恭が恋した彼女の名前は道柄鈴祢。
成績上々運動神経上々人柄人望容貌共に文句無し。
ライバルは星の数に上り、数々の猛者たちが挑んで玉砕を繰り返す。指折り数えることすら、そんな莫迦な真似一体誰がするかっていう一大事業に成りかねない。下手すれば数えてる合間にも、どんどん彼女の信者が増えていく。端的に纏めるととりあえず、無謀。無茶。無理。
あー、まあ結局なんて言えばいいのか、親しくもない私に的確な説明はできてないかもしれないけれど、それでも敢えて一言で済ませてしまえば、息子を送りだすのには何の心配もも要らない、とても出来た娘さんである。息子が誰を指すかは言わずもがな推して知るべし察してください。

それ故に、いっそ見事だと称えたくなるほど完膚なきまでに御免なさいと、頭を下げられた男子生徒は、例の如く学校欠席。その日の欠席の半分以上が彼女に起因するという実しやかな噂まで流れる始末(実際バレンタインデー当日には何に浮かれて酔い痴れたのか、彼女宛のチョコレートが靴箱から洪水の形をとって披露された。普通逆じゃないか? しかも、懇切丁寧に一つ一つ個々にお返しをしたという道柄さんにも呆れかえった記憶がある。そんな優しくしなくても)。

揃いも揃って、悔し涙を呑んでいった男たち。
告白をすべからく断ったところを考えると、ある仮定が否が応にも形成される。
曰く、道柄さんには別に好きな人がいる。
成程、確かに信憑性は高い。事実、誰一人とて交際に成功したものはいないらしい。だったらこの考えは自然だし、正鵠を射てるのではないかと思う。
けれど、その仮定が真実現実なら、当然恭の恋にも希望は見えないわけで。
さらば青春。今の時点で青春の半分も謳歌しきれてない恭にせめてもの祝福あれ。

恭の人生が同年代の他の生徒たちより大幅に遅れて、甘酸っぱい色を帯び始めた正にその瞬間から、今までは存在し得なかった彼女の存在が、私の脳内にインプットされ、恭のためという名目で彼女の情報が特別待遇で蓄積されるようになったわけである。
学校内で一般人が入手できる彼女についての情報なら、塵並の微細なものまで手中に収めている自信がある……ストーカーかって話だけど。別に私が好きなわけじゃないのに。好きなのは、恭なのに。
でも、あの子本当に自発行動しないんだもの。究極私と草壁さんが情報収集するしかない。草壁さんは、良いパートナーでもある。
こんな万全な体制を敷いたからといって、風紀委員の権力を陰で操って情報を得ても、十全なシチュエーションをセッティングできる訳ではない。現段階では、私は手を拱いて状況を静観しているだけ。
無性にそれがイラつくときがある。私は何のためにこんなことをしているんだと。それが実らなければ何の意味もないのに。

――――でもって、どうしようかしら。
目線の先、数メートル前方の艶やかな黒の長髪を視界の隅に収め、我が身を呪いたくなった。
数十分前、彼女を見かけて思わず物陰に身を隠してしまった。
ここまでは、まだ何とか言い訳の角も立つだろう。だがしかし、その後をあろうことか尾行し始めるだなんて、いやはや私も焼きが回ってきたわ。頭痛を堪えるように眉間に手を当てた。
ここまでの観察(って言っていいのか甚だ謎だけど)の結果からいって、道柄さんはどうやら友達とのショッピングの最中らしい。私が彼女の姿を目にしたときはまだ合流前で、てっきり一人で買い物なのかなぁ、とか、もしかして悪い予感が的中して彼氏と待ち合わせだったり、とか様々な憶測が飛び交ったものだが、学校でもよく一緒に行動している、うちの学校の女生徒がその場に登場して、骨折り損だったことを知る。
もし前者だったとすれば、接触を持つのも悪くはないと思っていた。
もし後者だったとすれば、不本意だが潔く諦めを促して、新しい青春の在り方を探求するのも、まあ、在り来たりだけど、有りな結末だろう。

「で、それが誤解だったって発覚して、さっさと立ち去れば良かったんだけどねー」

それを、ずるずると長引くだけ長引かせて、私は結局何がしたかったのか。
正直言ってわからない。首を傾げるばかりだ。
時が過ぎれば過ぎるだけ、この不毛な行為に嫌気が差してくる。
よし、止めよう。これ以上収穫なんて望めないし、ぶっちゃけると面倒になった。
こういうことは、即決して即座に行動しなければまただらだらスパイラルに巻き込まれて、何時までも抜け出せなくなる。脱出できる内に這い出なくては。
そう思って、物陰にさせてもらっていた喫茶店のコーナーの煉瓦の壁から外に出る。
そもそも向こうが私の顔を知っている可能性は低くないにしても、私が同じ場所に居合わせたところで同じ町内に居を構えているのだ。疑問を抱く謂れがない。隠れてたんだろう。動転しすぎている。

大通りの先を進めばきゃっきゃと楽しげに笑う彼女を目にできる十字路を右に曲がった瞬間、予期せぬ、どん、という衝撃を受けた。
反動で弾かれ、ついた左手はコンクリートのざらりとした感触を伝道する。
衝撃で飛んだカバンが何処かの看板にぶつかって、道路を彩るたんぽぽを押し潰していた。
いたたたた、とお尻を摩って、ぱちくり。

尻餅をついた頭上には、柄の悪いお兄さんたちが立っていました。


幼馴染みの恋愛協力に経費って出ますか

(出るとしたら何処に請求すれば良いんですか)


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -