俺の呪いをといてくれ | ナノ


▼ 20 気持ちの片鱗

「ま、守るって、なに……?」

しばらく弟の腕の中にいた俺は、ためらいながらも尋ねた。クレッドが俺を自分の胸から少し離し、じっと顔を見つめてくる。

「兄貴を俺の手の触れられるところに置いておきたい……そうすれば、守れるだろ?」

真っ直ぐな瞳に囚われてしまったかのように、何も言い出せない。心臓がうるさくて、体が熱い。俺はこいつの言葉に、こんなにも心をかき乱されて、もうどうすればいいんだ。

「……顔が赤いぞ、大丈夫か?」

本気で心配されるような声で言われ、さらに体中が熱に侵食されてしまいそうな錯覚を受ける。

「だ、大丈夫だから、離せっ」

顔を背けて体をよじろうとするが、クレッドに腕の中で見下ろされたまま状況は変わらない。ああ、どうしたんだ俺は。何故だか恥ずかしくてたまらない。

「逃げるなよ、座りたいのか?」

そう言って俺を半ば強引にソファへ連れていき、座らせた。隣にいる弟の視線を感じるが、顔を合わせることが出来ない。聞きたいことはたくさんあった。話をしなければいけないのに。

「……お前、エブラルと……何話したんだよ。あいつに、何言われたんだ?」

うつむきがちに尋ねる。こいつがいきなり俺を守るだとか、そんなことを言い出すなんて、絶対にあの呪術師に何か言われたに違いない。

「そうだな……全て聞き出した。エブラルが俺をダシに兄貴を脅していたことも、あの男に狙われているということも」

弟の言葉に俺は絶句した。聞き出したって、あいつから……? そんな簡単なことじゃないだろう。というか、あいつやっぱり俺との約束を破りやがったのか。クレッドの全て知っているような口ぶりに、目眩がしそうなのを堪える。

「エブラルの狙いは俺じゃない。話していて、感じたんだ。あいつの狙いはおそらく兄貴だ」
「……え?」

はっきりとした口調に驚いて顔を上げる。クレッドはあくまで冷静な顔を崩さずに俺を見ていた。

「なんで……俺なんだよ、どう考えたってお前だろ。お前の弱みを握りたいから……」
「俺の弱み? だとしたら奴の企みは成功だな」

弟がふっと笑う。俺は意味が分からなくなり余計に混乱した。

「だって、お前の呪いのことも、あいつは何か感づいているみたいだった」
「ああ、呪いか……俺も奴も詳しくは語らなかったが……考えてもしょうがないだろう」
「な、何言ってんだよ! 大事なことだろ!」

こいつ、どういうつもりなんだ? エブラルに知られていることが気にならないのか? 俺はあの呪術師に弟の秘密を知っていると匂わされ、酷く平静を失ったというのに。

「つうか、なんで俺が狙いだって思うんだよ……」
「俺には分かるんだよ、兄貴を欲しがるやつのことが」

涼し気な表情で述べられた言葉に、理解が追いつかなくなる。俺にはお前が何を言ってるのか全く分からないんだが。呆然としている俺に、クレッドが視線を合わせ、顔を近づけてくる。

「……どうしてあの男の目的が兄貴だってこと、俺に言わなかったんだ?」

聞かれたくなかったことを問われ、俺はぎくりとして体を強張らせた。クレッドの真剣な眼差しに、鼓動が速まっていくのを感じる。

「それは……悪かったよ。……なんというか……お前に知られたくなかった」
「何故だ? 俺が怒ると思ったからか?」
「ああ、それもあるが……お前、あの尋問の時、様子がおかしかっただろ。だから……」

どういうわけか、うまく説明出来なかった。こいつは、俺がそういう目にあって怒っていたし、酷く動揺していた。それに好きだとか、さっきだって守るだとか言って……。こいつに感情をぶつけられると、俺はどうしたらいいのか分からなくなってしまう。

「それに……俺に全く覚えがないんだ。本当だ。あいつのことなんて、知らない……」

こいつにその事を責められると、苦しい。また弁解のようになってしまう自分に腹が立つが、他に言いようもない。クレッドはしばらく黙っていたが、やがて重い口を開いた。

「あの時は、すまなかった。俺は……焦っていたんだ。兄貴に触れる奴がいるのかと思うと……許せなかった」

弟が声を絞り出すようにして言った台詞に、一瞬言葉を失った。実際にそうやって口に出されると、心臓をぐっと掴まれたかのような感覚に陥る。

お前、それは、嫉妬しているってことなんじゃないのか。俺のことを好きだって言ってるのと同じなんじゃないのか。その気持ちがどこから来ているのか、お前は分かっているのか?
そう確かめられたら、どんなに楽だろう。でも、その問いを投げかけることなんて、俺には到底出来なかった。

