遠い雪原は、果てなく清く。
無粋な足跡なぞ、ひとつとしてありはしなかった。
「レッド、」
小さく名前を紡ぐと、レッドは帽子の鍔を上げて浅く微笑んだ。
黒い前髪から覗く深紅の瞳には喜びと安堵、それから微かな哀惜が宿っている。
「俺の、負け。随分強くなったんだね名前」
「レッドが……レッドがマサラを出ていって、遠くへ行ってしまったから、私は追い付く為に頑張ったんだよ」
「うん」
頷いたレッドの表情が余りにも儚くて彼女は息が詰まった。何も、ただの一言も彼は言わせてくれない。
「俺は此処でずっと待ってた。俺を倒してくれる人間を、俺の仲間を託せる存在を」
モンスターボールを持ったレッドの掌が彼女のそれに重なり、包み込むようにボールを握らせる。
彼女はただただ無言で首を振り、懇願するようにレッドを見上げる。
「それが名前で良かった」
本当に良かったと、薄い唇が零す。嫌だ。ピカチュウがいつの間にか彼の肩から降りていた。ほら、あんなに耳を下げて、うなだれて。
「レッ…」
「お願い、ね」
「───…」
遠い雪原は、果てなく清く。
無粋な足跡が、厳然たる重みを以て、それを汚していた。
「寒いね、ピカチュウ」
「……ピィカ…」
絶対零度と相反する腕の中の温もりが愛しい。
眼下には険しい崖。下から吹く風が前髪を嬲る。
「……ね、レッド」
遥か下方。
雪に埋もれた帽子。
赤い鍔が───見えていた。
世界が終わる日は、とても綺麗なのでしょう
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幽霊?いいえ違います。
残留していた、優しさです。