お父さんにお世話してもらう僕 | ナノ


▼ 28 いつか来る別れ、約束 前編

僕は今年、15才になった。本来なら中等科最後の年だ。
支援学校では皆年代がばらばらだから、来年自分が高校生になるなんて、あまり実感がわかない。

隣では、その高校三年生にあたる僕の親友、ニルスくんが大股開きでクラスの座席に座り、漫画を読んでいる。
僕も同じものを貸してもらい、時おり手話で感想を言い合ったりして面白おかしく喋っていた。

「おい、ニルス! ちょっと来てくれ」
「……ん? ニルスくん、先生が呼んでるよ」

廊下から教室のドアに顔を出した、手話が出来る講師の先生に気づいた僕は彼に声をかけた。すると彼はとぼけ気味に『えっ俺なんかした?』とぼやきながら立ち上がり、先生のもとに向かっていく。

二人は真面目な顔で手話でやり取りをしていた様だけど、内容は分からなかった。
戻ってきたニルスくんに尋ねると、赤髪をかいてあっけらかんとこう話す。

『あー、進路のことだよ。卒業したらどうするんだってさ』

会話ノートを取り出し、ペンで記された言葉を僕は食い入るように見つめた。

「ど、どうするのニルスくん。もう決めてるの?」

筆談で尋ねると、驚くべきことに彼は頷いて即答した。

『うん。俺、親父のジムを継ぐというか、そういう目標があって。障害者の人でも楽しめるような場所作りたいんだよね。スポーツ関係者だけに限らずに、一般の障害持ってる人にも向けて』

そう好奇心に満ちた顔で語られ、僕は衝撃を受ける。申し訳ないけど普段お気楽な振る舞いが多かった親友の、しっかりとした夢をもつ姿に、感動がわいてくる。

「そうだったんだ、すごいニルスくん……絶対叶うよ、ニルスくんなら。僕も通っちゃうかも」

運動神経抜群の彼が、ジムで一生懸命働く姿を思い浮かべる。もともとお父さんの手伝いはしてるようだし、聴覚障害を持ちながらだから全て容易にはいかないかもしれないけど、素晴らしい目標だと思った。

『そうそう、是非通ってよ。そしたら卒業後でも頻繁にロシェに会えるな

久々にハートつきのメッセージが書かれ、僕はそこはスルーしたけど、卒業という言葉に少し気分が沈んできた。
そうだ。僕の三つ上の親友は、来年からもう支援学校には来ないのだ。

「そうだよね……いないんだニルスくん…」
『寂しい?』

なぜかにこにこした顔で尋ねられる。僕は正直に深々と頷いた。
ここに転校した時から一番に仲良くなった友達で、六年間もほぼ毎日一緒だった。彼がいないなんて、想像が出来ない。

『ロシェ、元気だせよ。毎日メールするし顔写真も送ってやるから。な?』
「それはいらないけど…ありがとニルスくん」

うつむいた頭をまるで子供にやるみたいに何度か撫でられた。そういえばこの人、前にキスしてきたりと色々あったけど、僕が父への気持ちを話したら、ちょっとは理解してくれたみたいだった。

それでも押しの強さは変わらないけど。
僕には父がいて、一番大好きで必要な人だ。でも、親友のニルスくんともずっと近くにいたい。そう考えるのは自分でも勝手な気持ちだなって思う。

「けど、僕もいつか進路のこと考えなきゃいけないんだよね。まだ何も決めてないよ、どうしよう…」
『なんだよ、大丈夫だって。まだ時間あるじゃん』

お兄さん風に励まされるけど、そんなにたくさんの時間はない。ただでさえ半身麻痺という重荷があるのだ。
進学?会社勤め? 一瞬考えたけど、相当険しい道に見えた。ほぼ片手しか使えない自分に出来ることなんてあるのかなって暗い気分になる。

だから今から色々調べて、準備することが大事なのかも。なんとか前向きに考えようと、ノートで決意を彼に話していると、こんな言葉をかけられる。

『その調子! まあ仕事なかったら俺のとこ来ればいーよ。そうだ、一緒にジムで働こうぜ!』

ニルスくんはかなりの良い案を思い付いたという顔で、興奮気味に肩を抱えてくる。車イスの自分に対し、突拍子もない提案に思えてびっくりしたけど、彼の優しさがしみた。

「はは、それ完全にコネだね。でもありがと」
『何が悪いの? 俺だってコネだし、いいんだよそんなもん』

二人で笑ってしまった。将来の不安はあるけど、ニルスくんと話しているといつも心がちょっと軽くなる。



今から相談するのは少し早い気がして、父には進路についてまだ話すことはなかった。父の考えも気になったけれど、甘えすぎはよくないと思い、まず自分でゆっくり考えてみようと思った。

そんな時、僕は再び違う人の、新たな岐路に向かう姿を目撃することになる。相手は、僕のリハビリをずっと担当してくれている理学療法士のマーガレットさんだ。

平日の学校終わり、父の運転する車でリハビリ施設へ向かった。そこでみっちり二時間、訓練を行う。終わったら合間の仕事を終えた父がまた迎えに来てくれた。

「ーーあの、帰りにお話しようと思ってたんですが、いいですか。リーデルさん」

ロシェくんも、と車イスに座り受付の隅にいた僕も彼女に呼び寄せられる。父と二人話を聞いていると、突如マーガレットさんの喜ばしい話題を耳にした。

去年僕の主治医でもあるリハビリ専門医の先生と結婚した彼女は、なんと今おめでたなのだという。僕は親い人のそういう知らせは初めてだったためとても驚いたが、父とともに喜びとお祝いの言葉を伝えた。

「出来る限り仕事はしようと思うんですが、来年はしばらく休職することになって。その間、ロシェくんの担当が別の人になるんです。急で申し訳ないんですけども」
「そうなんですか、分かりました。大丈夫ですよ。なあ、ロシェ」

僕も慌てて頷く。そうか、リハビリをしてくれる人が変わるんだ。もちろんマーガレットさんの知らせは僕もすごく嬉しくて、彼女には体を第一に過ごしてほしいなって思う。そんな中、ずっと一緒だったマーガレットさんがいなくなってしまう寂しさも急に襲ってきた。

「ロシェくんは私にとっても特別だから、必ず戻ってくるからね。だから、また一緒に頑張ろうね」
「うん、ありがとうマーガレットさん。えっと、マーガレットさんも体のこと大事にしてね」

僕が気安く言っていいのか分からなかったけど、照れた笑みを見てこちらも胸が温かくなる。
互いを励まし合ったあと、彼女は次の担当の人のことも教えてくれた。大学の後輩でよく知っている人らしく、僕は少し安心した。

その後、車に乗り込み、僕は気分が高揚したり若干の不安の芽があったりと、やけに言葉数が多くなってしまった。

「ねえお父さん、マーガレットさん、絶対いいお母さんになるね。昔から一緒だから、僕には分かるんだ」
「ああ、そうだな」

車が一旦止まった時に、父の大きい手が僕の頭に乗る。無造作に撫でられたあと、こちらをじっと見た。

「お前、ちょっと寂しいんだろ」
「違うよ、おめでたいことなんだから。男として、そんなこと思わないよ」

少し見栄を張って返すと、見透かされたのか、ふっと笑われた。父が眼鏡を直すのとほぼ同時に、心の中でため息を吐く。

ニルスくんも、マーガレットさんも、どこか新しい道に行くんだなって感じた。僕もいつか何か変わるのかな、っていう思いよりも、やっぱり単純に離れてしまうことが寂しいんだと思った。

「僕ってまだガキだなぁ……」
「どうした急に」
「だってさ、考えも子供だし」
「まあな。だがそんなにすぐに大人になるなよ。俺の寂しさはどうする」

僕は吹き出した。お父さんはこんなふうに、たまに弱音めいたことを吐くからこちらも驚かされた。





環境の変化は、それだけではなかった。ある日、父に一本の電話がかかってくる。
足腰が弱い祖母のケアマネージャーの人からで、祖母が急遽入院をすることになったというよくない知らせだった。

