俺の呪いをといてくれ | ナノ


▼ 22 魔導師の動揺

目覚めると、全身が痛かった。とくに下半身が重い。天井を見て、ああ、ここはクレッドの部屋だったと思い出す。
隣に弟の姿はない。考えてみれば、俺が起きた時、あいつが隣に居たことがない。すでに仕事に行ったんだろうが、何も声をかけずに部屋を出るなんて、結構冷たい男じゃないか? まあ、ただ俺が深い眠りについていただけなのかもしれないが。

服を着て身だしなみを整え、昨日と同じようにただ寛いでいると、部屋の扉が叩かれる音がした。

「メルエアデ殿。いらっしゃいますか。ネイドです」

外から聞き覚えのある声がし、俺は鍵を開けて扉を開いた。そこには昨日と変わらず温和な顔立ちをした、制服姿の騎士が立っていた。

「あ、どうも……クレッド……いや、ハイデルは居ないが」
「はい。団長はすでに団長室にいらっしゃいます。メルエアデ殿に新しいお部屋をご用意しましたので、ご案内しに参りました」
「ああ、そうだったのか。すまない」

この長髪の騎士に対しては、すでに何度も恥ずかしい場面を見られてしまっている。よく考えれば、尋問室や団長室での件に加え、こうして同じ部屋に泊まっているところを把握され……おかしいと思うのが普通のはずなのだが、何故かネイドはそれをおくびにも出さない。一体クレッドはこの騎士に俺のことをなんて説明しているのだろう。

俺達二人はまた長い廊下を歩いていた。少し前にいたネイドが俺を振り返り、歩幅を合わせてくる。

「あの……メルエアデ殿。この間に続き、昨日もですが……お二人の時間をお邪魔してしまい、申し訳ありませんでした」

…………はい?

突然ぶっ放された異常な話題に、俺は目を丸くして騎士を見た。ネイドは少し照れたように目を伏せている。やべえ、なんか心臓がものすごく速く動き出してるんだけど。

「団長もお怒りでしょう。私が至らないばかりに……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。君は俺達がどういう関係だとーー」
「……え? それは……お二人は恋仲であると……」

こ、恋仲って……。はは、実は俺達は兄弟なんだよと弁明したらもっと大変なことになるんじゃないか。その前に男同士なんだけどそれは問題ないのか? でもここで変に否定したら、俺はただの遊び人みたいな印象になるかもしれん。恋人と遊び人、どっちも嫌だが……

「な、なあ。この事……誰にも言わないでもらいたいんだが」
「もちろんです、メルエアデ殿。上官の命令は絶対ですので。決して口外は致しません」

急に真面目な顔で姿勢を正され、しっかり俺を捕らえる茶色の瞳に、ついたじろいでしまう。なんか、申し訳ない。団長の側近という仕事を任されているのに、俺という存在に気を使わせて……この男、優男風の外見もだが、いい奴そうだもんな。

「ところで、俺のことは姓じゃなくて名前で呼んでくれないか。そっちの方が呼ばれ慣れてるんだ」
「そうでしたか、分かりました。では、これからはセラウェさんとお呼びしますね」

微笑むネイドに返事をして頷く。偽名を申告した自分のせいとはいえ、師匠の名で呼ばれ続けるのは落ち着かない。歩いている途中で、俺はふと疑問に思っていたことを騎士に問うことにした。

「ネイド、聞きたいんだが。俺がいつこの騎士団から解放されるのか、知らないか? 残してきた弟子のこともあるし……」

すると騎士は一瞬考え込む素振りを見せた。え、何、やっぱロイザのせいでその話無くなったとかじゃないよな。あの野郎マジで何してんだよ、今もちゃんと大人しくしてんのか。

「ああ……はい。セラウェさんの解放は、おそらく明日か明後日になるかと思われます」
「えっ本当か? そんなに早く?」
「ええ。お弟子さんとあの男ーーロイザ、と言いましたか。彼らの居所は把握していますので、ご心配は要りません。解放の際には、ここへ貴方を迎えに来られるよう、手配します」

……え、なんでそんな手際が良いんだ。もうすぐ自由の身になるという事実に俺は一瞬舞い上がったのだが、素直に喜んでていいのだろうか。なんかまた変なことが起こるんじゃ……
真剣な顔で話す騎士の前で、やや疑心暗鬼に陥っていると、突然後ろの方から声がかかった。

