朝、彼女が学校に来ると下駄箱に手紙が入っていた。内容は放課後体育館倉庫の裏に来いというもの。


(…まさか、ホントに来るなんて)


余りにも古典的な内容に彼女は思わず溜息をついた。原因は大体わかっている。いつかこういう事態が来るとは思っていたが心の何処かでそんなわけないと楽観視していたのかもしれない。
呼び出しの手紙をポケットに突っ込むと、彼女は鞄を肩に掛け直して教室へ向かった。
諸悪の根源のいる、教室へ。


「おはよう、名前」


にっこり。
そんな効果音が付くような笑顔が両肘と共に彼女の机にのって、彼女は迷惑そうに顔を歪ませた。


「……折原君、私に話かけないで」

「何で?俺は君と話たいんだけど」


何か言い返そうと口を開いた彼女はしかし、思い直して言葉の代わりに溜息をつく。
折原臨也。
彼女のクラスメイト兼座席の隣人。そして何より彼女が呼び出される直接の原因となっている男である。
学校では平和島静雄、岸谷新羅共々危険人物の名を恣にしているこの男は、激しく残念なことに顔だけは良かった。ついでに成績も。故に、おおっぴらに秋波を送るような人間こそいないものの、密かに憧れている女子は多い。


(そんな人が、なんで私なんかに構うの?)


隣人だからかはたまた何か別の因果か、折原臨也はことあるごとに彼女にコンタクトを取ってくる。挨拶は勿論のこと、何もなくとも話題を振ってきたり昼食を──かなり強引に押し切ってだが──彼女と摂ったり、彼女がいくら冷たくあしらっても彼はそれを止めない。
そんな日々が続いていると当然のことながらそれを良く思わない輩が出てきた。もう一度言うが、折原臨也は顔が良いのだ。
物が無くなるのから始まり、靴に画鋲、机にゴミ、とどめとばかりに今朝の呼び出しである。
ここ数日嫌がらせの為に彼女は昼食の時に箸を進めなくなった。今日も今日とておかずを2、3つまんだところで箸を置く。


「あれ、名前もういいの?最近あんまり食べないし顔色も悪いよね」


誰の所為よ。彼女がコンビニのパンを彼女の机に並べる目前の男を睨むと、彼はそんなに熱い視線を向けないでよ、などと嘯く。


「…折原君の気の所為だよ」

「そんなわけないよ。俺、名前のことずっと見てるんだから」


言いながら、彼はひょいと指で彼女の弁当から卵焼きを掠め取る。


「あっ」

「ん、美味い。食べないなら俺がその弁当もらうね」


有無を言わせず弁当をひったくった臨也に諦めたような視線を送り、彼女は幾度目かとなる溜息をついた。




















「あんたさ、何様のつもり?」


呼び出しに従って体育館倉庫の裏へ行くと、そこには女子が数人、彼女を出迎えてくれた。ご丁寧にも、文脈の繋がらない常套句まで添えて。


「……あの」


多勢に無勢だ。彼女の細い声と怯えたような表情に女子らは勝ち誇ったような顔をして彼女を取り囲む。それに彼女は小さく息を呑み、身を縮める。


「隣の席だからってさ、折原君にちょっかいかけるとかすっごい目障りなんだよね」

(……どうしよう、)


集団で屯して気が大きくなるのは人間の性だ。その上自分たちが優位で、相手が反抗しないという要素がそれをさらに助長する。


「大して可愛くないのに調子乗ってさ」

「折原君が迷惑してるの、分かんないわけ?」

「ってか消えろよ」

(どうしよう、どうしよう、どうしよう)


同じ言葉を脳内で反芻する内に身体がわなないてくる。速くなる鼓動をどうすることも出来ない。血液の巡りを如実に感じる。


「でも、話しかけてくるのは折原君の方で…──」

「っるさいな!黙れよこのブス!」


───パアンッ!


高らかな音と共に彼女は尻餅をつく。平手打ちを食らったのだ、


「……ぁ」


思わず声が漏れた。

どくんどくんどくんどくん
どくんどくんどくんどくん

速くなる鼓動。


……どうしよう。


(どうしようどうしようどうしようどうしよう)

「……は、はは」


どうしようもなくて、笑いが込み上げてきた。身体の震えが止まらない。


(どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう!!)


──愉し過ぎるんだけど!!

