俺の呪いをといてくれ | ナノ


▼ 37 秘めた言葉

目が覚めて、布団の中がいつもより暖かいことに気付いた。変だと思って隣に目をやると、そこには眠っている弟がいた。

……は? 混乱しながら辺りを見回す。ここは騎士団領内にある弟の部屋だ。
昨日は別館で儀式を行っていたはずなのに。クレッドが運んだのか? まったく記憶がないのが恐ろしい。

「おい」

小声で弟に声をかけるが、起きる気配がない。うつ伏せで枕に頭を乗せ、顔だけこちらに向けている。
こいつ、まだこの寝方で寝てんのか。ガキの頃からこうじゃないか。一瞬心の中で笑いが起こる。

でも寝顔を見たのは大人になってから初めてかもしれない。俺が目を覚ました時はいつも隣にいなくて、若干の寂しさを覚えていたからな。

長いまつ毛が影を落とし、寝ていても顔が整ってる奴だなと勝手に毒づく。
金色の髪が柔らかそうで、思わず触りたくなってきた……って、何考えてんだ俺は。

じっと見ていても起きる様子がない。やっぱり昨日あんな事があって、疲れてるのか。ていうかこいつ、仕事はいいのか? 不安に思ってもう一度声をかけることにした。

「クレッド……起きなくていいのか?」

ぼそぼそと話しかけるが返事がない。寝息も聞こえないし、なんか死んだように寝てるな。
指でほっぺたに触れたら、ピクリと顔が動いた。はは、俺はどうやら無防備な人間に弱いらしい。すぐ色々したくなってしまうーー

「兄貴、キスして……」
「わあぁッ!」

いきなり弟の口から言葉が発せられ、俺は思わず大声を上げた。なんだこの野郎、寝たふりしてたのか?

「起きてんならそう言えよッ」
「……今起きたんだ。顔に触っただろ」

目を開けて俺のことをじっと見ている。ちゃんと生きてたのかと、ほっと胸を撫で下ろした。目の下に薄っすらと隈が見えるのが気になる。

「お前やっぱり疲れてるのか? ……昨日大変だったもんな」
「大変だったのは兄貴だろ? ちゃんと覚えてるか?」

質問に質問で返され、言葉に詰まる。覚えてるかってどの事を言ってるんだ。全体的に思い出したくないことばかりなんだが。

「いや、実はあまり覚えてない。何があったか教えてくれ」
「覚えてない……? あんなに俺のことを激しく求めてきた事もか?」
「それは覚えてるから止めてくれ。その前のことを言ってるんだ」

真顔で答えた俺のことを、にやっとした顔で見てくる弟が腹立たしい。
クレッドは体を横に向けて、片肘をついた。途端に真面目な表情を向けてくる。

「兄貴、苦しそうにしていた。ずっと嫌だ、助けてって……可哀想だったな」
「……ほんとかよ、覚えてねえ」
「その方がいい。あんな思いは、出来ればしない方がいいんだ」

弟が俺の頭を撫でながら、優しく言い聞かせる。昨日に引き続き子供に接するような態度で、なんか胸がぐっとなって、気恥ずかしさを覚える。

「儀式の時って、普通そういう状態になるのか?」
「ああ。体内に結界を張り巡らすようなものだから、負担が大きい。馴染むまでは、拒絶反応が起こるのが普通だ。とくに俺の守護力は強力だからな」

話を聞いて、改めて思い出した。俺の体内には、弟の守護力が宿ったのか。なんかそれって……凄いことだよな。どういう状態になっているのか、あまり自覚はないが。

「兄貴、聖力については後でまた説明してやる。今は頭も体も、休ませたほうがいい」

心を読んだかのように、クレッドが柔らかい笑みを浮かべて、俺を抱き寄せてきた。突然のことに体をビクつかせる。まだ俺たち裸なんですけど。こんなんじゃ休めねえ。

「うわっ、ちょ、ちょっと」
「ん? ……ほら、もう少し一緒に寝てよう」
「お、お前仕事はいいのかよ」
「今日は休みを取ってある。二人でゆっくり出来るだろ?」

腕の中でそんな事を言われ、ドキドキしてくる。二人でゆっくり……するのか?
あまり想像がつかない。こいつは忙しい人間だし、俺たち結局いつも変なこと始めちゃうじゃないか。
いや、今そんなこと考えたら駄目だと必死に思い直す。

