幸せの音色







気づいた時には既にもう遅かった。

無意識の内にキミの姿を目で追っていたり、目があったり、ちょっとしたことで話しかけられたり。たったそんな些細なことで、こんなにも喜んでいる私がいる。


この関係が壊れるのが怖くて、今までずっと1歩を踏み出せないでいた。…だから、今日はチャンスだと思ったんだ。少しでもキミに近づける、そう思ってたんだ。




・・・が、私の読みは甘かった。




休み時間の度に呼び出しをくらう彼―…椎名翼くん。

何度も話しかけようと試してみるものの、授業が終わる度に女の子達に呼ばれてはすぐ席を立ってしまう椎名くんになかなか声を掛けることも出来ず。めんどくさそうに眉間の皺を寄せながらも女の子達の所を向かう椎名くんを見ては、優しいなー…なんて見とれてはハッと我に返って。自分の机の横にかけてある鞄の中にある綺麗にラッピングされている袋の包みを思い出しては、今日何度目かわからないため息をこぼす。

4月19日。今日は先ほど話していた椎名翼くんの誕生日なのだ。だから女子の皆は椎名くんの誕生日をお祝いしたくて、そのせいで椎名くんは休み時間の度にこうして席を外して忙しそうなんだけど。サッカー出来て、勉強も出来て、それに加えてあの容姿。女子の皆さんが放っておく訳がない。現に比葉中のアイドル的存在みたいで、椎名くんのファンクラブとかもあるみたいだし。
それに比べ私は普通の容姿だし、勉強は中の上くらいだけど椎名くんに比べると下だし、運動なんて全然駄目。考えれば考えるほど、私と椎名くんって住む世界が違うんだなぁって思い知らされる。例え同じ学校で同じクラスだとしても、こうして隣の席で並んで同じ授業を受けていたとしても、どうしてこんなにも「差」が出るものなのだろう。


そんなことを考えていると、次の授業の始まる予鈴のチャイムが学校中に響き渡った。それを聴けば先ほどまでガヤガヤ騒いでた女子達も次第に自分の教室へと戻っていき「次の休み時間また来るからね!」なんて椎名くんに一声掛けてる人もいた。それに椎名くんもにっこり笑顔で向けているが、その笑顔がひきつっているのが私にはわかった。自分の席に着くためにこちらに向かってくる椎名くんの顔がさっきとはうって変わって思いっきりうんざりした顔になっていて、その変わりように私は思わず笑ってしまう。



「大変そうだねー、椎名くん。」

「ほんと良い迷惑だよ。休み時間の度毎回毎回さー・・・せっかくの俺の貴重な休み時間を。」

「ははっ、朝からずっとだもんねー。でも可愛い女の子に自分の誕生日を祝ってもらえるなんてさ、なんか得した気になんない?」

「別に。てか話したこともないヤツ等にいきなりプレゼント渡されるなんて、逆に気持ち悪い。」

「うわー言うねー…!」

「それにどんなに可愛いヤツに祝われたとしても、好きなヤツに何も祝ってもらえてないんだから僕にとっては何も意味がないね。」



椎名くんの言葉に、一瞬にして体中の血の気が引いた。


好きな、人…?女の子に興味がなく、いっつもサッカーにしか目がないような椎名くんが、好きな人いるの…?

初めて知る事実にどうしても驚きが隠せなかった。



「椎名くん…好きな人いるの…?」

「…ん、まーね。だけどまだその人からは何も言われてないんだよね。」

「そうなんだ…!」

「誕生日はこの日、って何度も言ってたから忘れてることはないと思うんだけどな。しかもこの騒ぎだしね。」

「その人忘れてなかったら良いね。…この、クラスの人?」

「うん。僕のことを外見だけで見ないで、中身を知ってもなお仲良くしてくれてる人。」

「ふーん…他の女の子達とは、どこか違うってこと?」

「そーゆうこと。それに一緒にいたら落ち着くんだよね、ソイツ俺を騒いだりなんかしないし。」

「そっか…その人と椎名くん、上手くいくと良いね。」



好きな人の話をする時の椎名くんの横顔はとても優しくて、本当に好きなんだなぁとその表情を見ればすぐにわかる。「頑張ってね!」と私が言うのと同時に授業の始まる本鈴のチャイムが鳴り響き、英語担当の先生が教室に入って来たので話はそこで中断した。


椎名くんの、好きな人…。


先ほど椎名くんの聞いた話が、頭から離れない。とても優しくて幸せそうにその人の話をする椎名くんの横顔が頭にこびり付いて、思うように授業に集中できない。


どんなに想っていても私の気持ちは叶わないって、わかってた。椎名くんと私の差はでかすぎる。住んでる次元が違いすぎる。私達は席が隣同士で他愛もない会話を少しだけ交わせるような仲なだけで、だけど私はその一線を越えたくて、だから今日の椎名くんの誕生日、チャンスだと思った。例えこの想いが叶わなくても、何もしないで諦めたくなんかない。少しの希望があるのなら頑張りたい、そう思ってたのに。

椎名くんには好きな人がいる事実。
それを知ってしまった私は、どう頑張れば良い…?


