俺の呪いをといてくれ | ナノ


▼ 4 俺の憂鬱

「あっ、ちょ! マスター! 今騎士団団長の方が出て行きましたけど、大丈夫でしたか? 一体何を言われたんですか!?」

部屋を出て台所に面したリビングへと向かうと、待ち構えていた弟子のオズに必死の形相で食い入るように見つめられ、俺はさっきまでの悪夢をなるべく上澄みだけをさらい思い返した。
……駄目だ、あいつのイキ顔しか思い出せねえ。そして最後の「お前を犯す」宣言。頭を抱えたくなる気持ちを抑え表面上だけでも笑顔を取り繕う。

「いやぁ別に? お前が心配するようなことは何もねえよ? 安心しろ」
「…………それ、嘘でしょうマスター。その胡散臭い笑顔何遍見せられてきたと思ってんですか! 俺に隠し通せると思ってんですか? もう何年一緒に暮らしてると思ってえええっ」

本気で心配しているのか可愛いバカ弟子が半分泣いている。罪悪感がちょろっと湧き出ないわけじゃないがお前さっき一目散に俺の部屋からロイザ連れて退散してたよなぁ?
んーでもさ、何て言えばいいんだろう。正直に話せるわけないよね、今まで弟と変なことしてましたなんて。この童貞臭ハンパない純真無垢そうな若者に。

「落ち着いてくれ、オズ。俺は捕まったりしないから。どこへも行ったりしないから。さっき来てた騎士団の奴らはな、俺に個人的な依頼をーー」

弟子の柔らかい茶髪をなでなでしながら淀みなく喋っていたのだが、ああ何の依頼にしようかと咄嗟に適した言葉が出てこない。何でもいいから何か言え、期待をこめて真っ直ぐ見つめるオズの目に溜まっていた涙が引いてきてる、マスターの俺の言うことをもうすぐで全て鵜呑みにしそうな感じの表情だぞこれは。

「セラウェ、シャワーを浴びてきたらどうだ? お前……匂いがするぞ」
「ひゃえっ!?」

何の気配もなく背後に潜んでいた白虎の使役獣ロイザが、俺を見上げてそうのたまった。思わずおかしな奇声を上げてしまうほど動揺を誘うその台詞、とくに「匂う」という箇所が俺の頭を瞬時に眩ませる。
まさか、あの匂いか……? いや、冷静に考えりゃそりゃそうだよな。あんだけ大量に……だがそれは俺のものじゃねえ、断じて違う!!

「あ、ハハ……そう? 俺ちょっとシャワー浴びてくるわ。オズ、新しい服出しといて」
「えっマスター! まだ話が終わってないんですけどぉっ」
「後でしてやるから」

若干足元がふらつきながら、胴体にへばりつこうとする弟子を無理やり引き剥がす。その匂いを具体的に明かさなかったロイザに半分だけ感謝しつつ俺は風呂場へと向かった。
ああまじで何て説明すればいいんだよ、また今度ここへ来るとか言ってたよなクレッドの野郎。俺がその間に準備出来ること、というかこの状況を覆すことが出来る案が一切浮かばないのが恐ろしい。

あいつが受けた呪いーーああそうだ呪いだ。何故あの時無理やりにでも体に記されたであろう呪いの印を確かめておかなかったんだろう。凄い勢いで見せることを拒否してたよな……男と百回の性交を終えればその印はきっと消えるはずだ。それとも、その印に関して何か言いたくない秘密でもあるのか……?
実際に見てない以上いくら考えても杞憂だ。今のうちに来たるべき嵐に備え、わずかでも休息を取っておくべきなのかもしれないと考え直した。

※※※


「で、だ。さっきの話の続きなんだが、オズ君」
「はい、どうぞっ」
「この話は他言無用だ。分かったな?」
「もちろんです。俺、元々魔術師の知り合い少ないんで大丈夫ですよ!」

そこはあまり誇るべきとこじゃないぞ弟子よ。テーブルの前に置かれたソファで男二人、顔を近づけて話し合う。無論こんな雰囲気で本当の話(兄弟のエグい諸々)を切り出せるほど俺は愚かかつ無神経ではない。でも隠し通せる気がしない。そこでだ、違う言い訳をなんとか用意した。これで納得してくれればいいんだが……。

