お父さんにお世話してもらう僕 | ナノ


▼ 2 お友達とビデオを見て

12才になって半年が過ぎた頃も、僕は父に時々、秘密の介助をしてもらっていた。
利き手じゃないほうで自慰の練習をしたけれど、自分ひとりで達することは中々出来なかったのだ。

やっぱりお父さんじゃないと、駄目なのかも……。
悔しい思いをしながらも、父にしてもらうことに慣れてしまい、気持ちよさだけでなく、心地良さまで感じていたのは本当のことだった。

そして子供の僕は、まだ気づいていなかった。いくら半身麻痺があり自分で出来ないからといって、父にそういう事を頼むことは、ちょっとおかしい事なんだということに。


支援学校が終わった午後三時過ぎ。車イスに乗った僕は、父ではなく、友達のニルスくんに玄関口まで押してもらっていた。

門の付近に車が停まり、中から背の高い黒髪の男が出てくる。シンプルな眼鏡がトレードマークのお父さんだ。

なだらかなスロープを降りて、車の近くまでたどり着くと、声をかけられた。

「おかえり、二人とも。ありがとうな、ニルス」

父が僕と一緒にお礼を言うと、ニルスくんはにこっと笑って頷く。彼には聴覚障害があるため近くでも会話が聞こえることはないが、ゆっくり話せば口元から言葉を読み取ってくれるのだ。

「お父さん、僕ニルスくんと後ろに乗るね」
「ああ、今日はうちで遊ぶんだったよな。ちょっと待ってろ」

父に抱き上げられて、後部座席に下ろしてもらう。車イスを折り畳み最後列に積み上げてもらっている間、ニルスくんが僕の隣に入り込んできた。

怪しげな笑みを浮かべた後、僕の膝に指文字で話しかけてくる。

『ロシェ、今日、いいものある』
「……良いもの?」

不思議に思って問い返すと、彼は真面目な顔つきで『しっ!』と口に人差し指を当てた。
すぐに笑顔に戻りぽんぽん、と近くの自分のリュックを触る。

なんだが意味が分からないけれど、お菓子でも持ってきてくれたのだろうか。
僕は片手で「何それ? でもありがとう」と簡単な言葉を手話で表した。

ニルスくんはもっと嬉しそうな顔になり、僕の頭をくしゃっと撫でた。

僕たちはたまにこうして、学校帰りや休日に遊ぶ約束をしている。
体の問題で彼の家にはあまり行けないけど、ニルスくんはよく僕の家に来てくれる。

内容は一緒に映画を見たり、アニメを見たり。
話すのが好きなニルスくんと、筆談で色んなことを語り合ったりもする。

コミュニケーションをとる方法は、ノートに書くだけじゃなく、口の動きを読んだり、今みたいに指文字や手話を使ったりも出来る。

僕はもちろん彼みたいな本格的な手話は使えない。左手も動いたらもちろん勉強したいけど、簡単なことなら片手でも表現出来たりするのだ。

ニルスくんと話したい僕は、少しずつ教えてもらったりして、片手の手話も覚えた。
友達だから砕けた表現になったりもしてるため、自分達にしか通じてない面もあるけど、それも二人で楽しみながら喋っていた。



学校から車で20分ほどの距離にある一軒家が、僕と父の住む家だ。地下もある二階建てで、大きな庭もついている。
父がガレージに車をしまっている間、杖をついた僕はニルスくんに付き添ってもらって、家の中に入った。

玄関を抜けてリビングに入ると、ソファに腰を下ろす。ここは僕の定位置だ。帰宅するとほっとする面もある一方で、家の中ではあまり動けなくて景色も変わらないから、少しだけつまらないと思うこともある。

でも今日は友達のニルスくんと遊べるから、ちょっと特別な感じがして嬉しかった。

「じゃあ、ニルス。俺は二時間ぐらいか、そのぐらいで帰るから、その間ロシェのことお願いな」

ソファの近くに立つ二人を見上げていると、ニルスくんは元気よく指で『OK!』のサインをした。
父も微笑み頷いた後、背を曲げて僕のことを覗きこんでくる。

「ロシェ、行ってくる。何かあったら電話しろよ。あとお腹空いたら、二人で好きなもの食ってていいからな」
「うん、分かったお父さん。いってらっしゃい、気をつけてね」

僕は手を振って笑顔で送り出した。
友達が来ている時に父が出掛けることは珍しいけど、今日は個人経営をする電気屋に新しいお客さんの予約が入り、話し合いの為、家に向かうことになったそうだ。

でも僕とニルスくんは何度もこうして過ごしているから、学校にいる時と同じく、お互いのことをよく知っていて何も心配はいらない。そう思っていた。

「ねえねえ、部屋にいく? あ。ニルスくん喉渇いたら勝手にジュースとか、飲んでね。お菓子もあるから」

机に置いた大きなノートに書いて話しかけると、なぜかニルスくんは首を振って僕の横に座ってきた。
ここに居たいのかな。注意深く見てみるけど、彼は両手をソファの背もたれにかけて、リラックスしている。その姿をまじまじと眺めていたら、ちょっと昔のことを思い出した。

事故から半年以上が経ち、やっと苦しいリハビリを経て、どうにか杖で歩くことが出来るようになった頃のことだ。
普通学校に通えなくなった僕は、父が見つけてくれた支援学校に編入することになった。

当時僕は、お見舞いなどに来てくれる、自分と違って元気に走り回ったり出来る同級生を見ては塞ぎこんでいた。
僕だって活発なほうで外で遊ぶのが好きな人間だったのに。

だから自分のような障害がある事がおかしくない学校に入ることに、ショックはあったけど抵抗は薄れていった。

当時13才だったニルスくんとは、僕の編入生歓迎会で初めてお喋りをした。
彼も違う場所から転校してきて、まだ数ヵ月しか経ってないらしかった。

僕の明るい茶髪とは違って、綺麗な赤い髪をした年上のお兄さんに見えた。白い肌に、頬と鼻に少しだけそばかすがある。緑の瞳はクールな印象で、ニルスくんは今では考えられないほど物静かだった。

「こんにちは」

僕が隣に座ると、まじまじと見られた。クラスにはもっと年上のお兄さんとお姉さんしか最初いなかったため、もっとも年が近そうな彼に話しかけたのだ。

その前に授業中、僕はニルスくんが先生と手話で会話しているのを見ていた。
自分とは違うけど、障害をもつ人を初めて目の当たりにして、何を話してるんだろうと強い興味を持った。

きっと僕は友達になりたかったんだと思う。だからあらかじめ先生にこっそり教えてもらった、簡単な手話を片手でやってみた。

「僕はロシェ。……あ、間違っちゃったかな。えっと、こうだっけ。……よろしくね」

自分の名前の文字を手話でゆっくり、焦りながらも伝えてみる。するとニルスくんはなぜか吹き出した。
ずっと表情を変えなかったのに、笑い声は聞こえないけど、明るい顔で体を揺らしている。

びっくりして見ていると、彼は鞄からノートを取り出した。そして僕への第一声を伝えてくれた。

『ロースト、になってる。ほんとはなんだ? ここに書いて。あ、よろしくな! 俺はニルス』

僕はその綺麗な字を見て感動した。文字は間違えてしまったけど、会話をできたことが嬉しかった。返事をもらえたことが、大きな喜びになった。

『ロシェだよ。よろしくねニルスくん。でも笑いすぎだよ!』

恥ずかしくて突っ込むと、彼は『ごめん』と書いてさらにお腹を抱えて爆笑していた。
でも後から正しい名前の文字を教えてくれたりして、会話も弾んだ。

その短いやり取りだけで僕たちは打ち解けることが出来たから、本当に話しかけてよかったなって今でも思う、大事な思い出だ。

今隣に座っているニルスくんは、当時よりもっと背が伸びて、かなり格好いいお兄さんになっている。
もうすぐ高校生と呼べる年だから、僕とは違って当たり前だけど。
こんな体じゃ難しいけど、いつか僕も彼みたいにがっちりした体になれないかな、なんて思ってることは内緒だ。


