女は生まれた時から娼婦なのだと、私を産んだ女は言った。
その言葉は何よりも重く冷たく、私の心に沈んでいった。
煤けた私娼窟で生まれた私は、物心ついた時から汚い女の性を見ていたからだ。
父親は誰とも知れず、娼婦のお荷物として産み落とされた私。
それが女だったから育てられただけで、もし男だったら今頃骨も残っていないだろう。
だから、私はずっと娼婦という商品になるために生きてきたのだ。
途切れることのない嬌声。床とベッドの軋む音。むっとする汗の匂い。
生まれた時から変わらない。醜さと穢れをドロドロに煮詰めた感じ。
嫌でも女という罪を見るしかないのだ。
私の周りには女の匂いしかしなくて、だから何処までも彼女らに憧れたのだ。
それは街を歩く、フリルで着飾った少女たち。
綺麗な髪、肌、爪、瞳。
女とは違う細くしなやかな手足。
血の通わないような白い肌は、きっと丁寧に手入れされてるのだろう。
それは触れたら冷たそうで、彼女らが片手に抱える人形のようだった。
私は芸術品のようなその場景を、地獄よりもなお暗い穴蔵を抜け出して眺めていた。
冷たい視線を投げられても、ただずっとそこにいた。
私は持っていない。私も欲しい。
羨ましい。妬ましい。
その時の私の瞳はどす黒い血のように、きっと汚かっただろう。
でも私の気持ちとは裏腹に、私の体はどんどん成熟して、女になっていった。
客も取った。
辛くて、泣いた。
そして、私はもう少女ではないのだと分かってしまった。
血の通った生身の体が恨めしい。
こんな体、勝手に植物のようにぐんぐん育って、熟して、腐って、枯れてゆくのだ。
私は無機質になりたかった。
あの少女のように、人形のように。
汚くなりたくない。醜くなりたくない。
人間のいらない部分など、必要ない。
燃え尽きたと思っていた感情は再び高ぶって、気が付くと私の体は勝手に動いていた。
ある夜こっそり起きると、私は一番上品で清潔なドレスを着て金と宝石をありったけ持ち出し、女たちの産んだ赤子の中から美しくなりそうなものだけを選んで連れ出した。
気付かれる前に、娼窟には火を放ち闇に紛れて逃げ出した。
追い付かれない程遠くへ、私はただひたすらに遠い何処かを目指した。
やがて私はとある街に着いた。
華やかで、豊かで、少なくとも表通りには私のような女なんて見当たらない。
そんな街だった。
私は、赤子を育てながら母になることを決意した。
もちろん真っ当な理由からではない。
完璧な少女を作るためだった。
この街を歩く少女たちは美しい。
遠い昔に私が憧れていたものよりも、まだもっと美しい気がした。
でも、何かが足りない。
それはほんの些細なことだった。
それは私にしか分からない。
だから母になって、教育するのだ。
完璧な少女を作るのは大変だ。
魂と容姿と、どちらも美しくなくてはいけないから。
何かを成す為には金がいる。
金を集める為に私はまた娼婦を始めた。
幸い私は美しかったので、すぐに稼ぐことが出来た。
私の母としての準備が進むにつれ、赤子は美しく、完璧な少女に育っていった。
人形のように静かで冷たく、駒鳥のように可愛らしく、蝶のように蠱惑的に。
最初の少女にふさわしい、芸術品に近い存在だった。
それから次々に少女は増えていった。
娼婦らが産んだ赤子をそっと預けて行くからだ。
特別に誂えた硝子匣はすぐに満員になった。
しばらくして、体で稼いだ金で城を買った。
小さな、けれど荘厳で堅牢な城だ。
私はそこへ百人の少女と共に移った。
城の中では文字通り私は母であり女王だった。
幸福を売るため、などと大層な理由でここに来たが、本心は違った。
ここは王国だった。
汚い女と男は排除された、少女だけの無垢な国。
フリルとリボンとお菓子、それから一匙の毒。
そして私という母の道しるべで出来た、私だけの王国。
誰にも見させない。誰にも壊させない。
私はここで、一生得ることの出来ないものを手に入れるのだ。
少女にはなれなかったけど、少女の母にはなれるのだ。
毒もある。棘もある。そんな私だから、少女の母になれたのだ。
私だけの少女。
私だけの王国。
私だけの世界。
もう何もいらない。
欲しいものはみんな手に入れた。
あとは、少女を手放さないこと。
世の中には貸してあげるだけ。
少女は全部私のもの。
「少女たるもの、むやみに動いてはいけません」
石の建物に音が響く。
無機質な声。無機質な影。
私はようやく理解する。私は少女になりたかったのだと。
羨ましい。妬ましい。
――嗚呼、私は少女に溺れているのだ。
きっとずっと昔のあの日。
私は確かに少女に憧れた。