お父さんにお世話してもらう僕 | ナノ


▼  10 親友と父の間で

僕は相変わらず自分では出来ない自慰の手助けを、父にしてもらっている。
けれどこの間、父に告げられたことには驚きを隠せなかった。

今まで全くそんな素振りを見せなかったのに、僕が気持ちよくしてもらってる間、お父さんの体も反応をしてしまったらしい。

わざとじゃないし、もうしないようにするって父は謝り、気まずそうにしていた。けれど僕は、正直嫌だとか全然思わなくて、むしろなんとなく嬉しくなっていた。

上手く言えないけど、僕の気持ちはもしかしたら一方通行じゃないのかなって、期待をしてしまいそうになったのである。

「……ん、……お父さん……っ」

あれから一週間が過ぎ、また週末になると僕は父の寝室にいた。
父は体をあまりくっつけないようにしていたが、その理由を知っている僕はわがままを言わず、でも少しだけ物足りなさを感じてもいた。

ベッドの上で下着を太ももまで下ろし、寝巻きもまくりあげ、父の掌におちんちんを包まれている。優しく手を動かされると腰が我慢できなくなり、シーツをぎゅーっと握って達してしまった。

「……はぁ、はぁ……ごめんねお父さん、いっぱい出しちゃった……」

僕の上にいる父に告げると、同じように浅い息をついていて、薄明かりの中で大きな体がのっそりと起き上がった。

「いや、大丈夫だよ。……ああ、悪い、ちょっと待ってくれ」

焦りが滲む声が漏れ、膝をついた父は一度汗を手でぬぐったようだった。そのまま僕から離れるようにベッド脇に腰を下ろす。うつむく頭とともに丸まる背中を見て、僕は心配になったけれど、「すまん、自分で拭けるか?」と尋ねられて急いで返事をした。

サイドテーブルのティッシュに手を伸ばし、お腹にべっとりとついた液を細かく拭き取る。
いつも同様にしてくれる父の、無言で頭を抱える姿が気になってしまった。

「あの、お父さん。平気? どうするの?」

背中に話しかけてもすぐに返事はなくて、僕は片腕でシーツの上をゆっくり這い、やっと指先で触れる。

「気にするな。自分でなんとか出来る」

そう短く言って、でも顔は見せてくれない。
覗き見をしようとすると、珍しく頭をくしゃくしゃ掻いていた。なんとかって、どうするんだろう。我慢するのよくないんだよね。

僕は心配は当然のことだけど、普段は大人でクールで格好よい父が、同じ男なんだという親近感も確かに感じていた。

「ねえねえ、お父さんもしない?」

さりげなく提案したら、父はようやく振り向いた。でも怖い顔で、子供の僕は怒られてしまう。

「馬鹿なことを言うな。そんなことしたら、セッ……いや、介助じゃなくなるだろ?」

この時間が単なる介助だというのは分かってるけど、はっきり言われるとズキリとした。
黙った僕を気にして、父が完全に向き直る。

「いや、違うぞ。俺は別に事務的にしてるんじゃない、手助けしたい気持ちはもちろん本当だが、お前が愛しいからしてるんであってーー」

急にあたふたして話してくれた。僕は父の気持ちを利用してしまってる。そう分かっているのに、こうして愛情を伝えられると嬉しいって思う。

「とにかくな、ロシェ、先に寝てていいからな」

優しい声が頭上から聞こえた。僕のつむじにそっと唇が触れ、大きな手のひらに撫でられる。
そうして父は行ってしまった。扉がぱたんと閉められて、僕は寂しくなる。

布団に潜り込み、眠ろうと努めた。
父のことが気になるけど、プライバシーだし、親に対してそんなこと、やっぱり口に出すことじゃないよね。

本当は一緒に出来たらな、なんて考えてもみるけど、これ以上わがまま言うのも駄目だし、お父さんの気持ちだってもちろんあるんだ。




しかし、それからも同じことは度々起こった。その都度父が見せる気まずさや葛藤のようなものに対し、僕もなにも出来ない申し訳なさが募ったものの、二人の日常生活は流れていく。

ある日、支援学校からの帰り道、後部座席の隣にはニルスくんがいた。
僕達は一緒に遊ぶ約束をしていて、行き先は久しぶりに彼の家だ。

でも珍しく、今日のニルスくんはなんだかそわそわしていて、学校にいる時もそうだったけど、さらに落ち着きがなかった。

『ロシェ。今日何する? また映画? あ、あの漫画の続き買ったよ、読むだろ?』
「ほんと? うん、読みたいな」

手話と指文字を交え、早口で話しかけてくる。僕も片手の手話でお喋りしていた。
自分の家だからテンションが上がってるのかな、とか考えていると、やがて車が彼の一軒家の前で停まった。

大きなガレージと庭付きの、かなりの豪邸だ。彼はここに両親と暮らしていて、僕も父とバーベキューなどに呼んでもらったことが何度かあり、広大なのにすごく居心地のいい暖かなお家である。

