すれ違う想い







それは、思いもしなかったアナタからの言葉だった。




「……え…。赤也、今、なんて…?」

「……だから、」







「“別れよう”っつったんだよ。」







一気に頭が真っ白になった。
今、赤也の言葉が通ってきたこの耳を疑いたくなった。

嘘だ、うそだ、ウソだ。
“別れる”だなんて、赤也がそんなことを言っただなんて、
信じない。…信じたく、ない。



「……なにかの、冗談…?」

「………」


何も言わないで赤也は私の姿をただジッと見つめる。その表情はいつもヘラヘラ笑っている赤也の表情とは想像つかない…真剣な眼差しで私を見つめてきて、言っていることが、さっき言葉にしたことが“本気”だってことが嫌でもわかる。

じわっと目頭が熱くなる。手が、足が、声が…振るえが止まらない。思うように動いてくれない体は、まるで自分のものではないように思える。言葉を出したいのに、思うように声として出てきてくれない。
なんで?どうして?
どうして赤也はとつぜん、そんなことを言ってくるの…?


「なん、で…?赤也…」

「…………」

「なんで、急にそんなこと言うの…?」

「…………」


必死に絞り出した声で発した言葉。もっと聞きたいことはたくさんあるのに、これだけで今の私では精一杯。だけど赤也は私に言葉を返してくれないだけでなく私のことを見ようともしてくれない。


「赤也ぁ…私、何か悪いことした…?」

「…………」

「悪いことしたなら謝るから……直すから…っ、!」

「……っ……」


瞳から涙が溢れてきた。一筋出てきた涙に便乗するかのように、次から次へと瞳からポロポロと涙が溢れ出てきて。

嫌だ。
嫌だよ、赤也。
一緒にいられなくなるなんて…、別れるなんて、嫌だよ。


瞳から溢れ出す涙を気にせず、私より少し背の高い赤也の顔を見上げた。その時の赤也の顔はとても悲しげで……私と同じで、今にでも涙が溢れ出しそうな程瞳に涙を溜めていた。
なんで? どうして別れようって言っている、赤也が泣きそうになってるの…?

私はそんな赤也の顔に思わず手を伸ばした。
…だけど、その手は赤也に届くことなんてなかった。





―――…パシンッ





私達2人のほかに誰もいない、静かな教室に乾いた音が響いた。


赤也の顔に伸ばした私の右腕は、赤也によって静止されたのだ。



「あか…や…?」

「……い…ったんだよ…」

「え…、なに?」







「那華のことなんか、最初っから好きじゃなかったんだよ。」







足が思うように動くのであるのなら、今すぐにでもこの場所から逃げ出したかった。



「俺、誰でも良いから彼女欲しくってさー。那華、いつも俺と一緒にいたっしょ?」

「………」

「那華と話すの楽しいし、…今だから言うけど、那華が俺に好意持ってんの気づいてたんだよねー。」

「…っ!」

「んで、那華なら別にいっかって思って。…ただ、それだけで付き合おうって言っただけだし。」

「………赤也、」

「だから俺は最初からお前のことなんか…」

「赤也っ!!」


思わず赤也の言葉をさえぎった。赤也の言葉を聞きたくないのも理由。
だけど……

言葉を発してる赤也の顔が、ほんとに今にも泣き出しそうだったから…







「私たち、本当にもう終わりなの…?」







自分からは振りたくなかったこの話題。だけど、赤也の表情を見たら本気ではないんじゃないかって思えて。赤也が本気に“別れたい”なんて思ってる言ってる訳じゃないって思えたから。わずかの希望を胸に、あえてこの話題を振ってみた。

私の瞳に、下唇をかみ締め俯く赤也の姿が映る。


「私は…別れたくないよ。赤也とずっと一緒にいたいよ!…大好きだよっ」

「……っ…」

「ねぇ、赤也は…?ほんとうのこと、言ってよ……!」


お願い、赤也。
アナタのほんとうの気持ちを私に伝えて。

本当に、最初から私のことを思ってくれていなかったのか。
そして―――・・

アナタのその今にも泣き出しそうだ表情の理由を…



「…はんっ、ほんとうのことって、さっき言ったことそのまんまだけど?」

「……っ……」

「アンタに“好きだ”“別れたくない”って言われたとしても、俺は早くアンタと別れたくて仕方ねぇーの。」

「……赤也の本音は、それでいいんだね…?」

「……それで良いもなにも、俺には最初っからそれしかねぇし。」



赤也はもう、“別れる”という選択を変える気はないんだ。真っ直ぐに私の見つめる赤也の真剣な瞳を見たら、そんなこと嫌でもわかる。

いやだ、別れたくない…。これから先もずっと赤也と一緒にいたい。高校に行っても大学に行っても大人になっても…ずっとずっと赤也と隣にいたいって、そう思ってた。

だけど……



いつも肩身離さずつけていた…―左手の薬指の指輪を、丁寧に外す。そして1歩1歩足を進め赤也に近づき、その指輪を拳の中に収めて、赤也に突き出す。赤也はただ私の行動をみて、私に少し申し訳なさそうな顔を見せながら、指輪を受け取る。









「バイバイ、赤也。」









ただそれだけを言い残し、私は教室の扉を大きな音をたてて、走って出て行った。涙のせいで前が霞む。だけどそんなことを気にしないくらい、走って走って走りまくった。止まったら赤也のことを思い出してしまうだろうから。赤也のことを思い出してもっと涙が溢れることになるだろうから。







「…く、そっ!!」







その場を去ることに一生懸命だったから気づかなかった。
私が別れを告げたときに、密かに赤也が涙を流したことと、



「ごめ、んな……こんなことでしか守れなくて…弱いヤツでごめん…っ」



赤也が別れを切り出した、本当の理由を。







ねぇ、もし私達がもう少し大人だったら、こんなことにならなかった?
もっと冷静に考えてたら、もっと相手のことに気を配れていたら、私と赤也は今とは違う未来を一緒に歩むことが出来たのですか…?







「赤也…っ」

「…那華、」







『 大 好 き で し た 。 』