お父さんにお世話してもらう僕 | ナノ


▼ 31 親心、恋心 後編

自分が今のロシェと同じ十六才だった頃は、どんなだっただろうかとたまに考える。少なくともこんな風に天真爛漫で、繊細な面もあわせ持つ少年ではなかったように思える。

「見てお父さん、マーガレットさんに送ってもらったんだ。目がくりっとしてて可愛いよね〜」

嬉しそうに携帯に映る赤ん坊の写真を見せられ頷く。無事に出産を終えた彼女とは、こうして交流を続けているようで微笑ましかった。
だがちょうどその時、画面に入ってきた通知に目を奪われた。

「あっ、レイさんだ」

そそくさと自分の視点に戻し、メッセージのやり取りを始めた。今のリハビリ担当の彼とも携帯を教え合っているとは知らず、別に自然なことなのだろうが若干気になった。
その後もロシェはソファの少し離れたところで、一生懸命片手でメールを打っていた。

しばらくして、余計に気がかりなことが起こる。
夕食後、以前より自室にこもることが多くなった息子のもとに、何気なく向かったときだ。

「ロシェ、今から映画見ないかーー」
「……わ、あぁっ!」

扉を開けるとすぐ、パソコンを物凄い早さで閉める息子の後ろ姿があった。立ち止まると「いきなり開けないでよっ」と言われ、俺は今までなかった状況に狼狽した。
しかし咄嗟に謝り、室内にゆっくり足を踏み入れる。

「悪かった。もうしないから」
「……ううん、ごめんね、急にびっくりしただけだよ」

机に向かう体を半分ひねらせ、頭を振って逆に申し訳なさそうに見上げられた。何故だか胸に寂しさと少しの痛みが走る。

「すまん。今度からちゃんとノックするからな。……鍵閉めるとか言うなよ?」
「ふふっ、しないってば。大丈夫だよお父さん」

ふいにこぼれた笑いに安堵した。ロシェの顔がうっすら汗ばんでいたのは引っかかったが、思春期の少年だ、親に見られたくないこともあるだろう。

物事に無頓着な性格もあるが、普段から距離が近くて自分の気がまわらなかった。
静かに反省をし、優しい息子には許してもらえた。

しかしそれからも息子の一人の時間は多くなり、俺は確実に寂しさを募らせることになる。
年齢のせいだとは思っていたが、今までそんな素振りは全く見せなかったため、情けないことに親として混乱した。

いや、本当は父親としてなのか、あいつのーーそういう特別な相手としてなのか、自分ではよく分からなかった。



そんな心も露知らず、週末になると息子は親友のニルスと出かけた。俺はただの送迎要員だ。別にそれは全然構わないし、相手には少し不安があるものの、同年代で楽しそうにしているのは良いことだと感じた。

にも関わらず、金曜の夕方に街角へ車で迎えに行けば、そこにはある若い男がいた。ちょうど待ち合わせをしていた大通り沿いで、車椅子のロシェに話しかけている、体格のいい私服姿の青年レイさんだ。

楽しそうに話す二人に対し、完全に面白くなさそうに突っ立っている赤髪のニルスの様子から、不穏な空気を感じた。

「あっ、お父さん! ありがとう、迎えに来てくれて。今日偶然レイさんに会ったんだよ。三人でお茶もしちゃった」
「そうだったのか。こんにちは、レイさん。すみません、お休みの日に」
「いやいや、僕もロシェ君に会えて嬉しかったんで、ついお邪魔しちゃいました。ごめんね、ニルス君」

明るく笑う若者に、息子の親友は鋭い目つきで歯軋りをしていた。そんな明らかな敵対心をものともせず、レイさんは片手をあげて別れを告げた。

「じゃあ、これから友達と待ち合わせしてるので。またね、ロシェ君」
「うん、また来週ね」

笑顔で手を振る息子に「メールするね」と爽やかに付け加え、颯爽と雑踏に消えていく。
しばし間が空いたが、とりあえず俺はいつも通り、二人を車に乗せて帰りの道を走ることにした。