そうして思い出をひとり振り返っていた僕だったが、ニルスくんはその間まったく違うことを考えていたらしい。

突然すくっと立ち上がり、テーブルの椅子にかけてあったリュックを持ってきて、中から一枚のディスクを取り出した。

それを持ってにやりと笑いかけた彼は、手話で『これ見ていい?』と聞いてきた。

「うん、いいよ。映画?」

こくんと了承して頷く。だから僕の部屋じゃなくて、プレイヤーがあるリビングがよかったんだな。
納得した僕はそのディスクを、テレビの下の棚にあるプレイヤーに入れてもらった。

ニルスくんは準備をすると、台所に消えて飲み物などを手に帰ってきた。
隣に座った彼はなんだかワクワクした面持ちで、上機嫌に見える。

二人で映画を見るときは、音声の他に字幕もつけてあるから安心だ。
……でも、その映画が始まってしばらく経ったとき、僕は画面に映し出されたものを見て驚愕してしまった。

職場が同じ恋人同士のような二人の、ベッドシーンが流れたのだ。
しかも内容は、かなり大人っぽい。半裸の女の人が男の上にまたがって、動いている。

あ、これは大人がするセックスをしてるんだな、そう思った。
少し恥ずかしかったけれど、映画を見ていれば時々こういう場面も出てくるため、知らないふりをした。
隣のニルスくんは前のめりになって、真剣に見ている。

考えてみると、僕と同じく映画が好きな父と一緒のときも、こういう状況はたまにある。
テレビの前で、父はとくに表情を変えず黙って見ているが、画面の中の人物が盛り上がっていくにつれ僕はなんとなく気まずい雰囲気を感じていた。

子供だから何をしているのか、よく分からないのにだ。

でもそんな父も肌色が多かったり、不必要にその場面が長かったりしたときは、CMのついでにいつの間にか番組を変えていることがあった。

……今見ているやつは、まさにそんな感じのベッドシーンだ。

「なんだろ、これ……」

ぼそっと呟くけど、早く終わらないかなと思ってる僕に反して、二人のセックスはさらに激しい動きになってしまった。

彼らは場所を変え、ベッドやソファや、果てはお風呂まで、体を密着させて重なり合っていた。
その中でも、女性の胸が男の人の口に含まれたり、舐めたりしてるのを見て、思わず僕はクッションで顔を隠した。

でもニルスくんは違った。ちらっと見ると顔を赤く上気させ、がばっと身を起こす。
そして机の上のリモコンを素早く取ると、なんと音量ボタンをダダダダダっと上げまくったのだ。

当然部屋中が淫らな声でいっぱいになり、僕は叫び声をあげた。

「わーっ! 何してるのニルスくん、やめて!!」

パニックになった僕が取り返そうとしても、興奮した友達は言うことを聞かずスピーカーに走り寄り必死に音を聴こうとしているようだった。

何も聞こえないのに、涙ぐましい努力をする彼を見て複雑な気持ちに陥りながら、片手でリモコンを奪ってやっと音を下げた。

「もう、ニルスくんの馬鹿! エッチ!」

本気で怒る間も、テレビからはいやらしい映像が流れている。
口元だけで読み取れたのか、きょとんとしたニルスくんは苦笑してノートに『悪い悪い、そんな怒るなよ、ロシェ』と書いてきた。

そうだった。彼はおしゃべりだし楽しい人だけど、はっきり言ってちょっとエッチなのだ。
年上の男の子だから普通なのかもしれないけれど……
僕が自分の精通のことを話したときも詳しく教えてくれたように、そういう話題への関心がすごく高い。

弁解するようにニルスくんはペンを走らせる。

『お前エロ本持ってないって言ってたから、俺のお気に入り見せてやろうと思ってさ。これやばくねえ? すっげーエロいよな!』

まったく反省してない様子で僕の肩を抱いてきた。
またテレビに視線を戻すと、絡み合った男女が映し出される。

確かに、エロい……っていうのかもしれない。なんだか見ていると落ち着かないし、こんなの初めてだけど、もぞもぞしてくる。

僕はなぜか、自分の自慰のときのことを思い出してしまった。父にしてもらってることはただの介助だけど、気持ちいいことは確かだ。
でも画面の中の二人とは違う。彼らは触り合って声を出している。

やがて僕は、自分のおかしさに気がつく。

女の人のいやらしさに、変な気分になっているんじゃない。僕は、男の人の手の動きとか、体の撫で方とか、そういうことに目がいっていた。
そしてあろうことか、その人が一瞬父に重なって見えた。

ああ、この女の人みたいに触られたら、気持ちがいいのかな。
どんな感じがするんだろう。もしお父さんに手伝ってもらっているときに、少しだけ、あんな風に別の場所も撫でられたりしたら、僕はどうなっちゃうんだろうーー。

ドキドキしながら考えていると、段々呼吸が上がってきた。
馬鹿だ、何へんなこと考えてるんだ。

するとニルスくんが僕の顔をじっと見た。膝に文字を書いてくる。

『興奮した?』
「……なっ、なに言ってるの、違うもん!」

思いきり否定すると、くすくすと笑われた。それだけじゃなくて、信じられないことに、ニルスくんは僕の股間のあたりを見て、指で軽く押してきたのだ。

そして一言、『硬い』とからかってきた。僕は羞恥と怒りが頂点に達して、ニルスくんのおちんちんの場所をお返しとばかりにバッと触ってすぐ手を引っ込めた。

うわっ!と反応したニルスくんはなぜか顔を真っ赤にした。

『……ロシェ、トイレ行く?』

突然尋ねられた僕は厳しい顔を作ったままぶんぶんと首を振る。するとニルスくんは『じゃ俺行くわ!』と手話で話し、慌てて出ていってしまった。

もう、何なんだろう。友達だけど馬鹿じゃないのかな、そう思いながらリモコンに手を伸ばそうとした時だった。
廊下を挟んだ玄関から、がちゃりと鍵の開く音がした。

え、嘘!

心臓が止まりそうになった僕は、一年に一度の稀に見る焦りようで、プレイヤーのリモコンの電源ボタンを探し、素早く押した。
まだ二時間は経ってないはずだけど、お父さんが帰ってきてしまった。

「ーーただいま、ロシェ。……あれ、ニルスはどうした?」
「お父さん! おかえりなさい、えっと、トイレに入ってる」
「そうか。仕事が早めに終わってな。ああ、そうだ。そこでニルスのお父さんに会ったよ」

仕事用具をテーブルに下ろしながら話しかけてくるが、何も頭に入ってこない。
どうしよう、まだディスクが中に入っている。
テレビのチャンネルは適当につけたけど。やばいよ。

窮地に陥った僕は、こんな時さっと立ち上がってさっと隠したりできない、自分の体を呪った。

しばらくしてニルスくんが何食わぬ顔で戻ってくる。父がいたことに尋常じゃないほど驚いていたが、父が紙に何かを書いて彼に見せると、もっと目を見張らせていた。

「ニルス、さっき君のお父さんに会ったんだ。急用で買い物に行く用が出来たから、早めに帰って来いって言ってたぞ。荷物を運ぶのを手伝ってほしいって」

説明する父の言うことを聞いたニルスくんは何度も頷いた後、慌てて僕に『じゃあな!』と明るく挨拶して、そのまま部屋を飛び出して行ってしまった。

「ちょっと、待ってよニルスくん!」

背中に向かって呼び掛けるけれど、聞こえるはずもない。

信じられない、本当に帰っちゃった。彼の家はわりと近所で歩いて10分ほどだから、そんなに急がなくてもいいのに。

呆然としていると父が「どうした? 何かあったのか」と聞いてきたので、「なんでもないよ」と答えるのが精一杯だった。



その日の夜、僕はずうっとエッチなディスクのことが頭から離れなくて、落ち着かなかった。きっと父に見つかりたくなかったんだと思う。
恥ずかしいのもあるし、僕はまだ子供だから、どこか後ろめたい気持ちがあった。

夕食後、テーブルからソファに移り、僕はそこで宿題をしていた。時おり手をとめてテレビを眺め、考え事をしていたのが分かったのか、父が隣に座る。

「ロシェ、それが終わったら映画見るか。この前ジェフリーに借りたんだよ。お前、SFもの好きだろう?」

……えっ。
それは嬉しいけど、どうしてこのタイミンクで。しかもジェフリーというのは、ニルスくんのお父さんのことだ。
あの親子は僕たちと同じく映画好きで、支援学校に通うようになってから、父も彼のお父さんと仲良くしている。

