俺の呪いをといてくれ | ナノ


▼ 52 語らう師弟

「それで、セラウェ。なんでお前は聖騎士団の奴らと一緒に居たんだ? あの騎士はお前の何なんだよ」

ソファに座った師匠がグラスの酒をあおりながら、真剣に問いただしてくる。
低いテーブルを挟み向かい側の床に座った俺は、隣に横たわる白虎を撫でながら平常心を保とうとした。

「まあ率直に言うとだな、あいつは俺の弟なんだよ。師匠」
「……あ? 弟だ?」

真相を告げた時の師匠は、俺の言う事をまるで信じていないという顔をしていた。

「もっとマシな嘘つけられねえのか、てめえは。あの男の体格も気迫も、何から何まで全く共通点を感じなかったぞ」

おい失礼にも程があるだろうが。弟の顔を見る前にここまで言われたのは初めてだ。的確な事を言っている風なのが余計に腹立たしい。

「あのな、師匠。全く似てない兄弟だってこの世にはゴマンと居るんだよ、それぐらい年食ってりゃ分かるだろ」

たぶん青筋を浮かべながら精一杯の怒り顔で師匠に文句を言う。すると目の前の男は一瞬何かを思いついた表情をした。

「あっ、待てよ。確かお前騎士の家系だったか」
「そうだよ。そんな大層なもんじゃないけどな。いわゆる下級貴族ってやつだ」
「でも兄貴がいるんだろ? 長男が魔導師とかやってたら終わりだもんな、お前の家」

小馬鹿にした口調で言われ苛立ちをグっと堪える。師匠が弟子に言う台詞かなあ、それ。
でもムカつくが奴の言う通りだった。俺が魔導師なんてやっていられるのは、他に兄弟がいるからだ。

「兄が二人いる。だが年が離れてるからあんまり兄貴って感じはしないな。親みたいなもんだよ」
「へえ。でも変じゃねえか? お前から弟がいるなんて話、一度も聞いたことねえが」
「だって言ってねえもん」
「なんでだよ。お前昔から家族の話全然しねえよな。秘密主義っつうか」

痛い所を突かれ、答えに詰まる。俺はもともと自分の話をするのが得意ではない。家族に関しては主に父親とのゴタゴタがあるせいで余計に触れたくない話題なのだ。
不自然に黙っていると、師匠がハッと笑い声を出した。

「セラウェ、お前ちゃんと家に帰ってんのか。最後に帰ったのいつだよ」
「……三年ぐらい前だけど」
「それは駄目だなあ、不良息子が。ちゃんと親に顔見せとけよ。あのブラコン野郎と一緒に」

なにを偉そうに……って怒るのはそこじゃねえ。今なんつったこのジジイ。

「ふうん。あれが弟だってやっと信じたのか? 師匠」
「いいや、まだ信じられねえ。今度あいつに問い詰めてやるよ」

自信満々で言う男に内心ふっと笑いが起こる。馬鹿が、今度じゃねえ。俺の弟はたぶんもうじきこの家にやって来るぞ。
でもちょっと待てよ。このおっさんクレッドに何を言い出すか分からない。

師匠とはもう十数年の付き合いになるが、そもそも弟の事を言ってなかったのだって、絶対面白がられると思ったからであって……

「師匠。俺、弟が大事なんだ。あまり変なこと言わないで欲しいんだけど」

少し酒が入っていたからなのか、素直にそう述べた。すると師匠は珍しく琥珀色の瞳を見開いてみせた。

「ほう。ますます興味が湧いてきたな。お前、兄弟仲が良さそうなタイプには全く見えないけどな」

片眉を上げてにやにやと笑いかけてくる。俺の何を知ってるんだよ、と反抗したくはなるが、実際に的を得た発言だった。

「さ、最近仲良くなったんだよ。それに小さい時は普通に仲良かったし……」
「へえ。なんで? 何かあったのか?」
「……な、何かってなんだよ。些細なことで急に仲が良くなったり悪くなったりするもんだろ、兄弟なんて」

完全にしどろもどろで述べる。だが呪いのことをこの最凶の男に感づかれるわけにはいかない。たぶん大変な事になる。

でも一つだけ聞いてみたいことがあった。こんな師匠でも、今現在の俺の悩みを打ち明けられる数少ない人間のような気がしたのだ。

「なあ師匠。もしさ、自分が気になってることを問いただすことで、相手との関係が壊れるかもしれない可能性があったとして、師匠ならどうする? 相手に聞くか?」

脈絡を無視した突然の俺の問いかけに、師匠は目を丸くしていた。
今日はわりとこの男の意外な表情を目の当たりにしている気がする。それとも俺が変なこと言ってるだけなのか。

「それはお前の弟とのことか?」
「そこは突っ込むなよ、空気読んでくれよ」

動揺を隠し真顔で返すと、師匠は真面目な顔で少し考えた後、口を開いた。

「お前なら分かるだろ。俺は気になることを腹に仕舞うタイプじゃない。だから今だってお前から色々聞き出そうとしてんじゃねえか」
「それはそうだけどさ、別に俺達の関係が壊れるようなことじゃないだろ」
「まあ、お前がどう思ってるかは知らねえが、俺達には少なくとも信頼関係があるからそう思えるんじゃないか?」

