▼ 41 一緒にいたい ※
森を抜けて立ち寄った先は、小さな町にある一軒の宿屋だった。
鎧姿の弟は迷わず中へ入り、受付にいる初老の男に宿泊の旨を告げ代金を支払う。ほどなくして俺達は部屋へと案内された。室内は素朴で温かみのある雰囲気で、窓から月明かりが差していた。
俺は二つ並んだうちの片方のベッドの端に腰かけ、鎧を脱ぎ去る弟の姿を眺めていた。
仮面を取ったクレッドを見て、急に安心感が沸いてくる。だが弟は俺に視線をやると、心配そうな顔を浮かべた。
「兄貴、寒くないか? 風呂で温まろう」
そう言われ、半ば強引に体を抱き上げられた。まただ。何故こいつはいつも、俺の事を抱っこしてくるんだ。
疑問に思いながらも、まぁいいか……と結局大人しく身を任せた。
弟が俺の服を脱がした後、自分も裸になる。風呂場にお湯を溜めている間に、シャワーで体を流した。
俺のことを丁寧に洗っているクレッドをぼんやりと見つめる。なんで何も、聞いてこないんだろう。
俺達はほとんど何も喋らないまま、浴槽に入って体を浸した。
「温かい? 兄貴」
「うん……」
後ろで俺を抱きかかえるクレッドに返事をする。外で体が冷え切っていたせいで、確かに今は湯船につかり温まってきた。
でも俺は、弟の温かい体温が恋しかった。早く肌を合わせたいな、とかそんな事を考えていた。
風呂を出て、体をタオルに包まれ、またもや弟の手によって水気を拭き取られる。俺、自分で出来るんだけど……
部屋にあったバスローブを羽織って、ベッドに横たわった。
一緒に入ってくる弟に布団をかけられる。このでかい図体をした弟と二人で寝るには、かなり狭く感じた。
「男二人で寝るサイズじゃないと思うぞ」
堪えきれず声をかける。すると、何故かクレッドはふふっと面白い笑い方をした。なんだこいつ、何がおかしいんだよ。疑いの目を向けると、俺のことをぎゅっと抱きしめてきた。
「兄貴、近いほうが好きだろ?」
「……まあ、そうだけど」
なんか含みのある言い方じゃないか。そう思いながらも素直に述べると、さらに強く抱き締められた。
腕の中で安心した俺は、目を閉じた。すると、ナザレスの顔が浮かんできた。心臓がドクッドクッと急に不自然に脈打ち、体が強張ってくる。
「クレッド」
弟の名を呟き、背中に回した手をぐっと握った。だめだ。何も無かったことになんて、すぐには出来そうもない。
あれはただの幻覚だ。実際に触られたわけでもなんでもない。けれど奴にされた事が、奴に入れられたものが、まだ感触として残っている。
「兄貴……?」
クレッドの蒼目が不安げな色を映し出す。弟は今日起こったことに関して何も言ってこない。ただ優しく寄り添っている。
むしろ俺のほうが、胸の中でくすぶる感情を爆発させてしまうかもしれないと、危うい気持ちになっていた。
体を起こし、横たわる弟の顔を間近で見た。少し目を見開いたクレッドの唇に、一瞬だけ視線を送る。
「……なあ、キスしてもいい?」
「いつでもしてくれ」
一応尋ねると、真面目な顔で返してきた奴の答えに、今度は俺が笑いそうになる。
でも一度しようと意識してしまうと、途端に心臓が鳴り止まなくなる。
顔を寄せて、自分の口を近くまで持ってきた。どきどきしながら、ゆっくりと唇を重ね合わせる。
「ん……」
胸板に手をおいて体を乗り出すと、クレッドの肩がぴくりと動いた。背中に回された腕に優しく力を入れられる。
弟からされるのと、自分からキスするのでは、違う。するまでが、さらに緊張する。でも勇気を出して少し口を開け、ゆっくりと舌を入れた。
「……んっ……ん……」
珍しく弟の小さな喘ぎが漏れる。鼓動が早まり、つい急ぎそうになる口付けを、なんとか堪える。
舌先を絡ませ、少しずつ吸い付く。弟の吐息と口の柔らかさに、俺のほうがどんどん焦りが出て来る。
「……んん、……ふ……ぁっ」
口を離し、呼吸を整える。たぶん今、弟に欲情している顔を見られている。
「……はぁ、はぁ」
脳裏にあの男の顔がよぎった。何をされたかなんて、言うつもりはない。けれど自分のしたい事を全て言ってしまうかもしれない。全て、してしまうかもしれない。
俺は弟の胸に顔を埋めて、すりすりと擦りつけた。こんな子供みたいな仕草をしたこと、あっただろうか?
