「名前は可愛いね」


長い指先が伸びて、癖のない髪に触れる。毛先に神経なぞ通ってはいないのにそんな些細な動作だけで目の前の存在をより強く意識してしまうから不思議なものだ。
N・ハルモニア。
それは調和の女神の、美しい名だった。また、記号と言っても差し支えない、歪な名であった。


「なに、したいの?」

「特に何もないよ。…こうされるの嫌いだった?」

「別に」

「そう、なら良かった」


歪なのは何も、名だけではないのだろう。
嬉しそうに破顔するその顔は美しく大人びていたが、何処か無知で愚かしい幼子の印象を彼女に植え付けた。
或いはこと数学に関して饒舌に学者のような弁を振るったそれと同じ口で英雄になるのだと臆面もなく言い放つ。普通なら彼ほどの年齢になれば伝説の勇者になる夢など疾うに見なくなるはずだ。まして彼女は夢を見ることすらなかった。
名前。
名を呼ばれたかと思えば毛先を遊んでいた手が肩にいき、そのまま柔らかく抱き締められる。彼女の腕の中にいたチョロネコが狭そうに身動ぎして、逃げた。
カラクサで彼から預けられ、ずっと傍らにいる彼の“トモダチ”。
ポケモンはトモダチだと嘯く彼は、ポケモンに絶大な愛情と信頼を抱く代わりに人間に対して何処か否定的な目を持っていた。
髪の間を、指で梳かれる感覚。ポケモンに置換すれば、ただ毛並みを整えているというだけなのだろう。無論彼女は人間であるが彼の中ではきっと、名前という生き物は人間ではなくポケモンのカテゴリーに入っているのだろうと彼女は思う。


(……社会、不適合者)


人間を相手に出来ない。
人間の中に混ざって生きていても恐らくそれは適応ではない。
それは、名を付けるならばそう───擬態だ。それはとても精密な、本物と変わりない、偽り。
適合の際にいる不適合者であるNと、不適合の際にいる適合者である自分とではどちらがより正しいのか。むしろ正しさなぞあるのか。
考えて、考えて。そうして考えるのを止めて、彼女はいつも同じ言葉を口に出す前に呑み込むのだ。


盲目のクライエント





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Nは可哀想な子だね、
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