いきなり手を掴まれ、びっくりして顔を上げる。クレッドは俺の思考を塞ぎ止めるかのように、目を真っ直ぐ捕えてきた。

「兄貴、大丈夫だ。あの男は、必ず捕まえる。狙われていようがいまいが、関係ない。だから心配するな」

それは騎士団長としての言葉ではなく、俺に対する弟の言葉なのだと嫌でも気付かされる。感情が、どんどん昂ぶっていく。なんでこいつは、こうやってさらに、俺の心を揺り動かすんだろう? 俺が「ああ分かった」ってすぐに認められるとでも思っているのか。
いてもたってもいられなくなって、俺は再び奴から目をそらした。

「こっち向いて、兄貴……」

いきなり囁くように言われ、どきりとする。余計に弟の顔を見れなくなり、固まってしまう。なんなんだ、何故こんなに緊張しているんだ。顔を手で覆いたくなるぐらい、熱く、火照っている。黙っていると、クレッドに背中をそっと抱き寄せられた。

「顔見せたくないのか……? だったら、こうしていてくれ」

そういって抱き寄せ、俺の顔を自分の肩にうずめさせた。な、なんだこの体勢は……息がうまく出来なくて、余計にドキドキするんだが。それに、奴の制服の匂いがいつもと違って変な感じだ。そうだ、ここは弟の職場だ。こんなことをしていいわけが……

俺を抱きしめていたクレッドの手が、そっと首の後ろに触れた。しなやかな指先になぞられて、思わず体をびくりと反応させる。

「ん……な、に……」

もぞもぞと体を動かすと、耳元に弟の浅い息づかいが聞こえた。何かを言いたげに吐息が漏らされ、焦った俺は奴の制服を掴んで止めようとする。すると弟の動きがピタリと止まり、俺に目線を合わせてきた。

「なぁ兄貴、キスしてくれないか?」
「は……? お、お前……何言ってんだよ。まだ話終わってないだろっ」
「続きは後でする。今は兄貴から……して欲しいんだ」

いきなり何言い出すんだよ、こいつは。そんな恥ずかしいこと俺から出来ると思ってるのか。しかもこんな雰囲気で。ベッドの上でとか、こいつに無理やり流されて、とかじゃないのに。

「む、無理だろ……そんなの」
「頼む、兄貴」

いやそんな、頼まれても……。俺はどぎまぎしながら、奴の顔をちらっと見た。なんだか真面目な顔してこっちを見ている。やっぱり無理だ。今まで何度も惑わされるようなことを言われ、頭がぐらついているというのに。

「……俺からキスして、どうなるんだよ」
「俺が嬉しい」
「素直だな、お前……」

ああ、これは俺からしないと終わらない感じなのか? クレッドの奴、赤らんだ顔をして期待をこめた目で俺を見てるし。くそっ、ロイザのことがあった手前なんとなく無下に出来ねえ。なんで俺今日、こんな目にあってるんだ。

「そんなにして欲しいのかよ……」
「ああ」
「じゃあ……目閉じて」
「……は?」
「は? じゃねえよ、早く閉じろよっ」
「嫌だ。閉じたら兄貴の顔が見えないだろ」

すごく頑なな態度ではっきりと言われ、俺は一瞬うろたえる。俺の顔なんか見てどうすんだ……と半ば呆れていると、俺を抱きしめていたクレッドの力がぎゅっと強まった。

「俺と違う、兄貴の黒い髪に……深い緑の瞳が映えて、好きなんだ……」

俺は突然の弟の言葉に目を丸くする。なななな何言ってるの、こいつ。そんなこと、言われたことねえ。どれだけ俺の心をかき乱したら気がすむの?

恥ずかしいのは俺のほうなのに、何故かクレッドの顔が急に赤く染まりだした。
ああ……もう覚悟を決めるしかないのか。はは、そうだ俺だって大人なんだよ。やってやれない事はねえ。……もうこいつといると段々感覚が麻痺してきた。

「くそ……覚えとけよ」

俺は悪態をついて半ば無理やり弟の唇に自分の口を押し付けた。柔らかい感触に触れ、一瞬戸惑う。ぎこちない俺を助けようともせず、こいつ、中々口を開こうとしない。なんでだよッ、俺は若干焦りながら奴の口の表面を舌でなぞった。

「んんっ……」

クレッドの吐息がわずかに漏れ、その隙を逃さないように舌を入り込ませる。半分ヤケクソになって口の中をかき回すと、ようやく弟の喘ぎが漏れてきた。

「ん、んっ、……はっ……ぁっ」

駄目だ、やっぱりこいつからされる時と違ってなんか違和感がある。上手くいかねえ。俺に才能がないのか……諦めかけたその時、突然クレッドの手が俺の後頭部に添えられた。
ぐぐっと奴の口が俺のほうに押し付けられたかと思うと、いきなり舌をさらに深くへと絡め取ってきた。

