俺の呪いをといてくれ | ナノ


▼ 26 再び現れた男

騎士団から解放され、弟子と使役獣とともに無事家に帰宅してから、数日が経った。
その夜、俺は一人でベッドに入っていた。隣にロイザの姿はない。俺の使役獣はあの日からやたらと直接の魔力供給を欲するようになり、疲れ果てていた俺は、やむなく一人寝を選んだのだった。

今思えば、何気なく取ったその行動は、完全に誤った選択だったといえる。
誰が想像出来ただろう、まさか家まで、あの「俺を狙う男」がやって来るということをーー。


夜も更けた頃。肌に、誰かが触れている気がした。ああ、また夢を見ているんだろう。それに、夢と現実がごっちゃになっている。感触はあるけれど、薄っすらと目を開けた先には、俺の寝室の天井が目に入ったからだ。

「ん……」

首筋に舌先が這わされる。舐め上げられて、ぶるっと震えた。でも、いつもと違う。ザラりとした感触で、あいつの柔らかい唇でもない。

「……ん……なに…………クレッド……?」

違う、これは弟じゃない。そう思いながらも、自然に口から出た言葉にびっくりして、俺は目を覚ました。

小麦色の肌が視界に入る。大きな肩幅に、鍛えられた筋肉質の体。覆いかぶさっていたのは、上半身が裸の、見覚えのある男だった。あの日、風俗店で俺を襲ってきた、黒髪黒目の男ーー

「酷いなあ……他の男の名前を呼ぶなんて」

野性的な男の飢えた瞳が俺を見下ろしていた。鼓動が急激に脈打ち、一瞬呼吸を忘れそうになる。

「な、なんで、お前……ここ、に…………」

震える声で、うまく言葉を発せられない。俺の寝室で、この男は俺の上に跨って、何をしているんだ。
どうやって侵入した? おかしい。普通ならば、ロイザが侵入者の気配を察知出来るはずだ。

一瞬で色々なことが頭を巡るが、ガッチリ鍛えられた肉体に全身を押さえつけられ、体がビクともしない。まずい。大声を出そうとしたその瞬間、男の大きな手で口を塞がれた。

「んんッ、ンン!!」
「ああ、悪い、セラウェ……あんたの声、すげえ聞きたい……でも、今出されると困るんだ」

……は? 嘘だろ? 助けを呼ぶことも出来ないまま、男の太い腕が俺の体をまさぐってきた。
服の中に手を入れられ、再び首筋に吸い付かれる。乱暴に肌に手を這わせ、重さのある腰を強引に下半身に押し付けてくる。

「……はは、やっぱ片手じゃやりにくいな……もっとメチャクチャにしてやりたいのに」

笑いながら俺の足に手を伸ばし、不快な手つきで撫で上げられた。やがて前に添えられた手が、俺のモノを握るように触ってきて、必死に体をよじって防ごうとする。

「あれ? まだ勃ってねえ……俺じゃ興奮しない……?」

好き勝手に喋りながら、首への愛撫を続け、いきなり耳たぶをガリっと強く噛んできた。

「ンン゛ッ!」

痛みに思わず体が仰け反り、男を睨みつける。どうして、いやだ、いやだ、気持ちわりい……心の中でそう叫び、なんとか声を出そうとするが、意味をなさない。

なんで俺はこんな目に合ってるんだ、この男は、あの時に続いて、一体何故俺の体を奪おうとしてくるんだ。

「セラウェ……そんな顔すんなよ……ああ、余計に……燃えるだろ?」

光のない黒目が俺を捕らえる。ハア、ハアと下劣な息づかいを響かせ、まるで獣のような顔つきで俺に欲情している。恐怖よりも、どうしようもなく強い嫌悪感が全身を支配する。こんな男に、ヤラれてたまるかーー

俺の口を塞ぐ手に力を入れられ、本気で息苦しくなってくる。下着の中に手を入れられ、耐えられず叫び出したくなる。う、うそだ、マジでやめろ……
ゴツくて固い手が俺のモノに直接触れてきて、全身が総毛立ち、体中で拒否を示そうとした。……はずなのに。

