お父さんにお世話してもらう僕 | ナノ


▼ 35 会えるまで

病院は今年に入って、もう何回か来ていた。事故後にも入院していた総合病院で今でも時おり通院しているのだが、今年祖母が亡くなったこともあり、胸が痛むのを感じる。

僕達三人は、さっそく父の病室に来た。二人部屋だがベッドはひとつ空いており、そこに仕事着のままの父が腰かけていた。

「お父さん!」
「……ロシェ!」 

立ち上がり、車イスで近寄る僕に対し眉をぎゅっと寄せたあと、すぐに片腕で抱き寄せてきた。左腕は三角巾で固定されていて、本当に骨折したのだと知った。

「悪かった、ただの骨折だ、俺は大丈夫だよ。手首にヒビが入ってな、明日手術することになったんだがーー」 
「えっ、手術するの…?」

頷く父にそれほど重症なのかと心配で意識が揺らぐ。父は僕の頭を撫でながら、後ろに目をやった。

「ギル、急に呼び出してすまなかった。ロシェを連れてきてくれてありがとな。あとニルスも来てくれたのか、助かったよ」

頭を下げ礼を言われると、僕の親友はあたふたして首を振っていた。

「ロシェ。もうギルには話したんだが、処置自体は難しくないんだけどな、リハビリとかを教えてもらうから、四日間入院することになるんだ。だからその間ーー」

父が言いづらそうに説明する前で、すぐに合点がいった。病院に親子で長くお世話になった経験があるから、ある程度心積もりができていたのだ。

「ぼ、僕は大丈夫だよ。家にいるだけだし。えっと、通学だってなんとかなるし」

こんな大変なときに自分のことが頭をよぎるのは本当に勝手で嫌だ。だが父が怪我をして、家にいない。そのことは僕の生活にもかなり変化が加わる。

でも心配かけたくなくて、もう高校生だしと、精一杯主張した。

「何言ってるんだ、お前を一人にするわけないだろう。ギル、さっきも言った通り、お前には急で申し訳ないが、俺が退院するまでうちに泊まってもらえると助かる」
「もちろんですよ、先輩。ああ、二人ともそんな顔しないで。こんなときに頼ってくれなかったら、いつ俺役に立つんですか。ロシェも、なにも心配しなくていいからな。ちょうど撮影入ってないし、仕事も家で出来るからさ」

にこりと笑って、「逆に二人きりで楽しみだよ」なんて言われてしまった。本当にいいのだろうか、僕の体が不自由なせいで、皆を巻き込んでしまって、また重荷になっていると心苦しく感じた。

でもそんな僕に、ニルスくんが肩を握ってきた。

『え? この叔父さんがお前んとこいるの? うちに来ればいいじゃん。俺ちょうど学校終わりに迎えに行くよ』

……え?
彼の手話は僕しか分からないはずなのに、きょとんとする僕の他に、大人二人も何かを嗅ぎとったようだった。

「何を言ったかは分からんがだいたい想像はつくな。ニルス、君の言葉はありがたいがギルがいるから大丈夫だ」
「そうそう。先輩の言う通り。えっと、ロシェの親友のニルスくんだったな? 叔父さんの俺が四六時中ついてるから安心してね」
『ええー! なにそれひでー!』

大きなリアクションでなぜか通じ合っている三人を見て、がくっと肩が落ちる。
さっきまで僕はあんなに悲壮な雰囲気だったのに、父に何かあったらって不安で仕方なかったのに、思ったよりも元気そうな父と、甲斐甲斐しい二人のおかげで、長めの深呼吸が出来た。

「ねえお父さん、どうして怪我しちゃったの? 工事してるとき?」
「……いや、それはな…」

理由を聞くと、父が今日起きたことを説明してくれた。敷地の広い大きな屋敷で、複数の電気技師とともに天井の配線作業を行っていたらしいが、そこに契約者の子供である兄弟ふたりが駆けて入ってきたらしい。

