俺の呪いをといてくれ | ナノ


▼ 25 解放と火種

リメリア教会ソラサーグ聖騎士団に軟禁状態にあってから、一週間が過ぎた頃。
俺はとうとう釈放を言い渡された。長かった……振り返ると悪夢のような日々だったが、騎士団長である弟との距離も、ある意味急速に縮まっていったといえる。

……でも、なんで釈放の日の朝、こいつが俺の部屋にいるんだろう。

「お前、仕事はどうしたんだよ」
「今しているだろ」

平然とそう言うのだが、弟はどう見ても俺を腕の中に収め、長い抱擁を与えてくれている。なにこれ、どうしちゃったの? こいつ、おかしくなっちゃったのかな?

「おい、俺はもうすぐ家に帰るんだ。とっとと出てけよ」
「ネイドがここへ迎えに来る。それまでいいだろ?」

何この甘ったれ男は。団長の顔はどこいった、さすがの俺も引いてくるぞ。しばらくしてクレッドが俺を自分の胸から離し、真剣な眼差しを向けてきた。

「兄貴、一週間後に司祭との顔合わせがある。それまでに荷物をまとめて、領内に移る準備をしておいてくれ」
「…………は?」

いきなり色々言われて意味が分からない。司祭って誰だよ……そう考えて、思い出した。エブラルが言ってた、奴の上司らしき人物か。ということはつまり、これから俺の上司にもなるってことか? くそ面倒くせえ。

「あ、あのさあ。それって、もう決まってるのか? 領内って、まさかこの騎士団のことか?」

震える声で尋ねると、弟が静かに頷いた。……嘘だろ。俺が今まで享受してきた自由はもうすぐ泡となって消えるのか。なんでこうなった。もう終わりだ。

「嫌だ。俺の家はどうなるんだよ、家から通うからいいだろ! 魔法で一分で着くから! なあ!」
「無理だ。もう決定していることだ」

急に冷たい顔をして、非情な声を出す弟に思わず怯む。兄貴に向かって、なんて冷酷な男なんだ。

「俺の弟子とあの馬鹿はどうなるんだよ! ご飯は? 俺オズのご飯じゃないと生きていけねえから!」

恥も外聞もなく、縋るように弟の胸を掴む。クレッドの顔を見上げると、若干困ったような顔をされた。え、なんか憐れまれたのかな、俺?

「兄貴の弟子にはもう話が伝わっている。了承は受けたとネイドから報告があった。二人で移り住めばいい。あの獣はどうでもいいだろ」

……え、あのバカ弟子、何勝手に了承してんだよ。もう俺の味方はどこにもいないのか……? 一人で絶望して頭をうなだれていると、クレッドに手で顎を上向かせられ、そっと口づけされた。びっくりして目を丸くする。

「い、今そういう雰囲気じゃないんだけど……」
「そうか? どういう雰囲気ならいいんだ?」

強気な言葉に反して、すごく穏やかな表情で見つめられ、調子が狂う。
この野郎……やりたい放題じゃねえか。朝っぱらからなんでこんな、頭がくらくらしてこなきゃなんないんだろう。

俺達がくだらない戯れをしている間に、突然扉が二回叩かれた。ネイドに違いない。俺は半ば強引にクレッドの腕を振りほどき、扉へと向かった。


※※※


クレッドの側近であるネイドによって、弟子と使役獣が待つ、騎士団本部内にある部屋へ案内された。しばらくしたら戻ると言われ、俺は扉の前に残された。
中へ入ると、すでに懐かしく感じるような弟子のオズの姿があった。後ろに控える人型のロイザも目に入ったが、またあの不祥事が頭をよぎり、心の中で舌打ちをする。

「あ、マスター! 思ったより元気そうですね。ちゃんとご飯食べれてましたか?」

普通の感覚で話しかけてくるオズを見て、俺は少し面食らっていた。え、それだけ? もうちょっと感動的な再会を期待したんだけど。俺結構、過酷な目に合ってたんだけど、分かってんのかな。

「おう、オズ。お前も意外に元気そうだな。そこの馬鹿の相手は大変だっただろう」
「その通りですよ。あっ、ネイドさんから色々聞きました、またロイザが暴れたんでしょう? おいロイザっ、ちゃんと謝ったのか?」

オズが童顔に似合わぬ怖い顔でロイザを睨む。だが奴は相変わらず無表情でどこ吹く風だ。

「なぜ俺が謝らなければならないんだ。楽しく遊んでやっただけだろう? まだ物足りないが」
「お前なぁ、いつも言ってるだろ? 自分の欲求のために人に迷惑かけるなって。そんな態度じゃ、騎士団内でもすぐに嫌われるぞ」

そうそう、俺の弟子も正論を言うようになったじゃないか。……え? 騎士団内って何? この弟子、もうそんなにやる気なの?

