「あっれ、綾瀬じゃん!」
「……え、丸井くん?」
1週間ほど前に夏休みが始まった。これといった予定がなかったあたしは、毎日家でゴロゴロしていた。今日もクーラーのきいたリビングで涼んでいたら(これほど幸せなときはない…!)お母さんにお使いを頼まれた。なにやら夕飯に使う予定だった材料を買い忘れたらしく、すぐそこのコンビにで良いから買ってきてほしいとのこと。最初は「えー」なんて嫌そうな声をだしたけれども、おつりでアイス買っても良いからという言葉にすぐに快くOKを出した。(単純?アイスのためなら動きますよあたしは!)
そんなこんなでお使いのためにコンビにへと足を進めるあたし。すぐそこのコンビニなんで、Tシャツにジーパンにサンダルといったなんとも女子高生とは言いがたい格好。携帯と財布はズボンのポケットに入れてるから、鞄なんて必要ないし。この格好で知り合いにあったら最悪だなーなんて、考えては少し笑えた。だって普通、ほんとに知り合いに合うなんて思わないじゃん?
しかも、よりによってなんでこう……
「なに、お使いかなんか?」
「う、うん、そうなの!」
好きな人に出会っちゃうんですか…!(穴があるのなら、今すぐ入りたい…!うわーん!)
☆
「いやー、まさかあんな所で綾瀬と会うなんてな!」
コンビニで遭遇して、なんとなくなりゆきで、途中まで丸井くんと帰り道を一緒にすることになった。
「ほんとだよね、まさか同じクラスの人と合うなんて思わなかったし。…丸井くん、もしかして部活帰り?」
「そう!腹減ったからなんか買ってこうって思ってコンビにに寄ったわけ。」
「テニス部は休み中も大変そうだねー」
「夏休みに入ってから毎日朝から夜までずっとだぜぃ?遊ぶ時間も、宿題する時間すらあまり取れねっつーの。」
「た、大変そうだねテニス部……!」
「ま、テニス好きだから良いんだけどよ。好きじゃなかったらぜってぇやってらんねーな。」
そう言ってニッと笑う丸井くんの横顔は、久しぶりに見るものだった。横顔だけでなく、丸井くんの声、話し方、いつも噛んでいるガムのグリーンアップルのにおい…何もかもが久しぶりだ。といっても、今は夏休み中だから久しぶりに感じるのは当たり前だけど。実際合わなかった時間は1週間ちょっとなだけなのに、なんとなくものすごく久しぶりな感じがする。この格好で会ったのは嫌だったけど(もっと可愛い私服を見られたかった!)、偶然丸井くんに会えたことをとても嬉しく思う。
「綾瀬は夏休みどうなの?楽しんでる?」
「毎日家でダラダラしてるよー。クーラーきいてる部屋で、TV見ながら」
「うわ、切ねー!友達と遊びにいったりしねぇの?」
「友達みんな部活だったり、旅行いったりとで忙しいから、なかなか遊べないんだよねー。」
「ふーん、じゃあ今のとこまだ夏休み中予定とかねぇの?」
「そーゆうこと。」
なんか言ってて悲しくなってきた。まあ、家でダラダラしてるの好きだから良いんだけどね。って言ったら「おま、高校生としてそれどーなの!?」って丸井くんに言われたけど、気にしない。気にしてないもん、ね…!
「じゃーさ、8月中旬にある祭り、俺と一緒に行かねぇ?」
「……へ?」
「たしかその日は部活午前中だけだし、……あ!私服じゃなくて、浴衣姿希望!」
よく試合中に見せる、丸井くんのお得意のウインク姿で言われる。(え、……えっ!?)突然の丸井くんによる発言で、頭が上手く回転しない。そうこうしているうちにいつのまにかあたしの家の前へと着き、じゃーなー!と軽く手を上げヒラヒラと左右に振って、丸井くんは自分の帰路へと足を進めていった。(お、送ってくれた…!てゆーかなんであたしの家知ってるの!?)疑問はいっぱいあるけど、今はそんなことよりも…
「……ま、丸井くん!」
「んー?」
上擦ってしまった声で丸井くんを呼ぶと、足を止めて振り向いてくれた。 その時に見えた丸井くんの顔が赤かったのは夕陽のせい?それとも―…(あたし、自惚れても、いい?)
「あの……、夏祭り、楽しみにしてるっ!」
「! ……おうっ!」
お互いに顔を見合って微笑んで、最後にもういっかい手を振って、丸井くんも手を振り替えしてくれて、また帰路へと足を進めた。あたしはそんな丸井くんの姿を見続けた。見えなくなるまで、見えなくなった後も、ずっと。だって、こんなに赤くなった顔じゃ、家に入れないから。(お母さんに見られたら恥ずかしい、し…!)オレンジ色に染まっていた空が、少しずつ暗くなってきた。道の脇に立つ電灯が灯りを灯す。ふと空を見上げると、オレンジ色に放った太陽が、もう少しで消えかかりそうだった。
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