俺の呪いをといてくれ | ナノ


▼ 53 揺れる聖騎士

師匠の家に連れ去られた俺を、弟が必死の形相で迎えに来てくれた。
でもなんで俺また、こんな厄介な状況に陥ってるんだろう?

鋼の肉体を持つ馬鹿でかい妖術師の男と、見目麗しい兄好きの聖騎士。
そして平凡な魔導師の俺と人型の使役獣を加え、四人の男たちの修羅場が今始まろうとしていた。

「俺の兄貴のことを、何度も何度も所有物だと抜かすとは……貴様、どういう了見だッ」

最初に口を開いたのは、向かい合う師匠を憤怒の表情で睨みつける弟だった。

「ハッ、見て分かんねえか。俺とセラウェはなあ、この家で長らく生活を共にしてきた仲なんだよ。今だって飯食った後に二人で仲良く晩酌してたっつうのに、いきなりてめえみたいな邪魔者が入ってきたせいで白けてるとこなんだが?」
「……あ? 飯食って晩酌……だと?」

おい余計な事言うなよ師匠と思いつつ、食いついてきそうな弟に焦った俺は、すかさず二人の間に割って入った。

「あんたが作れっていうから作っただけだろ! それに弟子時代に普通にやってた事でそんなわざわざ取り上げるような事でもないぞ!」

腕を組み俺を見下ろす師匠が突然にたっと笑いだした。

「何言ってんだよ、セラウェ。ちゃんと俺の好物作ってくれたじゃねえか。俺の好みとかも全部、お前の体に染み付いてんだろ?」
「な、何言い出すんだ、気持ちわりい表現すんじゃねえ!」
「はは、今更照れんなよ。俺達の親密な間柄をこのブラコン野郎に教えてやってるだけだろうが」
「……ふざけるな、お前が言っている事は、ただの師弟関係に過ぎないだろう!」

弟の指摘に師匠の眉がピクリと上がり、鋭い眼光をクレッドに向けた。

「ああ? 馬鹿かそれだけじゃねえよ。俺はなあ、こいつの事は隅から隅まで知ってんだよ。その上、色々と相性も良いんだよなあ。俺の言うこと何でもほいほい聞いてくれて、自分からもよく動いてくれるし。ほんとに可愛い奴だよ、セラウェは」

師匠が顎を触りながら目を細め、優越感に浸る面持ちで言う。
も、もうすでに無理。何故そういう物言いしか出来ないんだ。さすがに聞くに耐えないんだが。

「あ、相性ってなんだ……よく動くって、なんだよ……ッ!」

クレッドは拳を握りしめ、眉を上げカッと目を見開いた。
え、そこ抜粋するのかお前? おかしな事考えるなよ、お前の頭の中どうなってんだよ。

「もうやめろよ師匠、ひどいぞ! 俺の弟にこれ以上変なこと言うな!」
「なんだバカ弟子、顔真っ赤にして怒りやがって。まあ確かに知られたら恥ずかしいこと、たくさんしてるよなあ俺達」

……はい? それどういう意味だ。
確かに俺と師匠は、魔術関連では人には言えないような事を結構やってきたが。

「それは全部あんたのせいだろうが! 俺は仕方がなく付き合わされただけだ!」
「あ、兄貴……どういう事だ。何をやったんだ、この男と……」

後ろから恐ろしいほどの低音が聞こえてきた。振り向くと顔をひきつらせ絶望的な雰囲気を漂わせる弟がいた。

「いや、違う、クレッド。そういう意味じゃねえ」
「じゃあ、どういう意味だ? ……答えられないのか?」

ひい! どうしよう弟の憤りと疑惑に満ちた目が全身に突き刺さる。
だってまさか過去の事とはいえ聖騎士の弟の前で、俺と師匠の非合法的な儀式や活動について白状できるわけがない。