一人が電気技師の脚立にぶつかり、彼が工具を落としそうになった。隣で作業をしていた父がそれを払って子供に当たらないように身を乗り出したところ、自分が床に転倒してしまったという。

とっさに手をついたため手首にヒビが入り、手術が必要になったと話してくれた。
ちなみに僕らが病院に来る前に、彼ら家族が見舞いに来て何度も謝罪をしていたという。

「まあ、事故ではあるが、こちらも不注意だった。情けない」
「ううん。お父さん、その子のことかばったんだね。すごいよ」

父が怪我をしたのはもちろん嫌だけど、子供に怪我がなくてよかったと言ったら、父もそう口にした。

事故はこうやって、いつ起こるか分からないから怖い。今回は骨折で済んだけど、ちょっとしたタイミングで命に関わることだってあるということは、僕達親子が最も知っていることだった。

「じゃあ先輩、俺はまた着替えとか必要なもの持ってきますから。ロシェ、教えてくれるか?」
「うん、わかった」

一旦家に帰ることになり、帰り際、父が僕のそばに立つ。見下ろされて、抱きつきたい気持ちに駆られた。二人きりだったら、もっとくっつけたかもしれないなとか、不謹慎なことまで考えて。

たぶん次会えるのは、五日後の父が帰ってきたときだ。
事故の後ではそんなに長い間離れたことがない。

「お父さん、明日の手術、頑張ってね。絶対うまくいくから」
「ああ。すぐ治して、すぐ帰るよ。ごめんな、ロシェ」

そばにいれなくて、って言われた気がした。心の中で寂しさが募る。すると父はそっと、また片腕で抱き締めてくれた。それだけじゃなくて、別れ際だからか、皆もまだ病室にいるのに頬に唇を寄せた。

僕は赤くなり何も言えなくなる。

「連絡は毎日するからな。お前もしろよ」
「……うんっ」

返事をすると頭をくしゃりと撫でられて、僕はとうとう病室から出なきゃいけなくなった。





その日から、ギル叔父さんと二人の暮らしが始まった。短い期間だけれど、初めてのことだから新鮮だ。
叔父は最初の日に自分の荷物を持ち込んで、次の日には食料などの買い出しもしてくれた。平日は僕の学校の送迎に加え、病院に必要品を届けたりもしてくれた。

実は今僕の祖父も持病により、年に一度の定期入院をしていて、叔父は院内で二人のところに見舞いに行ったと苦笑していた。

家では二階の空いてる部屋に泊まり、夜も何かあったらすぐ電話するようにと言ってくれて、仕事も同室でしていいよと伝えたのだが、僕の近くにいると決め普段は居間でパソコンに向き合い作業していた。

「ロシェ。本当にお風呂ひとりで入れるのか?」
「もちろん入れるよ、心配しないで叔父さん」
「そっか。でも問題が起きたら叫ぶんだぞ、叔父さん待機してるから」
「うん、ありがとう」

浴室にタオルを持って入ろうとする僕についてきて、シャワーや床の安全確認をしてくれている。外見は派手めな金髪の美男子である叔父だけど、とくに家族への情には熱く、意外と心配性なところもあった。

でもそれは僕や父の為なんだと知っているからありがたく、僕も出来るだけそんな叔父に迷惑をかけないようにと心構えをした。

洗濯やちょっとした片付けなどは、ゆっくり車イスで移動しながら出来る。ただやはり日々の料理などは、簡単なものしか出来ないから、夕食は叔父さんが担当しようとしてくれていた。