「二人とも、着いたぞ。あ、ジェフリーが出てきたな」

運転をして送ってくれた父が先に車から降り、玄関に現れたニルスくんの父と会話をしている。
僕の友達は二人分の鞄を肩にかけ、車のドアを開けて、自分も降り立つ。そして僕の杖を手渡してきて何をするのかと思ったら、こちらに両手を伸ばしてきた。

「ん? どうしたのニルスくん、……もしかして降ろしてくれるの?」
『うん。はい』

にこにこしながら待ち構えてる友人に、僕は目を丸くする。どうしよう、嬉しいけど近くにお父さんもいるし、見られたらちょっと恥ずかしい……。

そう思ったものの、父はまだジェフリーさんと話してるし、親友の優しさを無下にも出来ず、僕はおずおずと頷いた。

「じゃお願いね。ありがとうーーって、うわっ!」

力持ちのニルスくんは僕の背中と膝の裏に腕を回し、しっかりと抱き上げてくれた後、なんとそのまま降ろさずに車から離れ、家の玄関に向かって歩き出した。
二回目だから信頼はあったけど、必死になって片腕を彼の首にかけ、もはや抱きついているみたいに運ばれる。

「もう、僕歩けるってばっ、ニルスくん!」

掴まって訴えても、聞こえるはずもなく、友達とはいえ顔が近すぎて恥ずかしい。
なだめるように数度頷くニルスくんだけれど、子供達の様子に大人も気づき始めたようだった。

「なっ、おい、なにして、大丈夫かっ?」

ぎょっとした父がこちらに向かってこようとする。僕は恥ずかしいあまり「大丈夫だよ!」と一言返してそのまま家に連れられてしまった。

ジェフリーさんの高笑いと「ああ、ニルスのやつ、ずっと前もしていたぞ、気に入ってるんだろうなぁ」という声に、父の「えっ!?」という珍しく張り上げた声が聞こえたものの、どうすることも出来なかった。

いくら親友とはいえ、ちょっと強引すぎる。
ニルスくんが飄々と階段を上り始めたため、僕はまた「もう歩くからそろそろ下ろしてっ」とお願いしたけれど、「もうすぐだよ」と悪戯っぽくウインクするばかりで、僕は結局彼の部屋のソファに下ろしてもらうまで解放されなかった。

『ロシェ。どうしたの? もう疲れた?』
「うん。ニルスくんのばか。いつも勝手なんだから。……お父さんに見られちゃったでしょ」

ため息をついて、最後のほうは隠すように顔をうつむかせて言った。
でも彼は僕の隣に座って、体を寄せてくる。そして鞄から取り出したノートを開き、ペンですらすらと文字を綴り始めた。

『ごめん。でも俺もロシェのこといつでも助けられるよって、見せたかったんだよ』

赤髪を照れたように触り、そばかすの上の人懐っこい目元が優しく細められた。
そんなふうに言われたら、僕も友達の気持ちに反論出来なくなる。

「それは、ありがとう…」

素直に告げると、また彼の明るい微笑みが返ってきたのだった。 
しかし、その日の驚きはそれで終わりではなかった。


ニルスくんの部屋は二階に位置していて、一人っ子だからか、さらに室内も広い。16才の彼はゲームが好きで、大画面のテレビの近くには何台もハードが置かれていた。

いつもは片付けが嫌いみたいだけど、今日は僕が来るからか、机やベッドの上も綺麗に整頓されている。
窓の光が当たるぽかぽかのソファで、僕は借りた漫画を読んだり、ときには二人でノートを使いお喋りをして楽しんでいた。

「わあ、これ凄くない? 僕たちのノート、もうこんなに溜まったんだね」
『うん。まだ何冊もあるよ』

彼が引き出しを開けると、薄いノートがたくさん出てきた。これは数年前僕らが初めて出会った時からの、会話の記録だ。試しに読んでみると、ほとんどがくだらないやり取りだけど、どれも大事な思い出になっていて、ちょっと感動してしまった。

『俺の宝物』

そう言って笑うニルスくんに、僕もふやっと微笑む。「いいなあ僕も欲しい」と言ったら、『ロシェのでもあるよ』と言ってくれた。
そんな温かな雰囲気の中、またいつの間にかニルスくんがそわそわし始めた。

急に黙ったり、お喋りになったり、友達の様子が変になる。

「ねえどうしたのニルスくん。何かあったの?」

気になって尋ねると、ソファの下にあぐらをかいて座った彼が、僕を見上げた。そして「うん」と頷く。

『実は俺、彼女が出来たんだ』

……えっ? ……か、彼女?

