とりあえずキスしてみましょう



日曜日。正午。駅前にて。
竜ヶ崎怜は、ただひたすら心臓を高鳴らせていた。


事の発端は金曜日。
同じ水泳部の選手である恋人、海原流歌に、勉強を教えて欲しいと頼まれたのが始まりだ。
流歌を溺愛している怜は、快くその頼みを引き受けた。

…ここまではなんてことはない。
だが問題はここからだった。


「怜くん、それでね、その日なんだけど…」

「どうかしましたか?」

「うん。実は、親戚から猫ちゃんを預かることになってて、最初はお母さんが家にいてくれる予定だったんだけど、それが無理になっちゃって、私が家にいなきゃなんだ。だから、私の家で教えて欲しいんだけど…」

「え…流歌さんの家でですか!?」

「うん…。だめ…かな?」


不安そうな顔で覗きこまれた怜は、必死に自分の中に湧いた下心をしまい、了承してしまった。

そして、現在にいたる。


「(流歌さんの家…流歌さんの部屋…。っ、いけません!き、今日は、勉強を教えに行くんです!気をしっかり自分!)」


こんな脳内での独り言を、もう何回繰り返したことだろうか。

そろそろ脳がショートする。
そう思っていた時だった。


「怜くん!」

「っ、流歌さん!」

「ごめんね、お待たせしましたっ」

「い、いえ、大丈夫ですよ」

「ありがとう。じゃあ、いこっか」


そっと小さな手が怜の大きな手を握る。

その行動に少し驚き、そして少し落ち込んだ。
こういうことは普通、男性からするものだと渚に聞いたからだ。
でも、それはすぐに幸福へと変わるのだった。




「上がって怜くん。そこが私の部屋だから、先に入ってて。私お茶いれてくるね」

「え!?あ、いや、僕も何か手伝いますよ!」

「大丈夫だよ〜。怜くんはお客様なんだから」


そう言ってキッチンのあるであろう方向に消えてしまう流歌。
一人取り残された怜は、大人しく流歌の部屋に入った。

そして入った瞬間、怜の心拍数は一気に跳ね上がった。
流歌の匂いが、一瞬で怜の身体を熱くさせる。

そのまま部屋の入り口で固まっていた怜に、流歌が声をかけた。


「怜くん?どうしたの?」

「あ、の…////」

「?顔赤いよ?熱でもある?」


そう言って流歌は、怜の首筋に手をやった。

どくん、どくん、と怜の心臓が脈打つ。
そしてその手は、すぐに離れた。


「ん、熱はないみたい。よかった…」

「…流歌さん…」

「?どうしたの?」

「……」

「……」


怜が顔を赤くして俯いていると、ふっ、と何かが怜の顔に近づく。
そして、唇に、柔らかい流歌の唇が触れた。

一瞬目を見開いた怜だったが、一気に緊張感が解れたのか、流歌の顔に手をやり、角度を変えて何度もキスをした。


長いキスが終わると、目を潤ませた流歌の顔。
怜は真剣な顔つきで、でも誠実に、聞いた。


「……流歌さん」

「はい…」

「…いただいても、いいですか?」

「…はい、お願いします…////」


とりあえずキスしてみましょう
(羊さんが、一瞬で狼さんになります)

 

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