俺の呪いをといてくれ | ナノ


▼ 112 最終話 愛の証 ※

数日後の夜、俺は弟の自宅を訪れていた。郊外にある三階建ての広々とした一軒家だ。
家に入るなり、居間のソファに押し倒し熱烈な口付けを与えるクレッドに、俺は少し戸惑いながらも、ただ幸せな気持ちで身を任せていた。

時折見せる鋭い目つきに、もしやまた攻撃性が現れているのかと思ったが、なんとか抑えている様に思えた。

「クレッド。ベッドに行こう?」
「……ああ。分かってる」

口以外にも激しい愛撫を受けている間、何度か訴えかけたのだが、興奮状態の弟は中々移動しようとしない。

今日は、俺達兄弟にとって記念すべき、呪いが解かれる日になるはずだ。
待ち遠しい思いはあるが、その為には勿論、愛ある行為を行わなければならない。
そういえば、恥ずかしくて聞いてなかったが、あと何回ぐらい残ってるんだろう。

不埒な思考を巡らせていると、家のベルが大きく鳴り響いた。
うそ、こんな時に来客か?
目を丸くした俺をよそに、クレッドは苛立ちを隠さず舌打ちをした。俺の頭を優しく撫で、ソファで待っているように言い聞かせる。

玄関へ向かう弟を目で追い、なぜか無性に誰が来たのか気になった俺は、こっそりと後をつけた。
廊下の隅から様子を覗いていると、そこには目を疑う光景が存在した。

「はいっ。これ約束のものです。今日母が来る予定だったんですが、私一人になってしまって……」
「ああ。わざわざありがとう。助かったよ。君のお母さんにもよろしく伝えてほしい。帰り道、一人で大丈夫かな?」
「平気ですよ〜。もう何度も来てますから。じゃあハイデルさん、また!」

スタイルの良い可愛らしい茶髪の女性が、笑顔で弟に挨拶をして立ち去っていく。
弟も柔らかい笑みを向けて別れを告げた。手には何やら大きな紙袋を持っている。
あの子は俺がこの前、弟を追い求めてこの家にやって来た時も、ここにいた。

一体どういう関係なんだ?

母ってなんだ。家族ぐるみの関係なのか。
目の前が真っ暗になりそうなのを堪え、俺はふらふらと玄関へ向かった。
振り返った弟がぎょっとした顔でこっちを見ている。

「なあ……今の誰? その大事そうに抱えてる紙袋、なに?」

震える声で尋ねると、弟はとっさに紙袋を握りしめた。
まるで見つかりたくないかのような振る舞いに、怪しく思った俺は奴に飛びつき、無理やり中身を確認しようとした。

「ちょ、やめろ兄貴、なんでもないからッ」
「じゃあ見せろよ、何貰ったんだよ!」

目に飛び込んできたのは、大量の服だった。
どれも見覚えのある弟のものだ。ごそごそと探ると、ご丁寧に折りたたんだ下着まであった。

「なんだこれ……どういう事だ……」
「ち、違う。これはそういうんじゃ……」

焦りの色を浮かべる瞳をぎろっと睨みつける。稀に見る動揺を見せた弟が、やがて観念したかのように口を割った。

「あの……ただの洗濯物だよ。この家の家事は家政婦に任せてるんだ。俺は時間ないから。でもいつも頼んでいる女性が怪我で入院してて、今の子はその人の娘さんなんだ。代わりに仕事を請け負ってくれて……」

何故かしどろもどろになりながら、弟は事情を語りだした。
なんだよ……そうだったのか。
一気に肩の力が抜けて、俺はまた盛大に勘違いをしていたのだと、愚かな自分に羞恥が襲い始める。

「そっか……。ごめん、俺てっきり……お前が……」
「えっ? なんだよ兄貴、俺は誤解されるような事は何もないぞ」

俺の肩を掴み、必死の形相で俺に訴えかける弟を見て溜息をついた。
でもなんかちょっと苛立ちが湧いてくる。

「けどな、お前……下着まで他人に洗わせてんのか、自分で洗えよっ」
「だ、だって面倒くさいだろ。俺は家事とか興味ないんだよ」
「興味あるなしじゃねえんだよっ、ああ腹立つなッ。こんなもん、俺が洗ってやるよ!」