言われてはっとする。じゃあ何か、俺と弟にはそれほどの信頼関係がないということか。
黙っていると、人を見透かすような琥珀色の瞳にじっと見つめられた。

「セラウェ、お前弟のことあんまり知らねえんだろ。悩む以前の問題だろ、それは」

き、きつい……。けれどその通りだ。俺は向き合おうとしていないのかもしれない。
あいつと気持ちを伝え合ったというのに、どこかで呪いが冷めたら怖いという思いが、常につきまとっているのだ。

「そうだよ。俺、あいつのこと何も知らねえ……」

自分で口にして落ち込んできた。遠ざかっていた時期を埋めるには時間がかかる。
その為にはもっとお互いに相手のことを知らなきゃいけないとは、分かってはいるんだが。

「でもよ、あの若造、すげえお前を大事にしてたよな。あれは何なんだ? 兄弟といえ、あんな風になるもんか?」

不意に投げかけられた疑問に対し、答えに窮する。
だからそれが問題なんだ。俺にも正直、分からねえんだよ。いつからあいつが俺のことを好きだと思っていたのか。
だって本当にある時急に、弟は俺に素っ気なくなったんだ。ガキの頃はあんなに懐いてたのに。

「まあいいけどよ、聞きたい事があんならはっきりさせろ。壊れそうになったら足掻けばいいだろうが。お前は普段から面倒臭がって余力をため過ぎなんだよ。だからここぞという時に役に立たねえんだ」
「……おい。一瞬為になる助言だと思ったのに段々説教になってるぞ師匠」
「うるせえな、ありがたく聞いておけ。……つうか、お前が弟の聖騎士団と一緒にいる事となんか関係があんだろ?」

くそ、図星だ。まあ話の流れでそうなるよな。やっぱ言わないと駄目か。

迷ったが、結局師匠には事の成り行きを告げることにした。
俺があの風俗店に入ったことで弟の騎士団に捕まり、ナザレスに狙われ、エブラルに脅されて教会に所属することになったことを。

あれ、ちょっと待てよ。師匠とあの呪術師、完全に知り合いのようだったよな。
尋ねようと思ったら、先に師匠が口を開いた。

「おい、本当かそれ。その野郎、お前を付け狙ってたのか?」
「え? ああ、まあな。でも目を付けられた発端は俺が原因だったんだけどな。今は騎士団に捕まってるよ」

呪いのことは伏せて、ナザレスが俺と面識のあった魔女の使役獣だったことを説明する。
急に黙り込んだ師匠の顔は、眉間に深く皺を寄せ、端的に言えば激怒していた。
年季の入った男らしい顔が怒るとほんとに怖い。弟のはまだ可愛いものなんだと悟る。

「おい、師匠?」
「けどよ、許せねえな。俺の弟子に何してくれてんだ」
「い、いやもう済んだことだから。気にしないでくれ」

俺の言葉を無視して殺気立ったものを放っている。おいおい、弟のように憤るのは勘弁してくれよと思う。
それにあいつももう十分罰を受けているのでは、と同情めいたものを感じていたのも事実だ。
……でもやっぱり思い出すと腹が立つが。色々な記憶もすぐに消せるものではなく、複雑な気分だ。

「だがその男、中々興味深い体持ってやがるんだな」
「そうなんだよ。幻影みたいな形でこの世に繋がってるとか言ってたが、魂とかどうなってんだろうな」

俺が何気なく答えると、師匠は気味悪く黙りこくって何かを考えているようだった。この顔つきは奴の研究者としての面のような気が……

「ところで師匠、エブラルとはどういう関係なんだよ。なんか同門とか言ってなかったか?」
「ああ。あいつとは師匠が同じなんだよ。もう二十年以上も前のことだけどな」
「え!? あのガキそんな年いってんのか!?」

声を張り上げて驚愕すると、ムッとした様子の師匠に頭を小突かれた。痛えな何すんだこの馬鹿力。

「うるせえ。俺を年寄り扱いすんな、バカ弟子」
「でも意味が分かんねえ。なんで少年の姿なんだ?」
「はは。それはな、俺があいつにかけた呪いのせいだ」

…………え? 平然と言ってのける自分の師匠に対し、開いた口が塞がらない。
呪いをかけたのか、同じ師を持つ仲間相手に。

「あ、あんた……そこまで最悪非道な人間だったのか……」
「事故だよ事故。あいつも何年も俺に恨みを持ちやがってよ、しつこい野郎だぜ」

エブラル、この男にそんな目に合わされていたのか。不気味で気に食わない奴だと思っていたが、猛烈に同情心が湧いてきた。
つうか、俺があの呪術師に関心を持たれたのって、この師匠のせいじゃねえか?