「ああ、やっと勃ってきた、あんたの……」

信じられない言葉に寒気立つ。男は興奮した様子で、いきなり俺の体を軽々と持ち上げてきた。ベッドにあぐらをかいた男の上に座らされ、口元に笑みを浮かべて、こっちを見ている。

「なあ、俺の名前……ナザレスっていうんだ……覚えて」

男が恍惚に満ちた表情で告げる。そんな名前は知らない、聞いたこともない。

「まだ思い出せないのか、セラウェ……あんたは俺を、助けてくれたのに」

助けた……?
何の話だ、お前を助けた覚えなど微塵もない。混乱している俺をよそに、男の手が今度は俺の後ろに回された。尻を撫でられ、指の動きが奥深くに進もうとしてくる。
まずい、それだけは嫌だ。助けてーー

「ンンンッッ」

抵抗しようとするが、男の力には到底及ばない。男は浅い息を吐きながら、俺にいやらしい笑みを向けていた。
何とかしなければ、こいつの注意を引かなければ……とっさに俺は、口を少し開き、舌を出した。男の手のひらを舌先で舐め、次第にその勢いを強めていく。

「ん……? なんだ……? あんたも、乗ってきて……くれたのか?」

男の上ずった声が耳元で響く。俺が必死に舐めていると、手の力がわずかに緩められた。もう少しだ、一瞬の隙さえあれば、状況を覆せるかもしれない。
俺は自らの腰を揺らし始め、男を挑発するように体をこすりつけた。

こんな時なのに、弟の顔が浮かぶ俺は頭がイカれているのだろう。ああ、でも、これ以上この見知らぬ男に、俺の体を好きにさせるわけにはいかない。その為なら、今はなんだってしてやる。

「ああ、それ、いいな……セラウェ……あいつに、教えられたのか? とんだ淫乱になっちまったんだな……あんたも……」

うるせえ、お前にそんなことを言われる筋合いはない。無心で腰を揺らしていると、やがて男の手が俺の口からそっと離された。今だーーそう思った瞬間、予想していなかった事が起きた。

男にガシっと上半身を抱きしめられ、あろうことか、男の鋭い歯によって俺の肩がガブリと噛み付かれたのである。

「あああ゛ッ!」

予期せぬ事態に一瞬心が怯みそうになったが、ある意味チャンスだ。俺はとっさに、今までの人生で出したことのないような大声を、思いきり上げてみせた。
一か八かだが、おそらくいける。

「ーーロイザッ!! 来いッ!!」

たったふた言だったが、その叫びは功を奏した。ほんの数秒の後、瞬きをした俺の眼の前に、俺の望む姿が現れたのである。
白虎の使役獣ロイザが、光の粒を放ちながら、その白い毛並をなびかせ荘厳な姿を現した。白虎が大きな唸り声を上げ、口を開けて咆哮を轟かせる。

「…………あ?」

男が顔を上げて、呆けた面をする。だが次の瞬間、襲いかかったロイザの白い牙が、男の首筋に勢いよく食い込んだ。しかし男の肌からは、血の一滴も出てこない。その上、首に噛み付かれたままの男の表情は、まるで変化を見せなかった。

「……痛えな、何すんだよ、てめえ」

男が白虎の首に片腕を回し、振り払おうとした時、ロイザが瞬間的に後ろへ身を引いた。しかし再び大きな口を開けて噛み付こうとすると、男の肉体が一瞬霧のように歪んだ。

今のは、なんだ……? 見慣れない現象に、唖然とする。飛び退り、無言で男の様子を伺うロイザを、立ち上がった男が見下ろす。無傷の男を目にして、俺は言葉を失っていた。どうなってるんだ。やっぱりこいつは、人間じゃないのか。

