お父さんにお世話してもらう僕 | ナノ


▼ 閑話 美容院に行ってみた

ある日の夜。お風呂上がりの僕は、洗面台の前に座っていた。後ろには父が立っていて、髪の毛をドライヤーで乾かしてもらっている。

「なあロシェ。お前髪伸びてきたよな。そろそろ切りに行くか?」

父の長い指が温風とともに僕の髪をときながら、ふいに尋ねられた。

「うーん、確かに。お父さんも長くなってきたよね。床屋さん行こっか」
「ああ。じゃあ今度予約しておくよ」

二人の会話はそれで終わった。僕は体の左側が不自由なため、いつも父に理容室に連れていってもらっていた。だいたい二、三ヶ月に一度ぐらいで、二人ともさっぱり短くなって帰ってくる。

今回もそんな感じだろうと、耳よりかなり長めになってしまった髪を見ながら考えていた。


しかし、数日後。僕が車イスで居間に向かうと、父の話し声が聞こえてきた。電話をかけているようだ。

「ーーはい、いつもと同じ、カットで二人分予約したいんですが。……えっ? ああ、休暇取るんですか、ゴードンさん。じゃあ仕方ないですね」

聞き耳を立てていた僕は、普段と違う様子に目を見張る。しかし父は直に納得した声を出した。

「はあ、……なるほど。いいんですか? じゃあお願いします。日曜の三時に」

話し終えると、礼を言って父は電話をピっと切った。内容が分からなかった僕は、父に歩み寄っていく。

「ねえねえ、どうしたの。予約出来た?」
「出来たよ。だが、違う美容院になった」
「ええ!」

僕は途端に不安な声になる。なぜかと言うと、産まれた時から僕は同じ近所の理容師さんのお店でしか切ったことがなく、途端に緊張し始めたのだ。

「床屋さんじゃないの? 美容院なの? 僕が行っても平気なのかな」
「落ち着け、ロシェ。いつも行ってるゴードンさんの、息子がやってるとこだって。まだ新しい店みたいだ。来月まで待つよりいいだろう」

頭に優しく手を置かれて、くしゃくしゃとなだめられた。確かにそうだけど、想像したらお洒落なとこみたいだし、すでにドキドしながら、僕はとりあえず父の言うことを聞いた。



日曜日になり、僕たちは車で二つ先の駅近くにある、美容院へとやって来た。広々としたガラス張りの一階建てで、にぎわっているお客さんや美容師さんらが外から丸見えだ。

父に車イスを押され、玄関の自動ドアを抜ける。モダンなインテリアに明るすぎるほどの照明、若い従業員たちの元気な挨拶に、僕はガチガチになった。

「いらっしゃいませー、ご予約のお名前よろしいですか」
「リーデルです。二人でお願いします」
「はい。ではお席にご案内いたしますねー」

明るいお姉さんが僕らに笑いかけ、たくさんある席のうちのちょうど隣り合った二席に案内してくれた。しかも鏡の前のカウンターに、飲み物まで準備してくれる。

僕は車イスから、髪を切る用の椅子に父に乗せてもらった。飲み物を口に含んでいると、隣の父の後ろには、さきほどの女性がついていた。どうやら父の担当らしい。

隣から「今日はどうしますか」という問いに対し、「短めでお願いします」という簡潔な答えが聞こえてきた。父は全く表情を変えずに普段通りだ。

僕は誰が切ってくれるのだろう。ドギマギしていると、お姉さんから「先にお父さんから始めますね、お兄さんは店長がもうすぐ来ますから、もうちょっとお待ちくださいね」と微笑まれた。

自分をお兄さんと呼ばれたことも驚いたが、店長さんが切ってくれることにもびっくりした。
それから僕はしばらく雑誌を片手に待つことになる。しかしやはり近くの父が気になり、ちらちら鏡越しに見てしまった。

「かゆいとこないですかー」
「ないです」

おそらく僕の療法士マーガレットさんと同じ年頃の若い女性に、仰向けになった父が髪を洗われている場面だ。すごく珍しい。
いつもは床屋のおじさんだから、父ももしかして嬉しいのかな、なんて僕は余計なことを考えてしまいそうになった。

その後、間近のシャンプー台から席に戻ってきた父は、髪を切られ始めていた。そしてようやく僕の後ろに美容師さんが現れる。

「お待たせしました! 久しぶりだねー、ロシェくん。大きくなったねえ! 俺のこと覚えてない?」

気軽に話しかけてきたのは、長めの金髪を後ろに結わえた、すらっとした男の人だった。完全に初対面だと思ってたため「えっ?」と慌てる。

「ロシェ。彼がゴードンさんの息子だよ。お前が小さいときはまだ店で働いてたんだが」
「そうそう、いやあ二人が自分の店に来て下さるとは、すっげえ嬉しいですよ、リーデルさん。どうですか、これからは親父のとこじゃなくてうちで」
「それは……今日次第だな」
「はは! じゃあ頑張ります!」

僕たちを担当してくれる二人が顔を見合わせて笑い、やる気を出していた。彼の名はクリスさんで、八年ほど前までは父親のゴードンさんのもとにいたが、その後他の店で修行をし、最近独立出来たのだという。

シャンプー台に移動した後、僕も髪を洗ってもらった。床屋さんではそもそもシャンプーされないし、カットも15分ぐらいで素早く終わる。今回は初めて父以外の男の人の、大きな手に洗ってもらったけど、正直すごく心地がよかった。