部屋の中が一瞬で静まり、僕は情けなくも、すぐに反応が出来ず固まってしまった。
ニルスくんはじっと真面目な顔で僕を見てきて、やがて身を乗り出す。

『……どう思う? ロシェ』
「ど、どうって……えっと、おめでとう。よかったね、ニルスくん」

笑顔を試みて言うものの、驚きすぎて自然な表情が作れない。
なんだろう。おめでたいという気持ちがある一方で、ちょっぴり寂しい、という感情が胸に生まれていた。

ニルスくんはなぜか僕の顔をじろじろ見て、なにか反応を待っている様子だった。
きっと色々聞いてほしいんだろう、そう思って口を開く。

「すごいなぁ、ニルスくん。でも、高校生だもんね。やっぱり大人だね……。あっ、どんな人なの?」

感心するうちに、相手の女の子に興味が湧いて尋ねてみた。
すると彼はぼうっとしてた顔を一瞬ハッとさせて、姿勢を正した。ノートにまた文字を書いて見せてくる。

「えっ、手話教室の人なんだ。一才年上? すごーい」

教えてくれた話によると、違う支援学校に通う高校生で、同じく聴覚障害を持つ女の人らしい。同世代で手話で話せる人は近くに少なくて、会話も弾むのだという。

『写真もあるよ。見てみる?』
「う、うん」

携帯を取り出した友達が画面を見ながら、写真を探している。僕はドキドキした。
まだ13才の自分はそもそも、友達と恋愛話なんかしたことないし、ちょっと早い話題のような気がしたのだ。
でもニルスくんは、いつもやんちゃっぽい少年だけど、もう年頃の男の子なんだもんね。

「え! すごい綺麗な人。大人っぽいね」

画面に映っているのは黒髪の長い髪を持ち、妖艶に笑みを浮かべる女性だった。赤い口紅してるし、ほんとに綺麗だ。こんな人と付き合えるって、ニルスくんもしかしてモテるの?

僕が画面に釘付けになってると、彼はさらに近くに寄って僕の顔を真剣に見つめてくる。なんとなく気詰まりな感じがした僕は、話題を探した。

「ねえねえ。付き合うって、どんなことするの?」
『それは……やっぱり、デートとか、エロいことじゃね?』

腕を組んで話す親友に、僕は咳き込んだ。
彼らしいというか、言いたいことは分かるけど、もう少し言い方があると思う。

「……ニルスくん。あんまりガツガツしないほうがいいよ。せっかく出来た彼女に嫌われちゃうよ」

彼は僕の助言を聞かないふりで、口笛を吹く。心配になったけど、僕は友達として見守るしか出来ないしな。

でも、放った台詞が、自分にも返ってきた気がした。
僕だって、お父さんに勝手にキスしたりとか、その前だって色んなことして欲しいとかわがままたくさん言って……考えてみたら、自分の気持ちを押し付けることばかりしてしまっている。

今だってそうだし、いや、そもそも僕と父は親子であって、そういう間柄じゃなくてーー。

『なあロシェは好きな人いないの?』

頭の中がぐちゃぐちゃして、体も熱くなってしまったとき。ニルスくんの顔が目の前に来た。びっくりした僕はのけぞる。

「えっと、いないよ。知ってるでしょう?」

お父さん、なんて言ったらおかしな空気になるだろうから、僕は否定をした。
僕達のクラスは四人全員が男子で、僕は違うクラスの子とも多く喋ったことがない。

支援学校に通う人は年代もバラバラで少人数だし、リハビリ施設にも同年代の子はいなかった。
幼稚園の頃とか、前の普通学校では気になる女の子はいたけど、恋愛とかそういうレベルじゃなかったのだ。

『そうなんだ。ほんとに?』
「うん。本当だよ」

正直に告げると、ニルスくんになぜか温かい眼差しで頭をくしゃくしゃ撫でられた。
なんだか年齢だけじゃなく、何歩も先に行ってしまった親友に子供扱いされてしまった感は否めない。でも他に言いようがないのだから、仕方がないのだ。





夕食前には父がまた迎えに来てくれて、僕は一緒に帰宅をした。
やっぱり衝撃的なニュースだったのだろうか、わりと何をしていてもニルスくんのことを思い出してしまった。

ソファに座りぼうっとテレビを眺めていると、隣に父が腰を下ろす。いつもはしばらく新聞を読んだり好きなことをしているのに、今日は早めに僕に距離を詰めてきた。

「ロシェ。どうした、何かあったのか?」

背中にそっと手が当てられ、父の眼鏡ごしの瞳に覗きこまれる。鼓動が跳ね、すぐに言葉が出ずに考えたけど、やがて父の肩に頭を預ける。

「何かあったっていうか……実はね、ニルスくんに彼女が出来たんだって…」
「えっ? そうなのか」

話してしまった僕の上から、やや大きめな父の声が響いた。しかも、どことなく明るい感じの響きに聞こえた。
訝しんで見やると、若干慌てたように眼鏡を直している。

「ああ、いや……なんだ。お前、それでちょっと元気ないのか。……寂しいのか?」

直球的に突かれるとなんて返せばいいのか分からず、僕は黙って父に寄り添う。やっぱりそんな風に見えるんだなって、少し恥ずかしくも思った。

「……うん。親友としては嬉しいけど、なんか遠くに行っちゃったみたいな感じがするね。ニルスくん、やっぱり僕より大人なんだなって……」

たぶん、恋人が出来たら遊ぶ時間も減っちゃうんだろうな。だってそのぐらい、凄いことだし。あんなに可愛い女の子が彼女だったら、ニルスくんも楽しいんだろうな…なんて勝手に考える。

