俺の呪いをといてくれ | ナノ


▼ 36 ねだり尽くす兄 ※

その日俺は断食していた。司祭により、朝から食事はおろか飲み水まで、何も口にするなと命じられていたのである。なるべく体を身軽にして、不純物を避ける必要があるらしい。

何故なら今夜、騎士団長の弟と教会司祭の二人により、俺の体内に聖力の付与が行われるからである。

弟子のオズと使役獣にもすでにこの事は伝えておいた。「心配ですけど成功を祈ってますっ」とか何とか励まされたが、俺自身は心配というより、すでに恐怖がちらつき始めている。

宿敵ナザレスから身を守るため、特別な守護バリアを得る事を喜んでいたというのに。俺、なんで今こんな状況になっているんだろう。

「なあ、この拘束って必要なのか?」
「儀式が終わって体が落ち着くまでは、この状態だよ。セラウェ君」

ここは俺がかつて囚われていた騎士団領内の別館だ。あの部屋とは違うが、さらに酷い目に合っている。
ベッドの上で手足を革紐できつく縛られ、膝丈の薄い白装束を着せられていた。服の隙間から風が入ってきてスースーする。一体何の辱めだよ。

ベッド脇には、椅子に腰を掛け虚ろな瞳で俺を見ている弟がいた。こんな情けない姿、見られたくないんだけど。

「じゃあ始めよう。照明を少し落とすよ。ハイデルもこちらへ来て準備してくれ。手順は前もって説明した通りだ」
「ああ、分かった」

弟が俺のそばに寄り、一瞬見つめ合う。こいつがいれば、大丈夫だ。不思議と不安が払拭されていくような感覚がした。

「セラウェ君。今からハイデルの聖力の一部を、君の体内へと定着させる儀式を行う。何も考えず、体を楽にするように」

薄暗い室内で二人の男に見下ろされ、俺は目線を泳がせた。最初に動きを見せたのは司祭のイヴァンだ。聖書物を片手に、俺の真上に手をかざし、長々と詠唱を始める。
しばらくして、クレッドの手が俺の服へと伸ばされた。肩まではだけさせ、傷跡にそっと触れる。

その時、空中に白く光る粒が発散された。俺の体を包むように、光が下に落ちてくる。それは、弟の体から流れ出るものだった。
これが、クレッドの聖力なのか? 以前訓練場で見たものと色彩が似ている。体に伝わる感覚も……

ぼうっとしてきて、真っ白な光の中に、悲痛を滲ませた弟の表情が見えた。
どうした? また、苦しいのか? 心にズキっと痛みを感じた瞬間、俺は意識を完全に消失したーー。


※※※


薄暗がりの中、目を覚ますと誰かの腕の中にいた。逞しく、力強い腕にがっちりと体を抱きかかえられ、頭を胸に預けている。
下に目線を移すと、まだ手足の拘束はされたままだった。汗で湿った服が冷えたのか、少し肌寒く感じる。

「……兄貴、気が付いたのか?」

顔を上げると、弟が覗き込むように俺のことを見ていた。心なしか疲れた表情をしている。いつもと違う、深い色を映した蒼い瞳と目が合い、心臓がドクンと大きな音を立てる。
身をよじろうとすると、腕にぎゅっと力を入れられた。

「もう苦しくないか? 痛みは、無くなったか?」
「……え?」

苦しい? 痛み? 何のことだ。全く覚えがない。気がついたら、すでにこの状態だった。でも、おかしい。思考ははっきりしているのに、思うように言葉が出てこない。

「兄貴?」

視線を合わせたまま黙っている俺を訝しんだのか、クレッドの手が俺の頬に触れようとした。

「……んあぁっ」

指が肌の表面をかすめただけだったのに、俺の体が大きく仰け反るように跳ねた。なんだ、今のは。もの凄く敏感に反応したことに自分でも驚く。
途端にはあ、はあ、はあ、とせわしなく息をつく俺に、弟が硬直した顔を向けた。

「兄貴……大丈夫か? 痛くは、ないんだよな?」
「……たく、ない……」

途切れつつ発した言葉に、一瞬ほっとした顔を見せるクレッドだったが、すぐに顔色が曇りだした。
今度は俺の髪にそっと手を伸ばし、優しく撫でる。けれどやっぱり、俺はまた過剰な喘ぎを漏らし、再び弟を困惑させてしまった。