ああ、あの儀式の時にやったかもしれない。でもその他では多分ないだろう。
こいつの反応で分かる。なんか若干、固まっている。
頭を上げて奴の顔を見ると、頬を薄っすら染め上げ、少し緊張しているように見えた。
「クレッド、俺……」
「……何? 兄貴」
弟が俺の目をじっと見てくる。言葉を伝えるのって、難しい。とくに弟相手には……
俺の心の中は、正直めちゃくちゃだった。でも一つだけはっきりしていることがあった。今、こいつの事が、無性にーー
「……兄貴、俺にして欲しいこと言って。何でもする」
言葉を探していた俺より先に口を開いた弟が、真剣な顔で告げてくる。俺は何かが胸にこみ上げてきて、とっさに奴に覆いかぶさるように抱きついた。
なんか、さっきから意味不明な行動をして、甘えてるみたいだ。きっと変に思っているだろう。
でもクレッドは俺をぎゅっと腕の中に包んでくれた。頭を撫でてそっとキスを落としてくる。
俺は弟の上で体が火照るのを感じていた。本当は、さっきからそうだ。弟も気付いていると思う。
けど奴は何もしてこない。しばらくそのままくっついていたのだが、体を少し起こして、弟の耳に口を寄せた。
耳付近にぎこちなく口付けながら、吐息を漏らす。クレッドの体がもぞもぞと動き、二人とも段々息が荒くなってくる。
自分でも何をやっているんだろうと思う。でももう、我慢出来なくなっていた。
「……クレッド、俺のこと、抱いて……」
耳元で囁いて、体をぴたっと密着させる。すると浅い息を吐いている弟の両手が、俺の腰をがしっと掴んだ。
見下ろすように顔を覗き込むと、目元までほんのり色づかせ、潤んだ目で俺を見ていた。
「兄貴……抱いて、欲しい?」
俺がこくりと頷くと、弟が唇を合わせてきた。
さっきの俺がした奴とは違う、もっと深いやつだ。じっくりと味わうような口付けに、とろけそうになる。
くっついた体が、キスに合わせて揺れだす。下に集まった熱が気になって、少しずつ擦りつけてしまう。
「あ、んあ……」
口が離れた後、見つめ合いながら互いの体を揺らし合う。もう勃ってしまった二人の性器を擦り合わせ、俺はすぐにでも達してしまいそうになっていた。
「んん、あぁ、き、気持ち、いい」
弟の手が尻を包み、優しく撫でてくる。真ん中に指を這わされ、ゆっくりと中へ進んでいく。ぴくっと体を仰け反らせ、わずかに起こした上体を、弟に少し上の方に引っ張られる。
片腕が背中に当てられ、ぐっと弟の顔の前に引き寄せられた。突然の行動に焦っていると、下にいるクレッドが俺の胸を舌先で舐めてきた。
「んあぁっ」
弟の顔の近くに両肘をついて、自分の体を支える。でも弟の舌と口が与えてくる刺激に震えて、力が抜けてくる。
この体勢と弟の顔がすぐ近くにあるこの光景は、まずい。恥ずかしいのは当然ながら、初めての事でどうしていいか分からない。
「あ、……んあ……や、だ……」
胸を舐めてる間も、弟の長い指が中に入ったり出たりして、気持ちよさに腰が砕けそうになる。そのまましばらく押し寄せる波に耐えていた。
でもゆさゆさと揺れる体の動きが止まらず、いつの間にか自分でも強く擦りつけてしまう。だめだ。前も、後ろも、胸まで弄られて……どうすればいいんだ。
「も、もう、出る、クレッドっ」
二人の間の性器がやらしい音を滴らせ、限界を悟る。すると弟がさらに激しく揺さぶってきた。
「あっ、あっ、だめ、も、い、いく…………ん、んああぁっ!」
押さえられた腰を自分で数度震えさせ、前のめりになった瞬間、勢いよく精液がほとばしった。
腰を上げ、まだ硬い弟のものに白い液が纏わりついてるのを見て、思わず顔をうつむかせる。
「……気持ちよかった? 兄貴」