80歳を越えた祖母の家族は僕達だけで、父はすぐに病院に向かうことになる。車イスの僕は家で待機していたが、心配は止まなかった。

「ロシェ。お祖母ちゃんな、手術をしたそうだ。胆石が見つかったらしくて、無事に終わったよ。しばらく入院するから、落ち着いたら見舞いに行ってやってくれ」

病院で医師に話を聞き、帰ってきた父から伝えられる。僕は手術が成功したことにひとまず安心したが、その日は夜遅かったし、父もきっと心労が大きかったのだろう、翳りのある表情が気にかかった。

それから二週間ほど、父は仕事が終わると、毎日病院へ向かった。町にある唯一の大きな総合病院で、僕達も一時期入院していたことがある場所だ。

医療関係の手続きや身の周りのお世話、必需品や洗濯物を届けたりと、父は全てを担っていた。
僕もその間家事をしたり、簡単なものだけど夕食を用意したりと、出来ることはやろうとした。

「悪いな、ロシェ。いつも帰りが遅くて。大丈夫か」
「僕は大丈夫だよ。それよりお父さんも平気? お祖母ちゃんも心配だけど、お父さんも無理しないでね」

台所で片付けをしていた僕に話しかけてきて、振り向く。身を屈め、無言で抱きしめられたが、やっぱり疲れがたまっているのか父の表情は浮かない様子だった。

病院を行き来するのは大変なことだ。僕はまだ小さかったけど、事故のあとリハビリ施設を含めたら約半年間入院していた。その当時、祖母や母の父親である祖父が入れ替わりで病院に足を運んでくれて、毎日僕のお世話をしてくれた。ギル叔父さんも出来るだけ来てくれて勇気づけてくれた。

その時のことはつらくてあまり思い出せないけど、病気の人はもちろん、支える人の苦労も計り知れないと思う。
半身麻痺がなかったら、自分ももっと父や祖母の手伝いができたのにと歯がゆくなった。


そしてある週末に、やっと僕は祖母と面会が出来た。普段は町医者を訪れるから、年に一度の定期検診以外では、この病院へ来ることもほとんどない。

お見舞いの花を膝の上に置いて、父とともに車イスで病室に入る。そこは二人部屋で他にも年配の女性がいたが、祖母は僕を見たとたんに喜び、「孫が来てくれたの」と紹介をされたので僕も挨拶をした。

「ロシェ、よく来てくれたね。顔見たかったよ。病院つまらなくてさ」
「はは。分かるよ。僕もお祖母ちゃんに会いたかったから嬉しいな。体大丈夫? お腹まだ痛い?」
「時々ね。でも大丈夫よ、心配しないで。早く帰りたいのよ私。ほら、食べ物もあんまり美味しくなくて」

祖母がまだトレーの上に残った食事を見せながら口を曲げる。僕は苦笑したけど、術後だからかかなり痩せてしまった姿を見て心配が募った。

「退院したら、またグラタン作ってあげるから」
「ほんと? ありがとう。僕も最近料理してるんだ。ね、お父さん」
「ああ。美味いやつな。今度お祖母ちゃんに作ってあげたら喜ぶぞ」
「あっ、それいいね! じゃあ楽しみにしててねお祖母ちゃん」

それは初めての試みだと気分が上がると、祖母もいつの間にか嬉しそうに僕達を眺め、頷いていた。
三人で楽しく話している間に、いつの間にか退室の時間がやって来る。

「母さん、来週また来るけど何か欲しいものあるか」
「ええとね、テレビカード。あといつもの雑誌でいいわ。ありがとね、デイル」
「いいよ」

父が荷物を抱え、僕らは「またね」と挨拶をして部屋を出た。
それほど長くない時間だったけれど、祖母の顔が見れて嬉しかった。高齢だからなのかもしれないけど、体の負担が大きく、退院にはまだかかるらしい。
それからもしばらく、父の病院通いは続いたのだった。



父は、平日は電気屋の仕事に加え、僕の学校の送り迎えがある。他にもリハビリの送迎や買い物など、日曜日以外は目に見えて忙しくなっていた。

表面上は普通に見えるが、もともと口数の少ない父がさらに黙っていることが多くなり、これは僕の勝手な行動だけれど、あまり夜も一緒にいられなくなった。

なんとなく、疲れてるだろうと思って父に甘えないようにと考えたのだ。近くにいるときは父が抱き寄せてきたりすることはあったが、なるべく我儘は言わないようにした。

もちろん父の温もりは恋しかったものの、僕はもう15才だし家族が大変なときに自分のことばかり考えては駄目だと考え、乗りきろうとした。

ある時、僕はリビングで洗濯物を畳み、父の寝室へ持っていった。車イスで洋服棚に近づき、衣服をしまっていく。
居ないときには入らないようにしていたが、今は父も忙しいからと、前より散らかっている寝室を見て片付けたりもした。

