俺の呪いをといてくれ | ナノ


▼ 108 騎士との任務

最後にクレッドと会ってから、十日が過ぎた。俺は相変わらず誰もいない弟の部屋で寝起きしていたが、状況は何も変わっていない。
寂しさに慣れることはなく、時折夢に出て来る弟と会話をしては、目覚めてからどうしようもない虚無感に襲われる。

気分は最悪だ。だが不調をきたしてるのは心だけではなく、体も同様だった。
最近なぜかぼんやりすることが多くなり、頭の芯がふわついて、全身もぼうっと微熱に侵されているような感覚がする。
クレッドに触れてないせいか、さらに体の底から湧き起こる欲求が強まるのを感じる。

そんな状態でも、否応なしに毎日は続いていく。

俺は今日、騎士団本部一階のロビーにあるソファに腰掛け、ある人物を待っていた。
弟子のオズいわく、近々任務があるらしい。気分的にはそれどころじゃないし、正直どうでもいい。
だが教会に所属している以上、事務的にでも仕事はこなさなければならない。

堂々巡りの物思いに耽っていると、奥の廊下から一人のすらっとした男が歩いてきた。
真っ白な司祭服に身を包んだ上司が、俺を見て口元を僅かに上げる。

「やあ、待たせたね。セラウェ君」
「イヴァン。任務の話だよな。今回はどんな事をするんだ?」

目の前の椅子に腰掛けるのを見やって、俺はすぐに本題を切り出した。
司祭は一度頷き、こちらをじっと見据えた。

「じゃあ、早速話をしようか。今回の任務はこの前の男娼館への潜入のように、だいそれたものじゃないんだ。単刀直入に言うと、君達にはある古い屋敷の調査を行ってもらう」

イヴァンはそう告げた後、説明を始めた。
それは教会に託された依頼としては、ごく日常的な部類の任務らしかった。
依頼主は人里離れた場所にある屋敷の当主だ。屋敷の中で頻繁に起こる怪奇現象に頭を悩ませており、その原因を突き止めて欲しいというものだった。

「へえ。それってつまり幽霊とかの類か。俺は霊感とかないけど、分かるもんなのか?」
「君達はただあらゆる現象の詳細を報告してくれるだけでいい。除霊や儀式が必要となれば、僕ら聖職者達が後から介入する手はずになっている」

聞けば聞くほど怪しげな任務に、全く気乗りはしない。そもそも俺はお化けとかが苦手だ。
だが今、心が急激に落ち込んでいる状態で、全てのことが瑣末なことのように感じた。

「分かった、じゃあ調査してくるよ。……つうかさっきから君達って、俺と弟子とロイザで任務を行うのか?」

司祭が薄っすらと笑みを浮かべ首を横に振るのを見て、急に嫌な予感がした。
だがその時、突然イヴァンの後方に目が奪われた。
ガラス扉を通して外の様子が丸見えの玄関に、鎧姿の騎士の集団が現れたのである。

警護の者により扉が開かれ、続々と入ってくる騎士のうちの一人が、俺達の方向に体を向けた。
剣を携え、確かな足取りで向かってくる男に対し、イヴァンが片手を上げて合図した。
そしてすぐにとんでもない事を口にし始める。

「ユトナ、待ってたよ。じゃあ前に話した通り、セラウェ君の護衛を頼む。彼はまだ新人だから、君が先導してやってくれ」
「ああ、任せてくれ。君とペアでの任務は初めてだな。よろしくね、セラウェ」

聖騎士団に所属する四騎士のうちの一人、ユトナはそう告げると同時に自らの仮面を剥ぎ取った。
明るめの茶髪をなびかせ、美しく整った顔立ちが魅了的な笑顔を見せる。

ーーえ。ちょっと待て、ペアって何?
こいつと二人の任務なのか?
急に頭が真っ白になり、俺は情けなくも上司と騎士の前で口をパクパクさせてしまう。

「い、いや……なんで俺達なんだ。他の人はどうした」
「ふふ。酷いなセラウェ。俺と一緒は嫌なのか?」

そりゃ嫌に決まってんだろ。いくら美男子とはいえ、変態鬼畜の騎士だぞ。
依然として言葉を失う俺に、騎士の無情な笑みが投げかけられる。
だがユトナは何かに気を取られたかのように、素早く玄関の方を振り返った。

俺も釣られて視線を移すと、一際背の高い騎士が、数人の騎士を引き連れて中に入ってくるのが見えた。
一人だけ明らかに物々しい雰囲気を放ち、腰に長剣を携えた全身プラチナプレートの騎士だ。