弟の色づいた声に羞恥が高まりながら、俺は静かに頭を頷けた。息をついて弟の上で休んでいた俺の背中が、優しく撫でられる。
「俺も……していい?」
弟が余裕のない声で尋ねてきた。じわりと滲む快感に震えていた俺は、なんとか体を少し起こした。
「……し、して……」
小声で答えると、後ろに弟の性器の先があてがわれた。ずずっと緩やかに入ってくるそれに、大きく体を震わせる。
ああ、やっぱり、違う……これは、ちゃんと、弟のものだ。
これほどまでに、安心が襲ってくるとは。俺はおかしくなってしまったのだろうか。
「あ、ああっ、んぁっ」
体を少し前屈みにしたまま、下から動かされる。この前までこんな体勢、無理だったのに。今は弟の上にいて、安心している。
何かを証明したいような気持ちで、俺は奴の上に跨っていた。
「兄貴……良い?」
下から弟の尋ねる声が聞こえる。俺が喘ぎながら首を縦に振ると、弟がほっとしたような顔で、柔らかい表情を向けてきた。
その顔を見て、途端にまた心がぎゅっとなってきて、俺は弟の腹についていた手を体に伸ばした。
また抱きつくように覆いかぶさり、体をぴたっと密着させる。背中に強い腕が回され、がっちりと抱き締められる。
「んあぁっ、クレッド、あっ、あぁ」
下から揺さぶられ、二人で快感を貪り食う。なんでこんなに気持ちいいんだろう。どうして求めてしまうんだろう。
それは、こいつだからだ。他の誰でもない、弟だからだ。
薄目を開けて、弟の濡れた蒼い目と視線を合わせる。鼓動がドクンと脈打つ。
どうしよう、言ってしまう、そう思った。
「……クレッド、俺は……お前じゃないと、嫌だ……っ」
もしかしたら、弁明のように聞こえるかもしれない。でも今言いたい、自分の気持ちを伝えたくて、たまらない。
「俺は、お前しか、欲しくないんだ……だから……」
だから、お願いだ。俺のことを、離さないで欲しい。俺のそばにいて欲しい。
今まではっきりと表れなかった思いが、隠れていた気持ちが、不思議と溢れそうになっていた。
弟は目を見開いて、俺のことを見上げた。
「兄貴……」
体を繋げたまま、見つめ合う。ドキドキと、互いの心臓の音が重なっている。
ああ、駄目だ。こいつの顔を見ていると、愛おしいと思ってしまう。
今の俺は、少しおかしいのだろうか? いつもよりももっと、弟を欲している。
「……俺はずっと、兄貴のものだ……兄貴が嫌だっていっても、離れない……」
クレッドの瞳が揺れていた。今日は俺がそうだったのに、今は弟がまた、縋るような顔で俺に語りかけている。
弟の言葉に胸の奥を掴まれ、その赤らんだ頬にそっと手を当てた。親指で優しく撫でると、弟がぎゅっと目をつむった。
再び目を開けて、真剣な眼差しで俺を捕えてくる。ああ、この気持ちは、一体何なんだ。
「……本当か? ずっと?」
俺はどうしたんだろう。こんな風に確かめようとするなんて。いつもの弟の振る舞いを、兄である俺がしてしまっている。
弱っているんだ。それは明らかだった。でもこんな風に甘えていいのだろうか? つけ込んでるだけなんじゃないのか。
けれど弟は俺を安心させるように、優しい顔を向けてきた。
「そうだ……ずっと一緒にいる。何があっても、俺は……兄貴を離したりしない」
決意を込めたように告げると、クレッドは俺を自分の胸に抱き寄せた。心臓の音がもっと大きく聞こえてくる。
そんなことを言われたのは、初めてだった。
何があっても……。心に引っかかりそうな言葉でも、俺は信じたかった。
無性に弟の気持ちを、いつも以上に欲しがっていたのだ。
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