俺の呪いをといてくれ | ナノ


▼ 42 秘密だったこと

宿屋を出発した後、俺達は弟の馬で帰路に向かっていた。
一時間ほど駆けた頃、とある山の参道でクレッドが急に手綱を引き、馬の歩みを止める。静かに辺りを見回し、馬上から降りた。弟に手を差し出され、俺も地面に足を着ける。

「ここに何かあるのか?」
「ああ。この辺りで落ち合う約束をしているんだ」

鎧姿の弟が述べる。完全に初耳だった俺は驚いた。え、誰と? ひと一人見当たらないんだが。

「ネイドと結界師が来る予定だ。奴の転移魔法で送ってもらう。ここまで来れば、結界の範囲を外れるはずだ」

そういうことか、と合点がいく。
すでに弟から聞いた話によれば、俺がナザレスに囚われていたあの洞窟は、遠征先の宿舎から優に数時間以上もかかる地点にあったらしい。

あの地域は霊場となっていて特殊な結界が張り巡らされており、通常の転移魔法が通用しないということだった。きっと奴は故意にそこへ俺を連れ去ったのだろう。

だから弟もわざわざ昨夜、馬を走らせて俺を探しに来たわけなのだが。まだ一つ疑問に思っていたことがあった。

「なあクレッド、なんでナザレスのいた場所が分かったんだ?」

気にはなっていたが、何故かその話題について説明がなかった為、聞きそびれていたのだ。弟は少し言葉に詰まったような様子だった。

「……それは、言おうかどうか迷ったんだが」
「え、どういう意味だよ」
「兄貴に付与した守護力、あるだろ? 俺も初めての経験だから知らなかったけど……居場所が分かるんだ」

…………は?
一瞬意味が分からず、目を丸くして鎧の弟を見た。クレッドの表情を察することは出来ないが、動かないでじっとしている。

「それって、俺の居場所がってことか?」
「ああ、そうだ。何故か本能的に感じる」

ほ、本能……。前にもそんなこと聞いたような気がするんだけど。
じゃあ何か、もうこいつには俺がどこで何してるか、全部お見通しなのか。いや、何してるかは分かんないか流石に。分かったらまずい。

「そ、そうなんだ。すげえな」
「……ちょっと、怖いだろ?」
「えっ、いや別に……」

二人の間に微妙な沈黙が流れた。全く怖くないと言ったら嘘だが……ま、まあいいか。俺は気を取り直して弟に向き直った。顔が見えないのが、何となく落ち着かない。

「お前が昨日助けに来てくれて、良かった。ありがとな」

今はあの男にやられた虫唾の走る思い出は隅に置いといて、まだ弟に言ってなかった礼を言う。

「……俺は兄貴に謝らなければいけないんだ。何一つ、俺は……」
「そんなことねえよ、クレッド。お前がいなかったら、本当に俺酷いことになってるぞ」

自虐的に告げると、弟がいきなり近くまで寄ってきて、俺の体をがしっと抱き締めてきた。

「ぐぁっ、い、痛えっ」

鎧で締められると、まじで身が軋む。ロイザよりひどい。すかさず力を緩められるが、それでもまだ強い。

「うぁ、なにっ」
「……鎧が邪魔だな。こうしたくなった時に困る」

おい、ここ外だぞ。しかも傍目から見て、鎧姿の男に変な風に襲われてる感じだぞ?
でもどうせなら鎧を脱いでからにして欲しい。馬鹿なことを考えながらもみ合っていると、背後から急に明るい光が、ぱあっと照らし出されるのを感じた。

な、なんだ? 
不思議に思って体を半分後ろに向けた。するとそこに光の粒が散らばり始めるのが見えた。げ、明らかに転移魔法の兆候じゃねえか。
焦った俺はすぐに「うわもう離せっ」と言って弟の鎧から逃れた。

光の中から現れたのは、何故かネイドでもローエンでもなかった。昨日の任務で一緒に居た、黒魔術師の……何だっけ、ロイザと遊んでた生意気な野郎。

「イスティフ、何故お前がここにいる? ネイド達はどうした」

後ろにいた弟が怪訝そうに尋ねると、赤髪の若い男は困惑した顔で頭を少し掻いた。

「ちょっと状況が変わったんだよ、ハイデル。……それはそうと、あんたの兄ちゃん無事だったのか」

……えっ。なんでこいつ俺が兄貴だって知ってんだ。やべえまさかもう皆にバレてんのか?
焦って弟を見ても、表情が分からないのがつらい。

「ああ。もう大丈夫だ。ナザレスの様子はどうだ?」
「ローエンの結界で奴の動きを封じている。だが、尋問の方が上手くいかなくてな……騎士団のやり方でも、あの男全く口を割らねえ」
「……そうか。じゃあ呪術師に任せるしかないな」
「あいつの口寄せか。効くと良いんだけどな」

新しい情報に耳を傾ける。ひとまずナザレスが無事に捕まったことに安堵したが、エブラルに尋問させるのか?
口寄せは奴特有の恐ろしい呪術だ。本人の無意識下に、知ってることをペラペラ喋らせるとかいう……

いや待てよ。まさか俺があの男にやられたこと、全部分かっちゃうのか? 有り得ないんだが。

「セラウェ、昨日は悪かったな。まさか新人があんな風に連れ去られるとは、予想してなかったぜ」

真っ青な顔で焦る俺に、黒魔術師が昨日とは打って変わって、しおらしい感じで話しかけてきた。

「俺もだよ。……まあ、ああなったのは自分の責任だから。つうか、俺の弟子と使役獣はどこにいるんだ?」
「今はネイド達と任務中だ。あいつらすげえ心配してたぜ、あんたのこと」
「えっ任務? 何の?」
「どういう事だ。説明しろ」

弟の冷たい声色に、イスティフはクレッドの方に向き直った。途端に翡翠色の目が真剣な眼差しに変わる。

「そうだ、その話をしに来たんだった。ハイデル、儀式は滞りなく催行されている。あんたの指示通り、四騎士が中心になってな。……けど、昨日神殿の周辺で不審な動きがあっただろ? ローブ姿の連中が現れて」
「ああ。だが奴らは普段のような妨害を行わず、俺とネイドの前でこつ然と姿を消した」
「そいつらだけじゃない。何故か悪魔崇拝の魔術師達も、兆候を見せては不自然に行方をくらましている。ネイドとローエンがその痕跡を追ってるんだが……」

二人が真剣な様子で会話をしている。よく分からないが、なんでロイザとオズまでネイド達に同行してるんだ。とくに使役獣が心配なんだが。

「なるほどな。奴らが裏で何かを企んでいるという事か……兄貴、ナザレスは魔術師らとの関係性について、何か言っていたか?」

突然弟に尋ねられ、びっくりして顔を上げた。

「いや、おそらく奴は関係ない。魔術師を利用しただけだと言っていた」
「そうか……。あの男が今拘束下にある事を考えれば、妥当かもしれんな。現状での手出しは出来ないはずだ」

クレッドが考え込んだ様子で黙る。するとイスティフが急に俺の近くに寄ってきて、顔をまじまじと覗き込んできた。怯んだ俺は少し後ずさる。

「あんた、本当にハイデルと兄弟なのか? 全く似てねえな。雰囲気も違うし」
「……はっ?」

何言い出すんだいきなり。今真面目な雰囲気で話してただろうが。やっぱ魔術師ってマイペースな奴が多すぎだろ。

「悪かったな似てなくて。俺は母親似でこいつは父親似なんだ。文句あるか」
「いや文句はねえけど。興味が湧いただけだ。なんで兄貴だって隠してたんだ? 聖力の付与だって、そういう事情だったんだろ?」

悪気のない純粋な顔で見下ろしてくる。……急に痛いとこ突いてきたな、こいつ。
俺が騎士団に捕まってたこと、知らないのか? またあの恥ずかしい話を思い起こさなきゃなんないのかよ。
奴への対応を考えあぐねていると、突然クレッドに腕を掴まれ、後ろに引っ張られた。

「……お前のように関心を持つ奴が現れるだろう。だからだ」

引き寄せられ、頭上から聞こえた低い声にどきっとする。でもちょっと腕に力入ってて、痛いんだけど。
前に立っている黒魔術師の目が、にやりと形を変えた。

「へえ。確かに俺は……好奇心が強いほうだけどな」
「それは知っている。お前も俺の言葉の意味が分かるだろ?」
「まあな。昨日のあんたを見てりゃあ、なんとなくは……。だが俺に牽制をしても、逆効果かもしれないぞ。ハイデル」

好戦的な笑みを浮かべるイスティフから、ぴりぴりとした殺気が滲み出ている。なんだこの雰囲気……居心地の悪さに冷や汗が出そうになる。

「おい兄ちゃん、同僚として仲良くしてくれよ。これからの任務でな」
「……あ? お前の兄貴じゃねえ、その呼び方は止めろ」
「なんでだよ。あんたより年下なんだから別にいいだろ」

