いやにのんびりと電話をかけようとする恭から、痺れを切らした私がそれを奪い取って、電話帳に載ってる名前の数に哀れみを抱きつつ、草壁さんに電話をかけた。ちんたらしてたらちょっと探されてる私的に心が痛い。
どうしました委員長!! といやに威勢の良い彼の出迎えに耳を離して、心も若干後退させて、「私は無事ですから恭が指揮した捜索を即効打ち切ってください」と早口に頼んだ。迫力満点の外観からは想像できないほど、彼は実に思慮深く状況判断に長けている。即座に了解の意を示してくれた。
まさに有能な部下の鏡である。多分彼が副委員長じゃなかったら、今頃恭は早々に挫けて、今の地位を投げ捨てていたに違いない。もちろんばらしたことはないが、薄々恭の本性にも勘付いているんじゃないかしら。

ってことで玄関先に突っ立っている恭を再度中に呼んだ。
もう涙も引っ込んでいる。よしよし、流れで誤摩化されてくれたっぽい、と手を打った。

今は二人でリビングのソファの上で、家にあったポテトチップスを広げて二人でばりばり食べている。
因に恭は横で携帯型ゲーム機に勤しんでいる。のどかな村でゆったり生活しようと銘打っている、恭らしいゲーム。現実ではほぼ皆無な友人をバーチャル世界で作って本気で喜ぶ幼なじみって…。

暇を持て余した私は、

「恭テレビのリモコン取って」

はい、と手渡されたリモコンでテレビを点ける。でもお昼のこの時間帯に面白い番組は正直無い。
チャンネルを忙しなく変えて、結局辿り着いたのは電源ボタン。数分前に触れたばかりのそこをまた押して、放り投げる。
ソファの上を狙ったつもりが、ぎりぎり逸れて床上い落ちる様を、あ、やばい、と危機感零に呟いて眺める。

がしゃん!

やってしまった。
大仰に震えた隣の肩。
仕方ないから拾いにいこうかと腰を浮かばせると、尋常じゃない力で引き戻された。

「な、なに」

「あ、あそこ…!」

あそこ?
ただでさえ切れ長で大きな瞳はまん丸になっていた。些か震える指の差し示したのはリモコンのすぐ横で。
なんだ、何もないじゃない、と返そうとしたそのまさに瞬間、視界の脇で蠢く物体を視認。

「ご、」

傍で囁かれる頭文字。
ああ、あれは私が世界中で一番嫌いな!

「「ゴキブリ!!」」

はもった私たちはソファから脱兎の勢いで逃げ出した。恭は当然のこと、私もあいつらがだいっきらいだから.ドア付近に避難する。
一種シンプルな外観をしているが、生理的に駄目だ。
すばしっこいきやつらは、それらしくなくリモコンの傍で待機している。その感じたくない眼差しが注がれているのは気のせいか。
どうしてこうも怖気をかき立てるのだろう。下手すれば例の不良よりも恐ろしい。
動かないゴキブリ。動けない私たち。
どちらともなく顔を見合わせる。
考えることは寸分違わず一緒だ。

「ほら、恭いこうよ」

「嫌だよ! なんで僕が!」

「ちょっと男の子でしょ!」

「あかりの家じゃん!」

こそこそ何故か聲を潜める。だって大声を出したら今にも飛びかかってきそうで、それはいけないと無意識の内の制限だ。気がついたらすぐそこ、だなんて笑えないってか顔面が引き攣ること請負だ。

「ああ、ほらこれ、これあげるから!」

渡したのは目敏く発見した殺虫スプレー。

「勢いよく噴射すればいちころだから、ね」

無理強いは百も承知。でもか弱い乙女を自負し続ける私の身として、ここは是非とも恭に一肌脱いでもらいたい。えっと、もしかしたら恭のへたれ具合が微かでも減じてくれるかもしれないし!

「無理だって!」

小声でそう叫んだ恭を遮るようにナイスタイミングで電話が鳴り出した。
これ幸いとばかりに未だこちらを凝視している(ようにみえる)奴を尻目に受話器へそそくさと移動。
後ろからひどい! と軟弱な主張が耳に届くも取ってしまえばこっちのものである。

「はい、もしもし。#name1#です」

『あ、あかりちゃん?』

「あれ、おばさんどうしたんですか?」

電話主はなんと恭の母親だった。
恭は私の聲も聞こえないようで、じりじりゴキブリと接近している。腰は思いっきり引けていた。
よし、頑張れ!

『ねえ、もしかして恭弥そっちにいるのかしら』

「もしかしなくても今、うちのリビングにいますよ」

もっと詳しく言えば押し付けられたゴキブリ掃討に奮闘しています、というのは喉の奥に押し込める。
任されたものは果たそうとする恭に心意気は立派だ。それが原因で風紀委員長になってしまったようなものだけど。

『あらちょうどいいわ。ちょっと三日間ほど恭弥のことお願いね?』

「はい?」

『ごめんね、おばさん出張入っちゃったの。朝言うの忘れてたから…だから恭弥に伝えておいて』

「ああ、はい、わかりました、けど」

でも私と恭の家はお隣同士で家族ぐるみの付き合いだから、今更改まって頼む頼まないというレベルではないはず。
おばさんの出張も今に始まったことではない。

「どうかしたの? あかり」

とうとうゴキブリと格闘(というほどまだ接していないけれど)していた恭まで不思議そうにこちらを見遣ってきた。

「なんかおばさん出張で三日間留守だからよろしくって」

「わざわざ?」

顔に今更と如実に書かれている。わかりやすくて結構。ちょっとおばさんにその単純な脳回路をわけてあげて。
きょろきょろと警戒しつつも近寄って来た彼にそのまま電話を手渡してやろうかと過ったが、その前におばさんが先手を打った。

『あの子、あれで大分あなたのこと心配してたんだから』

ふふっと微笑んでいる、恭に遺伝された美貌が浮かぶようで、私は呆気にとられた。

興味津々に覗き込んでくる恭の、泣き顔が浮かんだ。そういや、ちょっと前まで泣きそうだったわ、この子。
がちゃんと切れた電話をもう一回見直して、恭を見直す。
何か口元から飛び出ようとしたとき、視線が下降。
恭の手に握られた『一吹きでどんな虫もあっという間!』というキャッチフレーズが全面的に押し出されている殺虫スプレーを目にして、

「恭、ゴキブリは」

二人して振り返る。そいつはまだソファの傍近く、だけど横に位置をずらしていた―――リモコンの、上に。

聲にならない絶叫が上がった。



いち、にの、さんで

(仲良く声を合わせて、)
(ヘルプアス!)



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -