The significance of existence







「それじゃ、お先失礼しまーす。」

「あ、お疲れ様ー!今日も遅くまでありがとね、那華ちゃん。」

「いいえー!お仕事頑張ってくださいね。」



にっこりとした笑顔をパートさんに向け、軽くお辞儀をしながらお店を出る。外に出ると思ったよりも冷たい風が私の横を通り、首に巻いてある真っ白なマフラーに顔を埋めながら帰路を歩いた。



(…寒っ……)



時期や今の時間の問題もあるけど、外の空気は大分冷たかった。今の時刻はもうすぐ日付が変わるくらいの時間。本来なら今頃、家でゆっくりテレビでも見てるはずなのに、今日はお店に人が多かったため、なかなか返してもらえなくて。周りには誰もいなく、車もあまり通っていなくて、普段はあんなに騒がしい街が静寂に包まれている感じがした。



そんな中、ふと足を止めて、空を見上げた。結構都会な場所のため、綺麗!と自信満々に言えるようなものではないけれど、澄んでいる夜空にはキラキラとしたいくつもの星たちが散らばっていて。静寂に包まれる街、冷たい風、澄んでいる夜空に散らばる星たち…それらを見て感じていると、何故だか今この世界にいるのは自分1人だけなんじゃないかって気もちになって。そんなことある訳ないって思っても…私の中で何とも言えない悲しい気もちが渦巻いた。




「おいっ、そこの不良娘!」




静寂に包まれた街に、1つの声が響き渡った。
見上げていた顔を声のした方に向ければ、そこには私がよく知っている―



「……ブン太?」



―幼馴染、兼、彼氏のブン太がそこにいた。
どうしてブン太がここにいるの?今何時だと思ってるの?…もうすぐ、日付も変わっちゃうんだよ?あ、ほら、ブン太が毎週楽しみにしているテレビ、もう始まっちゃうんじゃない?思うことはいろいろあった。そんなことを考えていると、いつの間にかブン太は目の前にいて。



「うあー、寒ぃーっ!!」

「ちょっと、ブン太。…何してんの?」

「何してんのって…お前を迎えに来たに決まってんじゃん。」

「迎え…?」

「いつまで待ってもお前の部屋の灯り着かねぇからさ、おばさんに聞いたらまだバイトから帰ってきてねぇって言われて。」

「あ、そっか、遅くなるって連絡いれてなかったっけ…!」

「それに加え、心配してメールやっても全然返事来ねぇしさ。」

「うそっ!?あ、やっば、バイト先からずっと携帯の電源切りっぱだった…!」

「バカだろお前、なんのための携帯だよ。むしろそれ携帯って言わねーし。」

「しょうがないじゃん、疲れてそれどころじゃなかったんだもん…!」



ブン太の言葉に慌てて鞄の中に入っている携帯を取り出し電源を付けてみれば、ブン太が言っていた通り、何件ものメールが。あっちゃー…と思わず呟いて、申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、少し上にあるブン太の顔を見上げた。



「えっと…ごめんね、ブン太…」

「…どんだけ心配したか、わかってんの?」

「わかってます…」

「俺だけじゃなくて、おばさんもおじさんも、…皆心配してたんだぞ?」

「うん、…本当にごめんなさい。」



ブン太が言ってることはもっともだ。バイトだからとはいえ、こんな時間まで連絡の1つもしないなんで酷すぎる。本当に申し訳ない気持ちになって、思わず涙が出そうになった。いつもならこんなことで泣きそうになったりしないのに、さすがにバイト2時間も延長はキツかったのかな…?こんな顔を見られたくなくて、ブン太に見られないように顔を俯むかせた。


ふいに、頭の上に温かい温もりを感じた。



「わかったんなら別に良いんだよ。けど…今度から気をつけろよ?」

「ごめんなさい、ごめんなさい…!」

「もう良いって。…どうしたんだよ、疲れてんのか?」

「……うん、少しだけね。」

「そっか…、なんかあったら言えよ?愚痴ぐらいいつでも聞いてやっから。ったく…こんな時間まで、那華は良い人すぎんだよ。」

「そんなことないよ。でも……ありがとね、ブン太。」

「おう。そんじゃ、帰ろーぜ」



そう言いながらブン太は私の手のひらをぎゅっ、と握ってくれた。握られた手のひらから、じわじわと温かいブン太の温もりを感じて。指先、手のひら、そして体全体へとその温もりが広がっていき、さっき冷たく感じた風が嘘のようだった。



「…あ、お前家に着くの覚悟しといた方が良いかも。」

「?…どうして?」

「おばさんは心配してたけど、おじさんはカンカンだったぜ?あれは真田より何倍も怖かった。」

「げっ…そんなに、怖かった…?」

「そりゃもうかなり。」

「うわー…!なんか家に帰りたくなくなってきた。」



ねえ、あたしね、わかったの。


あたしは決して、1人じゃないんだってこと。
あたしの傍にはこんなに優しい人たちがいるんだって。

頼りになる、自慢の彼氏があたしの隣にいてくれるって。



「ははっ!ま、安心しろって、俺が隣で一緒に怒られてやっから。」

「…怒られること前程ですか。」

「どんまい!でもさ、今はまだ怒ってもらえるだけ、幸せだよな。」

「え、どうして?怒られるのって嫌じゃん…!」

「そりゃ嫌だけどさ、なんつーか…怒ってくれるってことは、自分のことを思ってくれてるってことじゃん。」

「…?」

「今回だってさ、那華がなかなか帰ってこないから心配して怒ってるだけだし、…だから大丈夫だって!」



そう思わね?ニカッと微笑みながら告がれるブン太の言葉が、自然と心の中に入ってくる。吃驚した。甘いものが大好きで、ちょーだい!といつも私に子供のようにねだって来るブン太が、今日は大人のように見えた。

そんなこと、考えたこともなかった。怒られるといつも反抗しちゃうし。…素直に聞けないし、あたしのこと嫌いなのかな?とも考えちゃう時もある。だからブン太の言葉がとても大人なものに聞こえた。…それに、なんだか嬉しくなった。


あたしは決して1人なんかじゃないんだね。
ブン太も、お父さんお母さんも、みんなみんな、傍にいてくれる。



「ありがとね、ブン太。」

「おう。つーか今日お前俺に礼言いすぎ。」

「だって、なんかそう思ったんだもん。…ありがとう、ブン太。大好き。」

「今日はやけに素直じゃん?…可愛すぎんだけど。」

「…ばか。ほら、早く帰ろう?ブン太が楽しみにしてるテレビ終わっちゃうよ?」

「げっ、そうだった!」



さっきよりも強くお互いの手をぎゅっと握りしめ、あたし達は帰路を走った。

繋がれた手より伝わるブン太の温もり。



寒い冬はどこか寂しくて、いろいろと悪い方向に考えちゃうこともあるけれど、



「那華!もっと、速く!テレビ終わっちまう!」

「なんで録画して来ないのよーー!!」




手のひらから感じるこの温もりは、たしかに貴方のものだから。




The significance of existence
いつも傍にいてくれて、…ありがとう。