「そうか、俺がメルエアデって師匠の偽名使ったから……関係があると思ってたのか」

呟いて、全てが腑に落ちた。ふるふると怒りで体が戦慄く。堪らず凄い勢いで師匠を睨みつけた。

「あのなあ! あんたのせいで、俺は……ッ!!」
「何怒ってんだお前。俺の偽名使ったって? じゃあ自業自得だろうが。それにお前、騎士団に入ってなかったらナザレスって男に今頃どんな目に合わされてるか分かんねえだろ」

冷ややかな口調で言われ、途端に気が削がれる。そうだな。悔しいが一字一句、その通りだよ。
つうかさっきまで騎士団に入ったこと責める感じだったくせに、自分のことは棚上げか。

でもなんか今すごい怒りをぶつけたい。自分に対する怒りなのか何なのかもう分からない。はは、酒が回ったのかな。

「セラウェ、大丈夫か? お前の思念が乱れている。落ち着け」

隣でずっと目を閉じていた白虎の使役獣が、俺に優しく語りかけてきた。
なんだろう。いつもは手を煩わされているのに、師匠が一緒にいる時は、俺とこいつとの間に妙な連帯感のようなものを感じる。これ、絆ってやつなんだろうか。

「ロイザ、俺の癒やしはお前だけだよ。……マジで一人でここに来なくて良かった……」

もふもふに抱きついて感触を確かめた後、ヤケクソのように何杯か酒をあおった。
同じく酒が進んだ師匠も上機嫌に昔の思い出話を繰り返しながら何か言っていた。

俺はすでに相当酒が回っていた。師匠が所持する酒の種類は総じて度数が強い。普通に考えてそう何度もあおるものじゃない。
ぐらつく頭を机に突っ伏していると、白虎が膝の上に顔を乗せてきた。寝そべられ、綺麗な毛並みをそっと撫でる。

「んん? どうしたロイザ、眠いのか?」
「お前も眠そうだ。もう酒は止めておけ」
「うん、分かってる……」
「ところでセラウェ。あいつがすぐそこまで来てるぞ」

……へ? あいつって、あのあいつか? 使役獣が突然ぶっこんできた話題に、鼓動が急にドクドク脈打ち始める。
ああやべえやっぱ飲みすぎた。頭がちゃんと回らない。

恐る恐る師匠の顔を確認すると、奴は微動だにしていなかった。真剣な眼差しで、何か異常を察知したような顔つきをしている。
げ、これ戦闘時の雰囲気に似ている。

一瞬にして酔いが冷めそうになっていると、もっと恐ろしい事態が起こった。
遠くの玄関から地鳴りの如くもの凄い轟音が響いてきたのである。

「おい、なんだ一体」

低い声で呟いた師匠が立ち上がり、音のする方へと向かう。嘘、たぶんあれ、弟じゃねえか?
俺は焦ってすぐに師匠の後を追おうとした。だが足元がふらついてまっすぐ歩けない。

するといつの間にか隣に人型のロイザが立っていた。
心なしか心配そうな顔で見つめられ、無言で俺の体を抱きかかえて歩く。ソファの上へと座らせられ、何故か頭に手を置かれた。
んっ? なんだその人間のような動作は。まあほんとにただ置いただけだけど。

「お前はここにいろ、セラウェ。俺はグラディオールを止めてくる」

え、そんな事出来るのか。騒がしい方向へ踵を返す使役獣を呆然と見送ると、大きな争い声が響いてきた。

「てめえ、なに人の家の玄関ぶち壊してくれてんだ!」
「うるさい黙れ! 兄貴はどこだッ!」
「ああ? 今バカ弟子と楽しく飲んでる最中なんだよ、邪魔すんな若造」
「飲んでるだと……? ふざけやがって!!」

や、やべえ。もう完全にヒートアップしてる。
乱暴に足音を鳴らして居間に現れたのはクレッドだった。俺は思わず言葉を失う。
弟は鎧姿ではなくガウンを羽織った騎士の装いをしていて、手には剣を握りしめていた。

「兄貴ーー」

顔は予想通り怒りの形相をしていたが、俺は弟が迎えに来てくれた事に途端に安心感が芽生える。二人きりだったら抱きついていたかもしれない。
だがそんな俺の感慨を、弟の冷えた言葉がぴしゃりと遮断した。

「な、なんだそのサイズの大きな服……まさかあいつのか……?」
「……は? ああ、これは風呂入れって師匠がうるさいから……」
「風呂、だと……? 何の為に、そんなことを……」  

弟が混乱と怒りと絶望が入り混じったような表情をしている。
や、やばい。俺完全に墓穴掘ってる。

「おい聖騎士! 俺達の家に押し入ってどういうつもりだ? セラウェをお前なんぞに渡す気はねえと言ったはずだ、泥棒野郎。こいつはなあ、俺の所有物なんだよ!」

ズカズカと入ってきて偉そうに腕組みをしながら仁王立ちになる師匠。
え、ちょっと。さっき弟のこと相談した時、柄にもなく助言らしきものくれたよね? このジジイ。

なんでまた最低な煽り文句言い出してんの? ほら、俺の弟、再びブチ切れ寸前なんだけど……



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