私がまっさらな一般人だったら肩でも震わせて呆然と見上げればすむ話だけど、生憎私は場数を踏み過ぎていた。

「おい、姉ちゃんわかってんのか? 今のでこいつの腕が大変なことになっちまったんだぞ!!」

顔を近づけ精一杯凄んでくる男たちに、呆れを多分に含んだ溜息を呑みこんだ。
軽くぶつかっただけで大袈裟に痛がってみせる脇のグリーンヘッドの男も、中指を突き立ててくる全身ピアスの男にも。いつの時代の不良だよと突っ込みたくなった。……いや、それを言ったら並中の風紀委員全員が当て嵌まってしまうけど。

倒れたのは私。体格的にも明らかに一番被害被るのは私。
なのに、責めるのは向こう。
こんな一目で被害者加害者か白黒つくような事件、しかもこれ以上ないくらいの些事で、そんな不条理がまかり通ると思っているのか、この人たちは。
ああ、でも思ってるんだろうと一瞬でも猜疑に駆られた自分に呆れた。だってこの人たち多分、並中に来たのは初めてだもの。
一回でも足を踏み入れたことがあるなら、こんな莫迦なことはしない。少なくとも並盛ではしてはいけない、という絶対厳守の決まりを叩き込まれるからだ。体の芯まで。比喩じゃなくて。
その洗礼をまだ受けていない二人は、だからこそ我が物顔で町を闊歩し秩序を乱し、町行く人々の視線を自分たちへの恐れだと勘違いを起こすのだ。実際にはいつやってくるとも知れぬ風紀委員に対する畏怖だというのに。

流石に尻餅をついたままでは格好がつかないと何とか立ちあがった私はしかし、どうするべきか一瞬の合間に思案に暮れた。
一番の難題が自分に今男二人に対抗しうる術がないことだからだ。
場馴れしているとはいえ、大の男二人を相手に出来るほどの何かを持っているわけではない。
強いて挙げるならば、それは並中風紀委員長と親しいという点こそが、私の唯一にして最大の盾である。
口でなら負けない自信がある。だが、こういう手合いは口でこてんぱんに説き伏せられると余計逆上する場合が大半を占める。
つまり、私独りでは無力なのだ。

だが、ここで成り行きにまかせて成されるがままに流されるのは、以ての外だった。

無表情でガン垂れる男を見つめていたのも束の間、勢いをつけて足を振り上げ――幸いなことにパンツルックだった――男の最大の急所ともいえる場所に向かって容赦も無しに蹴りを見舞おうとした。

「甘いなッ!」

が、不意打ちに背後から両腕をがっちり掴まれる。
はっと後ろを首だけで振り返ると、激痛が走っているという咋な演技をしていたはずの男が、にやりと笑った。

「なあ、姉ちゃん。別に賠償金払えなんて鬼なこと言わねぇよ? だからさ、その代わりに、姉ちゃん俺らの相手してくんない?」

絡みつくような口臭が首筋を撫でる。
産毛が逆立った。
条件反射にも似て腕を振り解こうとしたが、男の力に敵うはずもなく、ただ男を喜ばせただけだった。
見物人に町では滅多に起きない不穏な事態に動揺が走る。まさか、ここまでとは、と顔から如実に読みとれた。平和ボケしすぎるのも考えものなのかもしれないとだけ一瞬頭を掠めた。
そうこうしている最中にも、男の厭らしい手つきがどうしようもなく生理的嫌悪を掻き立てた。

気持ち悪い気持ち悪い。どうすればいい。

保ってきた余裕が始めて切り崩された。
こんなに危機的状況に陥ったのは久方ぶりだった。
抵抗しなくなった私に男たちは気を良くしたのか、力ずくで引き摺ろうとする。
どうしよう、もしかしたら、私。
最悪な想像に悪寒が駆け巡って、体が竦んだ。

「待ちなさい!」

凛とした声が響いた。
見ると、遠巻きにするだけの通行人の中から、傍にいる友達の制止も聞かず一人進み出てくる者が見えた。
空中に靡く艶やかな髪。
一目で誰だか分かって目を丸くした。

「その人を離しなさい!」

透き通るようなその声音に、男たちはさも面倒そうに視線をくれてやったが、彼女の整った顔を見た途端、豹変し舌舐めずりせんばかりに口元を歪ませた。

「あんた、この姉ちゃんの知り合いかなんかぁ?」

両脇を固める男たちの思考が流れ込んでくるようだった。
顔を真っ青にした。
駄目だ駄目だ。このままだと彼女も巻き込まれてしまう。道柄さんは恭の想い人で、そんな人を連れ込むわけにはいかないのに!
自分のことすら思考の枠外で、気がつけば叫んでいた。

「何やってるの! あなたは、ふぐッ!」

「静かにしてろ!」

口を塞がれ、ついでに首を締め付けられる。
喉に不快感がせりあがる。一瞬視界がチカチカした。

「ッ、そんな乱暴は止めて! 知り合いではないけど、見知ってはいます。二人ががかりで、しかもそんな言いがかり……見捨てられるほどわたしは性根が腐っておりません!」

譲れない想いを宿し、彼女は憤然と近づいてくる。
男はそれこそ好都合だと上機嫌に言った。

「見知ってる? じゃあ、身内ってことでいいよな。だったらあんたも一緒に埋め合わせしてくれんだよな」

緑色に髪を染めた男が、一歩踏み出す。
道柄さんの言葉の具合の良いところだけを選りすぐって自分勝手に解釈し、行動に打って出たようだった。ああなんて頭の足りない行動! でも、そんな阿呆相手に何もできない無力な私。それを痛感していた。
注意にも怯まず悠々と迫る男に、道柄さんは微かに息を飲み、だが後に引こうとはしない。
その距離が男のリーチの届く程度になった。
なんで逃げないの、と苛立ちが心中募っていた。
だが彼女にその指が触れる前に、ざわめきが伝播し、少なかった人通りが皆無になった。所々金切り声が上がるのとそれは無関係ではないだろう。
存在を切望し、けれど現実には傍にいなかった彼が、来た。断言できる。

「―――ねえ、君たち。この町で何をしてるの?」

狼狽した男の様子と弾かれるように顔を背けた道柄さんの様子を尻目に、ただ道の向こうから歩を進める爛々と殺気に満ちた、慣れ親しんだ幼馴染の姿を認めて、私は頬を緩めた。
だが、恭、と呼び掛けかけて、それを不意に思い止まった。依然喉を拘束する腕に遠慮したからではない。

―――何故って、恭の視線の大部分が、彼女に注がれていたから。

刹那、視線を交錯させた二人。蚊帳の外で眺めながら、私は出し抜けに何とも滑稽な疑問に頭を支配された。

恭は私を助けにきてくれたの?

それとも―――彼女がいたから助けにきてくれたの?



骨折ってくたびれて踏まれて蹴られて

(私は幼馴染。彼女は好きな人)
(あれ、どうしてかしら。胸が、痛い)
 

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