友達と恋人は別なのに、僕はニルスくんの存在の大きさを、改めて知ったような気になっていた。

すると突然、僕の肩がぎゅっと大人の腕に包まれた。お父さんが半分抱きしめるように、温もりを与えてくる。

「元気出せ、ロシェ。大丈夫だよ、俺がいるだろ?」

耳元で囁かれた言葉は甘さを帯びていて、僕はドギマギした。
そんな風に言われるとは全く思わず、全身が急激に熱くなる。父は僕が反応できない間も、構わず指先で髪を撫でたり、軽くキスしたりしてきた。

「……お、とうさんっ」
「ん? なんだ」

僕はたぶん耳まで真っ赤になっている。それに気づいた父が、指でそこに触れた。びくっと肩を震わせ、恥ずかしさに染まった僕は隠すために、大きな胸に顔を埋めた。

すると父は今度は正面から抱き締めてくれて、背中を優しくさする。
片手しか回せないけど、今はすごく両腕で、抱きつきたくなった。

「ロシェ」
「……なあに」
「こっち見て」

柔らかい声音に頭を上げると、父の顔が近づいてきた。角度をつけて唇を重ね合わされる。
優しい、甘いキスがほんのり口元を焦がす。僕は完全に赤面してしまったと思う。

「……どうして、今するの」
「すまん。したくなった」

潔い父の台詞に力が抜ける。なんだか気分ががらりと変わってしまい、僕の頭の中は、お父さんでいっぱいになる。

「謝らなくていいよ。僕、嬉しい……」

でも父の前ではなるべく素直でいたくて、呟いた。すると顎をそっと上向けられる。
また口づけをされた。父に唇を塞がれている間、僕は夢のような心地で、服に掴まっていた。

この前みたいな、大人っぽいキスの続きにならないかな…ってこっそり期待もしたけど、きっとそうなったら僕は大変なことになるから、我慢をした。

顔を離されると、父も少しだけ、息を浅くついているように見えた。見つめ合い、胸がざわめいていく。
父はふたたび僕のことを腕の中に閉じ込めて、何も言わずに頭をぽんぽんと触ったのだった。

気がつくと、もっともっとって、求めている。
僕は、お父さんとどうなりたいんだろう?

親子だから、恋人同士になれるわけでもないし、でも似たようなことをして欲しいって願っている。その願いは際限がなくて、自分でもいつか止めなきゃいけないって、分かっているのに。



◇◇◇



僕はある朝、車イスを食卓の前につけ、朝食の準備をしていた。後ろの扉からリビングに入ってきた父を見て、目を奪われる。いつものラフな作業服ではなく、ぱりっとしたワイシャツにスラックスを履いていた。黒髪も撫でつけるようにセットしてあって、まるでビジネスマンのようだ。

「どうしたのお父さん、今日は格好いいね」
「今日はってなんだ。いつもだろう」

冗談めいてふっと笑う姿にドキリとする。普段と違うさらに大人な雰囲気で身を屈め、僕の頭にまたキスを落としたから、余計に心臓がうるさくなった。
父は隣に座り、並んで食事を取る。

「今日はな、取引先の人達と外で会うんだ。だからちょっと帰るのが遅めになる。ああ、学校には迎えに行けるからな。でも夜は、一人でも大丈夫か? なるべく早く帰るが……」

やや気がかりな顔をして尋ねられるけれど、「そうなんだね、僕は全然大丈夫だよ」と胸を張って答える。すると父も安心したようだった。

「お父さん、お仕事頑張ってね」
「ああ。お前も気を付けるんだぞ。何かあったらすぐ連絡しろよ」

目をじっと見て言われて、僕もしっかり頷いた。電気屋の職人である父の話によると、使用する部品などを扱う会社の人と会合を行うらしい。僕も小さい頃から知っている、父の同僚のセルヴァおじさんも一緒だという。

時間的にご飯も食べることになるかもしれないから、先に夕食を食べていてもいいと言われて了承した。
夜に一人になるのは久しぶりだけど、車イスでの暮らしも慣れてきたし、問題ないと思っていた。




その日も支援学校まで送り届けてもらい、普段通り授業を受ける。
休み時間には友達のニルスくんが近くにやって来て、またお喋りをしていた。しかし、最近の彼は、いつも携帯を手に持っていた。

『あ。ちょっとごめん』と手の形を作り、下を向いてよく画面とにらめっこしている。

「ねえねえ、彼女とお話してるの?」
『うん。すごくお喋りでさ……あ、また来た』

僕への手話にメッセージにと、忙しそうだ。時々難しい顔をしてやり取りをするニルスくんを、興味深く眺めていた。
その子はどうやら彼よりも話すのが好きらしく、どんな人なんだろうって少し気になっていた。