何故か無性に腹の虫が収まらなくなり、啖呵を切ってみせた。
弟は「兄貴にそんな事させられる訳ないだろ」とおろおろしていたが、俺は無視して居間へと戻った。

ああ、なんて自分は大人気なく心の狭い人間なんだ。こんなに独占欲を露わにする人間だっただろうか。こいつじゃあるまいし。

なんとなくさっきまでの甘い雰囲気がぶち壊れてしまい、どうしようと内心焦っていると、隣で俺をなだめながら時折頬に優しく手で触れてくる弟が、おもむろに口を開いた。
それは突然の、俺にとって全く予期せぬ言葉だった。

「なあ兄貴……俺達、いつか一緒に暮らさないか?」
「え?」

びっくりして弟の顔を凝視する。クレッドは一瞬はっとなり、焦りを浮かべた。

「いや、別にさっきの話の流れで兄貴に家事をしてもらおうとか、勿論そういうんじゃない。……俺、ずっと考えてたんだ。この先のこと」

真剣な眼差しで告げる弟に、心臓がどきどきと大きな音を立て始める。
俺達の将来のことを、こいつは考えてくれていたのか。
胸の高鳴りと同時に、どうしようもなく嬉しい気持ちが湧き起こる。

「俺と一緒に、住んでくれるのか?」
「ああ、そうしたいと思ってる。もちろん兄貴の弟子が独り立ちしてからだけど。……それに、あいつの部屋も用意してやる」

微笑みを浮かべていた弟が、途端に苦虫を噛み潰したような顔になった。
もしやそれは、俺の使役獣のことか。
信じられない。こいつかなりの譲歩をしてくれているんじゃないか。
あ、でもロイザはなんて言うんだろう。ちょっと怖え。

「けどお前、本当にいいのか? そうなったら、俺は嬉しいけど」
「兄貴が喜んでくれれば、俺も嬉しい。……でも俺の前で人化させるのは勘弁してくれ。あと兄貴と添い寝させるのも嫌だ」

それはどうしよう。結構な問題だな。
なんだか夢のようなというかある意味恐ろしい話だが、俺にとっては二人とも大事な存在だ。
何より昔のように弟と暮らせることが出来たら、こんなに幸せなことはないと思った。

クレッドも同じことを思っていたのか、俺にふっと笑いかけた。

「まあ、生まれた時から兄貴がそばにいたから、一緒に暮らすのは初めてじゃないけど。でも今とは全然違うしな」
「そうだな。お前は昔から俺の大切な弟だけど、今はもっと……いつも離れたくないって気持ちが強い」

俺にしてはごく自然に素直な気持ちを口にして、弟の瞳をじっと見つめた。
少し頬を赤らめた弟が、顔を傾けて近づけてくる。俺ははやる気持ちを抑え、弟の服を掴み、目を閉じた。
柔らかい口付けを施され、また夢見心地で見つめ合う。

「よし。もう行こう」
「へっ? うわッ何してんだ、降ろせよっ」
「駄目だ。今日は俺の好きにする」
「なんでだよ、最近ずっとお前の好きにしてただろっ」

俺の正しい指摘は完全無視で、突然ソファから俺を抱き上げ、寝室らしき場所に向かい出す。
どことなく目が据わっている弟を見て、やっぱりまた凶暴じみたクレッドに戻ってしまうのか?
そう考えた俺は若干の恐れを抱いた。







