俺の呪いをといてくれ | ナノ


▼ 99 男娼館での任務

今日は今までで一番気乗りのしない任務の日だ。あと数十分後には現場である男娼館へと出発するという中、俺は騎士団領内にある控室で妙な衣装へと着替えさせられていた。

白いシャツにネクタイ、紺のブレザーとズボンに黒の革靴ーーまるで全寮制の騎士学校に通っていた上の兄達を思わせる、制服のような出で立ちだ。
鏡の前で俺はいい年して何をしてるんだという困惑が襲う。そんな俺のもとへ望まぬ訪問者がやって来た。

「あ、兄貴……なんだその、いかがわしい格好は……」

綺麗な目元をピクつかせながら、卒倒しそうな面持ちで低い声を絞り出す、騎士団長の弟。

「うあぁぁ! 入ってくんなよバカ! 見んじゃねえ!」

身を隠す場所がなく羞恥に叫んでいると、怖い顔でクレッドが迫ってきた。俺の抵抗を押さえるかのように腕を広げその中に捕まえる。
怒っているはずなのに優しく抱きしめられ、俺も途端に静かになり、そろそろと背に両手を回した。

「なんだよ。まだ心配してんのか?」
「当たり前だ。……こんなの、狂ってるだろ。俺の兄貴だぞ」

軽装備に身を包んだ騎士の姿ではあるが、まるで普段のように柔らかい声で本音を告げてくる。その言葉は俺の胸に、高鳴りと痛みを同時にもたらした。

「大丈夫だって。やばそうだったら魔法ぶっ放して逃げるから」
「……ああ、そうしてくれ。機を見て俺が兄貴のもとへ行く。……絶対に、誰にも触らせるなよ」

強い口調で念を押され、腕に力を込められる。返事をして頷くと、また心配げな顔で見つめられた。
そのままクレッドの顔が近づき、驚いて開いていた唇を塞がれる。小さな吐息と一緒に、ずるずると力が抜けそうになる。

こいつは、任務の前に何をやっているんだーー頭の中で考えながら責めることもせず、俺は弟の口づけを受け入れていた。






聖騎士団の管轄であるソラサーグ地方の東側、数多くの怪しげな店が並ぶ繁華街で有名なこの地に、俺達リメリア教会の魔術師らはやって来た。
任務の舞台となる男娼館は、二階建ての高級館漂う宿屋といった風情で、品のある店構えからも非合法的行為とはまるで縁が無さそうに思える。

主要メンバーは男娼役として潜入する俺とカナン、そして雇用主への仲介役を務める同僚のイスティフだ。
俺達三人はさっそく男娼館の面談室へと通され、すでに待っていた小太りの中年支配人と話をしていた。

「ふむふむ、なるほど。それにしても、カノン君は本当に男の子なのかな? これほどの美貌をもつ子がいるとはねえ」

カナンの偽名を信じ込んだ男が、じろじろと女顔を覗き込む。
奴は俺と同じく制服姿で長い金髪を横に束ねていた。支配人の不躾な視線に対し、スッと冷たい表情を浮かべる。

「もちろん俺、男だけど。容姿を褒められるのは慣れてるから、別になんとも思わないな」
「ふむ。その高飛車な感じ良いねえ。外見とのギャップに私もドキドキしちゃうよ」

下卑た笑みを浮かべる支配人に対し、すかさずお堅いスーツ姿のイスティフが、偽物の眼鏡の位置を直しながら口を開く。

「デュンバルさん。お気に召して頂けましたか、うちの一押しの商品。彼ほんと凄いでしょう」
「うん、もちろん。これなら顧客にも満足して頂けると思うなぁ」

横で話を聞いていた俺は心から安堵した。
ほらな、俺の出番なんて最初からないんだよ。心配してんのはやっぱ弟だけだったか。なんか逆に恥ずかしくなってきたわ。

けれど安心したのも束の間、支配人の鋭い目つきが油断した俺に向けられた。

「君、セラン君だっけ。いやぁ、一見すごく普通だけど、こういう引っかかりのなさそうなタイプが一番、秘めた才能とか持ってたりするんだよねえ」

饒舌に俺への見解を述べる男に背筋がぞっとする。何の才能だよ気色わりいこと言うな。
隣で小刻みに肩が震えているカナンとイスティフを見やり、奴らが笑いを堪えているのを悟る。睨みつけたいのを我慢して支配人に向き直った。