「クレッド……!」

俺が勢い余って身を乗り出すと、弟は一瞬俺のことを視界に入れた。だがすぐに仮面に覆われた顔をそらす。
立ち止まることなく、他の騎士達と共に颯爽と建物内部へ進んでいった。
弟が俺のことを完全に素通りしたことに、大きなショックを受ける。

なんでここに居るんだ。もう仕事に戻ったのか?
でも、騎士団本部内にある自室には帰っていない。家から通っているのだろうか。
様々な疑問が湧く中、久々に見た鎧姿の弟を目にした俺は、立ち尽くしていた。

「おや、やはりハイデルの様子がおかしいな。いつもならば真っ先に君のもとに飛んでくるのにね。今回の任務にも口出してこないし。兄弟喧嘩でもしたのかな?」

司祭に何の悪気もなく興味深そうに尋ねられるが、俺は咄嗟に反応出来なかった。
そうだよな。普段のあいつだったら、もっと俺のこと気にかけてくれたはずだ……
更にどんよりと沈みそうな感情を、必死に押し込めようとする。

「そんな事ないけど……なあユトナ。あいつ、いつから仕事再開したんだ?」
「昨日だが、セラウェが知らなかったとは驚きだな。そういえば最近の団長は異様に殺気立っていて、誰も寄せ付けなくなっている。まるで君が現れる前に戻ったかのようだ」

騎士はため息混じりにそう言うと、うつむきがちだった俺の顔を覗き込んできた。

「何かあったのなら、相談にのるよ」
「えっ。ああ、いや別に。……大したことじゃないんだ」

身近に心配気なユトナの顔が迫り、俺は咄嗟に身を引いた。
なんだか息苦しい。頭のぐらつきが抑えられなくなってくる。

きっと弟のせいだ。鎧姿とはいえ、久々に会う事が出来たのに、距離が遠いままなのを痛切に感じる。
気分がどん底まで落ちるのを感じ、俺は自然と歯を食いしばっていた。








二日後、俺とユトナは任務の舞台となる大きな屋敷の中にいた。
古めかしい門の中に立つ建物は、暗い色の石造りで不気味な雰囲気を漂わせている。
だが一度中に入ると、幽霊など神秘的な物とは無縁にも思えるほど、昔ながらの素朴な家屋といった様相だった。

騎士団領内から西北に二時間ほどの距離を、それぞれ馬を走らせ目的の山中へと辿り着いた。
着いてすぐ客間へと通された俺と騎士に対し、現れた当主の老人は思いもよらない事を口走った。

「ほほほ。聖騎士団の騎士様とリメリア教会の魔術師殿に来て頂けるとは、誠に光栄なことでございます。これで私共の宿屋もおかしな怪奇現象から解放されることでしょう」
「ええ、我らにお任せを。……しかし当主。ここは宿屋なのですか?」
「はい。現在は客が寄り付かなくなってしまい休業中ですが、れっきとした宿泊宿なのですよ。今回、お二方にはある一室にお泊り頂き、心ゆくまで調査して頂きたく……」
「えっ、泊まり!?」

真剣に話し合う騎士と当主との間で、ずっと黙って成り行きを見守っていた俺だが、思わず大声を出して反応してしまった。
この任務で宿泊するなんて話、まったくの寝耳に水だ。

「ええと、何か問題でもございますでしょうか」
「問題に決まってるでしょう。僕はそんな話聞いてませんよ。なあユトナ」
「そうだな、教会から聞いた話と食い違いがあるようだ。だがまあ任務だから仕方がない。……分かりました、当主。では我々を問題の部屋へとご案内頂けますか」

平然と対処する騎士の言葉に、耳を疑う。
どういう事だ。あの司祭の野郎、嘘つきやがったのか? この騎士と同じ部屋に一泊するなんて、恐ろし過ぎる事態だ。
最近の自分はただでさえ、まともな精神状態とは言えないのに。

実際は卒倒寸前だったが、俺達は屋敷内を巡回した後、三階建ての建物の最上階にある、広々とした部屋へと通された。
怪奇現象は夜遅くに起こるということで、俺と騎士はその晩当主から食事などのもてなしを受け、その後は二人きりで部屋で過ごさなければならなくなった。

有り得ない。なぜこんな事になったのだろう。

「セラウェ。君が先に風呂に入るか?」

ごく普通の感じで制服の上着を椅子にかけ、温厚な笑みで問いかける美形の騎士。
俺は頭を抱えたくなるのを堪え、力なく近くのソファに座った。

「ふろ……? いや、俺はいい。入りたければ入ってくれ」

そもそも他人と同室で寝泊まりするのは慣れていない。
男同士なのだから、本来は何も問題はないのだろうが……俺は考え過ぎなのか、呪いのせいなのか、尋常じゃなく動揺していた。

「そうか。じゃあお先に入るとするよ」

この騎士は任務中なのに完全に寛いでいるように見える。
頭が混乱する中、束の間の一人の空間に安心し、二つ並んだうちのベッドに横たわった。

目を閉じて瞑想していると、扉がコンコンと叩かれる音がした。
当主が来たのかと思い、起き上がり扉を開け、外を確かめる。だが誰も居なかった。
不審に感じながらも再びベッドへと戻り、横になる。すると今度は窓辺からガラスを軽く叩く同じ音がした。

ーーいやいやいや。
ここは三階で窓の下は屋敷を囲む庭しかない。
途端に背筋が凍りつき、部屋に一人でいる事が恐ろしくなった。

「セラウェ、さっき浴室の扉を叩いたか?」
「うわああああッッ」

しんとしていた所へ、突然風呂場へと続く扉の中からユトナが現れ、俺は思わず絶叫した。
愕然としつつ目を向けると、腰にタオルを巻いただけの半裸で濡れた騎士の姿があった。

「え、叩いてないけど……。おい頼むから、早く服着てくれないか」
「おかしいな。確かに聞こえたんだ」

訴えを無視して考え込む騎士を前に、俺は目のやり場に困っていた。
どうしたというのだろう。この男の裸は以前、温泉で見たことがある。その時は特に何とも思わなかったのに、異様な胸騒ぎを感じる。

途端に頭がぼうっとし、顔が熱くなってきた。
いや、冷静にならないとまずい。

「ユトナ。それは怪奇現象かもしれない。俺が今ここにいる間、廊下に面した扉と窓の外から、同じように戸を叩く音が聞こえたんだ」
「本当か? 間違いなさそうだな。よし、しばらく部屋で様子見をしよう」

騎士は恐れる様子もなく、その姿のままベッドに腰を下ろした。
すぐ間近に見知らぬ男の裸体があり、俺は目を伏せる。

これがクレッドだったら良かったのに。
任務といえど、俺はなぜ見知らぬ男と共に密室に居なければならないんだろう。
俺の不埒な思考など、美形の騎士が知る由もない。笑顔を向けられ、妙にドキリとする。

その時、急に眠気が襲ってきた。
目をごしごしと擦ると、一瞬だけ黒い影のようなものが視界に入った。

「あれ……なんか、俺、すげえ眠いわ……」
「ん? 大丈夫かセラウェ。少し休むか?」
「いや、でも……起きてないと……仕事中だし」

そう言いながら、俺はふらっと倒れるようにベッドへと体を預けてしまった。
まぶたが重くて仕方がない。とっさに隣から騎士の驚いた顔に覗き込まれるのを感じたが、自分では眠気に抗うことが出来なかった。

何故だろう。瞳を閉じながら、夢想状態で考える。
最近はクレッドの部屋で寝ていたが、寝付きはあまり良くなかった。
一人で寝ることの寂しさと、精神的なものが重なったのだろうか。
それともこの部屋の奇妙な雰囲気のせいか?

騎士が何やら話しかける声が聞こえたが、俺は完全に睡魔に襲われ、眠りに落ちた。

しばらくして目が覚めた。
だが薄暗い部屋の中で、まるで夢の中にいるような感覚だ。
隣に目をやると、裸の背中が見えた。向こうを向いていて、寝息を立てているように見える。
俺はむくりと起き上がり、隣のベッド脇に立ち見下ろした。

「……クレッド?」

自分の意志とは関係なく問いかける。まるで情景を客観視しているかのように、ぼうっと夢見心地だった。
眼の前に横たわる男が、弟なわけがない。
分かってはいても、それは自分の願望でもあり、例え夢だとしても本当に弟だったら嬉しい。
そんな思いから、背中に手を伸ばした。

「……ん」

指先で撫でると、白い肌がぴくりと震えた。
ああ、この体と肌を重ね合わせたい。今すぐに。
衝動的な思いから、ベッドに膝をついて上り、男を見下ろした。寝返りを打ちこちらに目を見開いてきたのは、知っている騎士だった。