俺の予想は、半分当たって半分外れた。
二人はその後、長い時間をベッドで過ごす事になった。けれどクレッドはこの間のように、明らかな獣じみた挙動を見せなかった。

激しく覆いかぶさってきた弟は、時折躊躇いがちに俺の肌に吸い付いてきた。
歯を立てたりすることはないが、本当はそうしたいかの様に執拗に狙ってくる。

「あぁぁ……クレッド……」

ベッドに寝そべる俺の上で腰を揺らし、汗ばんだ胸板を俺の胸に押し付けてくる。
互いの肌を隙間無くすり合わせ、伝わってくる体温が包みこんでくるようで心地いい。

「兄貴、もっと……俺の名前呼んで」

切なそうに懇願してくる弟に目眩を感じながら、何度もそれに応える。
背中に掴まり揺さぶられるのに必死に耐え、絶え間なく注がれる弟の熱を全身で受け止めようとする。

漏れ出す声を弟の口に塞がれ、きつく舌を絡ませ合う。
頭の中までとろけそうな口付けを与えられ、何も考えられなくなってしまいそうだった。

「はあ、はあ、気持ちいい」

独り言のように呟く度、クレッドは俺の頬を撫でて、そこにまた口を触れさせる。
愛おしむような優しい行為に身が震え、くまなく弟の愛情を感じる。

ああ、幸せだ。
全てを繋げて、弟を感じて、弟も俺を感じてくれている。
この時間がずっと続けばいい。ずっと、こうして愛しい存在と繋がっていたい。

ぼんやりと考えていると、クレッドは突然俺の腰に手を回し、体を抱きかかえて持ち上げた。
急な体勢の変更に目を白黒させる俺に構わず、あぐらをかいた自分の上に座らせる。
向き合って真正面にきた弟の赤ら顔は、うっとりと俺を見つめていた。

言葉もなく口を近づけ、またキスをし合う。
肩に手を回し、引き寄せ合うように腰も揺らしていく。

「ん、んぅ」

二人が作り出す淫らな音に耐えかね、体にぎゅっとしがみついた。
ちょうど口元にあった弟の耳に唇を這わせると、ぴくぴくと体が反応する。

何度も名前を呼び、気持ち良さに喘ぎを漏らす。するとがっしりと腕の中に抱きしめられた。

「ああ、兄貴のかわいい声、もっと聞かせて」

恥ずかしさに目が眩む言葉を告げられるが、顔が見えないのをいいことに、俺はそのまま弟の言う事を聞き続けた。

下から突き動かされ、その動きに合わせて腰を揺らめかせる。
もう何度達してしまったか分からない。
その前にも弟に出されたものが、中で快感を生み出し続けている。

「あぁ、クレッド、また、いく……!」
「いいよ、兄貴、俺に掴まって」

激しさを増す突き上げに必死に耐えて、掠れた声を上げる。
荒い息をついて力なくもたれかかった体に、互いの心臓の音が鳴り響いている。
そのまま俺は、強烈な眠気とともに意識を手放してしまった。



汗が滲む髪を優しく梳かされ、閉じていた瞳をゆっくり開けた。
すると体を優しく抱きしめている弟が、俺の頬にそっと口付けた。

「クレッド……?」
「大丈夫か、兄貴」

少し心配そうに問いかけられるが、下腹部にはまだ大きく熱い質量を感じていた。

「んぁぁ……まだ、お前の……硬い」

訴えると、弟がにこりと笑った。だが驚くべきことを口にする。

「兄貴、ちゃんと起きて。もう最後だ」
「え? なに、が……?」

尋ねると同時に、ベッドに横たわった俺に体をさらに密着させ、腰をぴたりと合わせてくる。
ゆらゆらと揺り動かし、すでに昂ぶった自身が弟の腹に擦られ、いとも簡単に絶頂を迎えてしまう。

「んああぁ! だめッ」

だがクレッドの動きは止まらなかった。劣情に満ちた視線を向けて、浅い息遣いを聞かせる。
もしかして、もうすぐ終わりが近づいているのか。
俺は絶え間ない快感に震えながら、弟に抱きついていた。