「おい、オズ。お前……俺が教会に入ること、聞いたんだろ? 全く何も思うところないのか……?」

助けを乞うような表情で、恐る恐る聞いてみる。だが弟子は、きょとんとした顔で俺を見ていた。

「マスター、嬉しくないんですか? 大出世じゃないですか。リメリア教会聖騎士団っていったら、国内でも有数のエリート戦闘集団ですよ。そこらへんの魔術師なんて、普通は相手にされないんですよ!」
「そ、そうだよね。凄いことだよね。俺は全然興味ないけど」

もう駄目だ。俺の側についてくれる人間は一人もいそうにない。弟子は乗り気みたいだし、この使役獣だってどうせ……

「オズ、奴らはそんなに高い戦闘能力を誇るのか? 一番強い奴は、誰なんだろうな……?」

ロイザの目がぎらついている。また余計な事を考えてそうだ。こんな奴を、あの騎士団に近づけていいのだろうか。また問題起こすに決まってる。

「そりゃあ、マスターの弟さんだろ。騎士団長なんだから。あ、でも魔術師の人達も別格の強さらしいからなぁ……」
「俺は魔術師には興味はない。肉体から湧き出る強さこそ、本物の力といえるからな」

あのな、勝手に話してるけどさ、オズもあんまりこの馬鹿を焚き付けること言うの、やめて欲しい。それにロイザも俺の前で堂々と魔術師ディスってんじゃねえよ。確かに俺は物理的には強くないが。

「おいオズ、俺がクレッドの兄貴だってことは、秘密だからな。名前も偽名使ってるから」
「あ、はい。騎士団に捕まった人が、団長の兄だって知れたらまずいですもんね。クレッドさんの汚名になっちゃいますし」

……この野郎、結構毒舌なんだけど。俺にもう少し気使えないのかな? だいたいお前らのせいで捕まってたんだけどな。

はあ……もう疲れた。早く家に帰ろう。そう考え始めていたら、目の前に大きな影が現れた。
上を向くと、ロイザの灰色の瞳が俺をじっと見つめている。なんだ、こいつ……俺が思わずたじろぐと、使役獣がいきなり俺の体に手を回し、勢いよく抱きついてきた。

「なッ何してんだ、てめえ! 離せよッ」
「セラウェ……腹が減った。もう飢え死にしそうだ。早く餌をくれ」
「この前やったばっかだろうが! いいから離せ!」

殺しても死ななそうな奴が何言ってんだ。ジタバタしながら奴の体から逃れようとするが、力が強すぎる。く、苦しい……そう思ってオズに助けを求めるが、なぜか白い目で見られた。

「オズッ助けてッ」
「嫌です。マスターがいない間、俺大変だったんですから。こいつ、ものすごい魔力を喰らってくるんですよ。どれだけ疲れるか……何回か与えた後、拒否しましたけどね」

可愛い弟子の顔が、一瞬大人びた疲労の表情を見せ、俺はうろたえた。ロイザのやつ、無理やり襲ったのか? ほんとに、腹を空かせた獣ほど厄介なものはいない。

「ああ早く、お前ので、俺を満たしてくれ、セラウェ……」
「気持ちわりい言い方すんじゃねえ!」

俺達が馬鹿なやり取りをしている最中、部屋の外から足音が聞こえてきた。耳を澄ますと、どうやら一人じゃない。心臓がドクンと大きな音を響かせる。……いやいやいや、まさかーー

突然扉が開き、顔を半分だけ後ろに向けると、なぜかそこには、俺の弟の姿があった。完全に俺の動きが停止する。

「楽しくなりそうだな、セラウェ」

俺に抱きついたまま頭上から発せられる、嬉々とした使役獣の声に、俺は一瞬で絶望した。だが次に聞こえたきたのは、意外な明るい声だった。

「あっ、クレッドさん! マスターがお世話になりました。それに、ロイザが迷惑をかけてしまったみたいで、すみませんでした」

謙虚さを含ませながらも、普通の調子で言うオズを見て度肝を抜かれる。お前よく平気だな、たぶん、俺の弟、今すごい顔してるだろ……?

「…………ああ。お前のせいじゃない、気にするな。元凶は全てそこの獣にあるからな……」

クレッドの凍てつくような低音が部屋に響き渡ったかと思ったら、同時に俺の首根っこがものすごい勢いで引っ張られた。あっという間にロイザから体を引き離され、後ろから上半身に腕を回され抱きかかえられる。

「貴様、何をしているんだ? 触れるなと言ったはずだが?」

ああ、まずい。すでに怒りが頂点に達しているような声質だ。それに対して余裕の表情を見せるロイザの目には、またもや奴の抑えきれない闘志が映し出されていた。

「何故俺の主と戯れるのに、お前の許可がいるんだ。自惚れるなよ小僧」
「戯れが貴様に必要あるか? 黙って主の命令だけを聞いていればいい、獣ふぜいが」

おいおい、怖いんですけど。その主は今お前の腕の中にいるんですけど。俺の意志はどうでもいいのか?
つうかマジで止めてくれよ。おそらく後ろで呆然としているであろうネイドはもういいとして、俺の弟子がどうしていいか分からないといった様子で、挙動不審になってるじゃないか。