「お湯加減どうですかー」
「ええと…気持ちがいいです」

寝そうになりながら率直に言うと、くすっとお兄さんの笑い声が聞こえた。14才の僕の髪にそんなの必要かな、と思いながらトリートメントまでしてもらう。至れり尽くせりな感じで単純な自分は、もうここに来て良かったと思い始めていた。

だが戻ってきた時には、なんと父が席を立っていた。

「あれ! お父さんもう終わっちゃったの?」
「ああ。あっちで待ってるよ」
「ねえねえすっごく格好良いよ! 自分で出来るの、そのセット」
「たぶん出来ない」

あっけらかんと言う父だったが、髪型を褒めたことには照れた様子だった。短くなった黒髪はセンター分けで毛先が少しはねた感じで整えられ、ややワイルドなのに眼鏡が知的さをより醸し出している。

とにかくいつもと雰囲気が違う父に、子供の僕もどきどきしてしまった。
席に戻ると、今度は僕の番だ。クリスさんは見た目は派手だけどすごく話しやすい人で、普段あまり自分から喋らない僕も、気がつくと学校やテレビの話題など楽しく会話していた。

「そういえば、さっきの話だけどね。君の担当するの、今日で二回目なんだよ。昔、親父がリーデルさんの髪切ってたとき、近くで待ってたロシェくんが『僕も切りたい!』って言い出して。その時見習いの俺しかいなくて皆で止めたんだけど、結局練習台になってもらったんだ」
「ええっ。そうだったんですか。すごいワガママ言ってたんだ、僕」
「はは。まあ切ってるときはおとなしくて良い子だったよ。それで終わったら、かっこいい!って喜んでくれて。俺うれしくて、かなり自信になったんだよね」

しみじみと笑みを浮かべるクリスさんを見て、僕も驚きつつ若干照れてしまった。ほぼ覚えてなかったことは残念だけど、なんとなく今も安心して落ち着く雰囲気があるのは、そんな思い出があったからなのかもしれない。

しばらくして、僕の髪型も出来上がった。鏡を見てびっくりする。

「わあ、なにこれ、どうなってるの? 格好いいです! ありがとうクリスさん」
「ほんと? 後ろも大丈夫かな。気に入ってもらえてよかったよ」

鏡で見せてもらって、チェックをする。思ったよりもかなり短めになった僕のヘアスタイルは、前髪をちょっと上げていて今時のサッカー少年みたいになっていた。もっと元気な印象に様変わりしていて気分も高揚する。

普段はそんなことしないけど、片手でのワックスの付け方も教えてもらい、僕はなんだか初めての美容院なのに、髪型だけですごくおしゃれな人になってしまった気持ちになった。

「終わったよー、お父さん。お待たせ」
「ああ。見てたよ」
「どうですかリーデルさん! 合格ですか?」
「何がだ。……まあ、すごくかわ…格好よくなったな、ロシェ。おでこも珍しく見えてる」
「へへ。ほんとっ? うれしいな」

車イスに座った僕は、父に顔を覗かれて笑いかけられて、喜びがわく。お父さんに気に入ってもらえたことが、自分でも一番いいことだと思った。


それから僕らはお礼を言い、お会計をして店をあとにする。父は何も言わなかったけど、ちらっと見えた金額がいつもの倍ぐらいの値段で僕は度肝を抜かれた。

もちろん、普段の床屋さんも素晴らしいとこだけど、さすが洗練された美容院だなあと感じた。少し父に申し訳なく思いながらも連れてきてくれたことにありがとうと伝えた。

「なあロシェ。お前ああいう場所のほうがいいか? 気に入ったんなら美容院にするか」
「えっ、どうして? 僕いつもの床屋さんでいいよ。今日はすごい新鮮で楽しかったけど。お父さんは?」
「いや俺は…どっちでもいいけどな。まあいつものとこのほうが気楽かな」

車に揺られながら話していると、父は顎をさすりながら神妙に考えていた。助手席の僕は少し身を乗り出し、父に近づく。

「そうなの? お父さん、シャンプー気持ち良さそうにしてたんじゃないの」
「え? してないよ別に」

なぜか心外な様子で反応した父がちらりとこっちを見た。

「お前こそ、気持ちいいですとか言ってたよな」
「そ、それは…別に…ただの感想だし…」
「俺のシャンプーとどっちがよかった?」

さらりとした台詞だったけれど、そんなことを聞いてくる様子が珍しくて面食らう。

「お父さんのほうが好きだよ。もちろん」

くだらないなぁと思いながら、僕は気恥ずかしくも正直に答えた。父に突っ込もうとしたのに、反対の立場になってしまい汗ばむ。
父は満足そうに「ならいいが」と横目で確認してくるのだった。

結局僕たちはその後、年に一回ぐらいなら美容院もいいかなという結論を出した。

「ねえお父さん、僕も今度お父さんの髪の毛洗ってみたいな」
「……俺か? 面白いこと考えるな、お前。まあいいけど」
「ええ! いいのっ?」
「驚きすぎだろ。いいよ」

あっさり認められたことに驚愕していると、「でも強めに頼む」と注文を受けた。

「やっぱり人の手だと気持ちいいもんね。そうだったんでしょうお父さん」
「……お前やけにそこにこだわるな。違うって。ロシェの手ならもっと気持ちいいだろうなって思っただけだよ」

またこっちに視線を合わせた父にふいに微笑まれた僕は、自分で言い出したくせに、逆に熱くなって反応に困ってしまった。



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