奇怪な音だった。
音と呼んでいいのかさえ躊躇させるに足る、連綿とした音の羅列。繋がり。
音が糸を引いていたら、その糸がまた震動を続けていたら。それが正に
反響に共鳴、連鎖に残響が無辺の箱の中でさえ絶えず跳ね返って繰り返し繰り返し甲高い金属音を響かせる。
時に単身であれば罅割れた電傷のようで、時に群体であれば重厚にも轟かせたる激突音。
光が一筋も入らぬ隔離されたその部屋は、鏗然とした音に満たされ埋もれて、そして尚波が波紋のように広がっていく。
一歩人間が踏み入れば、あまりの音量に音種に耳を塞ぎ慌てて飛び退る前に、発狂もかくやと言わんばかりの音の暴力である。

だが、その実音の部屋は、真実音の部屋ではなく、鎖の部屋であった。

音が鳴ったのは偶発的な結果であり、音源の男は、意図してその行為を行ったわけではなかった。
事実ほんの数瞬前は、音の奔流どころか釘一つ床に落ちた音も、針一本床に落ちた気配も、一切伺えないほどの本来は存在しえない静止の空間だった。ただ、仄かに男と膨大な鎖のみがぼうっと幽麗に浮かび上がっているだけの。
それが今、あたかも十字架に磔にされてギロチンの最期の嘶きを待つかのように、手足枷は勿論のこと、頑強な鎖で余すところなく拘束され、宙に浮いている男から端を発し音が溢れていく。
単調すら通り越して、世の音とは誰が想像しうるだろうか―――実際、ここは世の中と称せられる範囲を逸脱した場所にあるけれど―――兎も角そんな音だった。

身じろぎとも言えない震えを敏感に具象させた桎梏は、暫時の暴音を只管収斂させていく。
完全に無音が舞い戻ってきた頃、ぎいっと開閉音を伴って一筋の光線が差した。
丁度男を一刀両断する軌道を描いて、大きくなって今度は人影が光を遮る。

「異常ありません」

「ああ」

外からのやり取りを合図に扉は閉ざされた。光の残光を一片も残さず、また世界が逆流して。

ただ、一点だけ逆流した空間を更に逆流して進んでいた。

男の瞼が震える
薄っすら押し上げた瞳の奥。
有り得ない色を映した眸は、白い瞳孔の内で遥か懸け離れた存在を追っていた。

「――――早すぎる」

吐き出された聲は感情の欠落した顔とは対照的に、渦巻く色を帯びていた。
悲痛であったり歓喜であったり辛苦であったり安堵であったり苦悶であったり期待であったり哀愁であったり愛憎であったり。全てを籠めて空気だけが息を吸い込んで色を変えた。

初めて、男の顔が歪んだ。


「まだ、まだだ……来るな、汐白」


馳せた面影に縋るように紡いでいく。


「俺はお前をもう不幸にはしたくない…!」





愛の言葉(哀の言葉)
(ぜんぶ、おんなじ。ただの気休め)

(どうして神は彼女のための時間を残してくれなかったのか)

 
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