お父さんにお世話してもらう僕 | ナノ


▼ 1 お父さんにお世話してもらう僕

全ては二年前に起きた事故のせいだった。
大雨の中、キャンプ場から帰る途中。山道の落石により父の運転する車が横転、崖から転落し、助手席に座っていた母が死亡した。

父も重症を負ったが一命を取りとめ、後部座席に乗っていた僕は衝突で脳に大きなダメージを負い、体には半身麻痺が残ってしまった。

「お父さん、お父さん」

寝室の暗がりの中、隣で眠る父の肩を揺らす。小さく唸った父は目を開けると、片手をサイドテーブルに伸ばした。
定位置の眼鏡を取り、起き上がって装着する。僕をじっと見下ろすと、ほっぺたを親指で撫でられた。

「トイレか?」
「うん。ごめんね」
「謝るな。いつでも起こせよ」

手短に気持ちを伝えるクールなお父さん。
僕は大きな肩に掴まり、抱き上げられた。首に腕を回し、落ちないようにする。
もうすぐ12才なのに子供みたいで恥ずかしいけれど、夜は昼みたいに杖を使ってゆっくり歩く時間はない。

トイレのこともあるし、父の睡眠時間をもっと削りたくないから、いつも抱っこしてもらうのだ。

個室に入って便座の上に座らせてもらってから、扉が閉められた。
座っておちんちんを下に向けさせ、おしっこをする。このやり方は最初嫌だったけど、立って出来ないんだから仕方ない。

後ろ手で水を流すと勝手にドアが開いた。

「終わったか?」
「開けるの早いよ!」
「すまん」

片手で下着を上げるのも時間がかかるのに、せっかちな父はいつもこうだ。
また抱き抱えられてベッドに戻ると、デジタル時計は朝の5時を示していた。

「まだ一時間半あるな。寝るぞ、ロシェ」
「うん、おやすみお父さん」

腕を伸ばされて分厚い胸の中にもぐり込む。親にくっついて寝るなんて、どれだけ甘えん坊なんだろう。支援学校の子に見られたら、笑われるに違いない。
でも僕は普通じゃないんだから、これぐらいいいかなと思ってしまう。

左半身が麻痺になって、最初の頃は父を起こせなかった。慣れない体や不安からトイレの回数も頻繁になり、申し訳なかったから。

でも我慢したせいで、ある日僕はおねしょしてしまった。恥ずかしくて泣いて謝ったけど、お父さんは「ちゃんと俺に教えろ。変な気を使うな」とむすっとして言うのみだった。

寝るときはオムツをしようかとも考え、相談したこともある。けれどその時も「お前は本当にそうしたいのか?」と真面目な顔で見透かされて、僕は結局首を横に振った。

出来る限りは、自分でやりたい。それでも父の力を頼った上でだけれど……。




朝になると、僕は体を起こし、近くにある棚から服を探し出して着替える。
同時にクローゼット前で着替えをしている父を見ながら、出来るだけ急ぐ。

部屋用の運動靴を履いて立てかけてある杖を取り、立ち上がった。
開けてくれた扉に向かって歩き出すが、父は僕の近くに来てそっと腕を持ち支えてくれる。

事故後からリハビリを続けているものの、一年経った頃に回復の上限ははっきりした。
僕は正直言って、ひとりきりでは歩くことが出来ない。誰かが見ていないと危ないからだ。

勝手に歩こうとしたこともあったが目眩がして転んでしまい、膝を切って縫うはめになった。
体の左側は動かないだけでなく、触覚もほとんど失われている。例えるなら、ずっと足が痺れている状態だ。それなのに重くて、ぴくりともしない。

この古い家は通路が狭くて段差もあり、車イスを使うことも出来なかった。

「今日は学校の後リハビリだな。その時間に迎えに行くからな」
「うん。ありがとう、お父さん」

台所を歩き回りハムやサラダを出してくれる父と会話しながら、食卓の上でパンをトーストする。片手だから時間はかかるけど、飲み物も注げるし少しは役に立ちたい。

父の仕事は個人経営の電気屋で、人の家に行って配線などを行う職人だ。
時間は融通が利くから平気だ、なんていつも言っているけれど、働きながら僕の面倒を見ることはかなり大変だと思う。