考えていると、思わず涙が零れそうになった。泣くな、泣くな、泣くな…!だけどそう思う度に視界はだんだんぼやけてきて。誰にも見られたくなくて、私は授業中にも関わらず机に頬杖をついてそこに顎を乗せて俯いた。傍からみれば教科書を見てるように見えるだろうし、これだったら多分先生にもバレないだろう。


―…その時、突然視界の中に四角く小さく折り込まれた白いメモ用紙が入って来た。


驚いて顔を上げてそのメモ用紙に手にしてみた。ひっくり返せばそこには右端のすみっこに小さく「椎名」と書かれていて、私はバッと椎名くんの方へ振り向いた。そこには私にニッと笑みを浮かべる椎名くんがいる。これ、私宛てなんだよね…?そんなことを思いながら手紙と椎名くんを交互に見続けていたら、先生にバレないような小さな声で「手紙、開けてみ」って言われた。やっぱり私宛てだったんだ。そう安心して、カサカサと手紙を開いていって中に書かれている文字を読む。




『ねえ、まだ気づかない訳?』




たった一文、それだけが書かれていた。
私は何のことだかわからず、ただ頭の上に大量のクエスチョンマークを浮かべた。気づかないって…何を?何がなんだかわからず、ただじっと手紙を見続けていたら、また椎名くんから手紙が回ってきた。今度はなんだろう、そう思いながらまた手紙を開いては読む。




『さっきの話のこと』




さっきの話って…椎名くんの好きな人のこと、かな?

そんなん、気づく訳ないじゃないですか…!てゆーか好きな人がいるって事実だけでこんなに悲しいのに、その上好きな人も知ったら悲しいなんてもんじゃない。




『さっきの話って…椎名くんの好きな人のことだよね?』

『うん。わかった?』

『あれだけでわかるはずないじゃん…!』

『…それ、真面目に言ってる?』

『同じクラスってだけじゃわかんないよ…!』

『……鈍すぎ。』




…はあ!?私は思わず勢い良く顔を椎名くんの方に振り向いた。思った以上に勢いが良かったせいで、机や椅子がガタガタ言ってしまい先生に「綾瀬、煩いぞー。真面目に授業聞け。」って怒られてしまった。すみません、って謝って隣の席に座る彼に目を向ければ声を殺して笑っていて…って、アナタのせいなんですけど椎名くん。

先ほど手紙で言われた言葉、そして今笑われたせいもあって、さすがに私も少しムッとした。手紙をシカトして真面目に授業を受けようと視線を黒板に向けたところ、また隣の席から手紙が回ってきた。また…、なんて思いながらもこうして手紙を回してくれることが内心すごく嬉しくて、思わず頬が緩んでしまう。
先ほどと同じように手紙を開いて、中の文字に目を通す。




『ほんと見てて飽きないよね、綾瀬は。


綾瀬のそういうところも、僕は好きなんだけど。』




その文字を理解した途端、ガタッと勢いよく席を立ってしまった。だって、「好き」って、え…?



「椎名、くん…?」

「…さすがにこれで気づいた?僕の気持ち。」

「え、嘘…!だって、好きな人がいるって…!」

「好きな人は最初から綾瀬だけだけど?…なんで、僕の好きな人=自分だ、って考えないかな。」

「だって、私なんて平凡だし、頭も運動神経も良くないし…!」

「そんなの関係ないね。僕は綾瀬の中身を知って、そして惹かれていった。…それで良いじゃん。」

「椎名くん…」



ガタリ、と椎名くんも席を立ち上がった。私よりも椎名くんの方が少しだけ背が大きくて…少しだけ、私が見上げる形になる。



「…返事は?」

「…っ…私も、椎名くんのことが、ずっと好きでした…!」



私の返事を聞いた途端、教室中がワッと騒がしくなる。そうだ、今って授業中だった…!バッと辺りを見渡せば皆こちらに注目していて…は、恥ずかしい…!!



「綾瀬、椎名……授業中に何をしてるんだ…?」

「せ、先生…!ごめんなさいごめんなさい、次回のテストの英語頑張るから、許して…!」

「放課後、職員室に来るように。」

「……はい。」



そこで丁度チャイムが鳴り、英語の授業は終わった。

放課後に職員室に行って、先生にガミガミ怒られたのは言うまでもないこと…。先生の雑用に良いように使われ、今日の授業プリントも渡され明日までに提出しなきゃいけないということ。




「あ〜…今思い出しても、恥ずかしい…!」

「何、まだ言ってんの?過ぎちゃったもんはしょうがないじゃん、それにクラス公認になれて俺としては良かったし。」

「椎名くんは慣れてるかもしれないけど、私は目立つのに慣れてないのー!」

「…ねえ、その“椎名くん”って呼び方やめない?」

「へ…?」



教室に向かう廊下を歩いていたら突然ピタリと止まる椎名くんに、私も思わず釣られる。



「呼び方って?…じゃあ、なんて呼べば良い?」

「翼、で良いよ。」

「いきなり名前呼び捨てですか…!」

「良いじゃん。俺も那華って呼ぶから。それと…」

「まだ何かあるんですか。」

「…誕生日、俺まだお祝いされてないんだけど?」

「………あっ!」



すっかり忘れてた。…なんて、言ったら椎名く…じゃなくて、翼に失礼だけど。だって今日はいろんなことがあったし…今日一番の悩みの種だった翼の誕生日を忘れてたなんて、ちょっと酷いことしちゃったな。


鞄のチャックを開けて、あらかじめ用意しておいた翼へのプレゼントを渡しながら、翼に私の中で1番最高だと思われる笑顔を向ける。



「翼、誕生日おめでとう!…大好き、!」

「ありがとう、那華。」



そう言ってプレゼントごと私を翼の腕で抱きしめてくれて、ドキドキしながらも私もその翼の背中に手を回す。





気づいた時には既にもう遅かった。

いつの間にか私は、彼をこんなにも好きになっていた。

叶わないと思っていた彼の温もりが、今じゃこんなに私の傍にある。





幸せの音色

(心地よい温もり―もう、離れられない)