「実はな、あの騎士団長いただろう? 背が高くて、威圧的な」
「ああ、はい。あの存在感の凄い人ですね。二人きりで何を話してたんですか?」
「あの男、実は遠征先での戦いの際に魔術師から呪いをかけられてだな……それも言いづらいんだが、自身の男性器に関わる呪いなんだ」

言いづらいと言いながらはっきりとそう口にする。嘘は言ってない。つまりだ、考えた末に所々真実を混ぜてしまったほうが後でボロが出にくいと判断した。それに一言、いわゆる呪いが世間的におおっぴらにしたくない「下関係」だと言ってしまえば、その先は追求されないものだ普通は。

「あー……そうだったんですか……なるほど。それで個人的な用件だと」
「え? う、うん。そうなんだよ可哀想だよね」
「はい……なんとなく想像つきました。でも、良くなるといいですよねっ」
「お、おう」

なんか凄いあっさりと納得されたことに内心焦るんだが、どんな想像したんだろう。やっぱりあれか、男性器に関する悩み、というか呪いだが普通はまあ「使い物にならない」とかそういうことを考えるよな、男なら。
我が弟子ながら家事ばかり上手くなって童顔だしあまりに頼りない風貌してるせいで、こいつも男だということを忘れていたわ。保護者的観点からしてみれば少し安心したとはいえるが。

「そうかぁ、イン○かぁ……きついよなぁ、それは。まだ若そうなのに」
「…………………おいオズ」

ちょ、ちょっと! そんなはっきり言葉に出さないでくれよ! 俺はお前の口からそんな生々しい言葉聞きたくないぞ! 「えっどうかしましたか」とか無邪気な顔で聞き返さないでくれ頼むから。こいつの普段の清い生活態度から童貞だと思いこんでたけど、え、もしかして違うのかな。

「それでマスター、どうやって呪いをとくつもりなんです? 何か考えがあるんですか」 
「あ? ああ、そうだな。まだ解決策ははっきりとしてないんだけどな。とりあえず、お前に頼みたいことがある」
「はいっ、何でも言ってください」

オズがキラキラした顔でこっちを見ている。頼られるのが素直に嬉しいのだろう、可愛いやつだ。そんな弟子に不似合いなお使いをさせることをどうか許してくれ。そう心の中で唱えながら切り出す。

「あのな、えーと、行ける限りの街の中から、ありとあらゆる媚薬を調達してきてくれないか」
「えっ媚薬……ですか?」

オズの顔がぽっと染まり出す。お前イン◯とか平気な顔して言っておいてそっちには照れるのかよ。

「それって、あの団長さんの依頼に関係している……」
「その通りだ。呪いの構成要素を解き明かすのに役立つと思われる」

適当に最もらしいことを述べているだけなのを反省しながらも、あながち嘘ではない。奴の精液を舐めたときにピンときたのである。あれには少なからず媚薬成分が存在しているのではないかと、長年の調査により導き出された俺の勘がそう示しているような気がした。もっと詳しく調べるには出来る限り既存の媚薬と比較する必要がある。

「分かりました。任せてください、マスター! いつから出ればいいですか?」
「うーん、早い方がいいな。明日から行ってくれ。あとロイザも連れてっていいから。ある程度集まったら持って帰って来い」
「はい!」

よし、これでいい。はりきる弟子に向かって俺はしっかりと頷いた。横で静かに座っている物言わぬロイザの冷たい視線がちくちくと突き刺さっているような気がしたが、それも甘んじて受けよう。

「オズを頼んだぞ、ロイザ。あ、人型でな。街でお前みたいな白虎がうろついてたら騒ぎになるから」
「……ああ、任せておけ。いつも家でお前と寛いでばかりじゃ、体がなまってしまうからな。ちょうど良い機会だ」

さりげなくディスってるけど別に外で運動してこいなんて言ってないからな、俺。ただのお使いだから。だが勝手なことはせずに暴れないで大人しく用件だけを済ましてくれよ、などという小うるさいことを言うつもりはない。だって嘘ついてるのがちょっとだけ後ろめたいし。

まあいずれにせよ退屈してたらしい二人に用事を託せてよかったのかもしれない。あいつが再びこの家に来る時、可能ならば二人きりのほうがいい。……いや本当は心底嫌だがそうも言ってられない。念には念を入れておかなければ。俺のマスターとしての尊厳が奪われてしまう事態にせめて立ち会ってほしくないのである。



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