「…はははっ、あははははははっ!!はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!」

「な……っ」


突然狂ったように笑いだした女に彼女たちは寒気を覚えた。或いは本当に狂ったのか。


「んもうアンタら最ッ高ー!うわキタコレキタコレキタコレェェェ!今私ぶっ叩かれた!うわうわうわ!どーしよ!超古典的!超最高!うっはー!超愉しいんだけど!ヤバイよヤバイよヤバイよ!今私すっごい興奮してる!アドレナリン大放出!うわうわうわ!はははははははは!ホラホラ見て見て!私こんなに震えてる!ヤッバー!超愉しい!超愉しい!超愉しい!!愉し過ぎる───ッッ!!」


彼女は興奮で震える身体を持て余しながらも立ち上がる。アドレナリンが出過ぎててヤバイ。
あれでそのまま袋叩きだったら完璧だったのに。そう続けた彼女は先刻までの気弱な感が欠片もない。ただただ自分たちを指差してゲラゲラ笑う少女、その常識を逸した光景に彼女たちは一歩後退った。


「ここまで王道パターン突っ走るとは思わなかったなぁ。ホント愉しいわ、腹筋切れるかも」

「あんた、猫被ってたわけ!?」

「んー、まぁそゆこと。何はともあれこっからは私のターンってことで」


そう言って彼女は大胆にも体育館倉庫のドアを開け、金属バットを取り出す。


「そ、そんなもの持ったって多勢に無勢なんだから!」

「え?誰もアンタたちをぶっ叩くとは言ってないじゃん」

「───は?」


きょとん、と小首を傾げた少女に彼女たちは唖然とする。


「私にとって重要なのはアンタたちが私に手を上げたっていう事実よ。分かる?
あとは人目に付くように泣きながら校舎を走って職員室に駆け込めば良いの。『いじめに合いました』って言ってさ。あとは適当に不登校になって『絶対にあいつらを許さない』とか親に縋って訴訟を起こす、と。いじめで訴訟とかって大袈裟だけどかえって目新しくて良いよね?話題性もバッチリ。上手くいけば全国ネットで報道されて、アンタたちは子供時代の写真とか小中学の卒業アルバム引っ張り出されてマスコミにこっぴどく書き下しされて一躍時の人。ついでに訴訟の被告人になったっていう経歴がその後の人生についてまわって仕事も結婚も苦労するだろうねー。
うわ可哀想。でもそれくらい覚悟してやったんでしょ?人を傷付けるってそういうことだもんね?それくらい酷いことだもんね?文句なんて言えないよね?あははっ。
ってことで私は話題性を稼ぐ為に骨の一本や二本や三本ぐらい今から折ろうと思うんだ。骨折ってしたことないから分からないけどきっと痛いんだろうね?痛いのはイヤだなぁ。でもアンタたちのこれからの人生を完膚無きまでに滅茶苦茶に出来るんだから安いモンだよね。うん、じゃあ折ろう。早速折ろう。今すぐ折ろう。早急に折ろう。善は急げっていうしね。んじゃ、せぇの」

「い、いやあぁぁぁぁぁぁ!」


彼女が金属バットを振りかぶった瞬間、女子たちは悲鳴を上げて一目散に逃げ出した。自分の人生が滅茶苦茶になる図でも想像したのだろう。


「あー、愉しかった。最ッ高」


彼女はバットを寸止めして晴れやかに笑う。あの恐怖と絶望に染まった顔が見たくて今まで殊勝に振る舞っていたのだ。古典的過ぎるいじめも中々に愉しませてもらったが。


「……」


何を思ったか彼女はコツンと自分の脛を軽く金属バットで叩いてみた。


「っだぁ!」


上手いこと当たってしまったらしく、じーんと痛みが広がり、彼女は脛を押さえた。


「ぷっ、何やってるのさ」

「あ?」


不意に第三者の声が響いて彼女はおもむろに頭を上げた。


「……折原臨也」

「やだなぁ、臨也で良いよ君と俺の仲なんだからさ」

「どんな仲よ、どんな」


死角から現れた臨也は赤い瞳を細めて酷く愉しそうに嗤う。


「共犯者、ってトコかな?君がわざと食が細っている振りしてるのも、日に日に化粧を白っぽいのに変えて顔色悪くしてたのも気付いてたのに黙ってたし。今回のいじめも俺のおかげだし。何より、君と一緒に俺も愉しませてもらったしね」

「全部気付いてた……って言うより私に馴々しくしてたトコから伏線張ってたわけね」


「うん、君の行動は観察してて飽きなかったよ?ありがとう」


そう言って臨也は座り込んだ彼女にコンビニのパンを差し出す。


「はい。愉しませてもらったお礼」

「…………」


彼女は臨也とパンを交互に見比べ、やがてそれを受け取った。


「……昼のお弁当の分は、別料金取るわよ」

「それは今度ね」


臨也はもう一度笑い、パンが無くなった手で彼女を引き上げた。


弾丸に綺羅星を詰めてみた





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書いてて凄く愉しかった。
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