「ぼ、ぼ、僕今日はテレビでやってる映画で見たいのあって。ごめん、そっちでもいい?」
「そうか? いいよ。じゃそれ見よう」

快諾してくれた父に、深く胸を撫で下ろす。
しかし安心したのもつかの間だった。
映画の時間になり、いつものように少し照明を落として、隣の父にぴたっと寄っ掛かっていたとき。

父はスピーカーの音をつけようとした。映画を見るときのこだわりとして、ちょっとしたシアター気分を出すために、リビングには音響セットがついてあるのだ。

でもなぜか今回、すぐに音が出なかった。映画のオープニングは始まってしまっている。

「おかしいな」

立ち上がった父がテレビの近くに向かった。そこで僕は頭が真っ白になる。
音響セットはディスクプレイヤーにつながっているのだ。リモコンを取って画面を変え、メニューを開き、父がボタンを押したときだった。

「あれ、なんだこのディスクはーー」 

すると画面いっぱいに、僕とニルスくんが今日秘密で見ていた男女の映像が、映し出されてしまった。しかも不幸なことに、音の調子も戻り部屋中に甲高い声が響き渡る。
父の目はテレビ画面に釘付けになり、完全に動きが止まっていた。

「やめてえええええ! お父さん、早く消してっ!!」

僕は思いっきり叫んだ。するとこっちを見た父が我に返ったように、「あ、ああ。すまん」となぜか謝り電源をぴっと押した。

部屋が静かになる。父は立ち上がり僕のそばに座って、こっちを見た。

「ええと……俺じゃないぞ。あれを見た覚えはーー」
「知ってるよ!」

どういうわけか焦り気味に見えた父の前で、僕はほんとのほんとに全身が熱くなっていた。
それに悪いことがバレてしまったみたいで怖くなり、涙も出そうになった。

「ごめんなさいお父さん、えっと、今のは、僕は頼んでないけど、いきなり、今日一緒に見ようってことになっちゃってーーだから、ごめんなさい、ちょっと見ちゃっただけで」

たぶん顔が真っ赤になりながら必死に言い訳をした。
恥ずかしくてたまらない。やっぱりあんなことしなければよかったんだ。あんなエッチなもの見たなんて、お父さんにどう思われるんだろう、そんな考えで頭がいっぱいになった。

でも父は僕の肩を優しく抱いた。

「おい、落ち着け、ロシェ。俺は別に怒っていない。ああ、ニルスが持ってきたんだろう? この映画」

怒ってない……?
すぐには信じられなかったけれど、穏やかに話す父の顔を見て力が抜けていく。

「ちょっと大人のシーンが多いやつだが、ただの映画だよ。そういう、ポルノではない。俺も昔見たことがある」
「……え? お父さんも?」
「ああ。……いや、変な目的じゃなくてだな」

口ごもって眼鏡を直している。

「とにかく、まあ、お前にはまだちょっと早い気もするが、男がこういうものに興味を持つことは、悪いことじゃない。だからそこまで気にするな。見すぎるのは馬鹿になるし、もちろん良くはないぞ」

言葉尻を強めて、父は真面目な顔で伝えてきた。
親という勝手なイメージから、もしかしたら「子供のくせになんでこんなもの見てるんだ!」と叱られると思っていたため、冷静な父の言葉に驚いた。

この前相談したときもそうだったけど、僕の父は普段から頭ごなしに怒る人間じゃないし、いつも真剣に子供のことを考えてくれる、優しいお父さんなんだということを改めて感じた。

「うん、分かった。でも、僕あんまり、まだ分からないし、もう見ないよこんなの」

そう言って父に抱きついた。
優しく言ってくれた言葉は理解出来たけれど、自分から見たいとかは思わない。

反応してしまったくせに、それは本当のことだった。それでもあの時感じた妙な気持ちは、とてもじゃないけど、こうやって話をしてくれた父にも言えなかった。

だって、確かに見ることは男として、悪いことじゃないかもしれない。けれど、あんな風に画面の中の女の人を自分に置き換えて見てしまったのは、やっぱり悪いことだよね……?