そしてあることに気がつく。いつからだっただろう。棚の上に置いてあった家族三人の写真立てがない。
父と母、小さい僕が映っているやつだ。お父さん、しまったのかな。

神妙に思いながら、寝室にひとり佇んでいた。
僕が前に変なことを言ってしまって以来、母のことは口に出さないでいた。それがなくても、僕達の触れ合いが介助から違うものになったと感じてから、僕も父も、あまり話題自体を積極的には出さなくなった気がする。

もちろんお墓参りには行くし、個人的には母のことをよく思い出す。マーガレットさんの知らせがあってからは余計にだ。

でも、考えたって仕方がない。お母さんはもういないんだから。
残された僕達は生きていかなきゃいけなくて、僕は父のことをもう諦められないんだ。好きになってしまったから、どうしようもならないーー。

いつもそんな風に無理矢理納得させて、苦しい気持ちをどこかに追いやろうとする。これはきっと、僕が父を好きでいる限り、抱えていなきゃいけない思いなのだろう。 

父はどう考えているのかな。気にはなっても、もう一度ぶつける勇気はなかった。それはやっぱり父の思いだから、僕がほじくり返していいものじゃないのだ。

「……お父さんと……くっつきたいなぁ」

寝室を眺めながら、呟いた言葉が返ってきてすぐに恥ずかしくなる。
はぁ。こんなこと考えてないで家事の続きしよう。
そう思って部屋を出た。また居間へ戻ると、ソファ前の机にあった携帯が鳴っていた。見るとメッセージだ。

「ん? ニルスくんか。……えっ、今日来るの?」

トークアプリを開き、現れた文面を見下ろす。そこにはいつもの調子で「今日の晩飯俺が作ってあげる!」と予想だにしないことが書かれていた。

僕は学校で最近の生活について彼に全部喋っていたから、夜も一人でいることを気にかけてくれていたのだろう。
でもニルスくんの料理なんて、聞いたことがない。ほんとに出来るのかな。

若干不安が襲い、なんて返事をしようか迷ってるうちに、玄関のチャイムが鳴った。もしやと思い車イスを走らせると、なんとすでに買い物袋をさげた親友がにこやかな顔で立っていた。

「ちょっ、来るの早すぎ! どうしたのその荷物っ」
『俺たちのご飯だよ。今日は楽しみにしとけ、ロシェ!』

強引なニルスくんは颯爽と中に入ってきて、あっという間に台所を占領した。時刻は五時過ぎだから、確かに夕飯時だ。
父ももうすぐ仕事終わりで、これから病院に向かうところだろう。

この前三人の間であんなことがあったから、鉢合わせにならないことにはちょっとだけ胸を撫で下ろす。ある意味怖いもの知らずというか、父に向かっても果敢な僕の親友は何をするか分からないからだ。

「ねえ何作るの? ていうか料理出来たんだニルスくん」
『いや初めて。でもレシピあるから大丈夫』

指でオーケーマークを作り、台所にすべての食材を広げてスマホを見ながら何かを作ってくれている。僕が入りこむ隙はなさそうだから少し緊張しつつも見守った。

彼の料理は約二時間かかり、すでにお腹がぐーぐーなってしまっていた。しかも台所はものすごい散らかり具合で呆然とする。
それでも美味しそうな料理を作ってくれて、目の前に出された逸品に僕は感動した。

「すごーい、ミートボールとポテトフライ作ってくれたの。サラダもあるし。……んっ、美味しいよ! ありがとうニルスくん」
『いやいや。…美味しい? お、確かにうめえ! 俺天才じゃん!』

ごちゃごちゃした部屋の中で親友と二人、夕食を楽しんだ。初めてなのに挑戦してくれて、こんなに時間をかけて一生懸命作ってくれた。親友の優しさと心遣いに、たくさんお礼を言う。