「どういうことだ……」

クレッドは顔をそらし、頭を抱える素振りを見せた。やっぱり俺の状態は何かおかしいのか、だってこんな風になってしまうなんて、俺だって想像してない。

弟は俺の体を抱き上げてベッドの上に寝かせ、自分はそこから降りようとした。俺はとっさに、拘束されたままの手を伸ばそうとする。

「い、や…………待って、……い、いかないで……」

体も言葉もほとんど自由がきかず、途端に心細さが襲ってきた俺は、必死に引き留めようとした。
縋るように声を出すと、弟が驚いた顔で俺を見下ろす。握った拳にぐっと力が入るのが見えた。

「兄貴、俺はどこにも行かない。だから、そんな顔しないで……」

苦しげな表情で告げ、すぐに俺の近くに戻ってきてくれた。仰向けに寝ている俺の隣に、弟が片肘をついて横たわる。
まだ浅い息を吐く俺の様子を、心配そうにじっと見ている。まるで子供を看病しているみたいな光景だ。

でも、俺は大人しくしていられる子供ではなかった。それだけじゃ満足出来ない。頭の中で、邪な思考がどんどん膨らんでいくのを感じる。
体を動かし、横向きになって弟に目線を合わせた。

「クレッド……触って……」
「……えっ?」
「おねがい……」

目を見開いた弟と同様に、俺も自分の言葉にびっくりしていた。
もうこれは俺じゃない、別人格が顔を出しているんだ。脳内でそう繰り返しながら、弟に近寄ろうと必死に体をよじる。

触りたい触ってほしい、そんな思いが頭の中を埋め尽くしていく。くそ、なんで拘束されてんだ。動けねえじゃねーか。

無言でいる弟の様子が気になって、顔を上げた。するとクレッドは赤らんだ顔で、浅い息づかいを聞かせながら、こっちを見ていた。

「兄貴……ッ」

急に俺の肩をベッドに押さえつけ、そのままぎゅっと体に抱きついてきた。
思わぬ刺激にまた喘いでしまう俺を、劣情に揺れる蒼い瞳がじっと見つめてくる。心臓がドキドキして、また良からぬ事を口走ってしまいそうになる。

「どこを触って欲しい? 兄貴……」
「ん……全部……さわって、……全部、して」

クレッドは俺の言葉に混乱した様子で、突然肩に頭をぼすっと埋めてきた。柔らかい金髪が肌にかかり、その感触すらも体を震わせてしまう。

「分かった、兄貴の体……全部、気持ち良くする」

決意を秘めた声でそう告げると、俺の両手を頭の上まで引っ張り、自分の片手で強く固定した。
一枚しか着ていない服の隙間から手を滑り込ませ、太ももを撫でてくる。そのまますでに硬くなった俺の性器に触れ、くちゅくちゅと音を響かせ、やらしく扱いていく。

「んぁ、は、あぁっ」

腰をガクガクさせながら、与えられる刺激を貪った。感覚が脳内に直接響いてくるみたいに、気持ちが良い。
俺は頭の上にあった両手を弟の首に回し、自分の顔を近づけた。

「あ、兄貴、それは駄目だっ」

けれど即座に弟に顔を背けられ、拒否される。ひどい、なんで俺のキスを拒むんだ? 反発しながら、もっと顔を迫らせた。

「……ッ、だめだ、兄貴……俺の唾液が入ったら、駄目なんだ」
「やだ、キス……して」
「……ちょっと、ま、待って、……後でたくさん、してあげるから……っ」
「いやだ、今が、いいっ」

弟は納得しない俺に困った顔を向け、しばらく考え込んだ後、ゆっくりと首筋に口づけてきた。
喉元から鎖骨、胸元までどんどん下に降りていき、舌先でいやらしく愛撫される。同時に性器を刺激され、俺の喘ぎが大きくなっていく。
でもそれじゃ足りない、快感が上り詰めるほど、俺はさらに貪欲になっていった。

「ああっ、クレッド、もっと、欲しいっ」

何の恥じらいもなく口から出た言葉に戦慄する。でも止まらない。自分じゃもう、どうしようも出来なかった。

「わ、分かった……後であげるから、兄貴、先に、イって」

かすれた声で焦らされ、余計に身が悶える。

「やだ、足りな、いっ……」
「大丈夫、ほら……すごい濡れてる、これ……気持ちいいだろ?」
「…………んぁ、や、だ……もう、あ、……ああぁッ!」

けれど結局弟の手によってあっけなく達してしまい、白濁色の液を腹の上に飛び散らせた。
はあ、はあ、と何度も息を吐きながら弟を探すと、俺の精液を綺麗に舐め取ろうとしていた。敏感になった体に追い打ちをかける舌先にビクリと震える。

