short story/old | ナノ
此処に本当の空はある
「ふんふんふーん、ふふんーふーふ」
「……なにその歌」
「リンゴの歌。知らない?」
「しらなーい」

初夏。
爽やかな風が私と吉康の頬を撫でていく。
空は絵の具をぶちまけたように気持ちの良い青色。
こうして二人でのんびりしていると、世界がぎゅっと小さくなった気がする。
私達は今、私の祖母宅の縁側でおやつをつまみながら林檎の木を眺めているのである。
吉康とは幼稚園に入る前から一緒に遊んでいたので、祖母も彼と孫のように接している。
もっとも、最近はこうして二人で会うことも少なくなってしまったけれど。
高校は一緒だけどクラスが違うからあんまり会わないし、部活も委員会も全く接点がない。たった一つ、十年来の腐れ縁が残っているだけ。
「あー、ここは空がきれいだよなあ」
「ここの空って、他の空見たことあるの?」
「この前俺東京行ったんだけど、やっぱ何か違うんだよな。あ、叔母さんの家泊まったんだ。でっけーマンション!」
「いいなあ東京。……でも吉康そんなこと何も言わなかったじゃない」
「急だったから仕方ないだろ。お土産は買ってきたけど今日忘れた。また今度な」
全然悪びれた感じもなく手を合わせる吉康を見て、私は笑ってしまった。
どこか遠くでぶーん、と飛行機の音がした。
私はぬるくなったお茶を一口すすった。
「あのさ、晴香」
「ん、なに?」
「俺が昔、結婚しようっつったの覚えてる?」
ぶふっ、と何かを吹き出す音がした。私だった。顎にお茶が飛んで濡れた。
「覚えてるけど……げほっ、それすごい昔のことでしょ」
「うん、いや懐かしいなあって、なあ」

確かにはっきり覚えてる。
この林檎の木の下、今みたいに白い花が咲いていた。
二人で指切りなんてして、花を摘んで結婚式ごっことかしたなあ。

「俺、もうちょっとで東京に引っ越す所だったんだ」
突然、吉康は真面目な顔で話し出した。
「よくわかんないけど、叔母さんとこに引っ越して、東京のすごい学校に通わされそうになった」
「吉康、頭良いもんね」
「でも、別に東京なんて行きたくねえよ。晴香と離れるのやだし」
「……照れるなあ」
「本当だって。訳分からないままに話進んで、でも切った林檎見たら急にここが懐かしくなって。だから、ちょっと暴れてやった」
「もう、暴力は良くないよ」
「テーブルひっくり返しただけだって。……叔母さん怒っちゃうし、母さん泣き出すしで大変だったけど」
「大丈夫だったの?」
「うん。二人を説得した。俺はここが好きだから、って。……だって東京行ったら晴香に会えなくなるし」
見上げると空はまだ青かった。
さっきの飛行機が残した白く細い雲が、私達の目の前を真っ直ぐに伸びていた。
「……ん?それもしかして告白?」
「……い、一応……」
どうやら私は気付くのが遅かったらしい。
吉康の顔は林檎みたいに真っ赤になっていた。
「え、うわ、びっくり」
「お前リアクション薄いよ!」
「……ごめん。突然すぎて」
ああ、だから昔の話なんて持ち出したのかな。
何か、びっくりしすぎて、何言ったら良いか分からないや。
「嬉しいよ、吉康」
私が言うと真っ赤な顔が更に赤くなった。
「とりあえず……登下校、俺と一緒にする?」
「良いよ。手とか繋いじゃう?」
「ばっ、まだ早いだろ」

くす、と背後で祖母の笑う声がした。さては盗み聞きだろう。趣味が悪いなあ。
自分のほっぺたに手をあてたら熱かった。きっと私も真っ赤なんだろう。
何だか、林檎の木にお似合いじゃないか、なんて思った。



此処に本当の空はある
(花言葉:選ばれた恋)


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