車内では後部座席にロシェとニルスが座り、なにやら手話で話していた。俺には息子の声しか聞こえないが、あまりいい空気でないことは分かった。

「え? なんでそんなこと言うのニルスくん。レイさん、いい人だよ。……『俺はあいつ嫌い』…? もう、今日会ったばかりでしょ。さっきの態度も悪かったし、どうしてーー」

ロシェが困り顔でやたらと親友を諌めようとしている。俺はただ様子を見ていたが、ニルスはぶすっと不機嫌な表情のまま珍しく静かにしていた。
だが彼の家の前についた途端、ろくでもないことが起こる。

『デイルさん、ありがとう』 

手話でそう言われて、その事ぐらいは分かった俺が「気を付けてな」と答えた。しかし奴は恩を仇で返すように流れる動作で息子を抱きしめ、頬にちゅっと音をたてて口づけをした。

もちろん大人げのない俺は「おい何やってんだ!」と声を荒げる。
しかし赤くなってうろたえるロシェに何か呟いたあと、とっとと車のドアを開け放ち車外へ出た。

「もう! 久しぶりにまたやった、ニルスくんのバカ!」 

息子の物珍しい怒鳴り声は聞こえるはずもなく、やがて二人きりの静寂が漂う。
俺は怒りを鎮めハンドルを握り、また車を発進させた。

しばらくして、はあ、というロシェのため息が聞こえた。
ようやくミラー越しに、声をかけようという気になった。

「大丈夫かあいつ」
「……知らない。今日もずっと不機嫌だったよ。レイさんが来てから。どうしてだろう? 優しくて面白くて、いい人なのになぁ。二人とも、スポーツ好きだし気が合うと思ってたんだ、僕」

その言葉から、きっとロシェは友人の輪を広げたかったのかもしれないと思った。しかし不思議なことに、俺にはニルスの気持ちもわずかに感じ取れた。

「まあ、合わなかったんだろ。それに何か気に食わないんだろうな、お前があの人に気を許してて」

言いながらチクリと胸をつつかれる感覚がした。単に俺は自分の気持ちを代弁していたのだと思う。
息子は想定外だったようで、俺の指摘に目を丸くしていた。あれだけ押しに押されているのに、鈍感なやつだ。

「そうなのかな……」

ロシェはなぜか途端に瞳を動かし、視線を落とした。無言になったため、口出ししすぎたかと焦る。
しかし、考えたのちに息子の口から出た言葉は、今度は俺の頭を動転させた。

「お父さん、誰にも言わないでね。レイさん、親しい人には話してるらしいんだけど、僕教えてもらったんだ」
「……何をだ?」
「実はレイさんってゲイなんだって」
「えっ? ゲイ?」

俺は急ブレーキをかけそうになった。
しかし寸でのところで踏み止まり、実際はかなり驚愕していたものの、無表情を貫いた。

「……ああ、そうなのか。じゃあ同性愛者ってことか。別に今時珍しくもないが…」
「うん。そうだよね。全然珍しくないよね」

明るい声を出して頷く息子を鏡越しにじっと見つめる。元々人にあまり関心がないこともあったが、自分には特に誰の性的指向に偏見もない。そもそも俺が犯している大罪を鑑みれば何も思う資格などないだろう。

しかしだ。愛する息子の近くにいる若い男で、慕っているような好青年がゲイだと知らされれば、否が応にも気になってしまうのは当然のことじゃないか?

なぜそんなことを知ってしまったのかと、誰にもぶつけられない恨みさえ湧いた。
そんな事はする必要がないのに、とにかく身勝手な心配と憂慮に陥った。

気になったことはもうひとつある。やたらと肯定的なロシェの態度だ。
だがそれ以上は何も言えず、俺はいかなる言葉も飲み込んだ。



ロシェとは週末は一緒に眠っているし、触れ合いだって自制しながらも少しずつ深められている。二人の間に何も問題はない。ただやはり息子が広い家の中で離れて過ごす時間が気になってはいた。

ある夜、手洗いのあと廊下を通りかかると、息子の部屋から話し声がした。めったにしない電話か何かで誰かと喋っているようだ。

「……そうなの? それ僕も分かる。レイさんはーー」

奥から聞こえてきた台詞に心臓がどきりとするが、俺はすぐに立ち去った。なんだか腹がむかむかする。
電話するほど仲がよくなったのか。なぜ俺はいい年して不純な想像の果てに嫉妬なんかしてるんだ。馬鹿馬鹿しい。