「セラウェさん、ネイド殿」

聞き覚えのある声に思わず体がすくむ。この嫌な雰囲気は……あの、呪術師だ。俺達が振り向くと、思ったよりも近くに灰色のローブ姿の少年が立っていた。え、ほぼ気配しなかったんだけど。ホラーか?このガキ。

「エブラル殿。……またお会いしましたね」
「ええ。ですが今回は偶然ではないのです。少し、セラウェさんにお話がありまして」

ああ、来たなこの野郎。俺はお前がやって来るのを待ってたんだよ。もう怖がったりしねえぞ、俺の弟に何吹き込んだのか突き止めてやるッ。内心そう意気込んだのだが、隣のネイドが難色を示した。

「実は今から団長室へと向かう予定なのです。その後でもよろしいですか?」

は? いや行き先は俺の新しい個室だよね? さっきの話は何だったのと混乱していると、エブラルはそのあどけない顔つきに微笑みを浮かべた。

「いえ、是非その前にお話したいことが。重要な件なのです。用が済み次第、私が責任をもってセラウェさんを団長室へお届けしますので」
「そう、ですか。分かりました。……団長へはその様にお伝えしておきます」

いやいやいや、俺このガキの後またあのクレッドが居座る団長室へ行くの? 全く気乗りしないんだけど。あいつあの部屋にいると怖いし。
そんな俺の思惑を、この二人が知るはずもない。ネイドが俺とエブラルに別れを告げ、何故か俺はそのままこの恐怖の呪術師の研究室へと、連れ去られることになったのである。


※※※


呪術師の研究室は、想像していたような、おどろおどろしい雰囲気ではなかった。多くの書物と品の良さそうな装飾に家具、落ち着いた照明に囲まれ、俺達は机を向かい合わせにして腰を掛けていた。

「おい、お前俺との約束破っただろ。あいつに全部喋りやがって」

目の前で余裕の笑みを浮かべる少年に、最初からぶっきらぼうに突っかかる。早く本題に入らなければ、またこいつの言葉責めに合いながら、言いくるめられるのがオチだ。

「そうですね、喋ってしまいました。すみません」
「……は? すみませんじゃねえ、ふざけんなよ!」
「正確にはハイデル殿に言わされたのですよ。私の弱みを握られて……」
「弱み? なんだよそれ」
「あなたに言うわけないでしょう」

この、野郎……こいつの言葉遊びに付き合ってる暇はないんだが。話しているだけでイライラする男だ。

「それで、教会に入る事を決心して下さいましたか」
「お前、俺の何が狙いなんだ。あいつ言ってたぞ、お前の狙いはこの俺だと」

エブラルの言葉を無視した俺の問いに、奴がしばし黙り込む。その間も藤色の瞳は不気味な闇を映し出していた。

「その通りです。あなたのハイデル殿に用はありません」
「あなたのって何だよ! 変な言い方すんなっ」
「隠さなくていいですよ。ハイデル殿のあの苦悶に満ちた表情……あれを見れば、あなたが特別な存在である事はすぐに分かります」

なに、言ってんだこのガキは……。訳知り顔でにやりと笑う少年に対し、俺は動揺するのを抑えながら鋭い睨みをきかす。

「私の狙いは確かにあなたですが、何も命を差し出せと言っているわけではない。時期が来たら、私のお手伝いをして欲しいだけです」

エブラルはやらしい笑みを浮かべるのを止めて、真剣な表情で俺を見た。なんだ、この殺気に似た気配は。途端にその場に居たくなくなるような、こいつの淀みに覆われてしまいそうなーー

「教会に入るといっても永久的な話ではなく、しばらくの間協力関係を結んで頂くという、短期間の契約です。ハイデル殿も了承して下さる様ですし、お気軽にお考えください」

呪術師の言葉に愕然とする。クレッドが了承するだと? あんなに反対していたくせに、どういうことだよ。

「どうしました? 彼からお話を聞いてなかったのですか。……実は私はハイデル殿と約束したのです。あなたに決して危害を与えず、逃亡した男の確保に尽力することを。だから安心してください。身の安全は保証しますよ」