「……ああっ! なんだこれ、……やばっ……っあつッ!」

台所からすごい物音がして、僕はカウンターの裏からハラハラして腰を伸ばして見ていた。全く知らなかったけど、どうやら叔父は料理が苦手らしかった。

「ごめん、ロシェ。俺実はものすごい不器用でさ……もう何時間かかってんだよこれ……」

意気消沈しながら材料を見てしょぼくれている。何でも出来るイメージだったから驚いたけれど、普段一人暮らしで家事はほとんど外注していたのだという。

「大丈夫だよ叔父さん、簡単なものなら僕が作るから。他にも色々助けてくれてるんだし、気にしないで」
「いや、だめだ。大事な甥っ子には栄養のあるもの食べさせないと。もう少し頑張るから」

たまに強情なとこがある叔父に宣言され、またどきどきしながら待機していると、携帯の電話が鳴った。
居間の低いテーブルにあるスマホを取り、時刻が七時なことに気がつく。相手はお父さんだった。いつも消灯前の携帯が使える時間に、連絡をしてくれるのだ。

「あっお父さん? 大丈夫?」
『ああ。お前も変わりないか』
「うん、僕達元気だよ。もう三日目だけど、うまくやってるよ。また叔父さん、料理作ってくれてるんだ」

若干問題が起きてることは言わないで、その日あったことを伝え合う。父も安心してくれて、無事に終わった術後の経過やリハビリのことなどを教えてくれた。何も問題ないと知り胸を撫で下ろす。

でも、父の声を聞いているとどうしても恋しくなる。いつもそばにいてくれた家の中にその姿がないのは、依然として慣れなかった。

『明後日帰るからな。そしたらまた、抱き締めてやるから』
「……ええっ! なに言ってるのお父さん、病室で!」
『誰もいないよ。……なあ、分かってるか。俺すごく今寂しいんだよ。お前がいなくて』

はっきりとした電話越しの声に、僕は言葉を奪われる。弱気というよりも、珍しく強い主張に聞こえた。

「僕もだよ、そんなの。ええと、……寂しいよ」

ちらっと後ろを見たらギル叔父さんはまだ悪戦苦闘していた。熱くなる耳に「そうか」という父の声が響く。
電話も切りたくないし、ずっと話していたい。父の顔が見たいな。
でももうすぐだから、我慢しないと。

『ロシェ。愛してるよ』
「……ええっ!」
『なんでそんな驚くんだ。傷つくだろ』
「ごっごめんっ。……ぼ、僕も……!! えっと、じゃあねおやすみお父さん! また明日ね!」

息継ぎもせずぷちっと携帯を切ってしまった。数秒して、自分のしたことに強く後悔する。
せっかく甘い言葉を伝えてもらったのに、子供すぎて、この場で同じ言葉を返す勇気がなかった。

すぐに携帯のトークアプリを開く。父宛にメッセージを書いた。

『お父さん、さっきはごめん。びっくりしすぎちゃった』
『僕も愛してる。寂しいから早く帰ってきてね』

そう連続で書いて、深呼吸をして送った。こんなこと、あんまり送る機会がないから緊張する。
しかしすぐに返事がきた。

『よかった。すぐ帰るから安心しろ。おやすみ』

簡潔なメッセージに安堵し、自然と笑みが生まれる。
少しだけど声が聞けて嬉しかったなぁ……そうぼんやり佇んでいると、後ろに気配を感じた。
そういえば台所の音が静まっている。

「ロシェ。今先輩と喋ってたのか? よろしく言ってくれよ。まあ昨日会ったばかりだけど」
「わ、わあっ! 叔父さん!」

咄嗟に振り向いたら、やり取りには気づかれてないようでほっとした。だが料理の方はまだうまくいってないらしい。
僕も何か手伝おう、そう思った時だった。玄関のチャイムが鳴る。