ああ、また面倒くさい奴が出てきた。考えてみたら、俺がよく絡まれるのってほとんど弟のせいじゃないのか。騎士団の団長を煽る餌が欲しい奴らばっかりなんだろう。

黒魔術師に楽しそうな顔を向けられ、俺は無表情で目を逸した。
後ろを振り返ってみると、クレッドは直立不動で立っている。たぶんまた苛ついた顔をしてそうだな、とかぼんやり考えた。

「クレッド、俺はお前の兄貴だ。あいつは無視しろ」
「……ああ、分かってる。俺のだ……」

おいなんか意味深に聞こえたんだが。俺の考え過ぎか? どきっとする自分がアホらしい。

「おい、そろそろ行こうぜ。宿舎まで送ってやるよ」

いつの間にか少し離れたところに立っていたイスティフに促され、俺達は奴のいる方へ向かった。
優雅に現れた転移魔法に包まれ、今度は何事もなく、ようやく帰路に着いたのである。


※※※


騎士団の宿舎に戻ると、俺は執務室へと戻る弟を見送り、自分は自室へと帰ることにした。オズとロイザはまだ任務から帰っていないのだろうか? そんな事を考えながら歩いていると、後ろから俺を呼ぶ声がした。

「セラウェさん、ご無事で何よりです」

振り返ると、そこには呪術師の少年が立っていた。奴の薄い気配にまた戦慄しながらも、平静を装う。
エブラルは若干、今までと違う表情を見せていた。なんとなく、心配そうな顔つきだ。

「ああ。なんとか生きて帰れたぜ。聖力のおかげだ」

あまり真実味がないように聞こえただろうが、まあ本心だ。すると呪術師は眉間に少し皺を寄せた。俺は気になってエブラルの綺麗な面に、自分の顔を近づけた。

「おい、まさかもう、口寄せ……したのか?」
「……ええ」
「昨日の……あれ、全部、分かった?」

恥を捨てて、震える声で尋ねる。意図しているのは勿論、俺が受けた恥辱だ。
こいつにはすでに、今まで色々な事を暴かれてるような気がしているし、もう半分ヤケクソだった。

「ナザレスにされたことですか? 残念ながら……すみません」
「いや謝るなよ。もっと惨めになるだろ。でも絶対誰にも言うなよ、まじで頼むから」

藤色の瞳を必死に見つめながら懇願する。するとエブラルが珍しく困った顔になった。

「言いませんよ。あなたの弟さんには」

な、なんつった今このガキ……。もうやだ……やっぱ皆知ってるんだ。
ただでさえ、こいつには俺達がただれた関係だと思われているのに。どう弁解すりゃいいんだよ。

「そんな事よりセラウェさん。あなたにはまずナザレスと話をして欲しいんです。私が案内しますので、一緒に行きましょう」

呪術師が真剣な顔で述べる。突然の提案に俺は目を丸くした。
あいつに会うのか? 確かに俺には知らなければならない事があった。何故あの男が執拗に俺を狙っていたのか、理由が分からないままだったからだ。

でもあいつの顔を正直、まだ見たくない。恐ろしい思いが蘇ってくる。

「いや、待てよ。お前、奴が俺を狙う理由がもう分かったんだろ? 教えてくれよ」
「……いえ、実はまだなんです。セラウェさん、自分で聞いてくれませんか?」
「は? お前が分からないなんて、嘘だろ。俺にどうしろって言うんだよ」
「尋問ですよ。頑張ってください」

意味が分からない。何故俺が奴を尋問するんだ。昨日の今日だし、俺そもそも被害者なんだが。

「無理だろ。怖えよ。それにクレッドが、奴にはもう近づくなって言ったんだ」
「私が責任を取ります。ナザレスは特殊拘束を受けてますから、もう幻術も使えません。あなたに影響を及ぼさないことを保証します」

すごく真面目な顔で言われ、俺は言葉を失った。なんでこうなるんだ。自分でも情けないとは思うが、昨日の恐怖が蘇ってくる。
いや、怒りだって勿論あるんだ。あいつにそれをぶつけてやればいい……のだが。

「……じゃあ、お前も外で待っててくれないか?」

真剣に見つめられ、逃げ場がなくなったと感じた俺は、恥を偲んで少年に頼んだ。エブラルは途端に笑みを浮かべて、こくりと顔を頷ける。奴にしては珍しく、邪気のない微笑みに見えた。

そうして俺は再び、あの憎き男ナザレスと対面することになったのである。


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