「えっそうですか? 僕は見た目通り平凡ですよ。あんま期待には添えないと思います」
「まあまあ、私の目利きは確かだから。一応二人とも候補にさせてもらっても、いいかな?」

やらしい目つきで確認を取る支配人に、仲介人のイスティフが顔を曇らせる。
おいお前の腕の見せ所だぞ。何とかしろよ。

「両方、ですか。しかしデュンバルさん、約束ではどちらか一方というお話ですよね」
「まあそうなんだけど。今日は大事な顧客が来ていてね。金払いも良いし彼らを紹介出来れば、今後の収益にも繋がる。お互いにとっていい話だと思うなぁ。もちろん今日は実技無しだからね、初めてということだし怖がらなくていいよ?」

長々と述べる支配人の必死さが窺えてきた。大事な顧客という言葉にイスティフの目の色が変わる。俺はその時点で半分諦めが湧いてきた。

上司である司祭は男娼館の内部事情だけでなく、もちろん顧客リストも重要視している。そこから他の風俗店の摘発を芋づる式に行える可能性があるからだ。

「そうですか。では面談のみという形なら承諾させて頂きますが、私も同席してもよろしいですか?」
「それはちょっとねえ。個人空間を大切にしてる店だから、君には別室で待っていてもらいたい。なに、心配しなくても私は絶対に約束は守るから」

明らかに胡散臭い言い方だが、当初の潜入の目的はこれで果たすことが出来そうだ。
イスティフは俺とカナンに目を合わせ、渋々了承した。俺達男娼も任務の為だと思い、互いに覚悟を決めて頷き合った。



建物内は、俺が以前訪れた風俗店のようにきらびやかな様相ではなく、あくまで品の良さが漂う静かで落ち着いた雰囲気だった。
廊下を歩き、その顧客のもとへと向かう途中、俺は気になっていた事を何気なく尋ねることにした。

「デュンバルさん、他の従業員の皆さんの姿が見えないんですけど、どちらにいるんですか?」
「はは。さっきも言った通り、ここでは秘めた空間というのを大事にしてるからね。客同士はもちろん従業員の出入りにも気を使ってるんだ」
「へ〜そうなんだ。でも俺、他にどんな子がいるのか気になるなあ。働くことになったら仲良くしたいし」

カナンが探りを入れつつ話すと、前を歩いていた支配人が急に振り返り、にこりと笑みを向けた。

「それは嬉しいねえ。……まあ機会があれば紹介してあげるよ」

やがて支配人は赤い扉の前に立ち止まり、コンコンと軽く叩いた。おそらく中に顧客がいるのだろう。きもい親父じゃなければいいが……心の中で祈りながら、カナンと目配せした。
しかし中から出てきたのは、俺達の予想を裏切り、というか度肝を抜く容姿をした若い男だった。

「あっ、支配人。彼なら中にいますよ」

青年が柔らかい口調で告げる。灰色の髪から覗く二本の短い角、制服のズボンから飛び出た長い黒色の尾。
一見して人間離れをしている。というか明らかに人ではない、容貌からしておそらく魔族のようだ。
可憐な顔立ちとは不似合いの禍々しい魔力を、きっと隣のカナンも感じているだろう。

「君ねえ、規約違反だよ。勝手な行動取っちゃだめって言ってるだろう」
「でも、ユグナー様のご要望でしたし……。それにお客様を大事にしろって支配人の口癖じゃないですか」
「そりゃそうだけど。私のいないとこで始められたら困るよ」

二人の会話を聞いて目眩が襲った。もしかして、この魔族の青年はこの店の男娼なのか?
これだけでも完全な違法行為だぞ。この国では人間以外を風俗に従事させることは禁じられているのだ。
そんな特殊性癖の店だったのか……ぐるぐると考えていると、扉の奥からもう一人の男が現れた。

「支配人、そう怒らないでやってくれ。君を待っている間、少し楽しんでいただけだ。……じゃあ今日はもうお帰り。また宜しく頼むよ」
「はい。ユグナー様」

魔族の青年は顔を赤らめて頷き、部屋を後にした。噂の顧客らしき男は、たぶん俺と同年代かちょっと上ぐらいの、普通に爽やかなイケメンだった。
こんな奴が魔族のしかも男を買っているのか。衝撃を受けつつ支配人に促され、俺とカナンは室内に通された。

部屋の中は高級感溢れるスイートルームのような内装だった。白を基調とした家具類にふかふかの大きなベッド、備え付けの革張りのソファがある。
風俗店とは思えないが、ここで日毎淫靡な行為が行われているのかと思うと、胸がざわついてくる。