「……なあ。お前も昨日、つらかった……んじゃないのか? 俺の相手させて……なんか、悪かったな。聖力を付与してもらったこともそうだが」

精神的にも体力的にも、弟の負担は間違いなく大きかっただろう。正直、申し訳無さはかなり感じていた。だがクレッドを見ると、少し目を見開いたような顔をしていた。

「何言ってるんだ、兄貴。俺がそうしたいって言ったんだろ? 確かに苦しそうな兄貴を見るのはつらかったが、……昨日は、司祭に任せなくて心底良かったと思ってるぞ」
「え……そ、そうか……?」
「ああ。あんな状態の兄貴を見られたらと思うと、確実に俺の気が狂う」

なんだそっちの話しかよッ。今ちょっと感動してたんだけど。もう乱れに乱れたことなんて忘れて欲しいんだけど。

「でも大丈夫だろ、別に。たぶんお前が相手だから、俺あんな風になっちゃったんだと思うぞ」
「……え? そうなのか?」
「そうだろ……」

弟が目を丸くしている。……いや、ちょっと待てよ。何言ってんだ俺は。
今、変な事言ったんじゃないか? だって正面にいるクレッドが、何故か目を輝かせて俺を見ている。

そう考えたのは、呪いの事が頭をよぎったからだ。自分でも無意識的に、そういう風になるのは呪いが関係しているんじゃないかと思っていた……のか?

いや違う、なんで呪いが関係あるんだよ。なんか頭が混乱してきた。普通に考えれば、クレッドの聖力だったからじゃないのか。不思議な力が作用したとか。そんな力があるのかは知らんが。
それとも単に、俺がこいつのことを、特別な感情で……

「兄貴、何を考えてる?」
「へっ?」

綺麗な蒼い瞳が俺のことをじっと見ている。やばい。今そんな目で見られたくない。なんか凄い、異常に意識してしまっている。

「何でも、ない……」

俺は嘘をつくのが下手だ。そしてこいつの前にいると、それが顕著になり妙に戸惑いを隠せなくなる。

「なあ兄貴、俺だから、ああいう風になったのか……?」
「さ、さあ……どうだろう」
「今そう思うって言っただろ? どうしてだ?」

弟がさらに体を寄せて迫ってくる。目が妙に真剣味を帯びていた。こいつ、やっぱり問い詰めるの上手いよな。つうか俺が弱いだけなのかな。たぶん今、すごい目が泳いでるし。

「だから、お前に対する気持ちが……そういう……ね?」
「気持ち? どんな……?」
「いや、それは……あの……さぁ」
「……教えて、兄貴……」

出たよいつもの教えて攻撃。なんでいきなりそういう甘い声出してくるわけ?
卑怯だろ、分かっててやってるだろ絶対。

黙り込んだ俺のことを、弟がぎゅっと抱きしめてきた。あんまり近くにいると心臓の音がバレそうで怖い。
それにこの雰囲気……こういう何とも言えない雰囲気に俺は慣れていないんだ。

「おい、ちょっと……」

もぞもぞと体を動かして抵抗をしようとする。けれど耳元に弟の息がかかって集中出来ない。体が近すぎて全く落ち着かない。
 
「……兄貴、好きだ……」

えっ。……なに? 突然言われた言葉に硬直する。だが弟は構わず俺の頬に手を当て、目線を合わせてくる。自分の顔を近づけ、唇を俺の口に触れさせた。

「好きだ……兄貴……好き………」

触れるだけの小さなキスを何度も繰り返し、合間にその言葉を与えてくる。自分の鼓動がうるさいぐらいに鳴り響くのを感じた。

「ん、あ………クレッド……」

口をわずかに離す度にかち合う蒼い瞳は、昨日と同じく深い色を満たしている様に見えた。体が、頭の中が痺れてくるのを感じる。
けれど火照りを迎えそうな体を、そっと引き離された。二人で浅い息を吐いて、なんとか静めようとする。

「……久しぶりに聞いたぞ、それ……」
「いつも言いたいけど、我慢してるんだ」
「なんでだよ……」

俺の何気ない問いに、クレッドは珍しく言葉を詰まらせた様子だった。

駄目だ、心臓が鳴り止まない。俺はこの前、弟と気持ちを確かめ合ったはずだ。自分の思いを自覚して、俺はお前のものなんだって、そう告げて。
でもまだ俺には、その言葉を言う勇気がなかった。