顔を見合わせた僕らは、二人で廊下へ向かった。扉を開けると、そこで見た人物に目を丸くする。

大柄な青年がスポーティーな私服で立っていて、茶髪に被ったキャップをはずして僕に笑顔を見せる。

「あ、ロシェ君。こんばんは。急にごめんね。今大変だって聞いてたから、これ差し入れ持ってきたんだ。甘いもの」

爽やかに話し手に下げた紙袋を差し出してくれたのは、レイさんだった。

「ん? 君誰だ? ロシェの知り合い?」
「レイさん! 来てくれたんだ、ありがとう! うん、そうだよ。僕のリハビリ担当の理学療法士さんなんだ」

そういえばすでに互いの住んでる所は教え合っていたし、携帯でも現状を報告していた。いつも優しくしてくれている彼は、こんなときも心配して、仕事終わりに様子を見に来てくれたのだ。

「ああ、そうだったのか。いつもロシェがお世話になっています、わざわざどうもありがとう」

愛想よく会釈をした叔父に対し、なぜかレイさんは突っ立ったまま、ぽかんとしていた。

「あっ、はじめまして……えっ? ちょっ、ロシェ君。この美しいお方は、どなたかな…?」
「僕の叔父さんだよ。ギル叔父さん」
「そうなんだ……ってことは、まさかリーデルさんの弟さん?」
「違いますよ。全然似てないでしょ?」

笑って即答した叔父だが、せっかくお土産ももらったからお茶でもどうぞ、と申し出て、僕もレイさんに上がってもらうように促した。
急なお客さんに驚いたものの、僕は彼が好きだから嬉しくなる。

しかし互いに自己紹介しつつ居間に入った瞬間、ゲストに台所の惨事を見られてしまった。

「どうしたんですか、これ?」
「……いや、ちょっと料理に手間取ってて。大丈夫ですよ、今から頑張りますから。じゃあ君はロシェと喋っててもらえるかな」
「それは嬉しいですけど……よかったら俺何か作りましょうか? 得意なんで!」
「えっ……いや悪いんで、初対面の人にさすがに」
「全然平気っす! お二人の助けになれれば来た甲斐ありましたよ、何でも使ってください、ギルさん!」

身を乗り出し明るく告げられたので僕らは押されて頷いてしまい、本当にいいのかなと思いながら、結局張り切る彼の言葉に甘えてしまった。

うちの台所で長身の男の人ふたりが会話しているのも、面白い図だ。二人とも年は10個近く離れているはずだけれど、話も弾んでいる。

というか、優しいお兄さんといった普段のレイさんの様子とは、少し違う気がした。なんとなく目がキラキラしていて、更に積極的なような。

まさか……年上の叔父さん、彼のタイプだったりして。
考えていると、いつの間にか美味しそうな大皿の料理がたくさん出来上がり、食卓の上が華やかになった。

「……んん! 美味しいよレイさん、すごい! 即興でこんなに作っちゃって!」
「はは、食材が完璧に揃ってたからだよ。さすがロシェ君の叔父さんです」
「そう? いやぁでも本当に美味しいね。君やるなー。ありがとう本当」

父といる時は負けず嫌いなとこがある叔父だけど、素直に感心していた。僕もお腹が満たされて、二人に大きく感謝する。
その後も和やかな食事が続いた。レイさんの様子に気を配っていると、やはりギル叔父さんへの視線が若干ハートになっているように思える。

……ま、まあいいか。お父さんじゃなければ……。
なんて小ずるいことを僕がこっそり考えてしまったのは秘密だ。

だがその日のサプライズはまだまだ続く。
ご飯を食べているとき、もう一人来客が来たのだ。僕はわりとすぐにピンと来て、ひとりで車イスを走らせ玄関に向かった。
そこでは僕の親友、赤髪のニルスくんが「よっ!」と明るく手をあげていた。

「わあ、来てくれたのニルスくん!」
『おう。これデザート。ロシェの好きなシュークリーム』
「ありがとう! 今ちょうどレイさんも来てるんだよ」

笑顔で告げると反対に「はあっ?」と彼の眉間が険しく寄せられる。
そういえば二人で街に出掛けたとき、偶然会ったレイさんをお茶に誘って以来、ニルスくんは彼に敵意をむき出しにしていた。