「今日は二人もいるのか。随分贅沢だな」
「ユグナー様にはいつもお世話になっていますので。稀に見る美貌の青年はカノン君と申します。隣のごく平凡ながらも可愛らしい顔立ちの青年はセラン君です。どちらをお気に召されますか?」

いちいち癪に触る紹介の仕方だが、苛つきを態度には出さないように努めた。
男は真っ先にカナンのもとへと近づいた。

「カノン君にしよう。ここまでの上物はそうお目にかかれるものじゃない。早速いいかな?」
「もちろんでございます。ではごゆっくりどうぞ」

え? さっきは顔合わせるだけって言ったよな。
なにやら事を始めてもいいですよ的な顔で了承する支配人に、俺は勢いよく迫った。

「ちょ、どういうことですか? 今日は実技ないって言いましたよね」
「そうだよ、こんなの聞いてないよ。俺いきなり無理だから、心の準備も出来てないし」
「悪いねえ、でも君たちに拒否権はないんだ。それにこの方は大きな見返りをもたらしてくれるよ、きっと君たちも納得出来る金額だし」

おい金かよ、ふざけんな。けれど男は構わずカナンに興味深そうな瞳を向けている。
焦った俺は二人の間に割って入った。

「おいあんた、さっきの男みたいな魔族が好きなんじゃないのか? 俺たちはあんたと同じく普通の人間だぞ」
「それは知っているよ。だが店側からの好意を無下には出来ないだろう。大丈夫、こういう事は初めてじゃないんだ。ここは魔族専門の娼館だけど、こうして時々嗜好をこらしてくれるところが、この店の良いとこでね」

男は勝手に俺達の知りたい事を喋ってくれた。やっぱりこの男娼館は魔族を働かせている違法風俗店だったのか。俺達は単なる顧客へのサービス品だったということか。

カナンと視線を合わせ、内情を知ることが出来たと互いに確信する。
そうと決まればもう用はない。早く脱出して、クレッドの率いる騎士団に突入してもらわなければ。

「じゃあもういいかな。支配人、彼と二人にしてほしい」
「は? いや駄目に決まってんだろ。カノンは止めてくれ。こいつはそういうの初めてだし純粋な奴なんだよ、だからーー」

最初は男娼役なんて全部奴に押し付けてやろうと思ったが、実際に目の前で男の欲望に晒されそうになると我慢ならなかった。弟と同じく、小さい頃からよく知っている幼馴染だからだ。
カナンがやけに嬉しそうに俺を見ているが、男の矛先も途端にこっちに向けられた。

「そうか、もしかして二人共、友達同士なのか? ……きみ、セラン君だっけ。顔に似合わず男気があるんだな」

ふっと微笑んだ顔は、男の実情を知らないものなら魅了されてもおかしくはない。だが男は信じられない言葉を吐き出した。

「気に入ったよ。やっぱり今回は君にしよう。たまには珍味もいいかもしれない」

今なんて言った、この変態野郎。つうか俺にするってどういうことだ。
急に意見を変えた男に唖然とする中、支配人は笑顔でへこへこと同意し、強引にカナンを押し出して部屋を出て行ってしまった。そしてご丁寧に外から鍵までかけられた。

「ちょ、ちょっと! 出してくれよ!」
「怖がらなくても大丈夫だよ、セラン君。君に痛い思いはさせないから。……さあ、早速始めよう」

いつの間にやら取り出した革の拘束具を手に、男が俺の方へと迫ってきた。えっ初っ端からそういうプレイすんの?
長身で俺よりも全然体格のいい相手には、武力ではとてもじゃないが敵わない。

「おいほんと無理! やめてッ! お、俺、そういう事は好きな人としかしないって、決めてんだよ!!」

混乱と絶望の中、咄嗟に飛び出た年甲斐もない本音の叫び声に、思わず恥ずかしさが跳ね返ってくる。
男は動きをぴたっと止めて、腕を組み考え出した。

「そうか……。やっぱり君にして正解だったかもしれないな。すごく純真な子みたいだね。……ふふ、分かったよ。無理強いはしない。じゃあ今回は、俺のことを縛るだけでいいよ」

自然に放たれた言葉に耳を疑う。えっ……なぜ俺が拘束する側になるんだ。
呆然とする俺に構わず男はさっさとベッドに向かい、仰向けに横たわった。
聞いてもいないのに、つらつらと自らの性癖を語りだす。簡単に言えば、縛り合いを好むSM愛好家だったらしい。

