隣でかたりと音がした。
喧騒に包まれて誰も特に声は掛けないが、何があったかは既に聞き及んでいるのか、僅かに乱れた音の旋律。
カバンを無造作に置いて即刻机に突っ伏した少年を、一ページも進んでいない文庫本の脇から盗み見て、形を潜めていた昨日の感情がわたしの中でも一気に蘇った。

「おう、越前! なんだなんだ優勝逃したからって拗ねちゃってよぉ」

「………」

「確かに惜しかったけどな。でも準優勝じゃん? 全国大会で二番目って……いやあ、青学の男子テニス部に入部してるオレも鼻が高い! それだけでも快挙だし来年もあるんだからそう落ち込むなって。それより、今日の練習――――」

「ちょっと黙ってくんない」

熱心に語りかけていた堀尾君を一瞬にして黙らせた低い声。怒気ではないそれは絶望とも諦観からも程遠かった。実際、『あんな』体験なんてしたことのないわたし達に推し量れというのが無理な話なのだ。
彼の苦しみは彼だけを苦しめる。リョーマを後押しした竜崎先生や手塚部長、他の主だったメンバーだって各々の心に圧し掛かったものがあるはず。
誰かが肩代わりして、解決するものではない。敗北の辛さは打ち込んできた情熱に比例していき、個人個人で胸に巣食う感情も思い入れも異なるのだから。
だから、ここでわたしが救ってあげる、だなんて傲慢以外の何物でもない。それこそお前に何がわかる、の一言で突き返されるに違いない。

しかし今回ばかりは、リョーマの所為じゃないのだ。
リョーマが本来背負わなくても良い辛苦。そんなものをご丁寧に背中に括り付けてどうする。

この絶好なチャンスに、力になるから立ち直って、なんて王道なヒロインはここぞとばかりに手を差し伸べるんだろう。綺麗で清潔な言葉を並べ立てて。それそれはなんて高尚で高潔な精神なんでしょうね。(それでもってなんて陳腐な言葉か)

でもごめんなさい。
わたしは今だかつてないほど腹を立てているのだ。

おずおずと尻尾を巻いて退散した堀尾君を視界に収めて、文庫本を静かに閉じる。栞の位置は開いた箇所から寸分も変わっていない。
隣の気配に神経を集中させながら、一回瞼を落とす。贖罪なら幾らでも甘んじて享受する。罵倒されても文句は言わない。全部全部只のわたしのエゴだから。

だから、ごめんなさい。
貴方のために、この世界のために、そして何より自分のために。

わたしは覚悟を決めました。(そんな覚悟、したくなかった)



廃棄された椅子
(怒りと悲しみを押し込めて)
(わたしはレールを歩み続けるこの世界の傍観者でありたかった)



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