「……俺、お前の兄貴なんだけど、それでも好きなのか?」

冷静になろうと努めていたら、自然とその問いが出てきてしまった。
弟が顔を上げて少し驚いたような表情をする。だが俺の予想を裏切り、クレッドはすぐに穏やかな笑みを浮かべた。

「……ああ。兄貴は俺の兄貴だ。ずっと……」

……え? どういう意味だ。それはお前にとって障害じゃないのか?
なんかもう少し突っ込んで聞いたほうが良さそうな気がした。

「なぁクレッド。俺達、血が繋がってるんだけど、お前は構わないのか?」
「構わない? 俺は、兄貴と血が繋がっていて、嬉しい……」
「……は?」

本当に嬉しそうな顔で述べる弟に頭が混乱してきた。こいつやっぱり呪いでおかしくなってるだけなんじゃないのか?
俺は兄弟でこういう関係になったということに、ずっと頭を悩ましてきたんだが。

「兄貴は俺が弟であることが、嫌なのか?」
「あ? 嫌なわけないだろ。お前は大事な弟だよ。だから悩んでるんだろ」

やばい本音がスラスラ出てきてしまった。弟の顔が若干、困惑気味になる。

「……悩んでるのか?」
「そりゃ悩むだろ、普通。兄弟にそういう気持ちを……」
「どんな気持ちだ?」

……おい。また話が戻ってんじゃないか。俺はどこまで馬鹿なんだろう。
こいつ、俺に言って欲しいんだろうな。さすがに俺でも分かるさ、そんな事。

でも俺の気持ちは、はっきり言って、兄弟だってことの上に成り立ってんだよ。こいつが赤の他人だったら、正直こんな関係になってるかどうか分からない。
そう言ったら、この弟は、どう思うんだろう。

「お前が大切だ、クレッド……言っただろ、俺はお前のものだって」
「兄貴……」

俺は最低かもしれない。でも許してくれ。まだその言葉を面と向かって言う勇気がない。
気持ちは確かにある。けれど、自分でも判別がつかないんだ。

「そう言ってもらえて嬉しい、兄貴……。俺は、どんどん欲張りになっていくんだ、だから、止められない……だけなんだ」

弟が少し眉を寄せて、切なそうに告げる。
こいつのほうが、俺よりよっぽど正直だと思った。煮え切らない態度の俺に、素直に感情をぶつけてくるんだから。
なんか、そういうのって、心に来る気がする。

「……お前、可愛い奴だな」
「えっ?」

クレッドが驚いた顔で聞き返してきて、俺も自分の言葉にびっくりした。
俺いま、なんて言った? 心の声が漏れたのか。昨日の人格をまだ引きずってんのか?

「もう一回言って、兄貴……」

くそ、やっぱりそう言うと思った。俺は開き直って奴の頭に手を乗せた。柄にもなく優しい手つきで撫でる。
嬉しそうな顔で俺の手に懐いてくる弟を見て、心に妙な感情が湧き上がってきそうになるのを感じた。

「か、可愛い、クレッド……」
「……ああ、兄貴……」

ちょっと棒読みなんだけど、この弟は全く気にしていないらしい。それどころか、何故か俺の胸に抱きついてきた。戸惑いながらも、頭を撫で続ける。

「もっと言って、兄貴……」
「……可愛いな……」

はは、昨日と真逆じゃないか。なんだこのプレイ。冷静になったら相当おかしい構図だぞ、これは。

「お前、なんでそんなに嬉しそうなんだよ……」
「だって、かわいいって言葉は、好きって意味だろ?」
「……は?」

誰がいつ決めたんだ、そんな事。こいつおかしいだろ。一瞬思考が停止し、頭を撫でていた手を止めると、クレッドが顔を上げてきた。

「俺はそういうつもりで使ってる」
「あ、ああ……そう」

自信に満ちた顔で言われて、思わず引く。なんだその妙なポリシーは。だからこいつ最近、やたらと俺に向かってそんな事言ってたのか……?

「やっぱり可愛いよ、お前……」

今度は本心からそう告げると、弟がまた嬉しそうな顔を見せた。
まだはっきりとこいつが本当に欲しい言葉を言うことは出来ないかもしれない。でもこの言葉なら、今はいくらでも言ってやれるような気がした。



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