俺が固まっていると、師匠の嘲笑が頭上から降ってきた。

「とにかくなあ。弟だか何だか知らねえが、俺達の間には入り込めないってことだ。それとも何か? お前、俺よりセラウェについて知ってること、なんかあんのか?」

じろじろと値踏みするように一回り以上も年下の男を追い詰めようとするおっさん。おい何を聞き出すつもりだ。

「知っている事ならある。お前には教えたくなかったが……仕方がないな」
「ほう? どんなもんだ、言ってみろよ。どうせくだらねえ事だろうが」

えっちょっと、まさかやばい事言い出さないよな、俺の弟。
ハラハラして見守っていると、予想と逆方向の事をクレッドは語りだした。

「兄貴は普段、読書と研究と惰眠を好む。他にも無類の動物好きだ。魔術に関すること以外は総じて飽きやすいが天文学と美術にも関心がある。昔から運動嫌いで活力に乏しく、疲れたらすぐに寝てしまう。就寝時には寝言をよく喋り、寝顔がかわいい。ああ、当然普段の顔もかわいいがーー」

弟が至極真面目な様子で語り出し、皆がしん、としている。
何その分析……。俺もどう反応していいか分からない。つうか次第に生々しい事言い出してねえか。
焦った俺は奴の腕を掴んだ。

「お、お前、何言ってるんだクレッド。どうしちゃったんだよ、恥ずかしいだろっ」
「何故だ? この男に聞かれたから答えただけだ。それとも、何か間違っていたか?」
「い、いや大体合ってると思うけど……」
「じゃあ問題ないだろう。……おい貴様、これで満足か。まだまだ言える事はあるが」

弟が強気に言い放つと、師匠は珍しく無反応だった。慌てる俺と動じない弟に、視線を交互に移す。

「何なんだお前。久しぶりにぞっとしたぞ。……俺が言うのも何だが、お前には騎士の誇りというものがないのか」
「どういう意味だ。何故今の発言に騎士の誇りが関係ある。そもそも貴様が質問したんだろう」

まあ、師匠の言うことも分からないでもない。聖騎士ともあろう者が一戦を交えた相手の前で自分の兄に関する事細かな考察なんて、普通しないだろう。

「お前兄貴のこと好き過ぎだろ……お前みたいな変な野郎、この俺でも見たことねえぞ」
「何とでも言え。お前のような害悪から守る為なら、俺は何でもするぞ」

威圧的な師匠の前でも怯まずに宣言するクレッドに、俺のほうがどきどきしてきた。いやよく考えてみれば、会話も状況もかなり異常なのだが。

「……この野郎、害悪だと? 俺は奴の師匠だぞ、生意気な事言いやがって。……いいか、今のセラウェは俺が作ったといっても過言ではない。その愛弟子につきまとうお前のような若造をすぐに認めるとでも思ってんのか」
「貴様に認められる筋合いなどない。俺が兄貴の弟だという地位は揺るがないものだ」

クレッドの自信に満ちた蒼目が、壮年の男の険しい顔を真っ向から捕らえる。

「ハッ、てめえ弟っていうのを利用してるだけじゃねえか、恥ずかしくねえのか!」
「なんだと? 貴様こそ師匠だという以外に、兄貴に意味がある存在なのかッ」
「ははは。何言ってんだてめえ。俺は全てをセラウェに与えられる男だぞ? お前にそれが出来んのか若造!」

ああ、段々幼稚になってきたな。もう聞いていられない。
言い争う二人のそばに立っていた俺だったが、力なくソファを見やった。すると一人足を組み傍観していたロイザが俺を見ていた。

「セラウェ、ここへ来い。俺の隣に座れ」

妙に優しい調子で言う使役獣の言うことを聞き、俺は奴の隣に腰を下ろした。
目の前の男二人は、まだ血管を浮き上がらせ幼稚な事を言い合っている。

「なあロイザ。お前珍しく弟に絡んでこないんだな」
「ふっ。そうしたいのは山々だが、俺はグラディオールの前では力が出せん」

若干ふてぶてしい態度とはいえ、素直に弱さを認める使役獣の姿は新鮮だ。だからこそ余計にあの師匠の存在が恐ろしい。

「でもなんであの二人、ああなんだろうな……」
「さあな。小僧は言うまでもないが、グラディオールに限って言えば、お前の弟を相手にするのは中々愉しいのだろう。俺には奴の気持ちが分かるぞ」

涼しい瞳で口元がかすかに上がる。確かに今までのお前の行いを見てると、納得出来ると同時に呆れてくる。

「あのなあ、何が楽しいんだよ。ちょっと可哀想だろうが」
「聖騎士団長ともあろう者が、お前の存在一つで崩れ落ちそうになる。それが愉快なんだろう」

……は? 何恐ろしいこと言ってるんだこいつ。

「勿論それだけではないぞ、セラウェ。俺達もお前のことが、大事なんだ。そう思っているのは、お前の弟だけではないということだ」
「えっ……」

灰色の瞳に見つめられ、妙に真剣な声色で告げられる。
使役獣相手なのにどぎまぎしてきた。こいつに大事とか言われたの初めてなんだけど。
何故か再び奴の手が俺の頭に無造作に置かれる。ど、どういう意味なんだこれは。

「おい白虎! どさくさに紛れて俺の兄貴に触るな! 許さんぞ!」
「てめえロイザ! 何一人で良いとこ取りしようとしてやがんだ! お前もこの生意気な聖騎士なんとかしやがれ!」
「何だお前達。くだらぬ喧嘩は終わったのか? 俺の主をあまり困らせるな」
「ああ? お前の真の主はこの俺なんだがなあ、くそ白虎!」

……なあ、こいつら年離れてんのに、同じレベルじゃねえか?

一人白けた顔でぼうっとしていると、急に奴らの喧騒から抜け出したクレッドが俺の前に立った。
え、なに。もう気が済んだのか?

「ちょっとこっちに来い、兄貴」
「えっ、待て、どこ行くんだ?」

俺は座っていた体を弟に引っ張られ、居間から扉を抜けて奥の方に連れ去られた。
途中「おい逃げんのか若造!」という師匠の怒号が響いたが、クレッドは完全無視でズカズカと廊下を歩いていく。

「服はどこだ? どこで脱いだんだ」
「……えっ浴室だけど」

答えを聞くや否や、この広い家の中のドアを次々と開けて確認した弟は、早々に風呂場を探り当てた。
脱衣所に置いてあった俺の服を発見すると、今度はすぐに今着ている師匠の服を脱がせ始めた。

おいおい、大丈夫かこいつ。そう思いつつも一心不乱な弟の好きにさせていると、怪訝そうに俺の目を見てきた。

「……一人で風呂に入ったんだよな?」
「い、いや、ロイザと一緒に……」
「は!? 嘘だろ!?」

弟が大声を張り上げ愕然とした面持ちで固まる。
やべえ言わなきゃよかった。こいつ勘違いしてるかもしれん。何故俺は学習しないんだろう。

「おい落ち着け。言っとくけど人型じゃねえぞ、白虎の姿だから」
「だから何だ。それでも許容できないんだが」

抑揚のない声でピシャリと遮られ思わず口を閉じる。
けれど無事に服を着替えさせた俺を、クレッドは急に力強く抱きしめてきた。

「ああ、もう、兄貴……なんで……」

打って変わって弱々しい声で囁かれ、その言葉には奴の色々な思いが詰まっているのだと悟る。
背中を抱きしめ返すと、さらにぎゅっと弟の腕の力を感じた。

「心配したんだぞ、俺は」
「ごめんな……こんな遠いとこまで」
「そんな事はどうでもいい。兄貴が居るところなら、俺はどこにだって行く」

う、なんでそういう事言うんだ。
胸の奥がぐっときて、ちょっと耐えられなくなってきた。
するとクレッドの真剣な眼差しが俺を真正面から捕えてきた。近づいてきた顔が少し傾けられ、ゆっくりと唇を合わされる。

「ん、んっ…………んむっ」

いきなり舌が入り込んできて、慌てて弟の肩を押しのけようとする。
おいここ、師匠の家だぞ。さすがにまずい。

「早く帰って、兄貴のこと……抱きたい」

俺のほっぺたを親指で撫でてくる弟が、溜息混じりに呟いた。
な、なんて事言うんだこいつは。
けれど、おそらく赤面しているであろう俺もなぜか無性に、同じ気持ちになってきて……