「お前セラウェのペットだろ? ……手懐けるのが大変そうな野郎だ」

男の嘲笑に満ちた言葉に対し、ロイザが低いうなり声をあげた。いつもなら即座に手を出す使役獣が、男を前にして、どこかためらう様子を目の当たりにする。

「まあいいや。一度に奪っても面白くねえ。今日は自己紹介も出来たしな。続きはまた今度だ、セラウェ」

そう言って俺に視線を移すと同時に、奴の体が俺達の目の前で、突然黒い霧のようなものに変化した。もやもやと部屋の中に立ち込めたかと思うと、全てが一箇所に集まり、サッと跡形もなく消え去った。

しばらく俺はベッドの上で呆然としていた。頭の理解がまるで追いつかない。なんで奴が俺の部屋にいて、どうして俺はまた襲われて、こんな事になってんだよ。

「セラウェ、今のはなんだ」

ロイザに冷たい声で問われる。……そんなの、俺が聞きてえよ。無性に泣きたくなりそうな思いを抑えながら、俺は自分の使役獣に告げた。

「俺を狙ってる男だよ。風俗店でも襲われた。俺を知っているといって、つきまとってきやがる……」

ベッド下に佇む白虎に目を向けると、いつもの感情のない灰色の瞳が、俺をじっと見ていた。だがどこか、不確かな揺らぎのある表情にも見えた。

「あいつは人間じゃないな。気配もないし、肉の感触がしなかった」
「……ああ、そうだろうな。消える時のあれ……奴は霧に変化した。……幻術か何かか?」

俺が初めてあの男に襲われた時、急に意識を失ったかのように、奴の体から反応が消えた。それを見て、何者かに操られているんじゃないかと思ったが、どうやら違ったようだ。

あの男が再び同じ姿で現れたということは、あれが本来の姿なんだろう。でも実体がなく、幻同様だ。
しかし、あんなことが可能なのに、何故あの店では消えるような真似はせず、そのまま騎士団に捕えられたんだ?

よく分からない。全てが謎めいている。本当に奴の目的は、俺の体だけなのか?

「セラウェ、大丈夫か?」
「……ん? ああ、平気だ」

柄にもなく心配しているような声を出す使役獣に、苦笑する。本当は大丈夫じゃないし、疲れている。頭も痛いし、正直もうへとへとだ。顔を上げると、ベッドの上に白虎の姿があった。

「お前、噛まれたんだな。出血しているぞ」

そう言われ、肩を見ると、男につけられた歯型から薄っすらと血が流れていた。
…………あんのクソ野郎ッッ!! 思い出したかのように怒りが沸々と湧き出てくる。すると、俺に近寄ってきたロイザの獣の舌が、ぺろりと肩を舐めとった。

「……んっ……おい! 何すんだよっ」

思わず敏感に反応してしまい、混乱と怒りの表情で使役獣を睨む。

「人化してこうするより、マシだろう」
「殴るぞお前、こんな時に、そんな冗談……」
「……冗談ではない。お前は人型のほうが好きなのかと思ったが、俺には懐いてこないからな」

……は? 何言ってるんだ、こいつは。意味が分からない。もう俺をこれ以上誰も混乱させないでくれよ。頼むから。

「そんな噛み跡を見つけたら、またお前の弟が怒り狂うだろうな」

呆れたように言う使役獣の言葉に、はっとする。そうだ、クレッドがこの事を知ったら……。あいつ、どうなっちゃうんだ? また俺はあいつを怒らせて……傷つけるのか?
どうすればいいんだ。そんなこと、したくないのに。もう、嫌だ……。 胸が苦しくなるのを感じながら、俺は力なく頭をうなだれた。

「セラウェ。オズに治療してもらえ。今、呼んでくる」

そう言ってロイザは踵を返し、部屋から出ていった。
俺は寝室に一人残され、ベッドの上に仰向けになって倒れ込んだ。こんなことが二回も起こるとは。家の中だと思い、完全に油断していた。ある意味、自分の責任だ。

あの男ーーナザレスのことを、すぐさま脳裏から消し去りたかったが、そうもいかない。俺に助けられたって、どういう意味だ。いつの話なのかも分からない。なぜあいつは、こんなにも俺に執着するんだ?

考えても答えが出そうにないことを、俺は一人で延々と思考を巡らせていた。



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