「あ、……んぁ…………もう、手、ほどいて……」
「まだ駄目だ、もう少しだけ、我慢して」
「ん……もう、我慢出来ない……」

弟が再び俺の上に覆いかぶさり、頬を優しく撫でながら、じっと目線を合わせてくる。そんな綺麗な瞳で見つめられたら、俺だって体から湧き出てくるものを抑えきれない。

「服脱いで、クレッド……」
「……ッ、……良い子にして、兄貴。聖力が体に馴染むまでは、そういう事しちゃいけないんだ」
「なんで、全部って、言った……っ」

俺はどれだけ駄々をこねれば気が済むんだろう。冷静に考えると、段々俺の相手をしている弟が可哀想になってきた。でも、すでに邪な思考に心も体も支配されてしまった自分を、どうしても止められない。

クレッドは諦めたような顔をして、俺の足の拘束をほどき始めた。
え、俺の欲しいもの、くれるのか? 下劣な欲望が顔を出し、一気に気分が高揚してくる。
自分の服を脱いで、その美しい裸体を晒す弟を前に、俺は歓喜の表情を浮かべていた。

「早く、きて……」
「分かった、兄貴……待って」

弟の顔は紅潮していたが、少し虚ろな目で俺を見ていた。すでに硬く勃ち上がった弟の性器が目に入り、視線を逸らせない。けれどすぐに、弟に体を横向きにさせられた。後ろから抱きつかれ、腕で上半身を強く固定される。

足の間に膝を入れられ、開かされた。期待をしつつ吐息を漏らすと、濡れた指が尻の中心にゆっくりと差し込まれていく。

「ああぁっ」

前後に出し入れされ、思わず身悶える。指だけでこんなに気持ち良かったら、後はどうなってしまうんだろう……もう自分の汚れた妄想を抑えることが出来ない。

「兄貴、……良い?」
「んぁ、あ、いい」
「気持ちいいとこ、ここだろ……?」
「あぁッ、そこ、気持ち、良い……っ」

後ろから耳を舐められながら、やらしい言葉が囁かれる。
ああ、すごい、こいつの指も声も、背中にぴったりとくっつく肌も、何もかもが気持ち良くてたまらない。

それだけで満足していればいいのに、諦めの悪い今の俺には、そんなの無理だった。

「んっ、あぁ、足りない、もっと、クレッドっ」
「……あ、兄貴、俺だって……したい、でも、待って……」
「や、ぁ……もう、待てない……」

なんで? 今日は最後まで、してくれないのか? 焦らしに焦らされ、途端に悲しみが襲ってきた。
そんな俺を抱きしめる力を強め、弟は指を引き抜いて、両足を閉じさせてきた。尻のすぐ下に自分の性器を挟ませて、ゆっくりと腰を振り始める。

「あ、あっ、んぁっ」
「……ッ、兄貴、ああ、気持ちいい……」

速度を速めながら腰を動かす。再び形を現し始めた俺のものに、後ろからいやらしく擦り合わせてくる。
まるで本当にしてるみたいな淫らな動きをされ、余計に衝動が抑えきれなくなってくる。

だめだ、このままじゃ、さらにやばいことを言ってしまう。どうしよう、でも口が止まらなくなりそう。全部、この変な儀式のせいだ。

「早く、もう、お前の……っ」

そう言おうとした直後、激しかった弟の動きが完全に止まった。不思議に思った俺は様子をうかがおうとする。
弟は俺の肩に頭を乗せ、静かにうつむいているみたいだった。

なに……? どうしたんだ? じっとしていると、クレッドの舌が肩に這わされた。そこは、噛み跡の場所だ。そんな事、されたくない。

「い、や……だっ」

欲望にのみ支配されていた心が、弟の行動に瞬間的に拒否を示した。けれど、その後クレッドが信じられないことを言い放った。

「兄貴、跡が消えてる……」
「……え?」

驚きと安堵が混じったような声で告げられ、自分の肩に目をやろうとするが、よく見えない。
本当に傷跡が消えたのか? じゃあ、この儀式は上手くいったのか? 弟の聖力が、無事に俺の体に宿ったということなのかーー。
放心状態の俺を、弟がまた後ろからぎゅっと抱きしめてきた。

「ああ、兄貴……良かった」

嬉しそうに呟くと、突然弟は俺の体を正面に向けさせた。俺の手の拘束を優しくほどいた後、自分の体をぴったりと密着させてくる。
色めきだつ濡れた蒼目に捕らわれて、胸の高鳴りが抑えられなくなる。