けれどなぜロシェはあんなになついているんだ、自分以外の男に。
情けなく感じながら、苛立ちの矛先を向ける場所もないことに頭を垂れた。


それから週に一度のリハビリの時間が訪れる。
自分のくだらない感情など誰にも見せるつもりはなかったが、この日は予定が狂ってしまった。

二人が訓練室から現れ、車椅子のロシェはまだ運動服で「あっ、お父さん。すぐに着替えてくるね」と言って更衣室へ向かった。

俺はがらんとした待合室でレイさんと二人、リハビリの話やらちょっとした会話をしていた。息子の頑張りやメニューの進度など、真面目に伝えてくれる仕事熱心な青年だとは思うのだが。

「ーーと、今日はこんなことがあったんですよ、お父さん。ロシェ君は本当に頑張りやさんで、すごくいい子ですよね。気になったことはすぐに質問もしてくれるので、こちらも助かってます」
「そうですか。よかったです。息子もこの病院に長くお世話になってますが、皆いい方ばかりで信頼してるんですよ」

さりげなく釘を刺すつもりで告げると、気をよくした彼は笑みを浮かべ身を乗り出した。

「それはとても嬉しいです。僕もマーガレットさんからお父さんとロシェくんのことはよく聞いてまして。昔のことですが、あなたのことを素敵な人だってやたらと言っていましたよ。ファンだったんですかね。それにロシェ君のことも優しくてとても可愛い子だって。僕も会う度にそう思いますけどね」

はは、と笑いながら褒められた言葉を、その時の俺は素直に受け取れなかった。鬱憤がたまっていたせいもあるが、気がつくと爆発していた。

「確かにロシェはその通りだと思うが、人の息子を可愛いだのなんだの、君は少し距離が近すぎるんじゃないか? やり取りも頻繁にしているようだし、それは端から見て常識的な範囲内と言えるのか?」
「……えっ。どうしたんですか、急に、落ち着いてくださいお父さんーー」

怯んでいるさほど背の変わらない男に対し、俺は眼鏡をきちんとかけ直してから壁際に迫った。

「何か思い当たるふしがあるなら正直に言うべきだ、俺だって息子のためなら多少非常識になってでも止めようと思っている」
「……す、すみませんが、お父さんにはちょっと言えないといいますか」
「俺は君のお父さんじゃない、そんな風に呼ばないでくれ!」

語気を強めて主張する。言われる度に密かにイラついていたことだ。
すると作業衣を着た青年は若干顔を赤らめて「すみません」と謝ってきたため困惑した。

やはり何か隠しているのだ、この男は。いったいロシェに何をーー。
睨み付けていると、待合室に当の本人が現れた。
友好的でない表情で気づいたのか「どうしたの」と交互に顔を見てくる。

「大丈夫だよ」とごまかすレイさんにさらに苛立ちが湧いた。
この状況だけ見たら明らかに不自然なタイミングで俺が言いがかりをつけ恫喝したに過ぎない。腑には落ちなかったが彼に対して頭を下げた。

「すみません、少し言い過ぎました。今日はこれで失礼します」
「あっ、はい。こちらこそすみません、お父さ……いえ、リーデルさん」

言ってすぐに茶髪を掻き焦りだした青年に、またこの野郎という気持ちが湧いたが顔には出さず、俺はロシェを連れて施設を後にした。



帰宅後、ロシェは普段よりさらに口数の乏しい俺のことを気にしていた。
何をする気にもならず、ただ居間のソファに背をもたれさせ、だらしなく考え事をする。

すると車椅子が音を鳴らして近くに停まり、すぐ隣のソファがそっと沈みこんだ。
俺は視線を隣に移し、心配げにのぞいてくる青い瞳を見る。

「今日は部屋に行かないのか」
「うん。大丈夫? お父さん」

即答して尋ねられ、俺は思いのままに腕を伸ばしてロシェを抱き寄せた。抱き締めて首に鼻をうずめ、落ち着く匂いに包まれる。

「大丈夫じゃない。俺だって寂しいときがあるんだよ」

ロシェは腕の中で驚いたようだったが、片腕を俺の背に回してくれた。
今日は離したくないと思いながら、口を開く。

「お前、あの人のことが気になってるのか?」
「え?」

堪えきれず尋ねれば、ぱっと顔を離される。その呆気にとられた表情は、質問の意図すらよく分かっていないようだった。
何の話?と真面目に首を傾げられ、俺は正直にレイさんのことを聞く。

