▼ 23 新たな騎士に囲まれる
エブラルの転移魔法で飛ばされた先は、紛れもない団長室だった。けれど、何も、こんなやばすぎる状況下に送り届けなくてもいいんじゃないかな……?
「な、なんだ……この野郎! どっから入って来やがったッ!」
俺の前でそう叫んだのは、青い制服姿の見知らぬ騎士だった。ガタイがとにかく良く、背もクレッドより優に高い。少し焼けた肌に黒髪金眼の雄々しい顔つきで、取って食われそうな野性味のある大男だ。
そんな騎士が驚きと憤怒の形相で俺を見下ろしている。気付いたらこんな奴の前に現れるなんて、トラウマもいいとこだろ。
「あーえっと、すみません間違えました」
抑揚のない声で謝罪する。俺が落とされたのは、団長室の中央にある机を囲むソファの真後ろだった。その場には二人の男がいた。この大男と、ソファに腰掛けるもう一人の騎士だ。不思議なことに、何故かそこにはクレッドの姿がなかった。これは完全に絶体絶命の状況ともいえる。
「間違えただあ? んな言い訳が通ると思ってんのか、てめえ何者だ!」
「うぁッ」
大男の騎士に胸ぐらを掴まれ、途端に息苦しくなる。突然の出来事に目を泳がせていると、横から違う騎士の声が投げかけられた。
「よせよ、グレモリー。怯えてるじゃないか、可哀想に」
そう言いながら立ち上がり、俺の方に向かってきた。こっちは、色素の薄い茶髪をなびかせた、目が覚めるほどの美男子だ。だが心配するような言葉とは裏腹に、髪と同色の瞳が俺を冷たい目で見ている。
「ああ? どう見ても侵入者だろうが。いきなり団長室に入ってくるとは良い度胸してんなあ、お前」
「彼は魔術師だろう。今のは転移魔法だ」
俺の前で二人の屈強な男達が立ちはだかり、勝手にじろじろと値踏みしてくる。なにこれ、怖すぎる。
「魔術師だ? は! 小賢しい奴らめ、おい、こいつ縛るぞ」
「ちょ、やめ、ろ、はな……せっ」
えっ今恐ろしい事言わなかったか? 必死に腕を掴み逃れようとするが、大男の力は一向に弱まらず、ビクともしない。突然俺の体を反転させると、両手をどこからか取り出した布できつく縛り上げた。ソファにどんと押され、乱暴に座らせられる。
「何すんだよっ、俺は無実だッ」
「黙れ侵入者。俺達に見つかったことを後悔するんだな」
俺を縛った騎士を睨みつけるが、全く意に介する様子がない。二人の騎士にもっと高い位置から見下ろされ、思わずゴクリと喉を鳴らす。
すると美形の騎士が冷たい笑みを浮かべながら、俺の顎を掴んだ。無遠慮に眺められ、不快に思った俺はすぐに顔を背けようとする。
「ふふ、可愛らしい表情してるじゃないか。こんなに怯えて……。おい、俺は暴力には反対だ。もっと他のやり方で喋らせれば良い」
「な、なに……触るなっ」
そう言って俺の顔を指で撫で上げる。ぞわっと全身に鳥肌が立った。この男、おかしい。表情が加虐心に溢れている。美し気な外見に騙されてはならないと俺の本能が告げている。
「ユトナ、尋問は団長が戻った後だ。変な気起こすんじゃねえ。こいつは俺が見張ってるから、早く誰か呼んでこい」
「自分で行けよ。お前をここに一人で残す方が不安だ、何をするか分かったものじゃない」
「ふざけやがって、俺はお前みたいな変態趣味はねえよ」
なに不穏な会話してんだよ、こいつら何を企んでいるんだ。団長の部下ってこんな危なそうな奴らばかりなのか?
大男は俺の手を拘束するだけでなく、再び長い布を取り出し、今度は俺の口を塞ぎだした。何すんだこのくそ野郎!と叫びたいのだが、ンーッ、ンーッという情けない声しか出てこない。
「これでお得意の詠唱とやらも出来ねえな、大人しくしてろ」
「口を離してやれ、グレモリー。俺が侵入した理由を彼から聞き出してやろう」
「何言ってんだ? 場所を考えろよ、ここは団長室だぞ」
なんか勝手に喋ってるけど、俺このままじゃまずいだろ。完全に危ない騎士に囲まれてるし。背中がじっとりと汗ばんでくるのを感じていると、突然扉が開く音がした。……え、まさか。今このタイミングで帰って……来るの?
「何をしている」
聞き覚えのある声が部屋に響き、場が一瞬しんとなった。視線を飛ばすと、扉の前に騎士団長であるクレッドが立っていた。すぐ後ろには側近のネイドもいる。
弟の凍りつくような表情を見て、すぐに汗が引いていく。ああ、くそッ。なんか俺も見たことない、よく分からない顔をしている。でもアレ、たぶん凄まじく激怒してそう。
「ああ、団長。侵入者だ。転移魔法でいきなりこの場に現れやがった。魔術師らしいぜ」
グレモリーという名のでかい騎士が、平然とした口調で告げる。俺の姿を見たネイドが唖然とした顔をしているのが目に入った。
「その男を離せ。侵入者ではない」
クレッドが感情のない声で冷たく告げる。一瞬動きを止めたグレモリーと、ユトナと呼ばれた騎士は腑に落ちない様子で黙り込んだ。その場を見かねたのか、すぐにネイドが俺の元へやって来て、「大丈夫ですか」と言いながら拘束を解いてくれた。
「どういう意味だよ。団長、こいつ誰だ」
でかい騎士が不満げに問う。クレッドは黙って俺を見つめている。目だけでものすごい責め立てられてるような視線ーーはは、怒ってる? そりゃそうだ。縛られたのは納得いかないが、弟からしてみれば、さすがにこれは俺が悪い。いや元々はあのクソガキのせいだが。
「いいか。よく聞け、グレモリー。その男は、教会に所属する新任の魔導師だ。手荒な真似は許さない」
…………は? 険しい顔をした弟の心情がこもった言い方に驚く一方で、さらに衝撃的な一言に頭の中が真っ白になる。俺を新任の魔導師だと……? なんでもう決まってんだよ正直意識が飛びそうなんだが。
「なんだよ……団長がそこまで言うなんて珍しいな。俺、こいつのこと縛っちまったぜ」
「教会の魔導師なのか? なんだ、味方じゃないか。残念だ。せっかく楽しめると思ったのに」
悪びれもせず言う大男に加え、美形の騎士がとんでもない発言をする。おい何なんだよ、クレッドの野郎、この二人に一体どんな教育してんだよ。
「……お前達、何をしたんだ?」
クレッドの冷たい声が響き渡る。お、おい別にそこ追求しなくてもいいだろ、お前が考えているような事はされてないぞ俺は。
「何って、まだ何もしてねえよ。ユトナが手を出しそうになって危ないとこだったが、俺はちゃんと止めたからな」
「酷い言い方をするな。お前こそあんなにきつく縛り上げて、彼を怯えさせただろう」
もういいから、それ以上余計なこと言うなよ。弟の反応が怖いだろうが。もはや表情を確認するのも恐ろしかった俺は、目を合わせないようにしていた。苦し紛れにネイドを一瞥すると、団長の様子を見やり、顔が引きつっているのが目に入った。
「……思わぬ登場の仕方をしてくれたようだが、むしろ紹介の手間が省けたともいえるか。皆、席に着け」
クレッドが皮肉めいた言い方をして騎士に促す。紹介という言葉に背筋が凍る思いがするんだが……兄貴の俺に、今からこの妙な騎士団会合に混ざれというのか?
一人がけの椅子に偉そうに座る弟と、その正面に向かい合うようにしてソファに腰をかける四人の男。一体何が始まるんだよ。俺さっきまで目の前の男に拘束されてたんだが?