二人のノートに置いていた手が止まり、とりとめのない落書きをする。本来の利き手じゃないから、文字はまだしも絵も上手いとは言えないけど、動物の絵を描いたりしていた。

すると横からアーサーくんがひょっこり覗きこんできた。一年中被っている黒いニット帽が視線の端に入り、顔を上げる。

「なにそれ、ロシェ下手だね」
「……うっ。そうだよ。でも何の動物か分かるでしょ?」
「全然分かんない。カエル?」
「クマだよっ」

思ったことを何でも言うアーサーくんに負けずに突っ込むと、彼にペンを取られてしまった。
さらさらと熊の絵をノートに描き始めて、しかもやけに写実的でとても上手だった。

「うわぁ、すっごく上手いね、これ本物みたいだよ!」
「そう? 絵描くの好きなんだ」

一つ年上のアーサーくんが、珍しく照れたみたいに笑って、僕も心がほわっと暖かくなった。
でも近くから急に鋭い視線を感じた。

『お前何やってんだよ、それ俺とロシェのノート』

僕達に気がついたニルスくんは眉間に深いシワを作り、すごく不機嫌な顔でアーサーくんの肩を掴んだ。
最近背が伸びてきたアーサーくんも、全く怯まずに険しい顔を近づける。

「なんだよ? ロシェと仲良く喋ってるのは俺! 携帯やってたくせに、邪魔すんなバカ!」
『ああ? バカだと? 無邪気なバカに言われたくねんだよ!』

二人が喧嘩を始めてしまった。元々好戦的な面があり、そりが合わないのか、この光景は珍しいことではなかったけれど、今回はとくにニルスくんが本気で苛立っていた。

「ちょっと、やめて二人とも。喧嘩しちゃだめだよ。友達なんだから」

止めに入ろうとしても、口論と手話の応戦が続く。
確かに、僕達の大事なノートに勝手に描かせてしまったのは悪かったかもしれないと思い、僕はニルスくんに謝った。すると彼はぴたっと止まり、何か言いたげな複雑な表情を浮かべた。

『いや。俺もごめん、ロシェ。もうあんまり携帯しないから』

弁解したニルスくんは何故か同時に僕をハグしてきた。友達同士の一瞬ならいいけど、教室で長めのやつをやられると、僕は凍りついてしまう。

「ちょ、ニルスくん! 別にいいから、……長いよ!」

顔が横にぴたっとくっついてるから、叫びが届くはずもない。すりすり頬を擦り付けられて、まるで僕のことをマスコットか何かのように思ってるのかと呆れてくる。
後ろでジト目で眺めているアーサーくんは、もっと呆れた様子で、ちっとあからさまな舌打ちをしていた。





支援学校の終わりには約束通り、一度父が迎えに来てくれた。なんだかすごく疲れた日だったけれど、また仕事に送り出して別れ、家に一人になる。
ニルスくんはこの日手話教室があり、学校から自転車で帰る姿にバイバイをした。
教室ではあの子も一緒なんだろうな。二人でどんなこと話してるんだろう。

時々気になったりもしたけれど、僕は家での時間をゆっくり気ままに過ごしていた。

宿題をして簡単な家事をして、お腹が空いてきたらご飯を食べる。
テレビを見たり携帯でネットを見たり、なんだかんだで時刻は六時頃になった。

リビングのソファに座っていた腰を一度上げて立ち上がろうとする。部屋にある本を取りに行くために、近くの車イスに移乗しようとした。
しかし、僕はこの時、まれに見る大ピンチに陥ってしまった。

「う、わ……っ!」

動作に慣れると、必ずいつか油断が生まれてしまうのだ。リハビリの時も何度もマーガレットさんに教えてもらっていたことなのに。
僕は車イスの肘掛けをうまく掴めず、体勢を崩してしまった。そしてソファから滑り落ちるように、お尻が床にどんっとついてしまった。

「……くっ……」

足を投げ出したまま、動く側の右腕をソファの座に置き、一生懸命上がろうとする。
けれど、片腕の力だけで全身が持ち上がるはずもなく、すぐに力尽きた。

「うそ、どうしよう……」

このソファの高さは一般的だけど、床に尻餅をついた半身麻痺の僕からしてみたら、まったく乗り上げることの出来ない物体になる。
これは、見た目以上に大変な事態だった。

何度も力をこめて試してみたけど、車イスはおろか、目の前のソファに座り直すことも出来ず、絶望する。今は家に一人きりで、留守番してる最中なのに。お父さんは夜まで帰ってこないのに。

床に落ちたことは昔は何度かあった。加減や体の扱い方が自分でも分からなかった小さいときだ。その都度父が抱き上げてくれて、事なきを得た。
でも今の自分は、ただ床に落ちただけで、なんにも出来なくなる。床の上を体の片側で必死に這って、移動しようとしたけれど、車イスに座れないんじゃ何の意味もない。

最近は室内を自由に移動出来ていて忘れていたが、僕はこんな些細なことで、こんなにも無力になるんだとショックを受ける。

「なんで……もうやだ……」

情けないしどうしようもなく苛々する。
どうして動かないの?
何故いつもいつも自分じゃ何も出来ないの?