父は広い胸に僕を抱いて、背中を優しく触ってくれた。こうしていると、許してもらった気になってくる。

「いつも言っているが、何事も焦らなくていい。お前にはお前のペースとか、やり方があるんだから、皆と同じである必要はないんだよ。自然に身を任せて、な。分かったか、ロシェ」
「……うん、ありがとう、お父さん……」

自然に身を任せるというのは、心が広くて、何にでも冷静に対応する父の昔からの口癖だけど、事故にあってからはさらによく言われるようになったと思う。
出来ないことが多くて、自分の「普通」がまだはっきり分かっていない僕には、安心できる魔法の言葉でもある。

今日感じてしまった秘密の気持ちに、まだ悶々とした思いは残っていたけど、ひとまず胸にしまおうと思った。


◇◇◇


あれからニルスくんには文句を言いながらも、きちんと映画のディスクを返した。謝っていたけどあっけらかんとしていたので、僕はまた脱力した。

父に見つかったことも正直に話したら、『げっ! だよな。ほんと悪い。でもお前の父ちゃんだし、大丈夫だっただろ? ちなみにうちの親父もよゆー』と全然反省してない様子だったため、ちょっといらっときた。

まあ、確かに大丈夫だったし、そういうことまで話題に出来たのはある意味、ニルスくんのおかげなのかな…?
単純な僕は楽観的な年上の友達に、また納得させられてしまったのだった。

父とも男同士だから、これからも別に気にする必要はないのかもしれないけど……でも僕たちの間には「あのこと」があったから、少なくとも自分には大きな影響を及ぼしていた。

「お父さん、おやすみ」
「ああ。おやすみ、ロシェ」

12才になってだいぶ経つのに、相変わらず父の寝室の大きなベッドで一緒に眠っている。
父は眼鏡をサイドテーブルに置いて、小さな明かりを消そうとした。でもその前に、まぶたが落ちそうな僕の目をじっと見てきた。

「なあ、ロシェ。お前もう、大丈夫なのか?」

そう尋ねられて、僕はおもむろに目を開けた。父の濃い茶色の瞳が真剣な色を映している。

「……えっと……どうしたの?」
「いや、……平気ならいいんだ。でも必要なら、俺に言えよ」

最後に付け足して、父の唇が僕の髪にそっと触れる。それだけなのに、僕はどきっとした。
何でもないふりをして目を閉じると、父もやがて眠ったみたいだった。

父も気づいているのだろうか。僕が今でもモヤモヤして、最近まったく自慰の介助を頼めなくなっていることに。

けれどあの映画を見て以来、おかしな気持ちが抜けなくて、こんな自分はやっぱり変で、もう父に頼むべきじゃないと思ったのだ。

ありがたいことに夢精の問題はぴたっと止まっていた。でももうそろそろ二週間だから、危ないかもしれない。 


別の日の夜になり、僕はひとりで寝巻きに着替えようとしていた。
シャツのボタンを閉める前に、肌にさわってみる。馬鹿みたいだけど、胸のあたりを指でいじってみたりもした。

当たり前だけど、何も感じない。
でもひとつ変わったことがあった。あの映像を思い出したら、自慰のことも同時に思い出す。
そして父に触られてることを想像すると、下腹部が熱くなってくる。

するといつのまにか、おちんちんが硬くなっている。
とくにベッドに入った後は時々そうなってしまったけど、眠っている父を起こすわけにもいかず、ひとりでこっそり擦ってみたこともあった。

それでも気持ち良くはなったけど、達するまでにはいかなかった。
理由は利き手じゃないから、だけだろうか?
やっぱり、お父さんの手じゃないからだ。そんなことを悶々と考えていた。



しかし恐れていたように、問題が起きてしまう。日曜日の朝のことだ。
休日は寝坊しても大丈夫だから、僕はだいたい9時ぐらいまで寝ている。父は早起きだし7時には目覚めているみたいだけど。