「あ、あ……兄貴……受け止めて……っ」

限界が近づいた声を発し、俺の上で自らの腰を数度震わせる。
やがて全身が脱力したかのように倒れ込んだクレッドを、俺は両手を使い支えようとした。

けれどその時、体内で異変を感じた。
途端に恐ろしくなり、手を回した背中をぎゅっと掴む。すると弟はゆっくりと顔を上げ、目線を合わせてきた。

俺はきっと顔面蒼白になっていただろう。

「どうしよう、クレッド。呪いがとけてない……」

恐る恐る呟くと、弟は目を丸くした。

「だってお前の出したやつ、まだ、すげえ気持ちいい。前より、強くなってる……」

そんな、あり得ない。どうしてだ。呪いはとかれたんじゃないのか。
めくるめく快感に触れながら、大きな混乱が襲う。
だが弟は俺に顔を近づけ、にこりと笑顔になった。

「そんなに気持ちいい? 兄貴」
「うん……」
「良かった。じゃあそれだけ、俺達の愛が強いってことだな」

何故か上機嫌に述べる弟を前にして、さらなる困惑が襲う。
何を言ってるんだ、こいつは。意味が分からない。
まだ呪いで頭がやられてるのか。

クレッドは笑みを浮かべたまま、口を開いた。そしてついに、俺が知り得なかった新たな呪いの内容を語り始める。

戸惑いつつも真剣に聞いていると、呪いの内容は二つに分かれているという驚愕の事実を聞かされた。
一つ目は弟自身が月に数度、強い発情を芽生えさせてしまうということだった。
魔導師である俺としては、正直そのぐらいなら予想の範囲内だった。

だが問題は二つ目だ。

「つまり、俺が想い合う人との間に……また媚薬成分が含まれるらしい」
「は?」

唖然として聞き返す。
詳しく聞いていくと、問題となっていた俺の性欲消失は、この催淫作用をもつ精液が定期的に注がれることにより、免れる。というか性欲が維持されるということだった。

一瞬、馬鹿にしてるのか?
そんなことをされなくとも、俺はこいつの事を心から欲しているんだ、と文句のひとつでも言いたくなったが、相手はタルヤの呪いだ。
念には念を入れたほうがいいというのは、確かなのだろう。

「なるほどな。でもそれって、両思いじゃないと駄目ってことだよな……」

俺の言葉に真面目な顔で頷く弟。
なんかそれ、結構シビアな呪いじゃないか。けれどクレッドは、凄い自信ありげな顔をしている。

「でもこれって、呪いなんだろ? いつかとけるんじゃないのか」
「安心しろ、兄貴。呪いはアルメアが死ぬまでとけないらしい」

なにそれ。つうか安心ってどういう意味だ。不安しかないんだが。
一気に意識が遠のいてくる。

「あの一族は皆見た目通りの年齢じゃなく、長命だそうだ。つまりこの呪いは、半永久的に続くみたいだな」

この媚薬成分が、そんなに長く続くのか……? 
弟の話によれば、タルヤの呪いとは違い、中毒性や体に対する悪影響はないというが。
色々突っ込みたいところはあるが、何故か弟はそわそわした感じで俺の様子を窺っている。

「やっぱり、気に入らないか? これも俺の一部だから、出来れば愛して欲しいな」
「…………。愛してるよ、クレッド」
「嬉しい、兄貴。俺も愛してる」

ぱっと顔を輝かせた弟に口付けをされ、また頭がぼうっとしてくる。
ふわふわと意識を漂わせながら、弟が囁く愛の言葉に溺れていく。

ーーいやいやいや。おかしいだろ。

どう考えても呪いの比重が俺に偏りすぎだろ。
あの魔術師のクソガキ何考えてんだ。弟の発情に媚薬って、阿呆か。
これじゃスタート地点に戻っただけじゃないのか。

こんなの冗談じゃない。
未だ襲い来る新たな快楽に震える中、誰か頼むから、俺の呪いをといてくれーー
などという考えが、一瞬頭を過る。

「んあぁぁ……やっぱ、強すぎだろ、これ……」
「かわいい兄貴。そんなに気持ちいい?」
「お前のせいだろっ」
「いや二人のせいだろ?」

のうのうと宣う弟をキッと睨みつける。
でもやっぱり、最初の呪いの時とはまったく違う。
今はただ、俺と弟が思い合っているのを、確かに感じる。

弟の優しい笑みに見とれて、俺もつい、へらっと笑顔になった。
だからもう今度は、このままでもいいのかもしれない。

だってこの呪いは、俺と弟にとって、すでに愛の証になってしまったんだから。



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