お父さんにお世話してもらう僕 | ナノ


▼ 34 進路とハプニング

十六才になって大分経ち、僕は学校で机に向かって、ある本を読んでいた。あまりに分厚くて各ページ一生懸命舐めるように見つめるけれど、情報が多すぎて頭がこんがらがる。

「ロシェ君。何読んでるの? ……資格の本?」
「あ、セス君。そうだよ、僕でも何か取れるかなと思って」

通路の向かい側から話しかけてきたのは、僕と同じく車イスの少年、14才のセス君だ。彼は生まれつき両足に不自由があり、今年からこの支援学校に転入してきた。

中学生の年なのにもう高校生の勉強を始めているほど頭がよくて、知的で落ち着いた印象だ。黒髪だし、少し子供のときのお父さんの写真を思い出す。

「そっか。俺達みたいなタイプだと、たぶん事務系かな。簿記とかは取っておいたほうがいいかもね」
「えっ? ぼっき?」
「簿記だよロシェ君。会社の帳簿とかつける役割の人」

年下の彼が若干赤くなりながら教えてくれる。なぜか僕より色々なことに詳しくて、半分情けなく思いつつも感心してしまった。
話を聞くとセス君の障害は先天性なこともあり、昔から将来のことを自分で深く考えてきたのだという。

「うち離婚してて母親しかいないから、俺もなるべく早く自立出来るようになりたいなって思ってるんだ」
「……そうなんだね。偉いなぁセス君。僕もその気持ちわかるよ。まだ具体例が見つからなくて、焦りはあるけど」

自分と同じ片親で、似ている障害を抱えている彼とは、まだ出会って数ヵ月だけど、勝手に同志のような気持ちになっていた。
僕はこの通り受け身でぼんやりしてるところがあるため、正直セス君のほうが年上かと思うぐらいしっかりして見える。

でも卒業は僕のほうが先だから、先輩らしく少しでも道を示せたらいいなって密かな思いもあった。

「簿記だね。調べてみよう、ありがとう。てことはやっぱり、経理とかがいいのかなぁ。関連する資格も色々あるみたいだしーー」

ぶつぶつ言っていると、近くをアーサー君が通りかかった。目印の黒いニット帽をかぶり、ちらっと僕達を見下ろしてはまた消え去る。
僕は気にしてなかったけど、セス君は三つ年上の彼の態度が気になるようだった。

「なあ、ロシェ君。俺、やっぱり嫌われてるよね、アーサー君に……」
「えっ? 全然。どうして?」
「どうしてって……話しかけても無言だし、無表情だし。もう三ヶ月経つのに」

悲しげな雰囲気で漏らされ、僕は慌てて首を振る。それは初対面ではすぐに馴染めない彼の特性で、僕なんか彼が元々敵対していたニルスくんと仲良くしていたせいもあって、四ヶ月は関われなかったと説明したら驚いていた。

「大丈夫だよ。それどころか好かれてると思うよ。一日に何回も僕たちの近くに来るでしょう? まあ、誘ったら断られるけど、気になってるのは確かだよ」
「……そうかな」
「うん、絶対そうだから気にしないでね、セス君」

優しく伝えてると、急にポケットの中の携帯が振動した。こんな時間にメッセージ?と思いトークアプリを開く。
そこにあった内容を見てびっくりした後、笑いがこぼれた。すぐに画面をセス君にも見せてあげた。

「ほら見て。アーサー君からだったよ。『俺の携帯もう教えた?』だって。セス君のこと言ってるんだと思う。教えるねって返しとくね」

微笑ましい思いがしながら伝えると、みるみるうちに彼の表情が明るくなっていく。普段は大人っぽいけど、こんな時は年相応の男の子なんだなって温かい気持ちになる。

結局それからクラスメイトの二人共、メールから友達の仲を育んでいってるようだったので、僕も安心したし嬉しくなったのだった。

そしてその日はもうひとつ、意外なことが起こる。
放課後、廊下に背の高い、黒髪の男が現れた。セス君に「あれ、ロシェ君のお父さんじゃない?」と言われて気がつく。

今日は保護者会があったから、きっと帰る時間に父も教室まで来てくれたのだろう。
手をあげて合図をされ、僕は自然と顔が緩みそうになった。皆と挨拶して別れ、僕と父はいつものように帰宅した。