せめて僕が自由に歩くことが出来れば、負担も減るのに……
そう思うことは無駄だと分かっているけれど、どうしても毎日頭をよぎることだった。


支援学校は三時に終わり、いつものように父が車で迎えに来てくれた。それから駅近くのリハビリ施設に移動する。
五時までセラピーや運動を行い、メニューを終了した僕は車イスに乗って待合室で待っていた。

しかし五時半を過ぎても父は来ず、気がつくと壁の丸時計は六時を回っていた。

「お父さん遅いね、ロシェくん。仕事のせいかしら」
「うん。もうすぐ病院閉まるよね、ごめんなさい。僕ここにいて」

そわそわしながら担当の女性療法士に頭を下げると、彼女は一瞬目を丸くした後、にこっと笑みを浮かべた。

「なに言ってるの! そんなこと気にしないの、いくらでも居ちゃっていいんだから。院長なんて毎日趣味で残業してるのよ〜」

肩をぽんと叩かれて少し肩の荷が降りる。
その時だった。施設の玄関扉が開き、背の高い男が現れた。お父さんだ。
小雨が降り始めていたのだろうか、水を弾くパーカーに滴がたくさんついている。

急いで駆け寄ってきた父を見て、僕は心から安堵した。

「お父さん!」
「ロシェ! 悪かった、客の到着が遅れてな、作業に手間取った。車も渋滞してーー」

思わず手を伸ばしてしまった僕の前で、父は身を屈めて抱き締めてくれた。
頭をそっと撫でると顔を上げ、療法士の女性にお辞儀をする。

「すみません、連絡も出来ず。ロシェが世話になりました」
「いいんですよ、リーデルさん。ロシェくんとお喋り楽しいですから。ね?」

彼女にウインクをされて、僕もしっかり頷いた。優しい人に囲まれて、僕は幸せだなと思う。
それから僕のリハビリの内容など、会話を続ける二人を車イスから見上げた。

父と話す彼女は少し顔を赤らめて、患者と話す時より照れたような表情を浮かべている。
いつもこんな感じだ。だからなんだということもないけれど、まだまだ子供の僕は、父が他の人と喋っていると、少しだけ寂しい感覚に陥ることがあった。

その後、父は僕を車イスから自動車の助手席に乗せ、ゆっくりと車を走らせ始めた。
僕たちはもともとあまりお喋りなタイプではない。それに父は僕以上に、普段は無口なほうだと思う。

しかしこの時は珍しく父から話しかけてきた。

「ほんとに悪かったな、ロシェ。腹が減っただろう。今日はお前の好きなケバブ、テイクアウトしてくか。サイドメニューも何でも頼め」

それは嬉しいけれど、そこまで気にしなくてもいいのに。
だってお父さんは、僕のことを全部やってくれている。自分の時間もないのにだ。

「ありがとう……。でもお父さん、ごめんね。僕がいなかったら、仕事ももっとたくさん出来るのに……いつも急がせちゃってるね」

雨を必死に綺麗にするワイパーをぼんやり見ながら、何気なく口にしたことだった。
しかし車は急停止をした。脇に寄っていき、父はハンドブレーキをかける。

そして怖い顔で僕のほうを見た。
何も言わず見つめられて、僕は恐ろしくなった。

「お前がいなかったらなんて、冗談でもそういうこと言うな、ロシェ。仕事なんかどうだっていいんだ、お前と一緒に生きていくために、やってるだけなんだから」

絞り出された、思ってもみなかった台詞に僕は言葉を失ってしまった。
父の気迫に押されたのか、何故だか目に溜まっていく涙をこぼすまいと、見つめ返す。
すると父も眼鏡の奥の瞳をじわりと赤くし、すぐに僕を抱き締めた。

