「ただいまー」
「ああ、お帰り」
穏やかな声が名前を出迎えて、予想外のことに彼女は僅かに目を見開いた。そんな彼女にくすりと笑った声の主はソファに寛いだままコーヒーを口に含む。
「鍵が開いてるの、変だと思わなかったの?」
「あっ、そういえば…──それよりダイゴ、今日は私より早かったんだね。仕事早く終わったの?」
「早く終わったというより、早く切り上げてしまったというのが正しいかな」
デボンの副社長とリーグチャンピオンを兼任するダイゴは多忙だ。少しでも一緒にいられるようにと同棲を始めたものの帰宅は彼女の方が早いのが常だ。
「いつもダイゴの帰りを待ちながら晩御飯作ってるからまだ何にも準備してないよー。今日何食べたい?」
「それより名前」
「え、何か…───痛っ!」
振り向いた彼女の腕をダイゴは掴んでソファの前まで引き寄せる。手首を締め付ける握力に名前は苦痛を訴えた。
「何、して…っ」
「名前」
「ッ!」
低い声に彼女は息を呑む。穏やかな瞳が一変して底冷えするような光を宿し、薄い唇は捕食者の余裕を表すように歪な弧を描いた。
「今日、デボンの視察でミナモに行ったら君を見かけたんだ。コンテスト会場の所でミクリと楽しそうにしてたね」
「あれは偶々会って…」
「へぇ?」
小馬鹿にするように冷えた声。言葉を失った彼女を責めるようにダイゴは畳み掛ける。
「信じられないなぁ。人は簡単に嘘をつけるからね。君が浮気しても僕は気付けない」
「そんなっ、浮気なんて…!」
「そう言うんなら誠意を見せて欲しいな」
「…誠、意」
「うん」
ぷちん、と。ダイゴの長い指が彼女のシャツの第一ボタンを外す。そのまま指は柔らかな膨らみをなぞり、腰まで行き着く。
「僕の言いたいこと、解る?」
疑問ではなく、反語。
その威圧感に彼女は泣きたくなった。
「ダイゴ、待って」
「駄目だよ。ちゃんとして」
「でも」
「名前、」
「───…」
小さく唾を呑んで、彼女は震える指先をボタンに掛ける。ひとつ、ふたつ、みっつ。ボタンを外す度に陽に当たることのない白い肌が外気に曝され、彼女はぶるりと身震いした。
シャツが完全にはだけるとダイゴの指が今度は直接肌を滑り、下着のストラップを弾く。
「顔を真っ赤にして……可愛いよ、名前」
「ん……っ」
艶然な表情を湛えて噛み付いてきた、歯。隙だらけだった半開きの唇は容易く相手の侵入を許し、とろけるような熱を帯びた舌が彼女のそれを優しく嬲る。攻められるのが気持ちいい。苦しげな自分の喘ぎ声にも子宮の奥がじゅんと疼いた。
「ふっ、ぁ」
ソファに座ったまま、ダイゴの手が名前の身体を引き寄せる。不安定な体勢に彼女が思わず彼の首に腕を回すと、ストラップを外された下着が乾いた音をたてて床に落ちた。
押さえつけられていた丸い膨らみが己の弾力でふるりと震える。
「やっ」
「嫌、なんて言っちゃ駄目だよ名前。これはお仕置きなんだから。それに…キスだけで感じた?凄く硬くなってるよ、ココ」
「んぁ…」
桃色に勃った先端を指先で弾かれ、思わず引きかけた腰をダイゴは阻み、甘い声を紡ぐ。
「逃げるのも駄目だよ」
ダイゴの───その整えられた爪が首筋を悪戯に引っ掻けば、身体は再びわななき、震える胸の先が取り残されたシャツで擦れる。
「…ぁ、あぁ……っ」
胸の一際感じる部分に唇が寄せられ、濡れた舌が這った。悪戯に歯を立てられ、反対も捏ねられれば快感が身体の深部で弾け、両の足の間が潤むのを感じる。あぁ、まずい。身体は彼女の意思に反して快楽を受け止める準備をしている。
彼女の秘部の熱情を彼は感じ取ったのか、胸で児戯をしていた指先がおもむろに内股を撫でて、やがてその上、湿り気を帯びた下着に触れた。
「ひ、ぁっ!」
「濡れてるね」
「ダ、ダイゴぉ……」
羞恥やら快感やらでキャパオーバーになった名前はぐずるようにダイゴの頭を掻き抱いて無意識に目を強く瞑った。だが、視覚がなくなったことで否応なしに感度が増す。