「おい、ロシェ。そろそろ起きろ。ご飯食うぞ」

肩を緩やかに揺さぶられて、僕は丸めた手で目をごしごし擦る。

「うん……お父さん、トイレ行く」
「ああ。抱っこしてやろうか?」
「……うん、お願い……」

もぞもぞ動いて身じろぎする。休みの日だから、父の優しさに僕の甘えも増してしまうのだ。

でも僕ははっとして目を開けた。
ーーうそ。この下着の中の感触。まさか濡れている?
どうして? もう治ったと思ったのに。

急速に頭がはっきりしていき、ショックのどん底に叩き落とされる。
男の体はそんなに都合のいいものじゃないということを、思い知った。

「お父さん、僕、僕……」
「ん? どうした。おい」

僕の異変を感じ取ったのだろう、こんな時でもあまりデリカシーがないというか、行動力のある父は、躊躇なく布団を開けた。
昨日は暑くて、下着一枚で寝ていたから、たぶん濡れちゃってるのが分かったと思う。

僕は恥ずかしさのあまりうつむいた。おねしょと同じぐらい、知られたくなかった。
父はベッドの上に腰をかけ、僕の頭を撫でた。

「久しぶりだったな。大丈夫だよ、ロシェ。誰でもよくある事だと、前に話しただろ?」

いつでも僕に寄り添ってくれる父の言葉は、すごくありがたく感じた。けれど。

「違うんだ。最近、僕、あの……してなかったから。だから出ちゃったんだよ」

情けなく思いながら本当のことを伝える。父は驚いた様子だった。

「そうだったのか? 俺はてっきり、お前が自分でしてるものだと……」

弱々しく首を振る。ああ、本当に情けない。
我慢したあげくに結局また良くない方向にいってしまった。

「ううん。やっぱり、出来ないみたい……」

そうこぼした僕に対して、珍しく長めに考えるお父さん。
その間に力なく体を起こすと、支えてくれた。そして、気まずい思いでいた僕のほっぺたを撫でてくる。

「俺がするの、嫌か?」
「……えっ? 嫌じゃないよ、全然」
「本当か? ならしてやるから、あんまり落ち込むな。な?」

胸にぎゅっと抱き寄せられた。
あんなに悩んでいたのに、簡単に言われて、もう決まってしまったみたいで、呆気に取られる。
僕がドキドキしてるの、お父さんは知らない。

また、してもらえるんだ。
勝手に自分で我慢して、こんなことになってしまったのに、嬉しいような変な気持ちを隠せなかった。




数日が経って、そろそろ心配になってきた僕は、隣に寝そべる父の袖を引っ張った。

「お父さん、今日してもいい?」
「……ん? ああ、いいよ」

仰向けだった父が寝返りをうち、二人で向かい合う。
今から言うことには、少しだけ勇気を必要とした。

「あのね……こっち向きでもいい?」

いつもは後ろから腕を回されて介助してもらうけど、僕は今回、このまま横向きがいいとお願いした。
自分でも、どうしてそんなことを頼んだのか分からない。でもそうしてほしかった。

僕は、正面から、父の存在を感じたかった。ただの自慰なのに、父の表情とか、そういうものが気になっていた。

「ロシェ……後ろ向きにしておかないか?」

でも父は乗り気じゃないみたいだった。考え込んだような表情からそれは感じたけど、たまに頑固になる僕は引けないでいた。

「お願い、お父さん」

掴まって頼むと、やがて困り顔の父に受け入れられた。
いつもみたいに撫でられて、すぐに反応してしまう。ズボンを少し下げて、直に指先で包まれると、途端に気持ちよく感じた。

「すまん。ちょっと、やりにくいな」

父は正直に言い、視線をさ迷わせていた。僕の顔を見たかと思えば、首もとに視線を移したりしている。

僕は自分から抱きついた。
シャツ越しの分厚い胸に顔を埋めると、興奮が増す。下半身がびくびくしてしまう。
お父さんは僕のおちんちんを包み優しく擦る一方で、もう片方の腕で背中を抱き抱えてくれた。