帰りの車内で、なぜか父は考え事をしているようで、やけに静かだった。もしかして、何かあったのかな、僕の学校での問題?と考え、少しどきどきした。
家に帰ってからもそれは続き、夕食後、やっと父が口を開いた。

「ロシェ。ちょっと話があるんだが」
「な、なあに? 悪い話?」
「違うよ。お前に聞いておきたくてな」

眼鏡を直し、まっすぐ真剣な顔で見据えられて喉をごくりと鳴らす。お説教だったらどうしよう、と身構えたときだった。

「今日保護者会で、担任の先生に尋ねられたんだ。お前の進路について。まだ卒業は先だが、なにかやりたいこととかあるのか?」  

ストレートに聞かれて、どくっと心臓が脈打った。かなりタイムリーな質問に驚くが納得もする。だが僕は情けないことに、すぐに答えられなかった。

「えっと……あのね。……まだあんまり、はっきりとは決まってなくて」

なぜか後ろめたさを感じながら、小声になってしまった。別に責められてるわけではないのに、僕としては去年から考えていたわりに何も決まってないことが悩ましく思えた。

黙っていると、父の手が食卓にある僕の固く握った手に重ねられる。とても暖かくて、僕は思わず顔を上げた。

「焦ることはないよ。普通はそんなにすぐ、見つからないもんだ。……そうだな、進学とかは考えてたりするか? 大学に行きたいとか」

尋ねられて、僕はその問いにはすんなり首を振る。父は意外そうにしていた。でも実は、進学しようという思いは最初からなかった。

「僕、出来るかどうかは別として、なるべく早く就職できたらなって思ってるんだ。こんな動機でいいのか分からないけど、自分で出来るだけお金稼げたらなって。いつもお父さんにお世話になってばかりだから、ええと、これからもそうかもしれないけど、なるべく自立したいなって思ってるの」

初めて気持ちを話して、なんだか体温があがり汗が出てくる。高校生で半身麻痺の自分には、夢物語に聞こえてないかなって気になったのだ。
でも父は笑ったりせず真剣に聞いてくれた。

「そうか。俺はいいことだと思うよ。お前にこれだけは言っておきたいんだが、どんな道に進んでも俺はサポートするからな。ひとりで背負い込むなよ」

手をぎゅっとされて優しい言葉に僕は、つい目が潤んでしまったのだけど。

「あとな……これは、言うタイミングを迷ったんだが。俺の店、あるだろう? 前からお前が卒業したら、何人か従業員を増やして、もう少し事務所を大きくしようと考えてたんだ。だから、もしだぞ。やりたいことが見つからなかったり、難しいって分かったときでも、うちの店で働くという選択肢もある。そういう場所があっても困ることはないだろ? だから、心に留めておけ」

そんなことを父が考えていてくれたとは思いもせず、僕は一瞬時が止まってしまった。

「……で、でも。僕、迷惑にならない? 何するのもゆっくりだし、問題起こすかもしれないよ」

どこの仕事場に入れたとしても、同じことだけれど。そう遠慮がちに付け加える。

「そんな事はない。まだ経験してないから、不安なだけだよ。それにお前は自分が助けてもらってばかりだと思ってるかもしれないが、お前だって人の助けになるんだよ。現に俺は必要としてるしな。最初は小さいことから始めていけばいい、出来ることがどんどん増えることも、ロシェは知ってるだろ?」