ばん!と膝を拳で叩いたけれど、麻痺してるから鈍い振動が伝わるだけだ。
すぐに涙がじわりと目にたまった。上手くいってると思ったのに、いとも簡単にどん底に落ちるのだ。

僕は体を起こし、ソファの縁に背を預けた。机の上にある携帯を取って、画面を開く。でもすぐに閉じた。
そのままため息を吐いて、時間をやり過ごすことにした。



一時間半ほどが過ぎ、もうすぐ八時になる。父はあと、遅くても二時間以内には帰ってくると思う。なにかあったら連絡しろって言ってくれたけど、こんな事で大事な仕事の邪魔なんて出来ない。

でも、考えたくない問題があった。さっき床に落ちたときは、そう遠くない前にトイレに行っていたから胸を撫で下ろしたけど、だんだんまた行きたくなってきた。

こういう介護が必要な体になると、いつも頭を悩ませるのがトイレの問題だ。自分だっていつも排泄のことなんか考えたくない。普通なら悩んでる人のほうが少ないだろう。

「どうしよう。最悪だよ…」

僕は悩みに悩んで、一瞬ニルスくんのことを思い出した。携帯を再び手にして、トークアプリを開く。もう手話教室は終わってるはずだけど、自分の時間もあるだろうし、もしかしたら彼女との時間を過ごしてるかもしれない。

やっぱり止めよう……そう思う一方で、この前ニルスくんが僕を運んでくれた時の言葉が思い浮かんだ。

聞いてみるだけ、してみようかな。
体の問題だから頼みづらいことではあったけど、僕は勇気を出してメッセージを送ってみた。

『ニルスくん、今時間ある? お願いしたいことがあるんだけど、よかったら返事ちょうだい』

そう文字を打って、返事をしばらく待ってみた。
以前は五分以内に返信されることが多かったが、最近は忙しいのか前よりは遅い。でもその時は、10分ぐらいで返事が返ってきた。

『どうした? 大丈夫だよ! 何かあった?』

その文面を見て僕は心からほっとし、彼に今の状況を伝えた。恥を忍んで家に来てほしいとお願いしてみると、『何分待ってたの?バカ!すぐ言え!今から行く!』と怒られてしまった。

教室はもう終わったようで、何をしていたのかは知らなかったけど、彼らしいその優しい文面に僕はうるっときた。

ニルスくんは言葉通り、15分もしないうちに家にやって来てくれた。問題は家の鍵だけど、僕はこんな体だから万が一の時のため、うちの玄関はカメラつきのインターホンが、鍵とは別に数字のコードで解錠できるようになっている。

その番号を伝えて、緊急で中に入ってもらった。
恥ずかしいことに、お手洗いのほうが限界で、そのことは友達には伝えてなかった。
しかし僕はこのあと、床に落ちてしまうという事態よりももっと、最悪な出来事を起こしてしまう。それも、親友であるニルスくんの目の前で。

『おい、平気か!』

玄関のドアが閉まり、廊下をすごい勢いで走ってくる彼がリビングに現れる。
僕は「ニルスくん!」と叫んで同時に助かった、と心の底から安堵してしまった。それがよくなかった。

全身の気が抜けて、下半身の力もくたっと抜ける。緊張で張り詰めていた気が一気に開放され、僕はなんと、その場でーー

「……えっ、……え? やだ、……やだ、うそ、……っ」

伸ばしていて内股になった足が震えて、じわあっとお尻の下がどんどん濡れていく。
止めたくても止められなくて、僕はニルスくんの前で全身が熱で沸騰しそうになりながら、お漏らしをしてしまった。

『どうした? ロシェ?』

何も気づかず近寄ってくるニルスくんを手で一生懸命遠ざけて、首を振って「やだ、来ないで!」とわめく。羞恥から涙がぼろぼろこぼれてしまい、慌てたニルスくんは僕のそばにしゃがみこみ、ようやく大惨事に気がついたようだった。

「ごめんね、ごめんねニルスくん、見ないで、あっち行ってっ」
『落ち着け、ロシェ、大丈夫、大丈夫だよ』

なぜか彼はそばから離れず、上着を脱ぎ始めた。僕のズボンは内腿からお尻まで濡れてしまい、床にまで液がしみていく。泣きじゃくる僕を焦った様子でなだめる友人は、上着をソファに投げたあと自分のTシャツまで脱ぎ去った。