神経が集中したその場所を、ダイゴは布越しに幾度も往復する。恥丘の間、存在を主張し始めた花芯を潰され、名前は一際高い声を上げた。
「あぁっ!」
耳元で繰り返される喘ぎ声にダイゴは堪らない愉悦を感じてくすりと笑う。
「下着、脱がすよ」
「ひ、ぁ…」
熱を帯びたそこが空気に触れる。ダイゴの指がそこをつつくのと同時に再び食らい付くような口付けをかわせば、彼女の甲高い喘ぎはダイゴの口腔に呑み込まれた。滴る唾液。顎を伝ったそれはダイゴのスーツの一点をより黒く染める。
「声出すのも駄目。我慢して……分かった?」
ダイゴの要求に彼女は彼の首にしがみついたままこくこくと首を振る。それを確認したダイゴは擦れた声で甘く彼女の耳朶を擦った。
「良い子だね」
ご褒美、と長い指が淫唇を暴いてくちゅりとナカに埋められる。
「……ンッ、……!」
びくびくと痙攣する身体と漏れそうになる声を名前はダイゴにしがみ付くことで誤魔化した。どうしようもない快楽が襲ってきて、まなじりに涙が溜まる。思考が出来ない。
「は……、ぁ…」
「気持ちイイ?声を我慢すると快感が発散されないから頭が快楽でぐちょぐちょになるでしょ?」
ダイゴの台詞に思わず彼女のナカが締まった。文字通り上も下もぐちょぐちょになって、逃げていた腰も気付けば自らダイゴの手に擦り付けている。
浅い所を掻き混ぜるだけでは物足りない。焦らさないで。もっと深く、熱い場所までキて欲しい。
「ダイゴ……っ」
「ん?」
「そこじゃなく、って」
「“そこ”って、何処?」
確信犯だ。ダイゴは分かっていながら訊いている。含蓄のある笑みのまま、ダイゴは彼女の唇をついばんだ。
「言ってごらん。僕に何をして欲しいの?」
「……ぇ」
名前の上気した顔が更に火照る。言えというのか、もっと奥まで挿れて欲しいと。もっと熱くて圧迫感のある、彼が欲しいと。
「───なんて、安いAVみたいな展開になると思った?」
「っあ!あぁっ」
一本だった指が一気に三本になってバラバラに動きまわりながら激しく抽送を繰り返せば、快感は俄然強くなってただでさえ濡れそぼった子宮がが更に潤む。太股を伝う感覚におののいた彼女は無意識に自分の秘部とそれを掻き混ぜるダイゴの蜜にまみれた指を想像した。
「んあ……っ」
「今、締まったね。何考えてたの?」
「な…っ」
「口では言えないようなこと?……淫乱だね」
「違……っぁ!」
「そろそろイッて良いよ」
名前の肢体が一際大きくしなる。思考が快楽で真っ白に塗り潰されて、オーガズムに達した彼女は力なくダイゴに力無くしなだれかかった。
「はぁ、はぁ……っん…」
ずるりと指が胎内から抜ける、その感覚すら快感になって彼女は身体をびくつかせた。身体を宥めようと荒い呼吸をする彼女の酸素を奪うようにダイゴは深く口付けた。角度を変えて何度も唇を重ねればその気になった名前の舌が自ら絡んできた。刹那。
「おしまいだよ、名前」
「──…え?」
つれなく離れた唇に名前は困惑し、ダイゴを見つめ返した。いつものキスならこちらの息が苦しくなるまで続ける筈なのに。それにまだ───
「僕が欲しいの?」
「!」
思考が見透かされた気がして赤面した彼女はくつりと笑ったダイゴから視線を逸らした。
「駄目だよ。どんなにおねだりしても今日はシてあげない。それがお仕置きだよ。ほら、夕食を作る前にシャワーを浴びておいで」
「……でも、」
「今日はビーフストロガノフが食べたいな」
床に落ちた下着を握らせて泣きそうな彼女を脱衣場へ追いやったダイゴは先刻の愛撫で濡れた手を子供のようにソファカバーの端で拭った。丁度そのタイミングでシャワーの音が遠く聞こえて彼はふと冷静になる。
「……名前」
今になって漸く部屋中に満ちた雌の匂いに気付き、そして爪の間に残った蜜に、彼は初めて欲情した。
耽溺する稚魚たち
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色々と大誤算。
多分ダイゴさんは静かに怒って我を忘れてたんだと思う。