強く苦しいほどに腕の中に閉じ込められて、僕の涙が父の肩に吸われていく。

「ごめんなさい、お父さん。ただ言っちゃっただけなんだ。だって、いつも申し訳なくて。僕もお父さんと一緒にいたいよ、本当だよ」
「……ああ、わかっている。俺もだ、ごめんなロシェ。お前は謝らなくていい、いいんだ」

車が止まったからか、雨がざんざんぶりに降っていて激しく打ち付ける。
強い抱擁に僕は心まで締め付けられ、恥ずかしげもなく鼻水まで垂らして泣いてしまった。

「お父さん、僕のお世話するの大変でしょう? どうしたら僕、もっと、お父さんの助けになるかな?」

ずっと思っていても、普段は聞けないことを聞いてみる。考えても考えても、僕には答えの出ないことだった。

「ロシェ。お前の世話をするのは大変でもなんでもない。親が子供の面倒を見るのは当然のことだよ。何よりも大事なんだからな」

頭を撫でられてくすぐったく感じる。父は普段あんまり僕に口で愛情を伝えたりしない。
大事、という言葉に体がもっと温かくなった。

「でも、でも……」
「なんだ? 気になることは何でも言えよ。お前は溜め込みやすいんだからな」
「……僕が大人になったらどうするの……? ずっとこのままなんて無理でしょう?」
「心配するな。俺の体が動くうちは俺が全部面倒を見てやる。その頃には医術ももっと進歩して、薬が出来てるかもしれない。だから大丈夫だ、今のお前が心配することは何もない。な?」

お父さんは珍しく微笑みを浮かべた。
不思議だ。こうやって言われると、本当に大丈夫なような気がしてくる。

今のところ、僕の動かない身体は変わらない。けれど心の持ちようは、少しずつ変えていくことが出来るのかもしれない。
お父さんのあったかな心に守られて、知らず知らずに、安心を与えられて。



◇◇◇

 

そうやって僕たちは、普通の人より大変な生活ながらも、心穏やかに過ごしていた。
しかしある日、僕に大事件が起こる。正確には僕の……下半身にだ。

ベッドの中で目が覚めたけれど、それは尿意によるものじゃなかった。下着に違和感を感じて、濡れている気がした。

もしかして、またおねしょしちゃったのかな……そう絶望していると、お尻の下は濡れてないことに気がついた。父はまだぐっすり眠っているみたいだ。

布団を開けて中を調べると、下着の間に白い液体がついていた。ねばねばしていて、僕のおちんちんと太ももにだらり、と少し垂れている。

……これ、なに?
僕のおしっこ、変になっちゃったの?

恐怖と情けなさで涙が出そうになり、すぐにサイドテーブルのティッシュに手を伸ばした。ちゃんと拭けばお父さんにバレないと思い、拭き取って丸めて、近くのゴミ箱に投げ入れた。

でも、忘れようと目を閉じた後に、なにか変な匂いがした。
なんだろうこれ。まさか僕のティッシュから?

焦りが湧いてきてタオルをゴミ箱に被せるように置くと、匂いが止まった。
片手で必死に動いたせいで、汗が滲んでくる。バカみたいだ。そう思いつつ、僕は時計のアラームが鳴るまでもう眠れなかった。

「……おはよう、ロシェ。なんだ? その丸めた服は……」

死ぬほど長く感じた起床時間を迎え、僕は父が起きるより先に体を起こし、すでに服を着替えていた。
丸めた寝巻きの中には汚れた下着とティッシュ、タオルも全てくるんである。

「なんでもないよ。早く目が覚めちゃったから」
「そうか……珍しいな」

不自然な様子に父の怪しむ目が向けられるが、これしか隠す方法がなかった。変な匂いが出てないだろうかと、びくびくした罪悪感を抑えながら、僕は寝室を出た。

洗面所に一緒に行ってもらい、お尻の下に椅子が来るように引いてもらう。僕は父が浴室を出たのを確認すると、すぐに鍵を閉めた。濡れた下着をごしごし石鹸で洗い終わり、ようやく洗顔と歯磨きをし始めた。

でもこのパンツ、どうしよう。濡れたまま洗濯カゴに入れたら、おかしいし。湿った匂いも出たら怪しいかもしれない。かといって、自分で干すことは出来ず、父に頼むのも嫌だ。

僕は頭を抱えた。悩みに悩んだ挙げ句、タオルにくるんで証拠隠滅を図り、カゴの下のほうに隠したのだった。

「お父さん、洗濯物溜まってきたみたい。もうすぐ洗濯する?」
「え? まだそんな多くないだろ。……まあ近いうちやっとくよ」

朝食の準備をする父に思わず余計なことを言ってしまうが、僕はそれほど切羽詰まっていた。自分の身に何が起きてるか、本気で分からなかったのだ。




その日の支援学校で、僕はクラスメイトに相談をしていた。
学校はひとクラス四人からなっており、担任の教諭と各科目の先生達が授業を行ってくれている。

先生に聞こうかとも思ったが、父と同じくなんとなく大人には言いづらかった。してしまったことが、悪いことのように感じられたからだ。

「ねえねえ、ニルスくん。今朝こんなことがあったんだけどさ……どう思う?」

昼休みの休憩中、僕は彼と筆談で話してる最中に、ノートの端を借りて朝の恥ずかしい出来事を教えた。
ニルスくんは僕より三つ年上の14才で、背も高くかなり大人っぽい。生まれつき聴力がなく言葉も話せないが、僕たちはよくこうしてノートを使い、何でも言い合えるほど仲がよかった。

『はあ? マジかよ? お前精通してんじゃん、おめでとー!』

素早くノートにテンション高い様子で書き留められた台詞に、僕はまばたきをした。
精通、ってなに? おめでたいの?

そう尋ねると、ニルスくんはなぜか興奮した感じで頭を頷かせ、僕の肩に腕を回してきた。耳打ちをしそうなくらい近い距離だけど、彼の右手はさらさらと紙の上を走っていく。

『めでたいよ。ちんぽから精液出ることだよ。今日はお前が大人になったお祝いだな! 待ってろ、ジュース買ってきてやるから乾杯しようぜ!』

そう言ってニルスくんは僕を置いて立ち上がり、廊下に飛び出て行ってしまった。
お祝いするほどのことなんて、知らなかった。こんなに恥ずかしい思いをしたのに。

もしかして、お父さんに言えば喜んでくれるのかな?
……いや、そんなことない。出来ることなら、知られたくないや。

その後僕は、戻ってきた年上の友達に、色々教えてもらった。
簡単に言うと、この出た液体はセックスをするときに出すものなんだという。僕は大人がするセックスというものは知ってるけれど、具体的には分かってない。

彼の話をまとめると、結果的にこれを出せば子供が出来るということなのだ。
なんだ、じゃあまだ子供の僕には関係ないじゃないか。よかった……。そうニルスくんに言うと、苦笑いされた。勝手に安心している僕に、彼はまだ何かを言いたそうな感じだったけれど、そこでちょうど昼休みが終わってしまった。



それから数日、僕はまたいつも通り普通に目覚めることが出来た。
僕が大人の男になったことをまだ父に言っていないことが、なんとなく悪く感じることもあったが、自分から切り出せる話題ではなかった。だから、そのまま逃げられると思ったーーのに。

なんとまた、同じことが起きてしまった。
それも一回だけじゃなく、週に一回ぐらいのペースで。ニルスくんの話では、これは病気じゃなくて夢精というらしい。精液が無意識に体から溢れてしまうことなのだという。

ああ。僕は、精液人間になっちゃったんだ。こんなのおかしい。嫌だ、面倒くさいし、恥ずかしい。
僕の体が半分動かないから、普通と違うんだ。そうに違いない。

「お父さん……ごめんなさい。僕また……変なことした」

とうとう観念した僕は、父に全てを白状することにした。服に洗った下着を隠し続けるのも、そろそろ限界に感じていたのだ。

「今度はなんだ? ロシェ」

夕食後、リビングでくつろいでいる最中。父は新聞を目線から少し下げ、眼鏡を直した。
食卓の前に座る僕が下を向いて何も言えずにいると、父は隣の椅子に移り、僕の顔を覗きこんできた。

「下着のことなら気にするな。あのままでいいぞ、すぐ洗ってやるから」

こっそり伝えられた言葉に、驚いて顔を上げる。

「……えっ? お父さん、知ってたの?」
「そりゃそうだろう。お前何回も洗濯のこと聞いてくるしな。俺が気づかないとでも思ったのか」

なんてことでもないという風にあっけらかんと話されて、すぐに反応出来ない。
父はそんな僕を見かねて、そっと頭を撫でた。

「知られたくなかったなら悪かったが……やってほしいことは遠慮なく言えよ。男同士だ、気にすることはない」
「……うん、ありがとうお父さん。……でも僕、病院行きたい……」
「なんでだ? ちんこおかしいのか?」

率直に問われて弱々しく否定するものの、本当はどうか分からなかった。

「だって、いつも夢精……してるし。どうすればいいの? お父さんは一回もそんなのしてるの、見たことないもん。僕だけ精液出しすぎちゃってるよ……っ」

父の股座を見ながら、自分のことを思い出し情けなくて目が潤んでくる。
目の前の大きな父は少し困ったように腕を組んだ。

「まあ俺はもうすぐ40だからな……さすがにしょっちゅうはない。……じゃあお前、あれか。ひょっとして、自分ではしてないのか」

……してない?
何を?

本気で分からなかった僕は、首をかしげた。掃除ならしてるけど……そう答えても、父はさらに眉間に皺を刻ませて難しい顔をした。

「ああ、まだまだお前は子供だと思ってたからな。実際そうだが……もうそんな年か。悪かった、ちゃんと教えるべきだったよな」

ぶつぶつと言いながら、眼鏡の位置を調節して改めて僕に向き直ってくる。
何を教えるのだろう? 僕がまだ友達から聞いてないこと、あるのだろうか。

「いいか、ロシェ。男はな、定期的にぺニスをしごいて、精液を出すんだ。溜めすぎると体に良くない。夢精もいわば体のためを思って自然にそうなった、生理現象なんだよ。わかったか?」

父は目を逸らさずに淡々と話してくれた。
定期的に、出さなきゃいけないのか。でも……

「しごくって、なに? おちんちんどうするの?」

身を乗り出して父の授業を受ける。話によると、学校でもそういうことは保健の時間に教えてくれるらしい。僕の場合は、それよりも前に男の成長がやって来てしまったみたいだ。

「それは……こうやってな」

目の前で何かを握る仕草をする父を、まじまじと見つめる。大袈裟に上下に動かしていて、なんだか笑っちゃう仕草に見えた。

お父さんもそんな風にしてるのかな、なんて聞きたくなったけれど、なんとなく止めておいた。

「分かった、お父さん。教えてくれてありがとう、僕さっそくやってみるね!」

お礼を言って立ち上がろうとすると、父はぎょっとして僕を見上げる。

「え、おい。今からするつもりか? いいか、そういうのはこっそりやるもんだ。それと、外ではするんじゃないぞ」

急に焦りだした父がらしくなくて、また笑ってしまいそうになる。
でも僕は、なんというか興奮していた。だって、解決法が無事に見つかったのだ。
ずっと悩んでいて憂鬱で、もう駄目だ、病院行かなきゃって思ってたぐらいだったから。




次の日、僕はさっそく試してみることにした。支援学校のクラスメイト、ニルスくんによるとそれは自慰っていう行為らしい。

お父さんには言えないけれど、ちょっと恥ずかしい行動なのだ。まず男はエッチな絵を見たりして、興奮する。そしたらおちんちんが硬くなってくる。立つぐらいになったら、手で握って擦ったりする。

そこまではちゃんと理解出来たんだけど……僕は正直言うと、あんまりエッチな絵を見たことがない。ニルスくんは『エロ本持ってねえのかよ?』とか大人目線で聞いてきたけれど、そんなの持ってるわけない。

お父さんは持ってるのかな。気になったけど、聞いたり家の中を探したりも出来ないし……。

そういうわけで、僕はまずおちんちんが立つ、ということをクリア出来ないでいた。
エッチなことを考えようとしても、うまくいかない。どうしてだろう、夢精のときは知らず知らずに出してしまっていたのに。


もやもや考えながら、その日の夜にお風呂を迎えた。
僕と父は一緒にお風呂に入っている。理由はもちろん、僕ひとりでは入浴出来ないからだ。

大きめの浴室には洗面所とバスタブ、ガラスで区切られたシャワー室がある。ここはバリアフリーにするために父が去年改装してくれて、シャワーの真向かいにはゆったりと座れる台座が作られていた。

僕はそこに座り、自分のペースで体を洗えるのだ。
片手で一生懸命泡をたたせて、スポンジで体をこすっていく。耳までの髪の毛も簡単に洗える。

「ロシェ、流してやるよ」
「うん、ありがーーんぷっ!!」

体をとっくのとうに洗い終わった父が、シャワーのノズルを持って僕の顔にかけてきた。
すぐに頭からお湯を流され、文句を言う僕に声を出して笑っている。お風呂の時は子供みたいにちょっかいかけてくるから、油断が出来ない。
でも二日に一回の、楽しいひとときだった。

「あ、お父さん。僕まだ洗い足りないとこあるから、先に出てていいよ」
「……ん? そうか……あんまり長くするなよ」
「うん」

何気なく伝えて父がタオルを巻いて出ていくのを見送った。
僕は少しドキドキしながら、おちんちんに手をのばした。お風呂の中だったら、もし汚しちゃってもすぐに洗い流せる。

まだ一度も成功したことがないのに、僕は今度こそ頑張ろうと意気込んでいた。

「んっん……」

柔らかいものを、指で擦ってみた。こんなふにゃふにゃしたもの、そもそも握れない。
左半身が麻痺で自分は左ききだから、本来は慣れてない右手を使わなきゃいけないのもやりづらかった。
しかしさすっても、うんともすんとも言わないでいる。

もしかして僕は……やっぱりおかしいんじゃないか。
泣きそうになって何回もしてみたけれど、結果は同じだった。

「おい、ロシェ。大丈夫か? 入るぞ」

いきなり父が入ってきて、出しっぱなしだったシャワーを止めた。外で待ってたんだろうか。
僕は意気消沈したまま、渡されたタオルをもらって体を拭き始める。

「どうしたんだ、なんで泣いてるんだお前」
「泣いてないよ」

目を合わせずに子供っぽい態度を取ってしまった。
その後僕はふてくされたように、温かいうちに早めに寝室へ向かうことにした。まだ寝る時間には早いけど、つらい現実と向き合いたくない。
僕の体はおかしいんだ。もしかしたらまた明日、夢精してしまうかもしれない。

寝巻きに着替えて布団に潜り込もうとすると、同じくラフな寝巻きに着替えた父がベッドに入ってきた。

「お父さん、もう寝るの? まだ早いよ」
「いいよ、一緒に寝るか。ロシェ」

そう言って腕を伸ばし、僕のことを招きいれる。甘ったれの僕は結局我慢できずに、父の温もりに身を預けた。大きな胸に顔を埋めていると、また悲しくなってくる。

ずっずっと鼻をすすってるのがバレたのか、父が少しだけ体を離して僕のことを見下ろしてきた。窓のカーテンごしから街灯の明かりが入り込み、穏やかな表情が見える。

「泣き虫」
「……泣いてないもん」
「嘘つけ、俺の服が鼻水だらけだぞ」

珍しくからかうように言ってきて、僕は思わず吹き出しそうになった。
でもまたすぐに、暗い気持ちになる。

「お父さん、僕のおちんちんおかしい。ねえどうして?」
「……お前またそのことばっかり考えてるのか」

呆れられるかと思ったけど、父の顔は少し心配そうだった。

「触っても何も起こらないんだよ、変でしょう?」
「そういう時もあるよ。お前はまだ小さいんだから、考えすぎなくていいんだ。反応したらすればいい、そうだろ?」

でもそれじゃ、僕の夢精の問題が全然解決してない。
そう訴えるように黙った息子に困り果てたのか、父はいきなり布団から出て立ち上がった。

近くの棚にあった写真たてに手を伸ばし、何かを小声で囁いた後、くるりと後ろに向けた。それは小さい頃の僕とお母さん、お父さんの三人で撮った大切な家族写真だ。

不審に思っていると、父はまたベッドに上がってきて、僕のことを見下ろした。そして急に僕に寝返りをうたせ、後ろから抱き抱えられる形になる。

「な、なに? お父さん」
「いいから、ちょっとじっとしてろ」

優しく言って僕の右手を掴む。上から手を重ね合わせるように、ズボンの上から股の間をさすってきた。
一体何をしてるんだろう。最初は分からなかったが、もしかしてやり方を教えてくれてるのだろうか。

「自分がやってるみたいにやってみて」

耳元で囁かれてくすぐったくなり身をよじる。遊んでいるみたいで笑いそうになった。でも父は真剣で、僕の手を使ってまさぐってくる。

「笑うなよ、お前が真剣に悩んでるから俺も本気なんだぞ。ほら、これでどうだ?」

父は諦めたのか、僕のズボンの上からおちんちんを直に触ってきた。ちょんちょん、と指先で撫でられただけなのに、僕は急に背筋がぴんと伸びてしまう。

人の手に触られたのは初めてで、異様にドキドキした。

「んーっ、んっ、お父さん、なにしてっ」

僕が逃げようと腰を動かしても、半分はいうことを聞かないし、父は構わずに撫でてくる。
そのうち、変な感じがしてきた。ぼわっと熱が生まれて、だんだん上にあがってくる感覚だ。

「ん、ん、や、あ」

その時、おちんちんが今までにない感覚をもたらした。
下着の中が少し盛り上がっている。それにむずむずして、腰をよじらせたくなる。
そうなった時に、父の手がばっと離された。

「うまくいったな。よかったな、ロシェ」

お父さんが後ろから僕の顔を少し振り向かせ、おでこに軽くキスをしてきた。

「んあっ」

僕は体を丸めて恥ずかしさにうち震える。あれだけ立ってほしいと願っていたのに、いざ父の手で簡単にそうなってしまったら、顔まで真っ赤になって反応できなくなってしまった。

「……今、したいか? 俺はあっち行ってるよ」

気を使って僕を一人にしようとする父を、僕は振り向いて引き留めた。
服の裾を片手で掴んで、「行かないで」と訴える。当然父は目を見開き、動きを止めた。

でも、なぜか今父と離れたくない。
さっきみたいに、抱き締めていてほしくなった。
困惑した様子の父だったが、僕はまた後ろから抱き抱えられる。温かくて気持ちがいい。

まだ立ち上がっているものを右手で一生懸命擦るけれど、さっきの刺激とはほど遠い。父に触られたときの感覚となんでこんなに違うんだろう。

「……はあ……あぁ……こっちの手じゃ、うまく、できないよお父さん……」

僕の利き手が動いたら、こんなもどかしい思いをすることなかったのに。

一度知ってしまった快感にもう一度たどり着きたくて、必死だった。端から見たら馬鹿みたいだろうと思う。でもこんなことでも自分の体だし、僕はもうほんとの男なんだから、大事なことなのだ。

「……しかたないな、今日だけだぞ。俺がしてやるから」

僕の情けない姿を見かねた父が、また腕を伸ばしてきた。今度は大きくて武骨な手のひらにぎゅっと包まれる。

「あっ、あっ」

途端に熱を取り戻した僕のものは、与えられる刺激に電気が走るような感覚に陥った。おちんちんを擦られる気持ちよさを小さい声で我慢する。
こんなに硬くなっちゃうんだ。それに、大きな手に包まれて動かしてもらうと、じんじんして、おかしくなっちゃいそう。

