お父さんにお世話してもらう僕 | ナノ


▼ 16 どんなプレゼントよりも

「ロシェ。誕生日プレゼント、何がいい?」

リビングで本を読んでいると、父がストレートに尋ねてきた。
対して僕はページをめくる手を止めたが、すんなり返事が出てこない。
時間がかかると思ったのか、父は食卓で読んでいた新聞をたたみ、僕が座るソファまでやって来て腰を下ろした。

「ええっと……でもお父さん、この前聖誕祭ですごい物もらったばかりだし、僕いらないよ」

それは本心だった。誕生日は2月初めでもうすぐだけど、12月にもプレゼントはもらったからだ。

「お前、去年もそんなこと言ってたな。誕生日はお前にとっても俺にとっても一番大事な日なんだから、いつだって関係ないよ。遠慮するな、なんでも言えって」

頭をわしゃわしゃ撫でられて、まっすぐ父の愛情が伝わってくる。
そう言ってもらえて嬉しいけれど、この体になってからただでさえ面倒をかけているため、僕は毎年遠慮がちになっていた。

「ありがとう……じゃあ考えとくね」

僕の欲しいもの。ーーそれはお父さん。

って、何を考えてるんだろう。この間、もっと近い関係になれたばかりなのに。
だから今は本当に、これ以上欲しいものなんて願ったら罰が当たる。そんな風に思っていた。

「それと……今回はどうするか、誰か呼ぶか?」
「ううん。僕、お父さんと二人でお祝いしたい」
「そうか……分かった、じゃあそうしような」

僕の声が小さくなってるのに気づいたかもしれない父は、穏やかに声をかけてまた頭をそっと撫でた。

誕生日が嫌な訳じゃない。もちろん不安はあるけど、早く成長して大人になりたいし、父や身近な人にお祝いしてもらえるのも嬉しいことだ。

でも半身麻痺になる前は、前の学校の友達をたくさん招待して、母の美味しいご馳走を食べて、父も仕事から抜け出してきてくれて、皆で楽しくお祝いをした。
どうしてもその時のことを思い出してしまう。そしてそこにいたのは、今みたいな自分じゃない。だから、やっぱり少し悲しくなるのだ。



誕生日は平日だったけれど、父はいつもより早めに帰ってきてくれた。
食材も多く買ってきてくれて、大きいお肉でローストビーフを作るらしい。わくわくして車イスの僕もキッチンで父の様子を見ていた。
楽しみなのは夕食もだけど、帰宅した時父が抱えていたケーキの箱もだった。

「わあ、美味しそう〜コルネさんが作ってくれたの?」
「そうだよ。お前が好きなチョコとフルーツのやつだって。今度お礼言いに行こうな」
「うんっ」

父の会社で事務をしているコルネさんは、去年も誕生日の僕のためにケーキをプレゼントしてくれた。それだけじゃなくて、時々焼いたお菓子とかもくれる。とっても美味しくて、甘いものが大好きな僕は毎回感激してありがたく頂いていた。

彼女は母の友達でもあったが、それは実際は僕の学校の繋がりだった。今はまれに携帯でやり取りをする普通学校のときの同級生がいて、その子の母親がコルネさんなのだ。

「お父さん、すっごく美味しい! お肉焼くの天才だね」
「まあな、それだけは研究したからな。野菜もちゃんと食べろよ」
「はーい」

皿の上にはナイフで切り分けてもらった料理が並ぶ。ぱくぱく口に入れてお喋りをしていると、あっという間にお腹がいっぱいになった。
少し休んでから、食後のデザートタイムになる。父が紅茶も準備してくれて、二人で食べ始めた。

僕達の国では、本当は誕生日の人がゲストを招いて料理を振る舞うのが習慣になっている。それは普段お世話になっている人に、お礼の気持ちをこめてという意味もある。
僕はまだ子供だから父がやってくれているけれど、大人になったら誰かを招待することになるのかな。

親友のニルスくんは昨日、日付が変わった頃にメッセージをくれた。早寝の僕はもう眠ってしまっていたけれど、朝発見したときはすごく嬉しかった。

学校でもおめでとうと言ってくれて、おすすめの漫画をたくさんくれて、ついでにハグもしてきた。パーティーしないの?と直球で聞かれたけど、僕は平日だからとはぐらかしてしまった。本当は彼も来たかったみたい。

アーサーくんも先生もお祝いしてくれたし、メッセージはその同級生の子からも来ていて、マーガレットさんも送ってくれた。

学校から帰ってしばらくしてから、お祖父ちゃんとお祖母ちゃん、ギル叔父さんも電話をくれた。
僕は皆の気持ちが嬉しかった。いつかもっと勇気が出たら、皆にお返しするためにも、大きめのパーティーが出来るといいな。