「んあっ、もう、出ちゃいそう」
「ああ……そこに、寝たほうがいいか」

僕はそっと横たえられた。急な体勢の変更にまばたきをする。
父が僕のシャツをまくった。出してしまってもこぼれないようにだ。

でも仰向けでこんな風に触られることが初めてで、僕は内心すごくパニックになっていた。
ぐるぐる目眩がして、全身に熱が回ってくる。

父の太い腕、がっしりした肩幅が目の前に迫ってきて、どきどきが止まらない。

「抱きしめて、お父さん」

つい放ってしまった願いに、一瞬黙った父だったけれど、密着してくれた。僕はまた片手で大きな体にしがみつく。
正面から温もりを感じる。いつもの介助と違う。

前まではただ手伝ってもらっているという感覚で、あまり意識してなかったのに。
向かい合ってるだけで、景色が変わっただけで、こんなに違うんだ。

耳に当たる父のかすかな息づかいが、色っぽく思えた。

「ん、んあ……はぁ、あ」

擦られるごとに、我慢できずに声をもらしてしまう。
汗で張りついた前髪をとかれて、おでこにキスをされる。

「……んっ……」

刺激でわからなくなって、どんどん熱に侵されるみたい。

「ねえ、もっとキスがいい」
「……えっ? それは……ダメだぞ、ロシェ」

うわ言のような僕の台詞を、少し体を離した父が止めた。
でも諦めきれなくて、じっと視線を合わせる。
                  
「お願い、ほっぺたにして、お父さん」
「……ああ、ほっぺたな…」

一瞬言葉をつまらせた父が、迷った様子でいる。
浅く呼吸をしながら見つめていると、父は観念したのか、頬にキスしてくれた。
すぐに気持ちよくて、ふわんとした気分になる。

僕はこんなこと、お願いしたら駄目なのに。目的が、もう射精だけじゃなくなっている。
でももっともっと、くっつきたい。お父さんに、甘えたい。

「ロシェ……」

顔を撫でられて、見つめられた。同じ短い息づかいになってきて、複雑な表情に見える。
父は何を考えてるんだろう。僕は急に不安になってきた。

「……僕、おかしいみたい。変だよね、ごめんねお父さん」

罪悪感が募ってきて、うっすらと涙がこみ上げてくる。
父の瞳が揺れ動く。覆い被さってきて、上から抱き締められた。

「変じゃないよ、気持ちいい?」

まるでもっと幼い子にするように、優しい声で尋ねられた。その言葉に反応して、こくこくと頷く。片方の腕で抱きつくと、体全体をもっと強い力で包まれた。

「ばか。謝るなって。俺がしてやるって、言っただろ? だから任せろ」

じわりとうるむ。目尻を拭われて、また頬にキスをくれる。

「お父さん、好き」
 
僕はたまらず口に出してしまった。すると父は一瞬目を丸くする。
親子二人とも似ていて、普段はそんなこと口にしたりしないからだ。

「俺もお前が大好きだよ、ロシェ」

でもお父さんは、どこか嬉しそうに、微笑んでくれた。その言葉が今はさらに特別に響く。

駄目だ、もう我慢できない。どんどん溢れそうになっていく。

「もういく、お父さん……っ」
「いいぞ、我慢するな、いって」

しがみつく僕の耳の近くで囁かれて、とうとう出してしまった。
お腹が濡れていく。恥ずかしい。今までで一番だ。
でも一番、身体中が、気持ちのよさに満たされていた。



僕が達したあとは、ちゅ、ちゅっと二回キスされる。おでこと頬に。
これはなぜか、いつもそうだった。

体を拭われて、僕はだらんと力が抜けたまま。
隣の父は、なぜかすぐに眠らないで、僕に寄り添い顔を眺めていた。

「……なに? 恥ずかしいよ、お父さん」

今日の僕はおかしかった。変なことをたくさん言ってしまった。
射精のあと急にそのことをはっきり思い出し、すぐに布団を被りたくなる。

「いや……お前が可愛いだけだよ」

そう言ってぎゅっと抱きしめてきた。
お父さんは甘い。どんな僕でも、受け入れてくれる。

けれど、何故だろう。介助をしている時はやりにくそうな父だったのに、終わった後はいつも、父のほうが穏やかな表情で、なんというか……スキンシップが多くなるから不思議だ。

「僕、やっぱり病気かも。まだ心臓が、どきどきしてる」
「えっ? 大丈夫か」

父が僕の胸にぴたりと耳を当てた。
髪の毛がくすぐったくて、体が跳ねる。

「もう、何してるの、平気だってばっ」

羞恥から体をよじろうとするけれど、結局父の大きな体に抱きしめられて捕まった。

「どうした? お前赤いぞ、ロシェ。顔見せて」

少し心配げに見つめ、頬に当ててくる手のひらをすり抜けて、僕は必死に隠れようとした。



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