頼む、耳を塞いでてくれ、と必死に目で訴えるのだが、オズのつぶらな瞳は完全に俺の弟に向けられていた。

「ふっ。そんなことを言いに、わざわざ俺に会いに来てくれたのか? 可愛い所があるじゃないか」
「ふざけるな。本当はお前のことなど即座に記憶から抹消するつもりだったが、一つ言い忘れたことがあってな」

えっなに、何を言い出すつもりだよ、こんな場で。

「俺が居ない間、お前の主をしっかりと守れよ。傷一つつけてみせろ、俺がお前を葬るぞ」
「誰に向かって言っているんだ? お前に忠告されなくとも、セラウェのことは俺が昼夜問わず守ってやる。……お前には決して出来ない方法でな」

……は? また気色の悪いこと言ってんじゃねえよ。オズももう、大の男ふたりの妙なやり取りに、完全に引いてんじゃねえか。

「……どういう意味だ、貴様……」
「知りたいのか? 聞かないほうがいいと思うが。お前のような子供には、刺激が強すぎるかもしれん」

ロイザがそう言った途端、俺を抱えるクレッドの手にぐっと力が入るのを感じた。ああ、はい、もうこの辺にしといたほうがいいな。これ以上は弟子の教育上良くない。俺ももう限界だ。こいつらの遊びに付き合っている暇ないし。

「……ロイザ、もう止めろ。十分楽しんだだろ? こいつを弄ぶんじゃねえ」

げんなりしながら告げると、クレッドの腕がゆっくりと俺の体を解放した。奴の顔を見ると、眉間に皺を寄せたままだったが、怒りの表情はだんだんと薄らいでいくようだった。

俺を見て何か言いたそうな顔だったが、俺は若干の申し訳無さから励ますように、無言で弟の肩に手を置いた。

ああでも、今日家に帰れてよかった……不謹慎にもそう思ってしまった。最後の最後に俺を疲れさせやがって、ロイザの野郎……
いや、待てよ。俺がここに移ってきたら、こいつらの仲はより一層悪化するんじゃないのか……? はは、もういいや、どうでもいい。考えたくない。

「あの、お話が終わったようなので、我々はここで失礼します。……セラウェさん、貴方の家に近い内に使者を向かわせますので、転居についての詳細等も、その者にお聞き下さい」

後ろに控えていたネイドが、丁寧な口調で俺に告げる。ああ、こいつにまた恥ずかしい場面を見られてしまった。つうか団長の側近として、平気なのかな? 相当精神力が強い男なんだろうなと尊敬の念が沸き起こってくる。

「ああ、分かった。頼む」

返事をして、部屋を出ていく二人を見届ける。まあ、とりあえずはこれで一時の自由が戻ってきた。この悪魔城に戻って来るまでに、色々やりたいことをやっておこう。そう意気込んで振り向くと、俺の弟子がまだ少し放心状態でいるのが目に入った。

部屋の隅で、もうすでに楽しい事は終わったとばかりに、無表情で腕組みをしているロイザのことは、無視しようと判断する。

「あ、あの……オズ? 今のはな、ちょっとした……こいつらの悪ふざけなんだよ。だから気にするな。な?」

しどろもどろになりながら、オズに説明する。弟子の目が急に俺に向けられ、心臓がものすごい速さで打ち鳴らされる。

「……ああ、そういうことか」
「は?」
「知りませんでした、マスター」
「な、何が?」

えっやばい、バレたか? いや俺達兄弟だし、普通はバレないだろう。大丈夫だ落ち着け……そう考えていると、オズの表情が途端に明るいものになった。

「クレッドさんって、すごいお兄ちゃん子だったんですね!」

…………は? お兄ちゃん……子……? 何その、便利な言葉ーー

「そうかあ、だからあんなにロイザに怒って……。お兄ちゃんを取られると思っちゃったんでしょうかねえ。なんか、可愛いですね。外見は凄くクールな感じなのに」

突然事の合点がいったかのように、弟子がすっかり晴れやかな顔で喋っている。
本当にそう思う? 今の際どい会話聞いてて……。やっぱこいつ、純真なのかな? もうそうであってほしい。

「……あ、ああ。そうなんだよ。実はあいつ昔から、俺のことが大好きみたいでさあ……ずっとまとわりついて、困ってんだよね」

完全な嘘をついてしまい良心が痛むが、弟子がそう勘違いしてくれるのなら、もう何も言うまい。その方向で行くしか無い。全部弟が蒔いた種だ、あとロイザ。
だからもう知るかッ。

ヤケクソな心情で、俺は自分の弟子に話を合わせることに決めた。



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