「ネイド、説明しろ」
「はい」
クレッドの言葉に、俺の隣に座った側近のネイドがすぐに反応する。
「この方はセラウェ・メルエアデ殿だ。呪術師エブラルの推薦のもと、教会への所属が決定した。該当任務にあたり他の魔術師ら同様、我々と行動を共にする場合がある。皆、相互に協力してくれ」
なん、だと……? 長髪の騎士によって当然のように放たれた台詞に、俺は驚愕する。そんな事実、俺も今知ったんだが。任務ってどういう事だ、もうすでに決定事項なのか。しかもこの連中と一緒って本気かそれは。
「任務か。こいつ使えるのか? おいお前、どんな経歴なんだ? 簡単に教えろよ」
大男に不躾に問われる。経歴ってなんだよ。俺にはクレッドのような輝かしい戦歴などないぞ。師匠についてた頃は必要に迫られて戦闘にあけくれていたが、もっぱら補助役に徹していたし、そもそも昔の話だ。今はしがない魔導師だしな。でもそんな事こいつらに言いたくねえよ。
「あ? なんでお前に教えなきゃなんないんだよ。俺を拘束したことを謝罪しろ」
「なんだと、この野郎! お前弱そうな見た目に反して生意気な野郎だな!」
予期せぬ状況に次第に怒りが沸々と沸き起こり、逆ギレしてみせた。すると案の定でかい騎士が激昂している。人のことを弱そうとか失礼なこと言いやがって。本当にこいつ聖騎士なのか? 血気盛ん過ぎるだろ。
「やめてやれよ。個人的な事を聞き出す必要はない。エブラルの推薦なら身元はしっかりしてるはずだ」
「そのエブラルってのが胡散臭えんだろが。何考えてんのか分かんねえぞ、あいつは」
美形の騎士が口を出す。常識人らしい事を言ってもすでに鬼畜じみた男だという事は知ってるんだが。大男は気に入らないが、あのクソガキについては同意見だ。
「お前達、口を慎め。まだ互いの名を名乗ってすらいないだろう。ユトナ、お前からだ」
クレッドがどこか呆れた調子で言うと、途端に皆の注目を集める。名指しされた美形の騎士が、俺の目をじっと見て口を開いた。
「先程はすまなかった。てっきり敵だと勘違いしてしまってね。俺は第二小隊隊長のアティア・ユトナという。君のことはセラウェと呼んでも構わないか?」
「……本当は嫌だが仕方ないな」
「ふふ、もう嫌われてしまったか。安心してくれ、味方だと分かったなら、君の事は大切にしよう」
なんだこの男、ふざけてんのか? よくもこの場でそういう歯の浮いたセリフが言えるな。言葉の端々に寒気がするんだが。
「ユトナ、済んだらもう黙っていろ」
クレッドが口を挟む。ちらっと見えた顔は無表情だったが、声に若干のイラつきを感じる。ああ怖え。俺後でどんな目に合うんだよ。
ユトナと呼ばれた美形の騎士は楽しそうに俺の顔を見たまま、ふっと意味深な笑みをこぼした。
「俺は第三小隊隊長のテネス・グレモリーだ。分からないことがあれば俺に聞け、新人には手取り足取り教えてやるよ」
「いや結構だ。お前からは遠慮しておく」
「ああ? 今なんつった? かわいくねえ野郎だな」
この大男、この上なくうざい。俺の嫌いな暑苦しいタイプだ。しかもロイザのように話が通じなそうで、面倒くさい。きっと関わるとろくなことがないだろう。
ネイドが咳払いをして俺に目線を合わせてきた。もうこの中でまともなの、こいつだけじゃないのか。
「セラウェさん、私は第四小隊隊長を請け負っています。しかし我々は、各々が直接騎士団長に仕える四騎士の一人でもあるんです。特別な任務の際に招集を受けるのですが、魔術師らとの関わりも深いので、きっとこれから貴方ともご一緒する機会があると思います」
「ああ、そう……なのか? ……よ、よろしく」
俺は若干震えた声で答えた。丁寧に説明してくれたのは有り難いが、四騎士って何だよ。特別な任務って何なんだよ……。つまりこいつらは隊長でありながら団長直属の騎士ってことだろ? たぶん強いんだろう。何故そこに俺が関わるのか、さっぱり意味が分からない。
あれ、でもここにいるのは、クレッド以外に三人の騎士だけだ。もう一人はどこにいるんだ?
疑問には思ったが、こっちから質問などしたくない。もうこの現実離れした状況から、なるべく早く抜け出したい。家に、帰りたい……。
そんな俺の思いを察したかのように、弟の声が発せられた。
「これから行われる任務については、追って詳細を伝える。各自小隊の準備をしておいてくれ。以上だ」
簡潔に言い放ち、騎士達が話は終わったとばかりに席を立ち始める。ああ良かった。とりあえずもう異常な空間から解放された。そう思い俺もその場を去ろうとしたのだが、それは甘すぎると自分でも薄々感づいていた。
「セラウェ、お前は残れ」
はは、そうですよね。後ろから投げられた命令とも言えるセリフに戦々恐々としながら、俺は足を止めた。扉の前で他の二人の騎士と共に立ち去ろうとするネイドが、一瞬俺を見た。どこか確固たる意思を示すかのように俺に会釈し、部屋を後にした。
え、なに、なにそれ。どういう意味? 俺を弟と二人にするなよ、怖いよ!
でもそんな思いも虚しく、二人残された部屋に、再び弟の声が響く。
「……兄貴、こっちに来いよ」
振り向くと、冷酷な表情を浮かべながら、まだ椅子に足を組んで座っている弟が俺を見ていた。
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