お父さんにお世話してもらう僕 | ナノ


▼ 12 境界をこえて

いつものように夕食を作り、家族二人で食べ終わった時のことだ。
新聞の端から、正面に座る息子をちらりと覗き見た。

「ロシェ。食べてすぐ携帯をいじるな」
「はあい」

一口分残っている皿のとなりで食卓にのった息子の片手が、懸命にメールを打っている。
もう一度注意すると、「お父さんだってすぐ新聞読んでるでしょ」と突っ込まれた。……反抗期か?

自分が水面下で苛つく原因は分かっている。

「やっとできた。なんかニルスくん、最近また頻繁に送ってくるんだ」

やや困り顔で微笑む息子の親友は、しばらく前に彼女と別れたらしい。
それと関係があるのかは知らないが、どうもこの前のロシェのお漏らし事件から、二人の仲が急速に縮まったのではないかと、親としていらぬ心配をしていた。

高校生に嫉妬するなんて馬鹿げている。それも息子が大切に思っている親友だ。
それに万が一、二人が友情を越えた仲になったとしても、自分よりはマシなのではないか。

俺なんてこの前、大切な息子に対してディープキスをーー。

「お父さん、どうしたの? ぼうっとしてるよ」

立ち上がり、車椅子に移乗しようとするロシェを見て俺も腰を上げた。近くに立ち、何かあったら支えようと待ち構えていたが、無事に乗るのを見てほっとする。

「大丈夫だよ、もう落ちたりしないから」

恥ずかしそうに言う息子の頭をそっと触り、「俺が心配なだけだよ」と優しく声をかけた。

あれ以来、少し過保護な面が出ていると分かっていたが、それほど衝撃を受けたのだ。
仕事があり仕方がないとはいえ、緊急の時に、ロシェが父親より親友を頼ったという事実に。




その日は金曜で、一緒に眠る約束をしていた息子に、就寝前にはキスをした。
寝入るのは早かったが、俺は珍しく夢を見てしまった。悪夢ではなかったものの、まるでほっと出来るような内容ではない。

家の庭先に立っていると、視線の先にはロシェがいた。足でサッカーボールを蹴りながら、楽しそうに走っている。
やがて笑顔で振り向き、俺の胸に飛び込んできた。

「お前、歩けるようになったのか?」

体を支えて尋ねれば、見上げる息子の青い瞳がにっと細まった。

「何言ってるのお父さん」

にこにこして胴に抱きつかれ、安堵と愛おしい思いが増す。
子の明るい表情や仕草を現実と信じ、俺は幸せに満たされていた。

大きさの違う手をつないで歩く。テラスにあるベンチに並んで座ると、ロシェは俺の腕に巻きつき、やけに体を寄せてきた。
口づけをねだられて顔を近づけるものの、はっと思い起こす。

「駄目だよ、お母さんがーー」
「いないよ。僕たち二人だけ…」

そう息子は話し、浮わついた視線で見つめてきた。

「そんなことないだろう」

動揺を隠し辺りを見回すが、確かに他には誰もいない。
静かな晴れた日で、この空間がまるで切り取られた箱庭のようで。
これは、どういうことなんだと焦燥に駆られる。

「僕、お父さんと二人きりでいいの。ずっと一緒がいい…」

はっきりと小さな口元が告げた瞬間、俺は絶句した。
だが衝動的にロシェを抱き締めて、キスをする。それは深く深く、夢の底にたどり着くまで、続けられたーー。

 

ばちりと目が覚める。天井を見たまま、しばらく動けなかった。
隣に目をやって、眠るロシェと、その体越しに車椅子が映った。

まぶたを指の腹で擦り、グッとつむる。随分と残酷な夢だった。
でも息子との甘い口づけの感触がまだ残っている。

表現のしようのない余韻に落ち着かなくなり、子の体を抱き寄せる。

「ん……」

起きる気配がしたが俺は構わず抱き込んだ。

「……お、とうさん……?」

薄ら目の息子に顔を近づけ、キスをする。まるで夢の続きを求めるように。
するべきじゃないと知りながら、気持ちの行き場がなく、欲求をぶつけてしまった。

「どうしたの。怖い夢、見たの……?」
「いや……」

眠そうな声が次第にはっきり変わり、ロシェは恥ずかしそうに視線を合わせた。
胸の鼓動が、速まっていく。
絶望に囚われるどころか、俺は高ぶっていた。起きた後もそれは続いていた。