でもせっかくだから中にあがってもらい、今日だけで普段接点のない男四人が集まってしまった。

「あ、ニルス君! ロシェが呼んだの? 君も座れよ」
「久しぶり、ニルス君。元気?」

大人二人に挨拶され、彼もとりあえず会釈をし、僕の隣に座った。警戒しながら様子見をしていたようだったが、楽しそうにギル叔父さんに話しかけるレイさんを見て、僕と同じく何かに気づいたらしい。

『おいロシェ。あいつどうしたの? テンション高くねえ?』
『えっとね、なんか叔父さんのこと好きみたいだよ』

手話で聞こえないのをいいことに、見たまんまを僕は伝えた。
するとニルスくんが急に表情をぱっと輝かせ、不敵に笑い始める。

『マジかよ、それは良いニュースだな!』

悪い顔でなぜか僕の肩を引き寄せて、ぎゅうっとハグをしてきた。何考えてるんだろう、この人? 
そう思った僕は文句を言ったけど、しばらく解放されなかった。

親友同士じゃれあってると思われたのだろうか、突っ込まれはしなかったものの、ギル叔父さんが立ち上がり、居間に置いてあった自分のカメラを持ち上げた。

「よし、記念に撮らせて、この感じ。あとで携帯でも撮るよ」
「あっ、いいね、お父さんにも見せたい!」
「だよなー、ロシェ」
「マジすか、俺も入っていいんですか!」
「もちろん。携帯のやつ送ってあげるから」

完全に気を許しているギル叔父さんが微笑むと、「よっしゃああぁ!」というレイさんの叫びが聞こえた。
なんだか本当にいつもの彼の格好よさよりも初々しさみたいなものが出ている。

まだ出会って間もないけど、恋だとしたら人ってこんなに変わるものなのかな?
もしかして、僕もお父さんの前でこんな風に見えてしまってるんじゃ……そう考えて冷や汗が出る。

その後、僕達は皆で写真を撮った。ニルスくんは僕に顔を寄せて嬉しそうに、大人二人も笑顔で映っていた。
携帯で撮ったやつも早速皆でシェアしたから、父が帰ってきたら見せてあげよう。

でも、ふとこんなことも思った。

「今日、とくに楽しかったなぁ。皆ありがとう。叔父さんも、レイさんも。ニルスくんも。僕一人だったらこんなに賑やかに楽しく過ごせなかったよ。それにたくさん助けてもらって、本当にありがとうね」

面と向かって、伝えきれないお礼を言ったら皆に「何いってんだよ」と笑みを見せられ、お互いに照れくさくなる。
でももうひとつ思い浮かんだことがあった。

「あのね、お父さんがいるときも、また出来たら皆でこうやって集まりたいな。絶対楽しいし、お父さんも嬉しいと思う」

ちょびっと勇気を出して、普段はあまり言えない気持ちを明かしたら、皆の反応はすごく良くて、すぐ頷いてくれた。

「おお、そうするか、ロシェ。俺もいいと思うよ。先輩は知らないけど」
「俺もそれ凄い良い考えだと思う、ロシェ君! ていうか俺参加していいの? ほんとに来るよ?」
『えー。俺達二人だけでよくね? それか三人』

へらりと笑うニルスくんを除いて、大方の意見がまとまり僕も嬉しくなった。
皆がいてくれて、とても心強いし嬉しい。けどやっぱり、ここにお父さんもいたらなぁ……って考えてしまうのだ。



◇◇

それから二日後。長いような短いような時間が過ぎ、ようやく父の退院の日が訪れる。
その日は休日だったけど、僕は前日からそわそわして眠れなかった。父の体の心配もあるし、これからの暮らしのことも。

なにより、たった五日間なのに、寂しさは限界に来ていて、もうすぐやっと会えるんだ。触れられるんだって、考えただけで胸の鼓動がうるさくなった。

夜中、起きて車イスで廊下を戻る途中、父の寝室が気になりドアを開ける。
昼間のうちに片付けたけれど、早く父が戻ってこないかなって、僕はおもむろにシーツに手を伸ばした。