「じゃあ、プレゼントの時間だな。はい。14才の誕生日おめでとう、ロシェ」

父は急に立ち上がり、いつの間にか準備していた贈り物を手渡してきた。
食卓の隣の椅子に座り、大きな体を乗り出して僕の唇にちゅっと唇を触れさせた。

家族団らんの最中で、まったくそんな雰囲気だと思ってなかったから、僕は身をのけぞらせて驚いた。

「お父さん、なんでいきなりキスするの……!」
「え? 駄目だったか。悪い、いつもの癖で」

何の悪気もなしに眼鏡を直し、そう言ってのけた。
……たぶんだけど、プレゼントをもらう前に一番びっくりしたかもしれない。

赤くなった顔をうつむかせて一生懸命箱の包装紙を開ける。片手じゃ難しいけど、これは一人でやりたかった。

「わあ! かっこいい、スニーカーだ! ありがとうお父さん」

僕が欲しいとお願いしたのは、新しい運動靴だ。歩きやすいお気に入りのブランドだし、サイズもぴったり。杖を使うことも多い僕にとっては重要なものだった。

「気に入ったならよかった。でも本当に、これだけでいいのか?」

いつでも買ってやるのにと言ってくれる父に首を振る。これも本当はすごく考えてお願いしたほど、僕はもう欲しいもの、全部もらっている。
そう言うと父は「そうか?」と首をひねり、まだあんまり納得していないようだった。

「僕、いつもわがままだから、十分なんだよお父さん」
「おい。お前のどこが我儘なんだよ」

顔を近づけて眼鏡の奥の茶色の瞳にじっと見つめられると、弱くなる。すぐに自分の欲張りが顔を出す。

「だって、またキスしてほしいんだもん……」

さっきしてもらったばかりなのに、突然だったから何が何だか分からないうちに終わってしまった。せっかくの誕生日にもらえたものなのに。

恥ずかしくて顔をあげられないでいると、父がほっぺたを軽くさする。
指先しか触れてないのに、僕の体に瞬く間に熱を灯した。

「そんなの我儘のうちに入らないだろ。いつでも言えよ」

さらっと述べて、僕の顎をとる。そして顔を傾けて、口づけを施した。
ふわふわしてきて、どんなプレゼントよりも心を奪われていく。

「……ん、っ……」

それから片腕で頭を抱き込むように、分厚い胸にぎゅっぎゅっと包み込まれた。

ああ。とっくに分かっていたけれど、僕、お父さんに恋をしてる。
頭の中が、好きって言葉でいっぱいになっていく。

僕達の関係は、最近少しずつ変化したと思う。
とくに父は変わった。キスだってそうだし、この前初めて、僕に触れたいと思ってるって言ってくれた。

だから僕は十分満たされていた。全部じゃないけど、肌と肌で触れ合えたことにより、父とまるで特別な関係になれたかのように感じていたのだ。

「なあ。ロシェ」
「……なにっ?」
「ぼーっとしてるぞ。何考えてたんだ?」

キスを終えて、温かくなった僕は静かにしていた。
すると僕の肩を抱えている父にふと尋ねられる。距離が近くて、考えてたことがばれたらまずいと思うのに、余計に逃げ場がなくなったみたいに、さらに熱くなった。

「えっと……お父さんに、素敵な誕生日ありがとうって。それだけだよ」
「……ほんとにそれだけか?」

なら嬉しいが、と付け加えられるけれど、父はなぜか訝しむような眼差しで見つめたままだ。
困った僕は話題をそらそうとした。

「そうだ、僕もお父さんにお礼がしたいな。いつもありがとうって。……でも誕生日まだまだだよね、どうしよう」
「……俺か? 俺は大丈夫だよ。今日はお前の誕生日なのに、そんなこと考えてるのか。おかしな奴だな」

はっきりした物言いに、僕は思わずむう、と頬っぺたを膨らませた。それを見た父が笑う。

「あのな。俺はお前がいてくれるだけでいいんだよ。それだけで十分」

優しい、しみじみした声になだめられる。
すぐに返事がしたくなって、見上げた瞳に視線を合わせた。

「僕もそうだよ。お父さんと一緒にいるだけで幸せだもん。……いつも色々お願いしちゃってるけど」

だから説得力がないのは分かっている。
でも父は僕の言葉に対して、やたらと嬉しそうに微笑んだのだった。

「じゃあおあいこだな。気が合うな、俺達」

そんな風に冗談っぽく言うと、父はまた僕の唇にちゅってしてくれた。この短い時間に三度目だ。
やっぱり誕生日だからかな。何度もキスに見舞われた僕の身は、もうもたなくなってしまった。



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