short story/old | ナノ
向こう側
性教育って何であるんだろう。

私はそう思いながらあくびをした。
ざわざわと、ピンクっぽいざわめき。
何かよくわからないビデオを見た後の、この変な空気。私はこれが嫌いだ。
もう、みんな知ってるのに。

「ねえ、今日のすごかったよねえ」
そんな天然ぽいことを興奮気味に語ってるのは沙也佳。
何でもセックスの存在を最近知ったらしい。まあ、お嬢様だからそれは本当かもしれない。
「あんなのくだらねー、今さらいる?みたいな?」
きゃははは、と甲高い笑い声をあげているのは容子。
確かにあの子にとっては下らないだろう。
多分容子はヤってる。もう処女じゃない。
でも避妊とか考えてなさそうだ。

した人と、してない人。
向こう側と、こちら側。

世界は残酷というか何というか、分かりやすい。

私はこっち。
沙也佳もこっち。
容子は多分あっち。
あの子はこっち。
その子はあっち。

見えないけど、はっきりした線が世界を区切る。
膜一枚で隔てられた、未知の世界。
確かに未成年を魅了するにはふさわしい。
でも大人になるための試練ではないような気がする。
なら、この線は何を分かつ?

「なにしてるの」
突然背後から声をかけられて初めて、私は空中を指でなぞっていたことに気付いた。
「あ、いや、これは」
私はあたふたした。
何故なら後ろに立っていたのは、あの美しい宇津木さんだったからだ。

孤高の女王、宇津木。
馴れ合わず、交わらず、ただ我が道を行く美貌の人。
休み時間もお弁当も一人。
ボス猿容子ですら何も言えない、不思議なひとだ。

混乱して当然だ。何でそんな人が突然私に話しかけるのだろう。
「線を書いていたの」
「え、うん」
そう言って、宇津木さんは私と同じように線を描いた。
そして、何か汚いものを見たように綺麗な眉をひそめた。

「嫌な線。いや、膜だわ」
吐き捨てるように発したその言葉が、私の心臓を弾丸のように貫いた。
この人は私と同じものを見ているのだ。
それを理解して、ただひたすら戦慄した。
「貴方、見掛けによらないわ」
宇津木さんは私の三編みを指先でつまむと、すぐにぽとりと落とした。
いつものように冷たい視線が後には残っていて、私は少しだけ後ろめたいと思った。

しかし、どうして分かったのだろう。
確かにそれは気になる。本当に不思議だ。

でも、そんなことより。
宇津木さんがあっち側なのかこっち側なのか、失礼だとは思いながらもそんなことを考えてしまった。


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