる。何故嬉しそうな顔を向けてくるんだ。
つうかまだ俺の話終わってないんだけど。

「だから誰なんだよ! まだ納得してないぞ、俺は」
「ああ、そうだったな。じゃあ俺と一緒に来てくれ」

クレッドは笑顔のままそう告げると、いきなり俺の手を掴んで歩き出した。
どこ行くんだよ、と尋ねても半ば強引についてくるように言い、俺はわけが分からないまま奴の後を追った。



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