予想外の展開に変な汗を掻きながら、とりあえず俺の身は安全であると知り胸を撫で下ろす。
こんな男に触れたくはないが素直に拘束されてくれるのなら、やむを得ない。少しの辛抱だ。

「分かりました。じゃあ今から拘束するんで、じっとしていて下さいね」
「ああ、きつめに頼むよ。セラン君」

苛立ちを誘う注文を我慢しながら男に目隠しをし、手足を拘束して完全に動きを封じこめた。
全ての箇所を確認すると、俺は早速呪文の詠唱を開始した。制限魔法の一種、相手の動作を封じ一時的に意識を失わせる禁止魔法だ。

俺の長々とした詠唱を聞きながら、男は急に焦りだし何やら叫び始めた。申し訳ないが、俺も自分の身を守るためだ。
構わず術式を完成させ、男が静かになったのを確認すると、すぐに扉へと向かった。やはりしっかりと鍵がかかっている。

おそらくイスティフのとこへ戻ったカナンが事情を話し、直に助けが来るだろう。
けれど早くこの奇妙な空間から抜け出したかった俺は、扉に打撃を加えることにした。

魔族を雇っているということは、魔術にも明るい店のはずだ。もし特殊加工が施されているとすれば、通常の攻撃魔法よりもこっちのほうがいいかもしれない。

俺は決心して聖騎士である弟より授かりし聖力を放とうとした。
しかしそれと同時に、扉の外から轟音が鳴り響いた。とっさに身の危険を感じた俺は大きく後ずさり、攻撃とは反対の守護力を発動させる。

衝撃音とともに扉が完全に破壊され、白い煙が立ち昇る中、現れたのはクレッドだった。
さきほどの軽装備のままで、普段の鎧と仮面はなく、興奮で赤らんだ顔がすぐに分かった。

「……兄貴ッ!!」
「クレッド!」

俺は途端に嬉しくなり、こちらに凄い形相で向かってくる弟に駆け寄り、勢いよく抱きついた。
すぐに抱きとめられ背に腕をきつく回される。ああ、良かった。もう安全だ。
この奇妙な男娼館での任務も無事に終わり、やっと弟のもとへ戻れるんだ。

「クレッド、来てくれたんだな。嬉しい……」

扉が吹っ飛んだせいで廊下が丸見えの状態で、後から誰が入ってくるかも分からないのに、俺は全身を襲う安堵感から、堪えきれず弟の抱擁を一身に受け止めていた。

だが少しして体を離され、奴の険しい顔つきが、ベッド上の拘束された変態男に向けられていると気がついた。

「何があったんだ、これは……何かされたのか」

地を這うような低音で尋ねられ、俺は途端に焦り奴の両腕を掴んだ。
何もされてない、むしろ俺がやったんだ、襲われてなんかないぞ。そう言おうとすると、クレッドは急に俺の体を疑い深い顔つきで眺めた。

「ど、どうした? 何もないって、俺は無事だ。どこも触られてないし、反対に奴を拘束して動けなくした。ほらーー」

弟の鬼気迫る表情に、慌てて説明を試みようとする。だがクレッドは信じられない行動に出た。
俺の体の上に大きな手を滑らせ、首元から足まで隅々をまさぐり始めたのである。

「うあぁ! 何してんだ、やめろよ!」
「大人しくしろ、兄貴」

容赦のない身体検査を受け、体を震わせる。ついにはシャツをズボンから出され、そのままあろうことか中に手を入れられそうになり、流石に俺も怒って奴の手首を掴んだ。

「ふざけんなお前、馬鹿じゃねえのかッ!」

大声を出し睨みつけても、弟は厳しい表情を崩さなかった。そしてまたもや疑念を滲ませた険しい目つきで、俺のことを見下ろしてきた。

「本当に何もされてないのか?」
「されてないって言ってるだろ、信じろよバカ!」

こいつが不安に思う気持ちは分かる。確実にこの前の呪いの話が影響しているのだろう。
でも俺は潔白だし、ただ抱きしめてほしかったのに。

「兄貴。帰ったらじっくりと話を聞いてやる」

クレッドは焦燥を浮かべた顔つきで、余裕のない声を発した。
もしかして、あの尋問の再来じゃないよな……。恐れつつも俺は信じてほしい気持ちで、黙って弟に抱きついた。
きつく抱きしめ返されたことに安堵感を覚えながら、まだ鼓動はドクドクと鳴り響いていた。



prev / list / next

back to top



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -