▼ 21 放っておかれて 後編
抱き枕を片腕に収めていた俺を起こしたのは、家のチャイムの音だった。
日曜の早朝に誰だと思い時計を見ると、すでに十時半で飛び起きる。
眼鏡をかけガウンを羽織り、玄関へ向かった。するとそこにはなんと、車椅子のロシェがいた。膝の上の荷物を下ろし、ゆっくりコートを脱ぎながら笑顔を見せる。
「あ、お父さん。ただいまー。まだ寝てたの? 寝間着だし」
「……お、お前。早かったな。もう帰ってきたのか」
「そうだよ。ダメ?」
可愛らしく大きな青い瞳をくりっとされて、やっと俺の目も覚めてきた。
もう少し遅くなると思ってたので驚いたが、ジェフリー達もちょうど午前中に買い物に出る予定だったらしく、ついでに送ってもらったのだという。よろしくと伝えられたようで、後で礼の電話をしておくことにした。
それにしても、ようやく息子が手元に帰ってきた事が素直に嬉しく、たった一日ではあったが俺は感極まっていた。
「おかえり、ロシェ。楽しかったか?」
「うんっ。ニルスくんのお家すごい面白かったよ」
「そうか。それならよかった」
茶髪をさらりと手のひらで撫で、背を曲げて抱きしめる。口にキスしようと思ったのだが、玄関口に置かれたものに気をとられた。
ロシェも近づいた俺に恥ずかしそうにしていたものの、やがて視線が同じものをたどる。
「あれ? なにこの靴。誰か来てるの?」
でかい革靴を見て無邪気に尋ねる息子に対し、俺は勢いよく廊下を振り向く。物音ひとつしないが、あいつがまだ帰ってないーーことを知った。
真っ先にリビングへ向かうと、後ろからロシェも車椅子を走らせついてくる。
そこで目にしたものに、俺は卒倒しそうになった。
ソファ前の机を埋め尽くす、ビールの缶類。スナック菓子の袋やカップ麺まで散乱している。
「うわっ、きたなっ! しかもセルヴァおじさんがいる!」
率直な声をあげた息子に反応し、ソファで丸まって眠る男の茶髪がぴくりと動いた。
唸っている奴に「おい、お前起きろ、こんなに散らかしやがって、片付けろって言っただろっ」と注意するが、そんな俺の服の袖がくいと引っ張られた。
「お父さんも楽しそうだったんだね。昨日は全然教えてくれなかったのに」
低い位置からじろっと指摘され、俺は焦って反射的に首を振った。
「いや俺は一滴も飲んでないよ、全部こいつのだって」
「……えっ。どうして? 本当に…? 大丈夫だよ、お父さんの好きなことして」
とたんに息子に心配げに気を遣われ、逆に突き放されたような悲しみが襲う。
なんで朝からこんな気まずい目に合ってるんだ。
居心地が悪くなっていると、空気の読めない男が場に入ってきた。話し声でようやく目覚めたらしく、寝癖のついた髪で眠そうに「……おっ、ロシェじゃん、おかえりー」と起き上がり、あくびをしている。
それだけじゃ飽き足らず、奴は立ち上がりロシェの近くにやってきて、大柄な体躯をかがめて抱擁をした。
「わぁっ。セルヴァおじさん、お酒くさいよ〜あと髭が痛いってば」
頬をすりつけられて懸命に身を引いている。
息子が構われるのは喜ばしいとは言ったが、成人した男が絡む姿にまったくいい気持ちはしない。
セルヴァはその後、悪びれもせずにソファを占拠し、隣に座ったロシェから楽しそうに話を聞いていた。
おい、それは俺の役割だぞと文句を言いたくなるも、とりあえず部屋の片付けを優先する。
台所とリビングを行き来し、袋に缶を入れて片付けている間、二人の気になる会話が聞こえた。
「えっ? 何言ってんだよロシェ、お前どうした? 急にそんなに大人びたこと言い出しちゃって」
「そんなことないよ、僕もちゃんと考えてるんだよ。だってねーー」
顔を寄せ合ってこそこそ話す二人の間に、見下ろすように立つ。
「何の話だ」
詰め寄るとセルヴァが両手を頭の後ろにやり、ソファにどさりと背を預けた。横目で息子をちらっと見ている。
「いや、ロシェがな。お前に、俺と二人でもっとどっか飲みにでも行ったらどうかってよ」
その主張を聞いたとき、俺は大げさに顔をしかめた。なんだそれは。連日のショックが重なり、ふんだりけったりな気分になる。
しかし息子は追い討ちをかけてきた。
「だってお父さん、あんまり自由な時間がないでしょう? 僕お留守番も出来るし、あっ、ニルスくんと出かけてる時間でもいいしーー」
息子は俺を気遣っている。それは分かる。すぐに人のことを気にする、思いやりのある優しい子だ。
だが当然ながら俺の反応はよくない。
「別に平気だ。子供がそんなこと気にするな」
つい強めの口調で告げると、ロシェは口をつぐんだ。それを見て胸がちくりとする。
セルヴァも思わせ振りな視線で顎で合図をしてきて、俺はため息を吐いた。
「だいたい毎日こいつと顔合わせてるのに必要ないだろ。お腹いっぱいだよ」
「ああ? 冷たい男だなおっまえ!」
予想通りの反応だったのか、親友は大声で笑い出す。
そして息子の肩を抱き寄せた。
「つーかお前、そんな気使えるような年齢になったのか。昔はあんなに「おじちゃん〜」つってまとわりついてたのになぁ。やっぱ成長したな」
髪を乱暴に撫でながら感慨深げにされ、息子も恥ずかしそうにしていた。
俺はソファの端に腰かけて、声をかける。
「ロシェ。気持ちはありがたいけどな。お前がもう少し大きくなって、仕事が暇になってきたら考えとくよ。だから今は心配しないでいい」
「そうそうーーって暇になったら俺が困るだろ! ……まああれだ、ロシェ。こいつは親友のおっさんより可愛い息子と一緒にいたいんだってよ」
セルヴァの言葉にロシェが目を丸くする。だが俺は腕を組み、まっすぐ視線を合わせた。
「ああ。そういう事だ」
真面目な顔で頷けば、またセルヴァの呆れ笑いが漏れる。ロシェはちゃんと分かったのだろうか、照れた面持ちで少し汗ばんでいた様子に見えた。
俺の同僚兼悪友は、ちゃっかり昼飯まで食べてから帰っていった。
そうしてロシェとようやく二人になる。昨日の夜からはあまり孤独に目を向けないで済んだから奴のおかげだが、やはりそばに息子の姿があると落ち着く。
とはいえ、心の狭い俺はさっきのことも少なからず根に持っていた。
「お前がそんなこと考えてたなんてな…」
午後、ぽつりと漏らすと、ロシェはまた困った顔になった。
今日の惨状を見て誤解されたのだとは思うが、まだ言い足りない部分もあった。
「だって僕のせいで我慢してほしくないんだもん」
たまに見せる子の強情な姿は、微笑ましくもあるが、今の俺にとっては自らの願いを阻むものだ。
「どうして分からないんだ? 俺はお前がいないほうが我慢ならないんだよ。今回でよく分かったよ」
敗けを認めたかのように、肩で小さな肩を小突いてやる。
すると落ち着かない様子で見上げられた。
「僕がいなくて寂しかった?」
「ああ。寂しかったよ。すごくな」
俺は即答した。敗北だ。こいつに見せたくない感情をさらけ出されるのも、段々慣れてきた。
ロシェは意外にも嬉しそうに目を細める。
「僕もだよ。だから早めに帰ってきたんだ」
その言葉を聞いた瞬間、なにか電撃が走ったように感じた。
息子への思いが溢れ出す。頭が単純になり、愛しい。可愛い。とかの言葉しか出てこない。
顔を寄せて、唇を重ね合わせると、また息子は笑顔を見せてくれた。
「お父さん。今日は一緒に寝ようね」
「ああ。そうしような」
なんとなく肩の力が抜けた状態でうなずき、約束を交わした。
これで一連の出来事はうまく幕を引いた。ーーかのように思われた。
その話題で思い出したのか、つい気になった俺は、聞かなければよかったことを聞いてしまう。
「で、夜は大丈夫だったのか?」
何気なく問うが、真横でぎくりとした息子の顔が気になった。
「なんだ? 何かあったのか」
「ううん。なんでもないよ」
何でもない顔には見えなかったので問いただした。すると驚愕の事実が判明する。
昨夜ロシェはゲストルームに泊まらせてもらったというが、そこは意外に大きなベッドがあり、なんとニルスと一緒に寝たのだという。
「正確には夜に入ってきちゃったんだよ。ニルスくん、寝相がすごい悪かったけど、一回だけトイレで起こしちゃって。でも全然いいよって言って、また抱っこして連れてってくれたんだ」
楽しい失敗談のように話されて脱力する。何がおかしいんだと考えるのは自分だけのようで腹の底が穏やかじゃなくなる。
こいつはちょっと残酷じゃないか? でも息子からしたらただの親子の会話だ。なぜいらついてるのか自分でも上手く考えが示せない。
「お父さん? 大丈夫?」
「何がだよ」
「なんか機嫌悪くない?」
「悪くないよ」
「だって、すごい仏頂面だし」
「こういう顔だ」
「そうだけど…」と失礼なことを言われた。俺のくだらない感情に対しては、こいつは恐ろしく鈍い。だがやはり、親友とはいえ男同士で同じベッドに眠るか?おかしいだろう。
自分のことは棚にあげて貧乏ゆすりが生まれる。
しばらく大人げない父親の態度が気になったのか、その後ロシェはやたらと俺にくっついてきた。
◇◇◇
それが起爆剤になったのは確かだ。鬱憤がたまっていたのかもしれない。
だから夜になり、腕の中から息子を離せなくなっても仕方がないのだと、俺は開き直っていた。
「ん、んぅ……っ、待って、おと、うさん…っ」
お互いに寝間着でもう寝る段階だったが、おやすみのキスをしたのがまずかった。昨日から息子の温もりが不足していたせいで、唇を押し付けるだけでは満足せず、舌を絡めさせて長いキスをしていた。
「は……ん、あ……っ…」
苦しそうに呼吸をし、片手で掴まってくる息子を見つめる。「嫌か」と尋ねるとすぐに首を振る。
「ううん……やじゃないよ、僕嬉しい……もっとキスして」
そう答えられたせいで歯止めがきかなくなった。
口にという意味なのにロシェのパジャマのボタンに手をかける。ひとつずつ外しながら首にキスをした。白い首筋に舌を這わせ、そのまま下におりていく。
「んっ、んあ、やぁ」
驚いた子の声でも制止できず、胸のあたりを愛撫する。色素の薄い突起を舐めると片側の腰がびくんと跳ねた。優しくおさえた手をズボンの中へ滑らせていく。
下着を通り息子のぺニスに触れ、手のひらで撫でてやる。
「お父さん…っ…あぁっ……ん、ぁっ」
甲高い声に呼ばれて興奮がつのる。俺は体を起こし、ロシェの前で上半身裸になった。
一瞬視線が突き刺さるが、息子に覆い被さりまた唇で愛撫を続ける。それが腹のあたりまで達したとき、予想通り戸惑う声が浴びせられた。
「やっ、なに、そんなとこだめ、お父さんっ」
へそを軽く舐めて腹全体に口を這わせる。
こんな自分はおかしい。理性が視界から隠れ見つからない。
片隅で思いながらも手は言うことを聞かず、下着ごとズボンを脱がしていく。
俺の上体が下半身に向かい息子の声が大きくなる。両足をやや開き、立てられたロシェの片側の太ももに口づけをする。
「あっ…あ…、や…っ」
目の前のささやかな茂みに現れたぺニスを、優しく揉んだ。細い線を描く脇腹にキスしながら弄っているうちに、そこへも自然と口づけてしまった。
当然悲鳴が上がったため、冷静になり一度起きてシンプルに確認をとった。
「ここは駄目か?」
「お父さんのえっち…っ!!」
会話になっておらず何も言い返せない。その間も興奮は止まず動きを再開した。
絶対にしてはならないことだと分かっているが、息子の体の一部であり健気に反応を示す様が愛しいとしか思えなかった。
先端を舐めると小さく震え出す。自然に口に含み、舌で吸いつかせるように動かした。
「あ、あぁ…っだめえ…っ…んぁ、きもち、いぃ…っ」
ちらりと見ると肌をさらけ出し、あられもない姿の息子が顔を手の甲で隠して必死に耐えている。
だがビクビク動く腰とぺニスから感じているのだとわかった。
「ロシェ、……もうイクか?」
「んっ、んぅ、い、いく、……いっちゃう、お父さんっ」
口離してっ、と叫ばれたが俺は口内に出されたものを普通に飲んだ。冷静に考えたら異常なのだが、息子のものなら案外平気だった。
愛しているからだとは思うが飲んだほうが早いという合理的考えに押されたのもある。
「はぁ…はぁ…はぁ」
口を拭い体を起こすと、まだ胸を上下させるロシェがこっちを見て、混乱した様子で真っ赤になっている。
初めて嫌われたかもしれないという焦りが湧いた。
「悪かった。嫌だったならもうしない」
誠心誠意謝るが、キッと潤んだ青い瞳に睨まれ、罪悪感とともに許しを乞おうとした。
「もうばか…っ……僕もお父さんのする…っ」
「駄目だ」
何を言い出すのか?
お前は狂ったのかと自分の振る舞いを省みず即座に断る。
隣に横たわり、「いつかするもん!」と恨み節で掴まってくる息子をなだめた。
ある意味息子をいかせて十分満足は得られたのだが、予想通りロシェは俺のにも興味を持ったようだった。
俺の下半身に手を伸ばしてきて、ズボンの上から片手で触れられる。
情けないことにのけぞった俺は、子供の手を掴み速攻で拒否をした。
だがロシェはこう見えて意地っ張りなところがある。
「どうして? 僕だけあんなことされたのにずるいよ、駄目だよお父さん」
可愛らしい顔つきに正論で諭され、困り果てる。
身から出た錆という言葉を痛感した。
「ちょっ……ほんとに、もうやめろ」
なぜ俺は自分の寝室で息子の小さい手に自身を握られ、しごかれているのだろう。
仕返しのつもりか、無遠慮に下着から出されて一生懸命触られている。
「お父さんも、気持ちいい?」
「……え? ああ……いいよ、ロシェ」
仕方なく好きなようにさせて、息子の体を抱きよせながら、違うことを考えようとする。
確かに気持ちはいいが、今までで一番の背徳感が襲う。非常にまずい。
「ん、ん……大きすぎて難しいよ」
文句を口に出され気まずく感じるものの、この握力じゃ永遠にかかる生き地獄だと思い、自分も上から握った。
一緒にしごくとロシェが俺を見上げて顔を赤らめる。
「それじゃ足りないからもっと強くしろ」
「う、うん。分かった。……もっと色々教えてね、お父さん」
恥ずかしそうに笑いかけるロシェを見て、急に何かがきた。
俺は華奢な肩を抱き込み、顔を近づける。
唇を塞ぎ、舌をねじいれた。しっとりと絡ませて何度もキスをする。愛しい思いがさらに熱を高める。俺は息子への強い愛情をいっそう自覚した。
「……くっ……もう出そうだ、ロシェ……っ」
抱いていた体をシーツの上に仰向けにし、覆い被さった。
浅い呼吸が響く室内で、息子の腹のあたりに出すつもりが、腰が止まらず胸のあたりまで飛ぶ。
「あ、ぁ……ッ」
ばっちり見られて諦めと脱力が襲うが、息子はびっくりして瞬きをしていた。しかし嫌がっている様子はなく、体の上に倒れこむ俺に抱擁をしてくる。
「……すまん。またやってしまった……」
こういう時は正面から顔が見れず、掴まってくる体をぎゅっと抱きしめることしか出来ない。
だが俺の息子は、いつも心が優しい。
「よかったぁ。また二人で一緒にできたね」
明るい声をかけられて気恥ずかしく思う。
こいつは、大丈夫なのだろうか。すべて俺のせいだが、今さら心配になってくる。
でも本当の心配は、息子が俺から離れていかないかということなのだ。
だから俺はまた親であることを忘れ、確かめざるを得なくなる。
「お前が大好きだからこうなったんだぞ。それだけは知っていてくれ」
言い訳がましく伝えると、ロシェはにこりと笑みを広げた。
「うん。分かってるよ。大丈夫。僕、どんなお父さんだって大好きだよ」
一番嬉しい言葉をもらい、柄にもなく頬が緩んだ。
そこまではよかったのだが。
「あ、でも舐めるのは順番だからね」
分かった?と念を押されて度肝を抜かれる。
「お、おい。少し言葉遣いに気をつけろ。そういうこと言うなって」
自分からしておいて説得力もなければ、もう俺には嗜める権限も残ってないだろう。
案の定「お父さんがしたんでしょ!」と怒られた。しばらくは息子に強く出れないかもしれない、俺は密かにそう覚悟した。
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