「んうっ、んんっ、ふ……っ」

弟の唇に奪われ、途端に力が抜けていく。ああ、全然違う。もう駄目だ。完全に負けている。言い様のない敗北感を味わいながら、奴の舌と絡み合っていると、不意に口が離された。クレッドが浅い息を吐きながら、俺を見つめる。

「ああ……兄貴……もう、俺は……どうすればいいんだ」
「は……? な、何が……?」

一瞬うつむいて静かになったかと思うと、再びバっと顔を上げて俺の目をじっと見てくる。その真剣な眼差しにどきりとする。

「駄目だ……やっぱり我慢……出来ない」
「……ど、どうしたんだよ、おい」
「は……ぁ……兄貴、したい……」

そう呟くと、俺をいきなりソファに押し倒してきた。強引に唇を重ね合わせ、無我夢中で貪り喰らう。
俺は喘ぐ暇もなく息苦しいままそれを受け止める。だがキスだけじゃなかった。クレッドは俺の服をひんむいて上半身を露わにさせ、手を這わせてくる。

「お、い! 何すんだよっ、やめ……ろ!」

勢いに押され抵抗する間もなく、奴の下で無駄にもがこうとすると、オレを見下ろす弟の苦悶に満ちた表情が目に入った。

「ま、待て、お前、こんなとこで、駄目に決まってんだろっ」
「だって……もう、限界だ、二日もしてない……」
「あ……? 何言ってんだよっ、お前が来なかったからだろッ」
「待っててくれたのか? ……すまない、行けなかったんだ」

そう言いながら晒された肌に、手と口で愛撫し始める。久しぶりの感触に俺は細かく体を震わせ、ビクビクと反応するのを抑えられない。

「や、やめろって……お、い……っ」

その時だった。団長室の扉がコンコン、と二度叩かれたのである。えっ……。俺はクレッドと互いに目を見合わせ、動きをピタリと止めた。
なんか、予期せぬ時に、よく人が来るな……。そう頭の隅で冷静に考えていた。本当はもっと慌てないといけないのに、もうこういう異常な事態に慣れてきてしまったのか。

だが俺の上に覆いかぶさっていた弟は、違った。途端に険しい表情になり、いや、明らかに怒りの形相をしている。こ、怖い。

「なぁ兄貴……俺って呪われているのかな」

そう静かな声で呟き、ゆっくりと体を起こすと俺の上から退いた。ああ、そうだよ。やっと分かったのか、お前は明らかに呪われてんだよ。俺もだけどな。

「誰だ。ネイドか?」

クレッドが外に聞こえるように尋ね、扉の方へと向かっていく。俺は起き上がり急いで服を正した。ああ、もうこの部屋から出ないとまずい。早く自室へ帰らなければ。……あっ、でもあの部屋めちゃくちゃになったんだった、どうしよう。

「申し訳ありません、団長。実は至急の件でーー」

そこまでは聞こえたのだが、小声でぼそぼそと話され、内容は分からなかった。クレッドはただ黙って聞いている。なんだ、何か起こったのか。
俺は扉の方を見ないように頭を少しうなだれてソファに座っていた。すると、後ろから声がかかった。

「セラウェ、俺の部屋へ行っててくれ。ネイドが連れていく」

…………は?

それは弟の声だった。こいつ、俺のことを名前で呼びやがった。一瞬のことに戸惑いつつも、ああ、そうだここでは兄弟だということは隠しているんだったと思い直し、俺は「ああ」と返事をして立ち上がった。
でもなんで、クレッドの部屋に行かなきゃなんないんだ?

扉へ向かうと、弟が俺のことをじっと見ていた。俺は不審に思いつつも、無言で外に出ようとした。その時、肩に手を乗せられた。

「中で大人しくしてろよ」

ネイドがすぐ側で見ている前で耳元で囁かれ、心臓が跳ね上がった。この野郎……何を考えてるんだ? 我が弟ながら完全に二重人格の域に入ってるんじゃないかと若干心配になる。俺はどぎまぎしながら生返事をして奴のそばを通り抜けた。ああ、なんかもう、疲れるんだが。意味が分からないし。

扉の外に立つネイドが会釈をする。さっき会ったばかりなのだが、色々と恥ずかしい場面を見られていて気まずく感じる。だがこの柔和な顔つきの騎士が、とくに何も気にしていない様子なのが救われる。

「ご案内致します。メルエアデ殿」

微笑みを浮かべた騎士に案内されるのは、今日すでに二度目だと思いながらも、一度目よりかはだいぶ心持ちがマシになっているかもしれないと、自分でも感じていたのだった。



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