優しく言い聞かせてくれる父から、僕のこと必要って思ってくれてるって聞いて、じーんとする。
確かに、初めて車イスに乗ったときも、リフォームをしてもらったときもそうだった。環境を変えれば僕にも出来ることがあると、周りの人や父に教えてもらった。

「もちろん、お前のやりたいことが第一優先だぞ。さっきも言ったが、進学にしろ就職にしろ、俺に出来ることなら何でも協力するからな」

腕を伸ばし、頭を撫でられる。お父さんって、本当に優しいな……。僕はそう身にしみながらも、すでに夢を見てしまっていた。

父の職場で働く自分ーー。なぜか伊達眼鏡をかけて、身綺麗なシャツを着て、パソコンに向かっている。

『お父さん、この書類とこの書類、全部まとめたよ。はいっ』
『ああ、了解だ。じゃあこれとこれの部品の発注を頼む、ロシェ。期限には気を付けろよ』
『はーい』

ちょうど日の差し込むオフィスに二人きりで、誰も見てないからと父が僕の頬にちゅうをする。ふわふわと事務所内のやり取りを夢想し、勝手に顔がにやけていく。そのとき「…おい? 大丈夫か」と声をかけられハッと目を覚ました。

馬鹿だ僕。仕事は遊びじゃないんだから。そう父に怒られてしまうかもしれない。

「ーーとにかく、まだ二年あるからゆっくり考えればいい。な? 聞きたいことがあったら何でも相談しろ」
「……う、うん、ありがとう!」

自営する父の職場で働けるようになるには、どんな準備ができるのかな。まるでニルスくんみたいだけど、僕はすでに真剣に考え始めてしまっていた。

でも、一方でこんなに甘えちゃっていいのだろうか?という気持ちもある。用意してくれた道を進むほうが容易かもしれないけれど、もっと自分の力で一から始めたほうがいいのかな、とか。

けれど、父のそばで働けるとしたら、僕はきっと毎日嬉しくてすごく張り切って頑張るんだろうなぁ…。父のために役に立ちたいって。

「そっか……そうなのかも」

色々考えて少しわかった。自分はなるべく自立したいのは根底にあるけど、少しでも父を支えたいんだ。子供としても、家族としても、……恋人としても。

もしかしたら、父も僕のことをそう考えてくれてるのかなって、思った。どの道に進むかまだ分からないけれど、その思いを芯として胸に抱いておけば、自分でも大丈夫のような気がしたのだ。





そんなことがありつつ、ある金曜日の午後、僕は駅近くのスポーツジムに来ていた。
ポロシャツのユニフォームを着た親友のニルス君がまだ雑用だよ、と言いながらも懸命に働く姿を格好よく思う。

僕はなんでも話せる彼に進路のことも話していた。まだ全く断定はしてないけど、お喋りな僕の生き生きとした様子から何かを感じ取ったらしい。

『ええ! 父ちゃんの店で働くの? 俺との約束は?』

素早い手話と共にぱちぱちと瞬きをされた。そんなのしてたっけ、と言うと明らかに肩を落としていた。

「嘘だよ、ちゃんと覚えてるよ、誘ってくれた君の言葉。ありがとうニルスくん」

素直な気持ちを伝えると赤髪を掻いて照れている。かと思えば唸りながら、難しい顔で腕を組んだ。

『まあ、電気屋とスポーツジムで業務提携も出来るしな』
「うん。あれ? もうしてたはずだよ、たしか。ずっと前お父さん、ここの工事したって言ってたから」
『……マジで!?』

いつの間にか親友が満面の笑みを広げている。単純だなぁと思いつつ、去年までの学校のときのような時間がすごく懐かしかった。

でも、この日実は、これから忘れられない事態が起きてしまうのだった。
ちょうど話をしていたお父さんのことだ。

ニルスくんの休憩時間になり、僕らがいた部屋に動揺した顔で入ってきたのは、彼の父親のジェフリーさんだ。

「おい、ロシェ! 今会社から電話があってな、デイルが仕事中に怪我をして、病院に向かったらしい!」

大柄な彼の稀に見る血相を変えた様子に、僕はすぐに放たれた言葉が理解できなかった。

お父さんが、怪我? 病院……?