「じゃ、じゃあ、帰ったらーー」

柄にもなく積極的な言葉が自分から飛び出すかと思ったその瞬間。
師匠と使役獣がいるはずの居間の方から、ものすごい衝撃音が響いた。

え。なんだ今の。
硬直する俺の前で、途端に弟の顔が険しい顔つきになり、緊張が走る。
「俺から離れるなよ」と一言だけ告げると、手を握られ二人で音がした方へと向かった。

そこには信じられない光景が広がっていた。
さっきまで俺達がわいわい騒いでいた居間が、ちょうど半分ほど木っ端微塵になっていたのである。
正確には居間に面した大きな窓が完全に吹き飛んでおり、外の風景が丸見えになっていた。

「て、てめえ、エブラル! 俺の家に、なんてことしやがんだ!!」
「お前が私にした事に比べれば、安いものだろう。メルエアデ。修理すればいいだけの話なのだから」

……え。エブラルがいる。
灰色のローブを着た呪術師はかざしていた右手をゆっくりと戻し、師匠に冷たい視線を送っていた。
けれど俺に気付くと、途端にいつもの微笑みを向けてきた。

「ああ、セラウェさん。無事で良かったです。あなたも大変ですね、こんな無法者の弟子なんてやらされて」
「そ、そうだろ。俺も完全に同意するよ」

笑ってはいるが怒っていそうな、鬼気迫る迫力に圧倒され、俺は弟の手を握っていることも忘れて立ち尽くしていた。

「ハイデル殿。騎士達も外で待機しています。では、メルエアデの拘束を開始しますね」
「ああ。そうしてくれ」
「おい、ふざけんじゃねえぞ! 誰が聖騎士団なんかに捕まるか!」
「無駄だ、メルエアデ。お前の家の結界はすでに解かれている。自分の家で弟子と寛いでいる内に油断したか? 素直に投降しろ」

呪術師がそう言ったものの、俺はこの最強の男が言うことを聞くとは思えず、耐えかねて師匠のもとへと走った。

「なあ、頼む、師匠。ここはきちんと罪を償ってくれ。……ここだけの話、俺が何か力添え出来るかもしれない。だから……」
「なんだバカ弟子。そんな縋るような可愛い面でお願いされても、聞けることと聞けないことがあんだよ。聖騎士団の残虐非道な噂、お前知ってんのか?」

頭を撫でられ言われるが、騎士団もあんたにだけは言われたくないだろうと胸の内でつっこむ。

「頼むよ師匠……なあ……。俺の弟に迷惑かけんなクソジジイ……」
「ああ? てめえ本性が出たなこの野郎ッ」

俺達が揉み合っていると、背後から凄い勢いで肩を掴まれ、師匠から体を引っ剥がされた。
振り向けば予想通り怒り顔のクレッドが立っていた。

「おいメルエアデ。大人しくしていれば、そう悪い扱いはしない」
「信じられるかそんなの。だいたい本気で俺を捕えておくことが出来るとでも思ってんのか?」
「ふん、さすがにお前でも教会の魔術師を全員敵に回したくはないんじゃないか? それに、条件つきではあるが、お前の処遇を軽くすることも出来る」

クレッドが何かを目論むような騎士の顔つきで告げる。それを黙ったまま静かに睨みつける師匠。
俺は固唾を飲んで奴の次の言葉を見守った。

「へえ、なるほど。……まあいいか。俺も愛弟子をお前一人に占有されるのは我慢ならねえ。俺が見張っててやるよ、聖騎士」

はあ? なんであんた捕まる側なのに偉そうなんだ。
クレッドは師匠の言葉を無視し、エブラルに視線を向けた。
若干呆れた顔で傍観していた様子の呪術師も、気を取り直して俺の師匠の連行に取り掛かった。

この師匠、本当に大人しくしているんだろうか。
少し不安だったが、俺達はとりあえず無事に、騎士団宿舎へと帰ることになったのである。



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