行灯の火が、仄暗く部屋を照らす。すべらかな頬の輪郭が擦れそうだった。
自分で言うのもなんだが、俺は結構派手にやってきている。ガキの頃奉公先で女を孕ませたとか、恵まれたこの顔を使ってあちこちの芸妓と懇ろだとか。
かと思えば新撰組の鬼の副長として、人を斬りまくってきたとか、散々隊士の腹を斬らせまくってきた、とか。
……碌なモンじゃねぇな。
思わず自分の所業に笑いたくなる。というか、実際に喉の奥で嗤った。
「何を笑ってるんだ?」
薄暗い中では顔は見えないし、笑い声など無論出していない。多分俺の纏う空気に何か感じ取ったのだろう。
男みてぇな口調の、綺麗な女の声。
その声の主もまた野郎みてぇな格好をして、小姓みたく俺の傍らに座っている。高い位置で括られた長い髪が闇の中で揺れる。
「お前も、随分とひでぇ男を旦那にするなぁって同情したんだよ」
百姓だった俺は幕府に貰った肩書きに託けて、いつか武家の女を引っ掛けてやろうと───名実共に武士になってやろうと考えていたが、まさかこんな形で叶うとは思ってもいなかった。
幕府が新撰組との関係をより密にする為に差し出してきた幕臣の──つまりは武家の──娘。
武家らしく高潔で、物怖じしない。女だてらに勇ましい。
「人のことを言えた義理か?言っておくが、三つ指付いて迎えられる貞淑な妻ではないよ」
「んなのわかってるさ」
苦笑まじりに返すと、不意に沈黙が降りた。火がちりちりと燃える音だけが、夜半の部屋に酷く響く。
どうしたもんだと訝しんだ俺に、こいつは唐突に言ってきた。
「私なんかで本当に良いのか?」
「は?」
「私を妻にして後悔しないかと言っている」
俺に向き合う表情は後悔と焦燥のない混ぜになった顔だった。まだそれ程長くない付き合いだがこいつがここまで切羽詰まった顔をするのは見たことがない。
「歳は腕も立つし顔も良い。私なんかより綺麗な芸妓も沢山知ってるんだろう?」
「そう言われると耳が痛ぇな」
「それに、武家の娘にも私より美しくて淑やかで、歳に相応しいのが沢山いる。結納もまだだ。私が武家の娘だからって理由だけで祝言を挙げたら歳はきっと後悔する」
大真面目な声と顔で言われたくせに、何故か腹の底から湧いてくるのは笑いばかりで、目の前の顔が不機嫌に歪む。さぁどうしたものか。
「何を笑ってるんだ?」
最初と全く同じ問いだが、明らかに機嫌を損ねた感がある。時折垣間見える無防備な感情に、堪らない愛しさを抱いた。
「っとに、馬鹿だなお前は」
今、この瞬間だけ、色町で遊びまくってた俺に感謝しよう。
躊躇いなく腕を引いて、倒れ込んできた細い肢体を腕に閉じ込める。
「な……っ」
「旦那になる男の面が見てぇからってわざわざ男装までしてこんな男所帯に来るとか、とんだじゃじゃ馬だよ、お前」
…可愛げはあるのか無いのか。中途半端な悲鳴を上げたそいつは俺から離れようとするが生憎と逃がす気なんざさらさらねぇ。
「俺はな、武家の女が欲しいんじゃねぇ。お前が欲しいんだよ」
「……っ」
臭過ぎる台詞に笑いを噛み殺す。息を詰める気配を腕の中で感じて、俺はそのまま答えを待つような気分で沈黙に身を浸した。
「……気に、」
「ん?」
微かに胸で動く小柄な身体が縋るように着物を握りしめてくる。額を心臓の真上に押し付けられた。
「気に障ると書いて、気障と読む」
「気にくわなかったか?」
「いや、」
否定と共に縋っていた手が首に回る。
じゃれつくように、甘えるように、それから、気恥ずかしさを誤魔化すように。首筋に顔を埋めてきた女は、桜の香りがした。
「お前の場合は気どころか心の臓に障るから尚更タチが悪い」
「そうか、そりゃあ悪かったな」
言いながら俺は目の前赤い髪紐を何も言わずほどいた。
ゆうるりと、堕ちる
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