筋肉質な白い肌が現れて、僕は唖然となる。何を思ったのか、その服を掴んだニルスくんは床の濡れたとこをゴシゴシ拭き取った。

「わあぁ! 何してるのだめだよ、汚れちゃうでしょ!」

止めようとしてもまだ彼も半分パニックになっていたのか、言うことを聞かずに全部拭い取ってしまった。
そして僕を見つめ、『風呂行くよ、ロシェ』と手話で伝え、僕のことを抱き上げた。

急に目線が高くなり、僕だけ悲鳴を上げながら上半身裸の親友に掴まる。
問答無用で浴室に連れられて、ようやく体をシャワーの前にある台座の上へと座らせてもらった。

「ニルスくん、体汚れちゃったよ、ごめんね、あとありがとう」
『だいじょーぶ。んなこと気にすんな』

いつもと変わらぬ笑顔で言われて、僕は完全に目の前が涙で見えなくなった。

「あの、君のTシャツ洗わないと、もう使えなくなっちゃったけどーー」
『その前にお前。ちゃんと流さないとな』

ニルスくんは立ち上がり、なんと自分のジーンズを脱いだ。目の前に彼のトランクスが現れ、僕は目を見張る。それだけじゃなく、シャワーのノズルを掴み、温かいお湯を出した。
『はい』と手渡され、彼は僕の前に跪き、僕のズボンまで下ろそうとしてくる。

「なっ、なに! 自分で出来るってば!」

恥ずかしさのあまり抵抗しようとしたけれど、わざと聞いてないふりをしたニルスくんはあっという間に僕のズボンを剥ぎ取り、下着姿にさせられてしまった。洗面台に投げて、シャワーで僕の足を流してくれる。

彼は完全にパンツ一枚だし、僕も長袖と下着一枚だ。
何をやってるんだろうと思ったが、懸命に世話を焼いてくれようとする親友の姿に、だんだんと胸が詰まってきた。

『ロシェ。パンツは?』
「え? 脱ぐわけないでしょう!」
『そっか』

悪戯っぽい笑みに、さっきまでの地獄から僕は確実に救われていった。
ありがとう、と手話を送ると、『当然。ロシェが大事だから』と僕にはもったいないほどの言葉が返ってきた。

その時だった。
浴室のドアの外から、微かに物音が聞こえた。僕はニルスくんにシャワーの音を止めてもらい、耳を澄ます。すると外から「ロシェ、風呂か?」とはっきり声が聞こえてきた。

お父さんだ。
嬉しいはずなのに今のこの状況を省みて、一瞬でまずい、と動転する。
友達はまったく聞こえてなかったけれど、僕が慌てるのと同時に浴室のドアが開けられた。

「ニルスの靴があったが、うちに来てるのかーー」

ワイシャツ姿の父が、眼鏡の奥の瞳を大きく見開く。
それと同時に、すぐに顔を険しくさせて中に乗り込んできた。

「おい、何やってるんだ!」

滅多にないほど声を張り上げたので驚き、僕は固まった。しかし父が僕の友達に怒りを向けていることに気づき、焦って止めに入る。

「お、お父さん! ニルスくんが助けてくれたの、僕家の中で床に落ちちゃって、その、あの……トイレが我慢、できなくて」

したことを思い出し、伝えたくはなかったけれど父に経緯を説明する。
父は驚きのあまり言葉を失っていて、僕達を交互に見ては、まだ混乱しているようだった。

「……ああ、そうだったのか、……いや……悪かった。ありがとう、ニルス。……二人とも、風邪を引くぞ。早く服を着なさい」

そう言ってタオルをそれぞれに手渡してくれた。ニルスくんは緊迫した空気をあまり気にも留めず、笑顔でそれを受け取り、体を拭いていた。

「あのね、お父さん、僕ニルスくんのTシャツ汚しちゃったんだ。お父さんの服、何か代わりに貸してあげてくれる?」

じっと立っていた父に頼むと、はっと顔を上げ「ああ。分かった」と言って頷いた。
僕はニルスくんにも改めてお礼を言う。びしょびしょになってまで助けてくれて、本当に感謝の念がおさまらない。

「ニルスくん、君のTシャツ、どうしよう? 洗濯してみるけど、もう着れないよね…」
『いや返してね。あれ俺のお気に入りだから』

にっと笑って僕の頭をくしゃくしゃ触った。その笑顔に柄にもなく僕はドキドキし始める。

父が呼び掛けたため、僕達はそこでお別れをした。彼は服を借りて上着をきちんと羽織り、また自転車で近所にある自宅へと帰って行ったのだった。

僕はひとまず浴室で体を洗う続きをする。下着を脱いでそのままシャワーを浴びた。情けなさはまだあったけれど、父が帰ってきてくれたことに、肩の力は抜けていた。

「……あっ! お父さん!」

だが大変なことを思い出し、思わず大声を上げた。すると近くにいたのだろうか、ほどなくして「な、なんだ!?」と父が慌てて浴室の中に入ってきた。

「ごめん、僕リビングの床汚しちゃったの。だから掃除しないといけなくて……してくれる? ごめんね」

自分の後始末も出来ない情けなさが湧き、また消沈してしまった。シャツを腕捲りしてた父は僕の近くに来てシャワーを止めた。

「なんだ、そんなことか。もう終わったよ、心配するな。ロシェ」
「……ほんとに?」
「ああ。いいから早く温かくしろ」

ありがとう、と頭を下げると、父の持ったふかふかのタオルがその上に乗った。子供にするみたいに、濡れた髪を拭いてくれている。
されるがままになっていたら、そのあと抱き締められた。