そうすると我慢ができなくて、車イスから大きなベッドに移り座る。
ゆっくり半身を捻らせ、布団の中にもぐりこんだ。

お父さん、明日は僕のこと抱きしめてねーー。

そんなことを考えながら、眠気に誘われてうつらうつらと目を閉じる。そのまま眠ってしまったようだった。



「ロシェ」

何時間経ったか分からないけれど、名前を呼ぶ声に瞼が反応する。
まずい。ギル叔父さんにここで寝てるとこ見つかっちゃった。
恥ずかしい……!

そう思ってぱちりと目を開けると、眼鏡をかけた瞳に見下ろされていた。

「え……? お父さん…?」
「ただいま。お前ここで寝てたのか」

落ち着いた声で尋ね、僕の顔を優しく撫でてくる。夢かと思ったら時刻は朝の九時で、父はあっさりと「許可が出たから早く帰ってきた」と説明した。

「……お父さん、おかえりなさい…!」

肘をついて体を起こし、抱きつこうとする。でも、はっとなった。
父はシャツを羽織った普段着だけど、長袖の下から包帯が見える。まだ傷跡は治ってないから、手首全体がそうして守られていた。

「……大丈夫? まだ痛い?」

前に話を聞いたし、僕も調べたけれど、骨折だから全治三ヶ月ほどで、ギプスは必要なくてももちろん重いものを持ったりするのは避けなればならないのだ。

けれど父は体を寄せて、僕に額をくっつけた。

「いいや、そんなに悪くない。……でも、やっと大丈夫になった。お前の顔が見れて」

僕の唇を見つめ、そっとキスをする。静かに離して、また触れさせてを繰り返す。

「んっ……」

何度もそうされて息が上がり、でもずっと望んでいたことだから嬉しくてたまらなくて、弱い力で胸にすがっていた。
顔に熱がたまり、全身に行き渡る。

「僕もだよ。帰ってきてくれて嬉しい」

離れていた時間を思い出し、まっすぐに告げると、父の瞳は反対に揺れていた。

突然大柄な体がベッドの上にどさっと倒れこむ。驚いた僕は「お父さんっ!?」と声を上げた。シーツに仰向けになり、動かない父が心配になる。
すると父は一方の手で僕を自身の肩の上に抱き寄せた。
丸まった僕は静かに寄り添ってみる。

天井を見ながら動かないでいる父の気持ちを慮った。
入院の疲れもあるだろうし、きっと不安もあるのだろうと想像が出来た。

「……ロシェ。これからちょっと大変かもしれん。すまん」

怪我をした手首をかかげ、申し訳なさそうに呟く声がした。
僕は父の腕枕から顔を上げた。

「大丈夫だよ、僕がいるから。僕だってお父さんのこと助けられるよ」

こんな自分が言っても説得力がないかもしれないけど、それは会えない間に温めていた決意でもあった。
でも父に鼻を摘ままれ、「俺がお前のこと助けたいんだよ」と言われてしまう。

「親子もだけど、恋人は、とくに助け合うものなんだからね。お父さん」

寝転がり、半身を起こして説得を続ける。
父はようやく揺れる瞳を、僕にじっと合わせてくれた。

「……そうだな。分かったよ。確かにお前の言う通りだ。……じゃあ、よろしく頼む。ロシェ」
「ーーうん!」

まず何をしてあげられるかな?と尋ねたら、「とりあえずキス」と言われ仰天した。お父さんは、僕が思ってたよりもずっと、入院生活が堪えていたらしい。

ドアが閉まってることを今さら確認し、父の唇に自分から重ねる。甘いのにちょっぴり切なくて、愛しい味がした。
こうして僕達は、先の不安はあったけれども、ひとまず二人の再会を喜び合ったのだった。



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