「セラウェ……? 何してるんだ、起きたのか?」

眠そうな表情を向けてくる。起き上がろうとする男の肩を両手で押さえつけ、自分が上に覆いかぶさろうとした。

「そのまま寝てろよ、クレッド。もう俺から逃げたりするな」

気がつくと勝手に言葉を喋っていた。
ユトナが今まで以上に驚愕の瞳を向けてくる。なぜ驚いているんだろう。
他人事のように考えながら、俺は上の服を脱ぎだした。

「どうしたんだ。しっかりしろ、セラウェ。俺はハイデルじゃないよ」
「何言ってるんだよ、クレッド。まだ俺のこと、嫌なのか? もう触ってもくれないのか……?」

騎士の顔がぼやけていく。また影のように朧げに浮かんでいる。
やっぱりこれは夢なのかもしれない。弟の部屋で何度も見た、触れたと思ったらクレッドの姿が黒い影になり、跡形もなく消えてしまう悪夢だ。

早くまた一緒になりたい。
どうして俺はいつまでも一人なんだろう。こんなに身も心もあいつに焦がれて、全てを欲しているというのに。
なんで俺を一人ぼっちにするんだ?

虚しくて、涙が滲みそうになる。眼の前のクレッドに似た男が、俺を憐れみの目で見ている。

「セラウェ……君は、ハイデルと……そうなのか? 本当の兄弟じゃ、ないのか。……いや、そんな事はどうだっていいか」

寝そべったままぶつぶつと言い、俺を見上げていた騎士が、ゆっくりと体を起こした。
じろじろと眺められ、時折考え込むような素振りをされる。

「この部屋のせいで君がこうなってるだけだという風には、見えないな。……可哀想に、涙がこぼれてる」

そう言って、俺の頬を指先で拭った。知らない指の感触に、ぶるっと身が震える。
俺は何をしているんだろう。頭の裏で考えながらも、自由に体を動かす事が出来ない。

「もっと触って、クレッド。また俺のこと、抱いて……」

胸が苦しくて息がつまりそうなのに、言葉が溢れ出る。
身を乗り出し、体を近づけた。騎士の胸板に迫り、俺はそこに倒れ込みそうになる。
すると両腕をがっしりと支えられた。

「困ったな。君は本当に可愛い男だ。苛めるよりも、甘やかしたくなる」

柔らかい笑みが弟の笑顔と重なった。
分かっている。これは俺のクレッドじゃない。似ているけど、違うものだ。
だが思考が薄れていく頭の中で、正常な判断が出来ない。心を何かに囚われたかのように、ぼうっとしてくる。

「……どうするべきか。俺が君に触れたら、きっとハイデルに殺されてしまう」

騎士の手が俺の片側の頬を包み込んだ。じっと見つめられ、淡い茶色の瞳が自分を映し出している。

何度も見たあの蒼い瞳じゃない。小さい頃からずっと変わらない、透明な蒼。
いつもは優しく、時々縋るように俺を見て、ある時は鋭く研ぎ澄まされて、怒りの炎を揺らめかせている。

ああ、恋しい。
弟の瞳が、肌が、笑顔が、全てが恋しく感じる。

「お前が欲しいんだ……早く戻ってきて、ほしい」

俺は力なく頭をうなだれて、騎士の肩に顔を埋めた。
すると俺を抱き留めた騎士の手がぴくりと反応した。
ゆっくりと顔を上げると、どこか殺気だったユトナの表情が目に入った。

「待て、セラウェ。誰か来る」

体を起こし、騎士はベッド脇に立てかけた剣に手を伸ばそうとした。
座り込んだままその挙動を眺めていると、扉がガタガタと音を立てて揺れ出した。

ユトナが立ち上がる寸前に、目の前の扉が外からの圧力で大きな音と共に蹴破られた。
あっという間の出来事に声を失う俺達の前に現れたのは、鎧姿ではなく騎士の制服に身を包み、長剣を片手に握りしめた長身の男だった。

「団長……どうしてここに」

驚いた声を上げたユトナに視線を合わすこと無く、その騎士はーークレッドは、俺の事を険しい眼で捕らえていた。

これは夢だ。
だって俺の弟が、ここにいるはずがない。全部都合の良い夢なんだ。

途端に冷えた気持ちでぼんやりと見ていると、部屋に低い声が響き渡った。

「出て行け」

それは紛れもない弟の声だった。まだ俺の方をきつい目つきで睨んだままだ。
心臓が激しく打ち鳴るが、腰を上げることが出来ない。

また酷い事を言うのか? もうお前のそばにいちゃいけないのか?

じわりと目元が濡れてくる。
俺と視線を交わしているクレッドは、途端に眉を顰めた。

「聞こえなかったか? もう任務は終わりだ、ユトナ。すぐに部屋を出ろ」

はっきりと口にして、弟は俺に向かって突き進んできた。



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