しかし調子に乗ったニルスくんはまた変なことをしかけてきた。

「やっぱりニルスくんって、優しいよね。僕いつも助けてもらっちゃってるな」
『そんなことねえよ。はい、ロシェ。あーんして

機嫌の良さそうな親友が料理をフォークにのせ、勧めてくる。意図が飲み込めなかった僕は首を振って断固拒否した。

「やだってば、何やってるのニルスくん、馬鹿じゃないのっ」
『いいじゃんこのぐらい。俺にもご褒美くれよ』

手話でくだらないやり取りをしながら、しつこい彼に負けて、僕は渋々口を開けた。食べ物を食べさせられ、満足げな彼の表情に赤くなる。

『じゃあ今度は俺の番ね』

そう伝えてニルスくんが大口を開ける。僕は引いたけれど、やらないと終わらない気がして、料理をごちそうしてくれたお礼も兼ねて仕方なく付き合うことにした。

だがまたそのタイミングが最悪だった。

「しょうがないなぁ、一回だけだからね……」

僕とこんなことして何が楽しいんだろうこの人。そんな風に呆れながら、スプーンを口に突っ込もうとする。同時に、居間の廊下から人影が現れた。

「はい、あーん」
「ーーただいま、ロシェ。なんかいい匂いがするな」

突然視界の横から背の高い父の姿が登場し、僕はガチャンとスプーンを落とす。目の前でニルスくんに食べさせているところを見られてしまった。よくわからないショックが襲う。

「おっ、お父さん! 違うんだよこれは」

無表情の父と目が合い慌てていると、真正面では「もうちょっとだったのに」と悔しそうにしている親友が映った。 
父は呆れた顔で僕の頭を触り「ただいまロシェ」とそこに口づけを落とした。

どきまぎしていると、父も食卓前に座った。ニルスくんは立ち上がり、父にも夕食を振る舞ってくれていた。礼を述べた父も遠慮なく食べ始める。

……なんだろう。僕だけかな、こんな重苦しい空気を感じているの。

「二人で夕食か。仲良いな」
「えっ、いやそんなことないよ」
『なぁロシェ、これ将来の練習じゃね?』
「……? なんて言った今」
「なんでもないよお父さん!」

僕は一人で焦ってしまい、変なこと言わないでとニルスくんに目配せをした。彼は気に止めず笑っていたが、冷や汗ものだ。

その後僕とニルスくんが台所の片付けをしてる間も、居間にいた父の視線を時々感じた。だが振り反ってみると、やはりいつもより静かであまり元気がないように感じられた。

普段から落ち着いているから、もともと変化は分かりにくいけれど、僕は父の疲労が溜まってるのだと思いそっとしておいた。


親友と別れたあとも、つかの間のくつろいだ時間を過ごす。
眠る時間になり、パジャマに着替えたあと父に声をかけた。

「おやすみ、お父さん」
「……ああ、おやすみ。ロシェ」

僕は自分から誘えないくせに、もしかしたら今日はベッドに招かれるかな、なんて密かに毎日考えたりもしていた。
でも今日もそれはないーーそう思っていた。

「ーー待て、ロシェ」

顔を上げると、父が僕に手を差し出した。一瞬何かと思いつつ、動く方の右手を乗せる。「立てるか?」と言われ「うん」と思わず返事をした。

僕は腰を上げてゆっくり立ち上がった。手を握られているけど杖なしには不安定だから、すぐに父の腕の中に抱きしめられ、片腕をしっかり回す。

久しぶりに感じる父の匂いと暖かさに、体中が満たされていく。

「お父さん、……お父さん、僕今日一緒にいたい」

ずっと我慢していた言葉があふれ、もうしまい込めなかった。
ぎゅうと力を入れられて胸にくっついていた顔を上げると、父が頷く。

「ああ……俺もだ」

短く告げられて頬を撫でられた。そのままキスされることを望んだけど、僕の体が急に浮きあがる。気がつくと、父に横抱きで抱えられていた。

「車椅子はあとで持ってくる」

慌てる僕に対し、そう一言だけ述べて僕は父の寝室に連れられた。



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