「……どこ行くの?」

すぐにベッドから降りようとした俺の後ろから、か細い声が引き止めてきた。
バレないように唾を呑み込み、口を開く。

「何でもないよ。まだ寝てろ、ロシェ」
「行かないでお父さん」

寝巻きの袖をきゅっと握られる。
また抱き締めたい衝動に駆られたが、夢の光景が浮かんでめまいがした。

これ以上は、駄目だ。
自戒する心に言動がまるで追いつかない。

「すぐに戻るよ」と言い残し、眼鏡を手に取り寝室を出た。近くの浴室に入り、力なく長椅子に座る。
俺は、ロシェが移乗する際に使う台で何をしているんだ、最悪だと強い嫌悪に苛まれた。

しかし現実にはどうにかするしかなく、壁に背をもたれる。もう何度目かわからないが、結局この時も処理をしてごまかした。



翌朝洗面台の鏡を見れば、また目の隈が浮いていた。不眠よりも由々しき問題だ。
息子に弱い姿は見せられない。しかもこんな情けないことで。
だが時折人の感情に敏感なところがあるロシェは、俺のことを気にかけていた。

夜は部屋の明かりを暗くして、ソファで親子ともに並ぶことが多い。

「ねえお父さん。僕のこと抱っこして」

テレビのCMの間に、突然そう言われて振り向き、思わず眼鏡をかけ直した。
手洗いかと思い立ち上がろうとしたら引き留められる。なんとソファの上でらしい。

父親に甘えたいのだろうか?
嬉しいが、この前の夢がよぎる。自身の問題も解決していない。
どうすべきかと黙考していると、俺と向かい合わせになりたいと言われ混乱した。

細心に注意を払いながら抱き上げ、膝の上に座らせる。
目線が同じぐらいになったロシェは、自分で言い出したのに恥じらう様子で目を伏せていた。

「大丈夫か? 痛いとこないか」
「うん。大丈夫だよ」

そう言って息子は俺の脇の下に片手を入れて、背中に回した。

「ねえ、僕の左手もお父さんの背中につけてくれる?」

麻痺してる方の手を、戸惑いつつ言われた通りに、自分の体に添えさせた。

「そのまま背中倒してみて。ソファのほうに」
「……ああ」

後ろの布製のソファに背を預け、俺もロシェの体を支えた。
するとぐっと力を入れられた。息子の頬が俺の頬にくっつく。

「あのね。僕もお父さんのこと、抱きしめたかったの」

ようやく完全に意味が分かった。動かず力の入らない左手を固定させて、息子に抱擁されている。
息子の願いを知り、何かが奥の方から込み上げてきた。俺達は今、確かに抱き締め合っている。

「ロシェ……」

思わず名を呼びかけると、息子はおずおずと顔を上げた。

「お前、可愛いことするんだな。……嬉しいよ、ありがとう」
 
愛情が込み上げ、さらりとした茶髪をとくように撫でた。顔を近づけておでこにキスをする。
みるみるうちにロシェの肌に赤みが増す。

「どうした」
「……だって、お父さんあんまり、可愛いとか言わないから」
「言わないけどいつもそう思ってるぞ」

真面目に語りかけると、「なあにそれ」とくすくす笑い出す。そうやって表情をくるくると変える息子の姿に、俺は癒された。

自然と唇を重ねる。
タイミングを考えその先を自制しようとすれば、寂しそうな顔が返される。

「お父さんが悩んでるの知ってる。自分が原因だってことも。でも僕、お父さんに抱き締められたり、キスするのも、好き。だから……」

言い留まったロシェにどう答えようか、思案したのだが。

「俺も好きだよ、お前とそうするの」

ああ、また、始まってしまう。
感情が先にきて、やがて体が抑えられなくなるのだ。

「じゃあ、一人で悩んだり苦しんだりしないで。僕にも分けて、お願い。……いつもお父さんが、僕に言ってくれる事だけど」

息子の優しさに、耳に響く声に、熱が沸き立つ。
俺の心も知らず、ロシェはこちらに体を寄りかからせ、密着させる。

さっきとは意味合いが違ってきて、この体勢で抱きつかれるのは、まずい気がしてきた。

しかし離せずに、俺はまたキスをしようとしている。
度合いが深いものに変わり、気がつくと貪っている。

こいつは、俺の息子なのに。いつからこうなってしまったのか。
服の中身を暴きたいなんて、肌に手を滑らせたいなんて、思うようになってしまったんだ?