くだらない想像の産物ではあるものの、恥も外聞も捨ててはっきりさせずにはいられなかった。
しかしロシェは「そんなことあるわけないよ、何言ってるの」と動揺した顔で首を振るばかりだ。
しつこい俺は納得できなかった。

「じゃあどうして最近、パソコンでこそこそやってたんだ」

自分の子供に対し、まるで相手の浮気を問い詰めるような情けない言動だとは思ったが、真っ赤になる息子がますます怪しい。

「違うってば。それは……」

目の前で縮こまる肩に触れて、俺にはなんでも話せと無言で問いかける。
するとようやくロシェの口から、驚きの言葉が飛び出た。

「僕、男同士の恋愛ってどうなのかなって、気になって。色々探してたんだよ。その…体のこととか…」
「……え? ……ああ……ビデオとか、そういうのか…?」
「そっ、そうじゃないけど…!」

もじもじしながら下を向かれ、俺はしばし考えた。
十六才で、そういった事柄が気になるのは自然な事だろう。
呆気に取られながらも、途端に妙な嫉妬にかられて前が見えなくなっていた自分を恥じる。

よく分からないが、ロシェはゲイの男達が恋愛をするショーの配信などを、密かに部屋で見ていたのだという。

「だっ、だって、どうやってエッチするのかなとか、気になったんだもん…」

その直接的な表現にも目を見張った。再度混乱に陥った俺は、よく話を聞いてから、気を静めようと努めた。

「お父さん、僕のこと、抱いてくれるって言ったから。でも僕何も知らないし、勉強したくて。がっかりさせたくないから……」

何を言ってるんだこいつは。
聞けば聞くほどに、息子がひとり要らぬ心配をしていたことを知り、一瞬意識が遠のく。

「馬鹿だな。お前はそんなこと気にしなくていいんだよ。がっかりとか思うわけがないだろう。全然わかってないな、俺のこと」

前髪を掻き上げ、焦りでにじんだ汗を拭う。ロシェは説明する通り、そうした気がかりから年上で経験豊富なレイさんとも色々やり取りをしていたらしい。
そこでふと我に返った。

「お前、まさかそういうこともレイさんに直接聞いてたのか?」
「ううん、そんな恥ずかしいことしてないよ。ただ……僕も男の人が気になってるんだってこと、言っちゃった。だって誰にも相談できないし……。もちろんお父さんのことは言ってないよ。大切な二人だけの秘密だから」

照れたように伝えられて頭が熱くなった。
俺は息子の考えることに何も気づかず、勝手な思考で繊細な心に干渉し暴こうとさえしていた。

レイさんも息子の指向に関わることだと思い、親の俺には相談されてることを明かせなかったのだろう。
少し申し訳ないことをしたと今日の言動を反省した。

「ごめんな、ロシェ。俺のはただの焼きもちだ。情けない。悪かったよ」

潔く謝ったが、息子の反応は予想と違った。
俺の腕に掴まり、興味津々な瞳を大きくする。

「お父さんも焼きもち妬くの?」
「ああ。妬くよ。ああいうタイプにはとくにな」

気まずさを隠さずに述べた。レイさんに対しては悪いとは思ったが、今後も警戒を怠るつもりはない。一番大事なロシェのことだ。気にしすぎるぐらいはしたっていいだろうと、開き直りもあった。

「そうなんだ。なんか嬉しいなぁ。でもレイさん、優しくしてくれてるだけだよ。僕なんかただの子供だし。全然そんな気ないよ」
「それは俺が決める。お前は気にするな」

最後まで勝手な言い分をしたあとで、俺はロシェの口元を指でたどり、キスをした。
一度二度、触れさせて離すと、ほんのり赤く染め上がる子の瞳と目が合う。

格好悪い面を多く見せたというのに、ロシェはなんだか嬉しそうな笑みをまとっていた。



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