「濡れちゃうよ。お父さん」
「いいんだよ。もうちょっとさせろ」

ぶっきらぼうに言った父は、しばらく僕をその腕に閉じ込めたままでいた。それからまた、僕の体を丁寧に拭いてくれたのだった。





パジャマに着替えて、僕はソファに座っていた。さっきまでどんなに頑張ってもたどり着けなかった場所に、今はちょこんと佇んでいる。

部屋着に着替えてきた父は、どさりと僕の隣に腰を下ろした。帰宅してから優しさは多めに感じるけれど、なんというか、さっきから顔が険しい。
いつもはあまり表情が変わらないのに、今ははっきり言って不機嫌に見えた。

「あの、お父さん……」
「ロシェ。どうして俺にすぐ電話しなかったんだ?」

こちらに顔を向けて、じっと茶色の瞳に見つめられる。僕は自然と背筋が伸びた。

「だって、今日はとくに大切な仕事って聞いたし、こんな些細な事で呼び出したら悪いと思ったんだよ。忙しいし、邪魔しちゃ駄目だと思ってーー」
「邪魔なわけないだろ、いつでも連絡しろよ。それに些細な事じゃない、もっと違うことが起こる可能性だってあるんだぞ」

父は怒っていた。その言葉は正しいし、どんな時でも優しくて、僕のことを考えてくれてるって分かるから、僕も素直に謝る。
すると父は視線を下に逸らし、額を手のひらで覆った。そして眼鏡を何度か直す。

「……いや、悪い。お前を責めてるわけじゃない。……ニルスが来てくれて、よかったよ」

ため息混じりに呟かれた台詞に、僕は同意するためこくこくと頷いた。

「そうなんだよ、すぐに来て助けてくれたの。優しいよね。でも僕、最悪で、お漏らししちゃったし、でも何考えてるのか、自分のTシャツで拭いてくれて、全然大丈夫って顔してて」

支離滅裂だけれど、さっきの僕達の説明をきちんとしようとしたら、父は黙ってしまった。何か様子が変だと思いながらも、僕は父に身を寄せる。

「どうしたの、お父さん」
「なんでもないよ」
「まだ怒ってるの?」
「怒ってない」

でも、どう見てもむすっとしている。よく分からないけど、少しだけ気まずくなった。もしかして、この話嫌だったかな。

「とにかくだ。今度は俺に一番に連絡しろよ。分かったな、ロシェ」 
「うん。分かったよ」

また腕が伸びてきて、広い胸に押し込められる。
僕は目を閉じた。安心したら、眠くなってきてしまった。だって今日は、色々大変な日だったから。

「本当に分かってるか?」

ぱちりと目を開ければ、父の顔が間近に迫っていた。今日はどうしてそんなにしつこいのだろうと不思議に思う。

「ねえねえ、どうしたの。なんか変だよ」
「……分からん。俺も変だと思うが」

考えが知りたくなってまっすぐ覗きこむと、父の瞳は揺れ動いた。そうして白状するように口を開く。

「俺はきっと……お前に一番に求められたいんだ。それだけだよ」

そう言って、父の瞳は薄く細められ、僕の口元に視線が移動した。顔が近づいてきて、ゆっくり唇が重ねられる。
それは一回だけでなく、二度、三度と角度を変えて、僕の唇を塞いできた。

「…んっ…ん…おと…う、さん…っ」

続けてされることは何度かあったけど、こんな風に強めにキスをされた経験は今までない。
背に回された腕にも力が入ってるし、なんだか父が別人に感じた。

「ん、ん……ぅ……」

いつもより深くて吐息が漏れる。キスっていろんな種類があることを知る。
お父さんは、僕に少しずつ、全部教えてくれるの?
いつかそうなったらいいのにな…って考えてるうちに、力が奪われて、触れてる所がとろけてしまいそうになる。

「……すまん、ロシェ……やりすぎた」

口を離した父は、少し胸を上下させて、また謝っていた。
僕はまだ離してほしくなくて、体をもっとくっつける。

「どうして謝るの。僕、……もっとしてほしいよ」

そうお願いしたけれど、父は何も言わず抱き締めてくるだけだった。
鼓動が伝わってきて、ドキドキしているのが分かったから、密着する胸がさらに高鳴る。

僕が一番に求めてるのはいつだって、お父さんのことなのにな。
そして同じように、僕だってお父さんに、本当はもっと激しく求めてほしいって思ってるんだ。



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