そこからは気づくと思考をどこかへ投げていた。
ロシェの腰を抱え、もう片方の手が膨らみに触れる。手で覆い優しく撫でてやる。髪を払い、柔い首筋に吸いつく。

「あっ、んぁ…っ、お、とう、さ…っ」

いつもはなるべく他の場所の愛撫はせず、熱を治めることに徹していたはずだ。

服の上からでは飽き足らず、腹の下にあるズボンの隙間から手を差し入れた。
そのまま下着の中に潜り込ませ、直にぺニスを包み込む。ゆっくり緩急をつけて撫で上げると息子の腰が揺れるように動いた。

「お父さんもして」

浅い息づかいで囁かれる。ロシェの手が伸ばされ、指先が俺の下腹部に触れられる。

「おい、」

やんわりと掴んで離した。それはさせる気はない。
ロシェが悲しげな表情を垣間見せる。俺は肩で呼吸を整え、息子の後ろ髪に手を添え、まっすぐ見つめた。

「こっち見て。……下は見るな」

鼓動がうるさい中、下着に隠れていた二人の性器を合わせると息子の腰が跳ねる。
もう理性は役に立たなかった。互いのものを慎重に擦り上げていき、表情の変化に気を付ける。
「嫌じゃないか」と問うと「ううん」と恥ずかしそうに首を振られた。

「お父さんの、全然大きさ違う」
「……ああ、大人だからだよ」

手元が分からないようにしっかり抱き締めて行うが、息子にとっては肌と肌が触れ合うような感触に、刺激を受けているようだ。

「や…っ…んあっ…あぁっ」

快感にあえぎ、必死に掴まってくるロシェに比べ、俺は息子の声や行為そのものに熱くなっていた。

「ん、んぅ、気持ちいい」
「あ、あ、イク」
 
連続で耳元に声が響いて、息子が先に達する。
後先を考えなかった自分のせいで下着に液が飛んでしまうが、しまった。俺はまだ出ない。

……いや、それでいいはずだ。

「ごめんねお父さん、僕先にいっちゃった…」

ロシェが俺の肩に掴まったまま、短く息を切らす。くたっと力が抜ける体を抱いていると、子への気持ちやら何やらが、自分を満たしていく。

「大丈夫だよ。……ああ、待て、今拭くから……そのままでいろ」

息子を片腕で抱き、先に自分のをしまおうと急ぐ姿が、我ながら格好悪い。
しかしその挙動を突然上から止められた。

「やだ。お父さんも絶対いって」

珍しく声を張ったロシェの強い主張に、困る。絶対とはなんだ。
しかし俺はこの期に及んで、まだ息子の願いを跳ね除けられなかった。

仕方なく後ろのソファに押し倒すことにする。
明らかに禁じられたことなのに、俺は興奮で昂っていた。

息子の華奢な体に被さり、シャツから出た平らな腹ぎりぎりで自身を擦りあげる。
はあ、はあと俺の馬鹿みたいな息づかいだけが響き、ロシェの顔を見ることは出来なかったが、こいつは俺の背中に手を回してずっとしがみついていた。

「……くッ……」

口には出来ない感情にまみれながら、愛する子の肌にぶちまけてしまった。
なんとか射精を終えた後も、全身の熱は引かず、顔向けが出来ない。それなのに異様に温もりが欲しくなり、ロシェの頬に唇を触れさせた。

「怒れよロシェ、……いいから俺を責めろ」

抱き締めたまま絞り出すように声をかける。しかし後悔と懺悔が散乱している俺の頭の中にまで、息子の優しい声が届いた。

「どうして? お父さんもいっちゃったね。僕嬉しい」

何故か達成感をにじませ告げた、笑顔の息子の上で、俺はもう一度脱力した。
ああ、とうとう境界を越えてしまった。
そこでも次々と罪悪感に包囲される。しかしロシェはまた軽々と乗り越えてくる。

息子はそんな俺の胴に片腕を回して、抱きしめてと言ってきた。
まだ綺麗になってないから待て、と言っても嬉しそうに顔を寄せる。

「お前、俺が嫌になってないか。大丈夫なのか? 本当に……」
「ううん。なってないよ。お父さんのこと好き」

喜んでいいのだろうか。俺は、どこかで何かを間違えたか。

けれどその言葉を喜ぶ心に、嘘はない。
敗北を感じた俺は子を抱き締めた。
二人の関係は、これから徐々に変わってしまう気がした。



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