い、意味が分からない。勝手なことをペラペラと……。なぜクレッドもこいつも、人の居ないところで勝手に話を進めるんだ。

「あいつ、なんで俺が教会に入るなんて……」

そう呟くと、エブラルの小さな溜息が聞こえ、俺は力なく顔を上げた。幼い顔つきが、どことなく冷たさを醸し出している。

「それが一番安全だからですよ。あなたを一人にしておきたくないのでは?」
「なんで安全だって言えるんだ。お前がいるってだけで、危険極まりないだろが」
「失礼な方だ。せっかくあなたの部屋に特別な結界を張って、守ってあげようとしたのに」

…………は? 一瞬垣間見えた奴の人間らしい不機嫌さに、眉をひそめる。だが、ちょっと待ってくれよ。

「何言ってんだ、てめえ……結界って何だよ」

今、明らかに不穏な言葉が聞こえたんだが。ロイザが言っていた嫌な感じの結界って、まさか、こいつがやりやがったのか?

「あの男がまた襲ってきたらまずいでしょう? 私の親切心ですよ。それなのに、予想外の男二人が結界に入り込むとは……」

呆れた顔をする呪術師に、血の気がさああっと引いていく。お、おい。何のことだよそれ……。このガキの口ぶり、男二人ってクレッドとロイザのことなのか? まさか、俺と弟のアレコレをすでに知ってーー

「まあいいです。あなたの乱れた交友関係には興味ないので」
「ちょ、勘違いすんなよ!」

完全にパニック状態の俺を、エブラルがじとっとした目で見てくる。や、やばい、これは完全に俺の分が悪い。なんか、状況が悪化してないか。もう言い訳出来ないんじゃないのか。……いや、待てよ。クレッドは結界のことに気付いたのか。だから部屋に来れなかったとか言って……

つうか、クレッドの呪いの話はどうなるんだよ。この呪術師は秘密を握ってるとか思わせぶりなことを言っていたはずだ。でもその話を蒸し返して、要らぬことを俺が喋らされてしまったら、もっとまずい。

「セラウェさん、急に静かになりましたね」
「は? いやそんな事ないけど? あはは……」

奴の藤色の瞳が相変わらず混沌を映し出し、さも飲み込まれてしまいそうな錯覚に陥る。呪術師の暗黒の渦に抗うように必死に考えを整理する。簡単に言えば、マジでこいつの狙いは弟ではなく俺のようだ。そしてあの男を捕まえるのもどうやら本気らしい。
前にクレッドが俺を守るとか手元に置きたいとか、なんたらかんたら言っていたのも、この教会に居たほうが安全だという理由で……。

いや、絶対安全じゃねえだろ、俺の身が危ないわ! だって教会の為に戦わなきゃなんねえんだろ? そんなの喜ぶのロイザだけじゃん。それに、そうなったら弟の仕事場にずっと居なきゃいけないってことで、それはある意味、俺の体が危ないんじゃないのか……?

「大丈夫ですか? セラウェさん。落ち着いて。あなたは私がお守りしますので、心配は不要ですよ」
「お前の存在が一番心配なんだが」

低い声でそう告げると、エブラルがふふ、と微笑みを浮かべた。それにな、守る守るってこいつらから言われなくとも、俺だって一応れっきとした魔導師なんだぞ。確かにあの男には危ない目にあったが、なんか方法あるはずだ。

ああでも、どうしよう。これは大変なことになってきた。俺、もう引き返せないのかな。クレッドとこのクソガキに外堀を埋められて、変な男に狙われて、馬鹿な使役獣を抱えて。安心出来るのは自分と弟子だけだわ。

「では、今日のところはこの辺にしておきましょう。早くあなたを団長室へと送り届けなければ」
「は? いや、いいよ。やめてくれよ」

とは言うものの、この広大な敷地の中、この部屋を出てどこへ向かえばいいのか分からない。

「遠慮しないで下さい。私の転移魔法を使えばすぐですから」
「……あ?」

その時感じた嫌な予感は、すぐに的中した。呪術師が俺の前で立ち上がり、ごく短い呪文を唱えると、奴の転移魔法による光の粒が空気中に現れ出したのである。すげえ、流れるような見事な動作だなーーそう見とれているのもつかの間、俺の体が即座に、目的の場所へと飛ばされた。

そう、着いてすぐに後悔するような、とんでもないタイミングで入ってしまった団長室へとーー。



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