「んあぁ……や、あ……」

僕は腰をくねらせて、はぁはぁ息をした。
お父さんは何も言わないで、手で僕のをしごいてくれている。僕の自慰を手伝ってくれている。

「ロシェ……あんまり声出すんじゃない」

そんなこと言われても、この行為が気持ちいいんだってことを知ってしまったから。
おちんちんを触るのって、こんなに自分が変になっちゃうんだって、知らなかったから。

「お父さん、僕、へん、おちんちん、変だよ」

半分腰をがくがくさせながら、後ろにいる父に掴まる。
もう片方の手で髪を撫でられて、もっとぞくぞくしてきた。

「ん? ……もうすぐか?」
「……ん、う……すぐ…?」
「ああ。もう、イクか……?」

低い声に囁かれて、びくり、と喉を逸らした。
いく、……イク?

イクって、なに?

でも、そうだ、なんか……もうすぐ、そうなんだ。いく、イキそうでーー僕はイッちゃうんだ、と思った。

「やっ、やあ、んぁ、あ、い、いく……イクっ」

お父さんの手に包まれたものがびくびくしなる。跳ねてしまう腰をぎゅっと押さえられて余計に快感が暴発してしまった。
布団はもう剥ぎ取られ、おちんちんの先っぽからぴゅっ、ぴゅっと白い液が出るのを感じた。

「あ、あ、ん、やぁ、あ」

小さい噴水みたいに出てくる精液が、僕のお腹と父の手の甲を濡らす。
思ったよりも長く続いたそれは、全部出しきるまですごくすごく気持ちのよいものだった。

ああ、僕は、いっちゃったんだ。
自慰によってーー正確にはお父さんの介助によってだけど、無事に精液を外に出すことが出来た。

「ロシェ……大丈夫か? ずいぶん出したな、お前……」

後ろから声が聞こえて、僕はハッとなる。
数秒前まで快感に耽っていたのに、体やシーツに垂れたものを見て、一気に現実に引き戻された。

「ご、ごめんなさいお父さん、こんなに汚しちゃった……やだ、……おもらししちゃったみたい」

片腕で体を起こそうとすると、また長い腕が回されてベッドに引き戻される。そうして後ろから前髪をそっと払い除けられると、おでこにキスをされた。
それだけじゃなく、なぜかほっぺたにもちゅっと軽く触れられる。

「なに? くすぐったいよ」

いつもはそんなにスキンシップをしてこない父の行動に、僕は照れて笑い声を出した。
こんなことをしてしまった僕のことを、慰めてくれているのだろうか。

「いや……なんでもないよ」

父は顔を見せずにティッシュに手を伸ばして、僕のお腹を最初に綺麗にしてくれた。

「ロシェ。いいか、次は自分でするんだぞ。もう俺は教えたんだからな」

また広い胸に背を預けていた僕だけど、寝返りを打とうとした。ゆっくり体を反転させて、ようやく父と向き合う。
体はまだぽかぽかして、目も眠気からかトロンとしてきた。でも父はやたらと真剣な顔つきで、僕に話しかけてくる。

「でも、うまく出来ないよ。僕」
「ちゃんと練習しろ。わかったな」
「……はあい。でもまた、見ててくれる?」

ちゃっかり頼むと、父は黙ってしまった。

この気持ちよさのまま眠りたい。父には悪いけど、僕のここ最近の悩みが全部、ふっ飛んだみたいだった。

「ねえねえ、お父さんの手、すごく気持ちよかった。どうしてだろ……?」

胸に掴まって尋ねると、明らかに困った顔を返された。

「それは……親子だからじゃないか。お前のことはなんでも分かるというか……いや、何を言っているんだ俺は……」

ぶつぶつ言葉が続いたような気がしたけれど、最終的には父がまたぎゅっと抱きしめてくれて、その夜は終わりを告げた。

そして夢の中で僕は思う。
そうだね、お父さんは僕のことなんでも分かってくれている。でもそれだけじゃなくて、きっとお父さんのことが大好きだから、僕はこんなに幸せな気分なんだろうなって……。



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