弟は細かい息づかいだけで何も言葉を言わずに、すぐに唇を合わせてきた。それまで許されなかった行為を、早く埋めたいと訴えるかのように、夢中で口を貪ってくる。

「んんっ、ふ、ぁ、んむっ」

俺もしたい、ずっとキスしたかった。それだけじゃない、今だって全部欲しい。早く繋がりたい。心の中でそう叫びながら、何度もキスを繰り返す。

「ああ、もう……兄貴が欲しい」

名残惜しそうに口を離し、余裕のない掠れた声で告げられる。俺はすぐに弟の背中をきつく抱きしめた。

「俺も、お前のこと欲しい……」

そう告げた瞬間、弟の熱く硬く反り立ったものが、俺の中に入ってきた。待ち侘びていたそれを、全身を火照らせながら受け入れていく。

ああ、熱い。いつもより形も熱も、細かいところまで思いを巡らせ感じてしまう。その行為によって、身も心も一瞬で奪われてしまいそうになる。

「兄貴、ずっと俺の……欲しかった? 今、気持ち良い……?」
「……はぁっ、気持ち、良いっ」
「俺の……中で、どうなってる? 教えて、兄貴」
「あぁっ、あ、熱く、て……大きい……っ」

弟の淫らな問いにも素直に答えてしまう。さらに大きさを増していくそれが、ズプズプと勢いよく出し入れされ、思うままに腰を揺さぶられる。

気持ちのいい所に当てられ、弟の熱によがってしまうのを止められない。
脳まで快感に触れるようで、思わず意識を手放してしまいそうになる。

「あ、兄貴、もう……無理だ、イキそう……ッ」
「……俺も、……クレッド、イッちゃ……あぁっ」

肌と肌をぴったり重ね、呼吸を合わせて上り詰めていく。きゅうっと収縮し、中をいっぱいにしている弟の性器を締め付けると、ビクビクッと脈打ち、大量の精液が俺の体内に吐き出された。

「んああぁっ」

果てた瞬間体を震わせ、声を詰まらせた弟の下で、俺は大きな喘ぎを上げてしまった。
中に出されたものが温かく、内側を満たしていくのが分かる。それすらも愛おしく、なんだかいつも以上に、幸福を感じた瞬間だった。

だがその幸福は、長くは続かなかった。

「はあ、はあ、はあ……」

クレッドが俺の上で激しい息をつきながら、体を休めている。俺はその下で快感に震えていた。弟の精液のせいだ。
儀式によって弟の聖力が体に入り込み、俺は乱れに乱れてしまった。その上、奴の精液まで体内に取り込んでしまったら、もう俺は、どうなってしまうんだろう。

けれど心配は、そこじゃなかった。

「…………兄貴?」

俺は顔を上げた弟の下で、固まっていた。無表情で、視点をどこに合わせればいいのか分からない。もちろん、弟の澄んだ蒼い目など見れない。

「大丈夫か? 兄貴……」

弟のモノが入ったまま、出された液体にも体がビクビクと反応する。でもそれ以上に、俺の体を、どうしようもない羞恥心が襲い始めていたのだ。

俺は完全に、正気に戻っていた。

「あ、ああ……み、見るな……っ」

俺を心配そうに見つめる弟から顔を背け、両手で顔面を覆い隠す。だめだ、もう消えたい。死にたい。この世からすぐに居なくなりたい。
何故だか急に記憶が呼び起こされたかのように、さっきまでの醜態が脳内に鮮明に映し出されていた。

「見るなって、なんでだ……?」

隠した手の向こう側から、密かに笑いを含んだ弟の声が聞こえてきた。手首を掴まれ、ぐいっと引っ張り、俺の表情を暴こうとしてくる。

「やめ、やめろっ」
「恥ずかしい? ……全部、見たけど……」
「……るせえッ」

弟がからかうように顔を覗き込んでくる。なんてことをしたんだ、俺は。恥ずかしいなんてもんじゃない。何故今正気に戻ったんだ。むしろしばらく戻りたくなかった。

「俺しか見てないんだから、いいだろ? 兄貴のあんな姿見られるのは、俺だけだ……」

こいつだって俺の豹変ぶりを見て焦っていたくせに。今はなんでそんな余裕なんだ。くそっ。

「兄貴、顔が赤くなってる……かわいい……」

うっとりした目で見つめられ、何も言葉が出てこない。何言ってんだ、自分だって赤いじゃねえかッ。
俺は行き場のない羞恥に染まりながら、嬉しそうな弟が与えてくる優しいキスを、我慢して受け入れるしかなかった。



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