その時、考えるより先にある光景が目の前に現れる。事故のあとにベッドの上で横たわる父の姿。車イスの僕が声をかけても、眠ったままで包帯に巻かれ、何も反応しない父の顔。

「やだ、やだよ……なんで……」

全身がガタガタと震え出し、自分の意思と関係なく涙が溢れだす。
焦点がぐらつき、周りで聞こえる声も耳に入ってこず、僕はフラッシュバックを起こしていた。

「お父さん、お父さん……」

はあはあ息が切れて動悸がした。前屈みになり苦しい胸を押さえようとしたら、突然僕のほっぺたが手のひらにぱしん!と包まれた。
痛みを感じて頭をあげる。すると、切羽詰まったニルスくんの顔が真正面にあった。

『だいじょーぶ、父ちゃん生きてる! 骨折しただけ! 大丈夫だロシェ!』

手話をする手と口が大きく動き、その言葉がじわりと頭に入ってきた。こぼれ落ちる涙をニルスくんの手に忙しなく拭われる。

「本当に…? お父さん、生きてる…?」
『ああ、生きてるよ、だから泣くな!』

そう伝えて、車イスの僕のことを上から抱きしめた。彼の温もりを感じて、涙がさらにあふれる。でもようやく頭がはっきりしてきた。お父さんは、大丈夫だけど、仕事中に骨折をしてしまったんだ。でも怪我の程度は分からない、どうしようーー。

「僕、早く行かないと、すぐにーー」
『待て、今俺の父ちゃんがまた電話してる、もうちょっと待って、大丈夫だから』

まだ涙と鼻水が出ていた僕の顔を服の袖で拭きながら、彼は懸命になだめてくれた。
ジェフリーさんがまた急いでドアをくぐり戻ってきて、僕にあることを教えてくれる。

「今検査中なんだが、手首を骨折したらしい。ロシェの叔父さんいるだろう? あの人がここに迎えに来てくれて、一緒に病院に行ってくれるようだ」

彼の言葉に驚く。ギル叔父さんのことだ。
電話の相手は事務のコルネさんで、僕の家族とも連絡をとってくれたらしい。父には同僚のセルヴァおじさんが付き添ってくれているという。

心配で胸がいっぱいで、気持ちがはやる中、同じ町に住む叔父さんは三十分もしないうちにジムに到着した。
明るい金髪が目立つ長身の男の人が、部屋に駆け込んできた。ぜえぜえ息を切らし、僕を見るなり、一目散に抱きしめてくる。

「ロシェ! 迎えに来たぞ。話は聞いたな、先輩が怪我をしてしまったらしい。でも命に別状はないから大丈夫だよ」
「う、うん、ありがとう叔父さん、来てくれて」

フリーカメラマンの叔父は日々忙しくしてるはずなのに、飛んできてくれてありがたかった。自分は車イスなため、すぐに走って行けないことが歯がゆい。

そのとき、ニルスくんがジェフリーさんに何かを話していた。そのやり取りに僕は目を見張る。

「ああ、行ってこい。今は一大事だ、ロシェを守ってやれ」

こくこくと頷くニルスくんが、僕の後ろに回り、車イスを押してくれようとする。

「ニルスくん、何してるのっ? そんなの、悪いよ、仕事中なのに」
『いいんだよ、親友のピンチなんだから、俺もそばにいて見届けるぜ!』

優しい彼に諭されて、なんと彼もついて来てくれることになった。ギル叔父さんとともに二人にお礼を言い、僕らはひとまずジムを出た。
こうして皆が助けてくれて、僕は父のいる病院に向かうことが出来たのだ。



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